第98話 伝わらない想い
※皆様お久しぶりです。ここからストックが切れるまで怒涛の毎日投降を開始しますので、もう忘れてたよって方もヨロシクです!
『【陽炎】の襲撃により、黒夢仙台支部が壊滅。直ぐに帰還せよ』
突如、端末に送られて来たメールは、光輝と崇彦にとって衝撃なものだった。
「壊滅? 嘘だろ、仙台支部にはナンバー5の『ハイドロー』が常駐してるハズだ。あの人がいて、むざむざ壊滅なんてさせられる訳が無い……」
黒夢ナンバーズ・ナンバー5・ハイドロー。
目立つ事を嫌う性格なため、普段は本部ではなく仙台支部に常駐しているので、ブライトとしては何度か見かけた程度でしかなかったが、相当な実力者だとは聞いていた。
そのハイドローか常駐する仙台支部が、ライバル組織でもある陽炎に壊滅させられたのだ。
陽炎。黒夢に次ぐ日本で二番目に力を持ったフィルズ組織。
長年、黒夢とは敵対関係ではあったが、五年前に頂上決戦といわれた争いで黒夢に敗れてからは、直接的な抗争には至っていない。
それは、決戦を経て、両組織の力関係がより明確に差が着いたからでもあった。
だが、五年間絶妙なバランスで保たれていた両者の力関係が、この一年で崩れ始める。
それは、黒夢を脱退したフィルズが陽炎に流れた事に起因する。
フィルズのイメージをアップし、一般人にも認められる人権を得ようとする黒夢の活動は、フィルズはフィルズらしく振る舞うという陽炎の指針とは大きく違い、黒夢を抜けた自由を求めるフィルズたちは陽炎へとその身を置いたのだ。
「まいったな……こんな時に」
崇彦の中で、仙台支部の壊滅は勿論大変な事態だった。だが、今はそれ以上に光輝の事が頭の中を占めていた。
組織的に考えても、今や黒夢の顔であるブライトが組織を抜けるなど、考えようによっては支部が一つ壊滅する以上の痛手でもあるし、何よりも初めて出来た友達として、光輝がむざむざ破滅の道へ進むのを放っておけなかったから。
「何を悩んでるんだ? さっさと帰国するぞ」
だが、光輝は先程黒夢を抜けると言っていたにも関わらず、当たり前の様に組織の危機を救うべく行動をとろうとした。
「あ、ああ。そうだよな、支部が壊滅なんて一大事な時に、黒夢のナンバー1がいなくなるなんてあり得ねーもんな」
「抜ける意志は変わらない。ただ、最後に組織のために出来る事はしてから去りたいと思ってるだけだ」
やはり、光輝の意志は変わってはいなかった。
「問題を解決したら、あらためて脱退する。……ボスに会えば理由を追求されるだろうし、なにより殺意が抑えられなくなったら元も子もないから、黙って消えるつもりだがな」
「……そうか」
崇彦は、そう返事をするしかなかった。現段階では、光輝のために自分が出来る事が見付かっていなかったから。
だが、短い期間だが猶予は出来た。何か、問題を解決するための方法を探す期間が。
そのためには、リバイブ・ハンターの能力を熟知する者の手助けは必須であると考える。
「分かった。一つだけ、俺から提案があるんだ。さっきは否定するような事を言っちゃったが、良かったらカズールも一緒に日本へ行かないか?」
リバイブ・ハンターの弊害を取り除くためには、最もリバイブ・ハンターの知識があるカズールに助っ人を頼むのは当然の成り行きだった。
「……悪いがすぐには行けない。おまえの意図は分かっている。その上で、俺にもこちらでやれる事があるから、それが、済んだら日本へ向かおう」
カズールもまた、光輝のために出来る事を考えていた。そして、その一助となりえる事を思い出したのだが、それはこのドイツでなければならなかった。
「おまえが、本気で光輝を助けたいと思っている事は分かっている。だから、俺も俺の準備が済んだらすぐに日本へ向かう。だから、それまで待ってろ。光輝も、分かったな?」
カズールが光輝を見る。光輝はその視線の圧力に、やれやれと溜め息を吐いた。
「分かったよ。日本に来たら一応連絡してくれ。ただ……俺は自分で衝動が抑えられないと感じたら、その時は消える。外界からの連絡や情報を一切遮断してな」
今の光輝は、自分でも不思議なほど、死というものを恐れていない。
何度も死んだ事で、馴れているというのも考えられるが、今回の死は精神的な死であり、自分が自分で無くなるのだ。なのに、そうなったらそれだけの事だと割り切っている自分がいた。
ここで、カズールは崇彦だけに耳打ちした。
「今の光輝の状態は、弊害による感情の欠落が原因で、物事に対する感情を失っている状態だ。これはある意味末期症状の一歩手前で、あと数週間もすれば自我が失われ、やがて気が狂う……。だから、残された時間は多くは無いぞ」
「……ああ。それにしても詳しいな。流石はリバイブ・ハンター」
「……な~に、苦い思い出だが、俺も一度末期症状を経験してるからな」
全ては自身の経験による言葉。それは、何よりもこの情報が確かな証明でもあると同時に、恐らく実験対象として苦しい日々を過ごしてきたカズールに、崇彦は何も言えなくなってしまった。
「分かった。じゃあ待ってるよ、カズール。あと、さっきは悪かった。勝手に考えを見ようとして……」
「いいさ。全ては光輝のためを思っての事だろう。光輝は俺にとっても、もう家族みたいな存在だ。お互いの利害は一致してるんだ、協力は惜しまないさ」
最後に、カズールは崇彦に向かって笑みを浮かべた。それは、これまでのいざこざをリセットしたという証でもあった。
「光輝、同じリバイブ・ハンターとして、おまえは俺にとっても唯一の同志だ。弊害に負けるな。願わくば、いざとなったら自分が生き残る道を選んでくれ。俺は、どんな形になろうと、おまえの味方をしてやれる」
「……出会って数分なのに、しかもついさっきまで殺し合いをしてたのに、随分と好かれたもんだ。まあ、なるようになるさ」
それだけ言うと、光輝とカズールはお互いの拳を合わせた。
その光景を、崇彦はある意味複雑な心境で眺めていた。
自分は、光輝の親友であり、相棒なのに。今、カズールが言ったセリフを言えない自分が、無性に情けなかった。
カズールが去った後、光輝と崇彦も帰路に着き、ホテルで待つ瑠美たちと合流した。
帰宅中、崇彦は光輝に、瑠美はどうするのかと聞いた。
瑠美は黒夢でも崇彦と同じくらい時間を共にした盟友だ。黒夢を抜けるとしても、黙って抜けるのは薄情な気がしたし、もし自分が生き残る未来があるのならば、間違いなく叱られるだろうと考え、飛行機の手配が済むまで二人きりで過ごす事にしたのだ。
ーーホテル屋上
「珍しいわね。光輝がこんな場所に私を誘ってくれるなんて」
「まあな。たまには良いだろ」
二人の眼下には、ミュンヘンの夜景。といっても、東京の様な煌びやかな夜景ではなく、歴史を重んじる街並みの落ち着いた雰囲気の夜景。
今回の任務はドイツ政府からの依頼ということもあり、ホテルもミュンヘンでは一流の部類に入るホテルだった。
「それにしても、まさかハイドローさんのいる仙台支部が壊滅なんてね……。陽炎のヤツラも随分やってくれたじゃない」
「そうだな。今頃ジレンや他のメンバーが動いてるだろう。飛行機の準備が出来次第、加勢に向かわないとな」
淡々と喋る光輝に、瑠美は昔のまだ子どもっぽかった頃の光輝を重ね、やはり変わったことを実感する。
光輝は、すぐに本題に入ろうとしていたが、やはりリバイブ・ハンターの全容を伝えるのは躊躇していた。
自分の身に降りかかった弊害。そして、自分が選ぼうとしている道。そのどちらも、告げれば間違いなく瑠美を不安にさせてしまうと分かっていたから。
(……やっぱり、瑠美には何も言わないでおこう。それが一番無難だよな)
そう決断した光輝は、ただただこの場の時間が過ぎるのを待つスタンスに変えた。
「……黙って夜景見てるけど、なにか、話があったんじゃないの?」
だが、勘の鋭い瑠美は、光輝の思惑どおりにはいかなかった。
「いや、大した話じゃ無いから、言うのを止めた」
「言ってよ。それ、今の光輝にとっては大した事じゃなくても、多分私にとっては重大な事なんじゃないの?」
急に真剣な眼差しを送ってくる瑠美に、光輝は少しだけたじろいだ。それでも、別に瑠美にとっては重大な事じゃないなと判断する。
(まあ、瑠美は昔っから世話焼きなところがあったからな……)
「いや、本当にどうでも良いことだから。だからそんな不安そうな目で見るなよ」
「光輝……気付いてるよね? 最近、前にもまして……感情が無くなってるの。崇彦と二人して、昨日研究所に行ってから様子がおかしいもん。何かあったんだよね?」
ここで何かあったと言えば、流れで全てを話さないといけなくなるかもしれない。
昔の光輝なら、瑠美の問いに真剣に悩んだだろう。話すべきか話さぬべきか? だが、今の光輝は、もう秘密は話さないと決断してしまった。瑠美の感情などお構いなしに。
「俺は黒夢ナンバーズのナンバー1だ。いつまでも甘ちゃんじゃいられないだろ。だから、俺は変わったんじゃなくて、ただ成長しただけだ」
リバイブ・ハンターの弊害により、五感や感情を失うと知った今でも、自分が変わってしまったことに違和感を抱くことは無かった。それこそが、光輝の症状が末期に近いことを物語っている。
その時、光輝の携帯が鳴った。崇彦からだ。どうやら飛行機の準備が出来たのだろう。
「……ああ、分かった。すぐにロビーに向かう。さ、飛行機の準備が出来たみたいだから、俺たちも行こうか」
瑠美は今、表情は変わっていないが顔を真っ赤にして怒っていたのだ。なのに、光輝は何事も無かったかのようにロビーに向かって歩き出した。
視覚……。今や光輝は、色を識別する力も失われていたのだ。
「ちょっと待ってよ! 私って、光輝にとってそんなに頼りない仲間だったのかな!?」
「いや、瑠美は頼りになる仲間だよ。だから、余計な事で不安にさせたくないんだ」
光輝に向かって早歩きで近付いた瑠美は、そのまま光輝の頬にビンタを放った……が、光輝は軽々と瑠美の手首を掴み、ビンタを阻止した。
「今は組織が危機に陥ってるんだ。他のことに気を取られてる暇なんてないだろ。そんなんじゃ、ナンバーズ失格だぞ」
この場に崇彦がいたら、流石の崇彦も光輝を叱りつけただろう。あまりにも瑠美の感情を無視した物言いだったから。
だが、今の光輝に瑠美の感情に対するいたわりは無く、ただ思ったことを口にしただけだった。
「さあ、行くぞ。俺たちは、ナンバーズなんだから」
そう言って、自分を待つこともなく去っていく光輝の後姿を見ながら、瑠美は涙を零していた。
「光輝……アンタ、本当に光輝なの……?」
絞りだしたその問いに答えてくれる者は、誰もいなかった……。
ちょっと駆け足でしたが、ようやく、暗い展開の続いた第5章が終わった……。
明日は久しぶりに各キャラクターの紹介を挟みますんで、明後日からの新章に備えてもらえると幸いです。