第107話 否定された想い
悠然と、無表情のままセブンに向かって歩いてくる風香。衣装は爆発の衝撃でボロボロだが、決定的なダメージは見受けられない。その立ち姿は、風香が絶対的強者のオーラが溢れ出ている。
そんな風香を前に、セブンは今起きている出来事を必至で整理しようとしていた。
(嘘だろ? 俺の豪運が発動して生きてられるなんて。いや、まさかこのお嬢さん……、俺にとってこの場で死んじゃいけなかったって事なのか?)
「どうしたんですか? そっちが来ないなら、私の方から攻めさせて頂きますよ?」
風香は無表情だ。無表情だが、完全に怒りのメーターが振り切ってるのがセブンにも分かっている。
「ま、まあ、落ち着けよ。これ以上やったら、折角助かったのに無駄死にする事になるぜ? お嬢さん」
「無駄死にですか? その前に貴方を倒しますから大丈夫ですよ?」
(もう聞く耳持たずか!? ……ん? あれは……た、助かった!)
絶体絶命の中、セブンは、ある人物が助っ人にやって来たことに気が付いて安堵した。
「ずいぶん余裕そうですね。じゃあ、いきますよ……………えっ?」
攻撃を開始しようとした風香だったが、セブンの後方、そこに現れた人物に、視線が釘付けになった。
「こう…………ブ、ブライト?」
現れたのは、黒夢ナンバーズのナンバー1・漆黒の悪魔・ブライトだった。
「な……なんで? 確か、今はまだドイツから帰って来ていないとの情報が……」
「……久しぶりだな、水谷将軍」
風香はこれまで、ブライトを敵であると認識してきた。いや、しようとしてきた。あの日、光輝が自分に別れを告げて去っていった時から。
それでも、どこか他人行儀なブライトの自分を呼ぶ声に、酷くショックを受ける。
「……こんな無差別テロを起こすなんて、あの日、やるべき事があると言った言葉は、こんな非道な事だったんですか?」
風香もまた、動揺はしながらも冷静な口調でブライトを批判した。
「どう捉えてくれても構わない。ただ……この場で会ったからには、かつての想い人と云えど、容赦はしない」
ブライトの姿が消えた。だが、風香は即座に己の周囲に竜巻を発生させると、ブライトは竜巻の寸前で立ち止まり、姿を現す。
「どうですか? これなら近付けないでしょう!」
風香は常にシュミレーションしてきたのだ。いつか、ブライトと戦う時のために。
ブライトは速い。目では追いきれないほどに。なら、まずは触れれば逆にダメージを与えられる竜巻のバリアで全身を包む必要があると。
「ならば、これはどうだ?」
ブライトが身構える。インビジブル・スラッシュは竜巻を無視して、直接風香の下に斬撃を発生させるので、バリアが意味を成さない攻撃となるのだが……。
「させません! ウォーター・アロー!」
インビジブル・スラッシュには威力を上げようとすればする程、どうしても放つ際に予備動作が発生する。だから、インビジブル・スラッシュを放つ隙を与えない程の攻撃を繰り返すのだ。
一撃で鉄骨の柱を簡単に貫く威力の水の矢が、一〇秒で一〇〇発の速度で放たれるウォーター・アロー。これではブライトも予備動作を必要とするインビジブル・スラッシュは放てない。
まるでマシンガンのようなウォーター・アローは、普通の相手なら直撃すれば致命傷となるが、ブライトは素早い動きで直撃を許さない。
「かかった! ウインドウ・カッター!」
常にブライトと戦う事を予想して血の滲むような訓練に励んだ風香は、ブライトの動きをしっかりと捉えていた。そして、動きを読み、広範囲に風の刃を展開すると……その刃は、ブライトの身体に直撃し、身体を真っ二つに引き裂いたのだ。
「あっ!?」
これに驚きの声をあげたのは、攻撃をした本人である風香だった。
自分の攻撃に自信は持っていた。ブライトにだって当てられるかもしれないと。だが、まさかこんなにアッサリと、ブライトを殺すことになるとは思っていなかったのだ。
上半身と下半身が引き裂かれたブライトが、地面に倒れる。
すると風香は、気が付けばブライトの下へ駆けよっていた……。
「なんで!? なんで避けなかったんですか!? あれくらい、本来の貴方なら、避けられたじゃないですか!?」
目に涙を浮かべ、風香はブライトを抱き起こす。だが、ブライトは既に死んでいた……。
「……嘘? 嘘ですよね? こんな……こんな簡単に、死なないですよね?」
ブライトは返事を返さない。もはやピクリとも動かない。
風香は、いつか必ず、ブライトを倒すと口癖のように呟いていた。だが、本心ではどんなに訓練してもブライトには勝てる訳が無いと、感じている部分もあった。
そして、いざブライト打倒を実現した今、心の中は悲しみと後悔で一杯になってしまった。
それは、心のどこかで、今だにブライトである光輝への想いを断ち切れていなかった証拠でもあった。
「そんな……いや、また……私を置いて行かないで……」
大粒の涙をボロボロと溢しながら、ブライトの胸に顔を埋める風香。その姿は、先程までの絶対的強者である将軍としての面影はなく、ただただ悲しみにくれる少女でしかなかった。
「……どうだい? かつての想い人をその手で殺した気分は?」
すると、死んだハズのブライトが、口を開いた。
「……え? 生きて……?」
顔を上げ、ブライトの顔を見る。そこには確かに息を吹き返し、しっかりと目を開けているブライト。
「よくもやってくれたなぁ……。でも、これで分かったよ。おまえが、かつての想い人であろうと、容赦なく殺せる非情な女だとな」
国防軍の将軍としては、ブライトに言われた言葉は当然のことである。何ら恥じる事は無い。
だが、今の風香には既に将軍としての自覚は感じられず、放たれた言葉に唖然としてしまったいた。
「ん? 違うか……もしかしたら、おまえは昔も俺になど、さほど好意を持っていなかったのかな? でなければ、こんなに残酷に殺せないよなあ?」
そう言って、ブライトは真っ二つににされた腹の部分に手を置き、その血まみれになった手をこれ見よがしに風香に見せつけた。
「ああ……わ、私は……」
「痛い……痛いよぉ……風香……俺、死にたくないよぉ……」
急に弱気になり、苦しみ出すブライト。
「あ……あ……い、今すぐ病院へ……」
「もう遅いよ! ギャハハハハハハッ!」
今度は大袈裟に笑い出すブライト。風香は状況が呑み込めず、もはや茫然とするしか無かった。
すると……いつの間にか下半身が元に戻っていたブライトは、立ち上がって、硬化した腕を風香の首筋に沿えた。
「さて、お遊びはここまでにしよう。おまえは俺を殺そうとした。つまり、それはおまえも俺に殺される覚悟があったということだろう?」
「私は……私は……」
顔面は蒼白。もう、言葉がまともに出て来ないほど、風香は精神的に追い詰められている。
殺す覚悟……。今思えば、そんなものは無かった。
殺される覚悟……。今思えば、それも無かった。
その上……
「おまえは女として、俺を好きになる資格なんて無かったし、この程度で動揺しているようでは将軍としても失格だ。もう、存在価値が無いじゃないか? だから、一思いに殺してやるよ」
自分の全てを否定された。しかも、ずっと想っていた男に。
「私……私は……」
風香にはもう、何かを思考する能力は無かった。
「さあ、己の罪に溺れて……眠れ!」
ブライトの腕が、風香の首筋に振り落とされる…………。
ブライトの前で、自分の弱さを曝け出してしまった風香。そして、その光景を見ていた彼女は、悲しみや怒りが入り混じった、複雑な表情で風香を見つめるのだった。
次回、『芽生えた疑惑』
すみません。今回は崇彦が下痢のため、書籍化インタビューを中止します。