第113話 すれ違う想い
仙台空港に降り立った華撃隊の面々は、国防軍東北支部の送迎により、近辺の山中へと向かっていた。
用意されたのは2台の装甲車で、1台には風香・吉田の2人が、もう1台には梓・遥・渡辺・大久保・近藤の5人が乗り込んでいる。
その車中、相変わらず物憂げな風香に、吉田が話し掛けた。
「任務中だけど、あえて言わせてもらうわ。風香、いい加減に立ち直ってくれないか? 貴女が見せられた幻覚がどんなに辛いものだったかは分からないけど、それはあくまで偽りだって、貴女に幻覚を見せた張本人でもあるヴァンデッダが言ってたじゃない」
新たな法案により、敵対関係ではなくなったヴァンデッダは、風香に会いに来たのだった。そして、あれはあくまで幻覚だから気にするなと諭して行ったのだった。
勿論、ナイトメア・ルアーによる精神的ダメージは完全には癒えていない。だが、桐生に粛清されたと云うブライト……光輝の死が、幻覚で見た光輝と重なり、未だ風香を立ち直らせずにいたのだ。
「……分かってます。分かってますけど……」
「それに、いい加減に梓たちの誤解を解きなさいよ。貴女が光輝様とブライトに二股かけてたなんて、あり得る訳が無いって」
吉田も、他の隊員も、誰も光輝とブライトが同一人物だったとは知らない。
梓は、思った事を口に出さなければ気が済まない性格だ。風香が幻覚によるショック症状化にあったため暫くの間は黙っていたが、国内におけるフェノムの襲来が落ち着いたタイミングで、風香に問い質したのだ。
“「風香、光輝を騙して、ブライトなんかと付き合ってなんてなかったよね?」”
これに対し、風香は何も言わなかった。動揺して肯定も否定も出来なかったのだ。光輝がブライトである事は、大将である財前から口止めされていたから。
それから、梓は目に見えて風香に対して反抗的な態度をとるようになった。
それは、梓ほどでは無いにしろ、光輝に対して好意を抱いていた他のメンバーも同様で、今では吉田だけが風香と他のメンバーを繋ぐパイプ役となっていた。
「貴女が、光輝様以外の男を好きになる訳が無い。光輝様が亡くなった時、あれだけ憔悴していた貴女が、二股かけてたなんてあり得ないって、私は知ってるから」
吉田は、光輝が死んだとされた際、落ち込んだ風香を励ました。それは、光輝に対して一方的な想いしか抱けなかった自分に対する後悔の念がそうさせたのもあったが。
「あたりまえじゃない……。 私は、ブライトじゃなく、光輝くんの事が好きだったんだから……」
言葉とは裏腹に、釈然としない表情の風香に、吉田もほんの少しだけ不安をおぼえた。それでも、吉田は風香を信じたいた。あの時、憔悴しきった時に見せた風香の涙は決して嘘ではなかったと。
「……貴女が何かを隠してるのは分かる。 それが、光輝様とブライトの事だけど、決して色恋沙汰なんかじゃ無いって事も。 だから、思い切って話しなよ。 私達は仲間なんだよ」
吉田の言葉に、風香は秘密を打ち明けたくなる衝動に駆られる。でも、それを言ってしまえば、自分だけではなく、仲間達にも被害が及ぶかもしれないのだ。
ブライトが光輝だったと知れば、光輝に好意を寄せていた仲間達は、どんな気持ちになるだろう? だが、それよりも心配なのは、財前の事だった。
財前は、法案に対する世論が賛成に傾いているのを期に、正式に国防軍のトップ・元帥に昇格していた。
大将の頃の財前は、冷静だが冷酷では無い、自分にも他人にも厳しいが、優しさも持ち合わせた素晴らしい上官だった。
だが、元帥になってからは、優しさよりも冷徹な部分が目立つようになり、隊員達にも一切の怠惰を許さず、強権を振るうようになっていた。
ブライトの死後、風香は一度だけ財前に念を押された。光輝とブライトの事は、絶対に漏らすなと。
今の財前なら、もし秘密を打ち上げればどんな罰を与えられるか分かったものではないし、それは秘密を知った側も同様だろうと考えられた。自分の仲間をそんな危機にさらすのは、隊長として……というより、友達として絶対にあってはならないと決めていたのだ。
「いつか……言える日が来たら、その時は言うわ。 でも、今は言えない」
「……そう。 分かった。 けど時間が経てば経つ程、いえ、このままなら近いうちに華撃隊はバラバラになるわよ?」
隊の解散。 それは、風香にとっても軍人として大きな烙印となるだろう。 ただでさえ、風香は一度白虎隊で失敗しているのだから、二度目の失敗は致命的となる。
それでも、仲間を危機にさらす事に比べればマシだ。 むしろ、何もかも捨てて、自由になりたいとさえ思えた。
そうこうしているうちに、車は目的地に到着した。
山の麓。ここからは道無き道を、歩いて調査しなければならない。
「それじゃあ行きましょうか。 何があるか分からないから、とりあえずは全員一緒に行動しましょう」
隊長である風香が提案するが、それに梓が反論した。
「それじゃあ効率が悪いでしょ? せめて二手に別れた方が良いんじゃないの?」
表情にも口調にも、あからさまに風香への不満が伺い知れる。
「梓、隊長の命令だよ」
それを吉田が嗜めるが、梓は不満げな表情を崩さない。
「私は、誰かさんに裏切られたくないから。 だったら別行動の方が、安心して任務を遂行出来るわ」
吉田以外の4人も、梓に賛同する様に頷く。
「おまえ達、いい加減に……」
「いいです。 なら、別行動にしましょう」
思わず怒鳴ろうとした吉田を、風香が遮る。 これ以上不毛な争いをしたくなかったから。
「隊長……流石にそれは……」
「いいんですよ。 なら、来た時の配車通りで二手に分かれましょう。 それで良いですか?」
反論する事なくこちらの要望を聞いた風香に、梓は更に苛つきをおぼえたが、黙って受け入れる事にした。
「じゃあ行こう、みんな」
梓の後ろを、遥・渡辺・大久保・近藤の4人が着いて行き、森の中に消えて行った。
その後ろ姿を、風香はやるせない想いで眺める。
「……はぁ。 さっき言った言葉だけど、もしかしたら今回の任務が華撃隊の最期の任務になるかもね」
呆れた様に肩を竦める吉田。それでも、風香は何も言う事が出来なかった……。
――調査開始一時間経過
梓の心の中は穏やかではなかった。
風香に対してあんな態度をとっている自分にも、そして、それになんの反論も返してくれない風香にも、とにかくイライラが止まらなかった。
「梓、無理して悪ぶらなくて良いのですよ?」
そんな梓に、遥が声をかける。
「だってさ、なんで風香はちゃんと否定してくれないの? 私だって、風香の表情を見てれば、風香がブライトとも……なんて、もう思ってないよ。 でも、明らかに風香は隠しごとしてるじゃない」
梓も、そして他の4人も、風香が光輝とブライトと二股していたなどと、もう思ってはいなかった。
それでも、こちらの疑惑にハッキリと応えてくれない風香に憤りを感じていたのだ。
「何か理由があるんでしょう。 時間が経てば、きっと打ち明けてくれますよ」
「私はこんな気持ちのままじゃやってられないよ! 光輝は私達の目の前で死んだんだよ? 風香がちゃんと否定してくれなきゃ、光輝が可哀想だよ!」
梓と遥の中には、光輝が自分達の目の前で死んでいった光景が色濃く残っていた。
もう少し自分達が巧く立ち回れていたら、光輝は死なずに済んだのではないか? むしろ、比呂に騙される事なく、ずっと光輝を信じる事が出来ていたら、未来は変わっていたのではないか? そんな後悔が胸に刻まれていた。
だからこそ、最後に光輝と心を通わせていた風香には、せめて光輝との思い出を大切にしてほしかったのだ。
でも、風香は疑惑にも応えてくれない。 これでは、信じてはいるがやるせない。 そんな思いだった。
「華撃隊はみんな同級生で、私にとっては大切な宝物みたいなチームだよ? でも、このままじゃあ私は……」
その時だった。 突如として6人の目の前に、大きなブラックホールが出現したのだ。
「なっ……!?」
直径にして20メートルにも及ぶかもしれないブラックホール。 このサイズなら、レベル9クラスの巨大フェノムが出現してもおかしくはない。
「みんな距離を取って!」
梓の叫びに、全員が瞬時にブラックホールから50メートル程距離をとった。
そしてブラックホールからは、巨大なドラゴンが現れた……。