第93話 華撃隊と白虎隊
活動報告の方でも告知させて頂きましたが、本作の書籍化ご決定しました!詳細については、随時報告させて頂ければと思います(^^)
また、それに伴い、ペンネームを変更しましたので、今後とも宜しくお願い申し上げますm(__)m
国防軍・華撃隊……。
空軍少将・水谷風香が白虎隊隊長を辞任した後、自らが上層部に直訴して新たに結成された、女性隊員のみで構成された組織。
結成僅か三ヶ月だが、既に武力、注目度、人気を兼ね備えた国防軍の中でも一目置かれる組織となっていて、外部からも多くの支持を得ていた。
――華撃隊本部室
華撃隊は本部を新東京都中央エリアにある国防軍総本部の一室に設けている。
女性メンバーのみで結成されているからか、華やかな雰囲気の室内では、隊長・水谷風香が、自分の机でデスクワークに勤しんでいた。
「隊長、ハーブティーです」
「ああ、ありがとうございます、遥さん」
華撃隊メンバーであり、高校時代の同級生でもある伊集院遥が、風香の机に特上のハーブティーを置くと、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ただいま帰りましたー!」
そこには任務を終えて帰還した浅倉梓と、髪をオールバックにし、凛とした美しさを溢れ出している長身の麗人が立っていた。
「おかえりなさい、梓さん、吉田さん。どうやら上手くいったみたいですね」
「勿論! 私と成ちゃんが組めば、そこら辺のフィルズなんて敵じゃないからね」
成ちゃんと呼ばれた麗人、まるでパリコレモデルの様な佇まいの美女は、あの霊長類ヒト科最強の女と恐れられた吉田成美だった。
「そうだね……でも、梓はまだちょっと調子に乗る所があるのが玉に傷だね。今日だって、下手したら……」
吉田はこの一年半で過酷な肉体改造を実施。元々強靭だった肉体は、自身のギフトを用いて引き締め事更に強靭さを増し、身体が絞れた事で見違える様な美女になっていたのだ。
その上、霊長類ヒト科最強の女と言われた実力は健在。華撃隊の中でも、戦闘面では風香に次ぐ実力を誇っていた。
「また反省会ですか? 二人ともお疲れ様、ハーブティーですわ」
「ん~、良い香り!」
「まだ話は終わってないぞ……まったく。遥、私のにはプロテインを入れてちょうだいね」
梓と吉田もソファーに腰を降ろし、ハーブティーを楽しむ。
国防軍では階級による上下関係は絶対だ。華撃隊に於いても、外では上下関係はしっかり守られている。
だが、自分達のみの空間では、敬語禁止のルールを風香が設けていた為、非常に和やかな雰囲気が漂っていた。
「……それにしても、黒夢はすっかりフィルズ組織としてじゃなくて、良い組織だって世間に認められつつあるわねー」
梓はハーブティーを飲みながら、テーブルに置かれてあった朝刊を眺める。そこには、”黒夢、全国の児童養護施設に多額の寄付・子供たち感謝”との見出しが載っていた。
「そうですわね。でもその分、黒夢以外のフィルズ組織の犯罪は増加傾向にありますから、一概に治安が良くなった訳でも無いですね」
「そうだな。業界トップだった黒夢の急な方針変更に敢えて敵対するかの様に、陽炎をはじめとした他の組織の犯罪活動が活発化しているからな。……だから、そんなフィルズ組織は全て私達が叩き潰してやろう」
梓、遥、吉田の三人は、周防光輝が死んだ日、血みどろのバトルを展開した。それは、死んでしまった光輝に対する、自分達のそれまでの行いを省みたやり場の無い怒りが爆発した結果だったのだが、そのおかげもあって三人は固い絆で結ばれる事となった。
その後、光輝の件で国防軍に対して不信感を抱いていた梓と遥は、内定が決まっていた国防軍への入隊を取り消すつもりでいたのだが、それに待ったを掛けたのが吉田だった。
吉田は、光輝を失った悲しみで学校を辞めた風香を心配し、見舞いに行った。その時、風香が国防軍の少将だと知ったのだ。
光輝に対する負い目。それが、吉田を立ち上がらせた。梓と遥にも事情を説明し、一緒に風香をサポートしてあげられないかと提案したのだ。
それは、もう返す事が出来ない光輝への償いを、せめて光輝の愛した風香に返したいと云う自己満足だったのかもしれない。でも、それでも良かった。自己満足でも何でも、何もやらないよりはずっと良いと、そう決めたのだ。
その後、渡辺、大久保、近藤の霊長類最強雌トリオも巻き込んで、卒業後すぐに国防軍へ入隊、風香の下で華撃隊を結成する事になったのだ。
三人が黒夢に対して好印象の評価を語っている中、風香だけはそれに異を唱えた。
「例え、どれだけ黒夢が世間に認められても、黒夢が過去に行って来た悪行は消えません。それで今も苦しんでいる人達は大勢いるんですから。今は大人しくしていても、いつか必ず、黒夢は大きな動きを見せるかもしれませんよ?」
風香が厳しい表情で言い放つ。だが、その思惑には確信が思っていた。何故ならあの時、光輝は、自分に別れを告げに来たのだから。
風香はあの日、光輝が別れを告げた事で、自分達は決して交わる事のない敵対関係となったのだと思っていた。だが、そこからの黒夢はクリーンな組織に生まれ変わったかの様な活動を展開し始め、ブライトなどは、逆に正義の味方として認知されているのだ。
もし、黒夢がこれからも正しい道を歩き続ける方針ならば、自分達は別れる必要は無かったのではないか? かつては敵対していたとしても、黒夢ほどの強大な組織が国防軍と同じく平和を求めて進むのなら、国防軍だって敵対するよりは友好の道に進むかもしれないのだから。実際、軍の一部では黒夢と友好関係を結ぼうと声をあげている者もいる。
それでも光輝は、別れを選択したのだ。軍人である自分と、別れなければならないと決断したのだ。
「そうかなー? 私は案外、黒夢はこのままクリーンな組織へと変わっていくと思うんだけど」
「そうですわね。闇の閃光・ブライトなんて、もう子供達の間では絶大な人気を誇ってますから」
「史上最強といわれる漆黒の悪魔か……。是非一度手合わせ願いたいものだ」
光輝が生きていて、しかも今噂していたブライトである事を梓たちは知らない。今や実質国防軍のトップとなった財前からの命令により、風香と比呂以外でその事実を知る者は国防軍にはいないのだ。
闇の閃光・ブライト。その名を聞く度に、風香は今でも光輝の事を忘れられていない自分に気付かされる。
なんで? なんであの時、光輝は自分を連れていってくれなかったのか? などと考えてしまう自分がいるのだ。
あの時、もし光輝に、一緒に来てくれと言われていたら……風香は全てを擲ってでも、光輝に着いて行ったかもしれない。
でも、光輝はそうはしなかった。いつか会いに来るとは言ったものの、その表情は悲壮感に充ちていた。
はじめは風香もその言葉を信じようと思っていたが、時が経つにつれて考えが変わった。あの日、そう告げた光輝の表情は、心の中ではもう穏やかに出会えるなんて思っていなかったのではないか? いずれ敵対した時は、自分など容赦なく殺すのではないか? だから、あんな悲壮感に充ちた表情で自分に別れを告げて去っていったのだと、そう思うようになっていた。
だからこそ、先程の様な考えを持って、無理矢理にでも光輝や黒夢に対する甘い感情を捨てようとしているのだ。
「……軍の中にはいまだに私たち華撃隊を、女だからと下に見る連中が大勢居るわ。だから、甘い考えは捨てましょう。
黒夢だってフィルズはフィルズ。どれだけ今は善行を積み重ねても、大きな悪を為すための伏線なのかもしれない……と考えるぐらいじゃないと、いざと云う時に痛い目を見るかもしれませんからね」
風香は立ち上がり、窓の外を見た。
この世界のどこかで、今日も光輝はブライトとして生きているのだと思うと、胸が張り裂けそうになる。その感情が怒りなのか、今も忘れらぬ想いなのか? それは自分でも分からない。
(闇の閃光・ブライト……。次会った時は……)
――国防軍・空軍訓練場
国防軍の若手の精鋭隊である白虎隊。白夢討伐の任務に於いて大敗を喫した彼等には現在、当時のメンバーで残っているのは僅か一人しかいない。
隊長だった風香は、白夢討伐任務失敗の後処理が済んだ時点で除隊。他のメンバーはヴァンデッダの精神攻撃により今だに立ち直れない者や、国防軍を除隊して警察官になった者など、残っているのは結局最後まで待機させられた相良だけになっていたのだった。
訓練場では、その相良が副隊長を勤め、新たに選抜された若手達を厳しく指導していた。
「オラオラオラアッ! そんなんじゃ、黒夢ナンバーズクラスのフィルズと戦ったら、テメーら秒殺されちまうぞ!? そんなんで国の平和が守れんのか!? ああん!」
相良の地獄のシゴキに、若手の精鋭達は息も絶え絶え。
そこに、ネイチャー・ストレンジャー唯一の生き残りとして、空軍大尉に昇進し、暫定的に白虎隊の隊長を勤めている江口こと、元ネイチャー・ブルーが顔を出した。
「江口隊長!? 全員整列! 敬礼!」
疲れているにも関わらず、白虎隊の面々が機敏な動きで江口に敬礼する。
「悪いな、訓練中に。今日は報告があってやって来たんだ。適任者不在と云う事で、一年以上もの間僕が仮に隊長を勤めて来た訳だが、本日付でその任から解かれる事になった」
白虎隊の隊員がざわめく。それは、相良にしても突然の事だったから。
「なんですって!? それってつまり、新しい隊長が決まったって事ですか!?」
「そうだ。僕は本来なら年齢的に白虎隊にいれる歳じゃ無いからね。本日、正式に白虎隊新隊長が任命された」
心の中で、ほんの少しだけ、次の隊長は自分かもしれないと期待していた相良は、内心でガッカリしていたが気を取り直す。
「新隊長……。一体、誰なんですか?」
「ん、紹介しよう。白虎隊新隊長、真田比呂少尉、来たまえ!」
江口に促されて訓練場に入って来たのは、元白虎隊のメンバーでもあった比呂だった。
「真田……? お前が、隊長?」
相良にとって、比呂は臆病者の新人でしか無かった。白夢討伐の任務では独断で深入りした挙げ句、隊を崩壊へと導いた元凶だとすら思っていた。
あれから……相良が比呂を見掛けるのは初めてだったが、きているとは聞いていたので、精神をヤラれてしまった仲間を余所に生き延びた比呂には、激しい怒りの感情を抱いていた。
「ふざけるな! なんでお前が!?」
「相良、隊長に対してお前は無いだろう?副隊長のお前がそんなでは、隊の規律が乱れる」
江口が相良を叱るが、それを比呂が遮った。
「いえ、白夢討伐作戦の時の俺を知っている相良さんなら、俺に対して不満を持つのは当然です。あの時は、無闇に敵陣に突っ込んでしまって本当にすみませんでした」
そう言って深々と頭を下げる比呂。だが、相良の怒りは収まらなかった。
「すみませんでしただと? そんなんで済むと思ってんのか!? あの時、お前が勝手な行動を取ったせいで白虎隊は壊滅したんだ! その責任も取らずに、のうのうと隊長になるだと? そんなの認められるか!!」
白虎隊が壊滅したのは、何も比呂だけのせいではない。だが、確かにキッカケを作ったのは比呂だった。
比呂が白夢アジト内に単独で侵入しなければ、白虎隊の本隊は仙崎の指示の下でアジト内への潜入を見送っていた可能性があったのだから。
比呂は頭を下げたまま、黙って相良からの叱責を受けていた。そして、江口もまた、しばらくはそんな相良を止める事は無かったが……
「真田、顔を上げろ。……相良、何を言っても、真田が隊長になる事は既に決定事項だ。だが、それを認められないお前の気持ちは分かる。だからと言っちゃあなんだが、お前が真田を認められるかどうか、一つテストをしよう」
「テスト? なんですかそれは?」
「簡単さ。ここにいる総勢三十名の白虎隊の将来有望な隊員と、真田一人とで模擬戦を行ってもらう。……相良は僕と見学だがな」
その言葉に、相良を含む白虎隊の面々は唖然とした。自分達は馬鹿にされたのではないかと。
「三十対一? バカな、勝てる訳無いじゃないですか! コイツらはまだまだ甘ちゃんですけど、全員ポテンシャルの高い有望株なんですよ?」
「だからこそのテストだろう? 準備は良いか、真田」
比呂は、一切表情を崩さず、隊員たちを見渡していたが……
「……俺は良いですよ。それだけで相良さんが納得してくれるなんて思いませんが、新たに仲間となる隊員に戦場の厳しさを教える機会にはなると思うので」
急に厳しい表情でそう言った比呂に、相良は本当に一年前の比呂と同一人物なのかと疑ってしまう程のオーラを感じた。
「……けっ、やれるもんならやってみろ。おいお前ら! 無様な姿を見せたら、今までの倍の訓練を受けてもらうからな!」
倍の訓練と聞いて隊員達の顔が青ざめ、比呂に対して敵意を剥き出しにする。
「よし、じゃあ始めろ」
…………江口が開始の合図を出してから一分が経過した。
「……江口さん……真田は、一体何をしたんですか?」
「相良、あの真田を見て思い出さないか? あの日、僕達が絶望すら感じた存在に勝るとも劣らない、絶対的な強さを」
相良は、たった今目の前で繰り広げられた光景がまるで信じられなかった。
比呂は始めの立ち位置から一歩も動かず、その場で手を動かしただけで、あっという間に白虎隊の隊員全員を、無傷のまま無力化させたのだ。
赤子の手を捻るどころでは無い、軽く撫でただけで制圧してしまったかの様な圧倒的な力の差を見せ付けたのだ。
「ワールド・マスター。公表されているギフトの中でも最高ランクであるS+の能力。それが、真田のギフトだ」
「ワールド・マスターって……あの、フェノムとのハルマゲドンで戦死した、歴史上最強のスペシャリストと言われる……」
「そう、そのスペシャリストのギフトだ。真田はあの日、あの闇の閃光・ブライトと交戦し、覚醒したんだ。信じられるか? あのブライトと戦って生き延びたんだぞ?」
相良はあの日、ブライトの圧倒的な力をその目で見ていた。だからこそ、比呂が生き延びたと云う事実が、どれだけとんでもない事なのかを悟る。
「……あれから一年半もの間、真田は特殊な訓練……いや、地獄の特訓を受けていたんだ。英雄・鬼島とマンツーマンでな」
「鬼島元大将と……」
「ブライトを見た時、誰もが思ったハズだ。あんなのには勝てないと。それは、英雄・鬼島をして、同じ事を思ったのかもしれない。だから真田の可能性を見出だした鬼島さんは、自分の最期の仕事として、真田を鍛えに鍛えあげたんだ。多分……自分の後継者としてね」
戦闘を終えた比呂が、江口と相良の前へとやって来る。
「相良さん。俺に、一年半前の償いをするチャンスを下さい」
「チャンスを? どういう事だ?」
「白虎隊は、若手の精鋭が集まった素晴らしい組織だった。なのに俺は、一度は白虎隊を崩壊へと導いてしまった。だから、今度は俺の手で、もう一度白虎隊を強い組織へと導きたい。そして、相良さんには俺の右腕として、一緒に白虎隊を強くして欲しい。お願いします」
本当に、お前は一年半前と同じ人物なのかと、相良は困惑してしまった。
それでも、これ程の強さを手に入れたにも関わらず、驕らない真摯な比呂の態度は、相良としても新たな隊長として認めない訳には行かなかった。
「一つ……聞いても良いか? 今のお前なら……ブライトを倒せる自信はあるのか?」
その質問に対して、比呂は即答は出来なかった。だが、顔を上げ、力強い眼差しで宣言した。
「分かりません。でも、本気にさせる事は出来るでしょう。俺はブライトの……ライバルになる男ですから」
この日を境に、白虎隊は国防軍随一の戦闘部隊へと成長する事になる。
そして、真田比呂こそが、ラスボスと怖れられるブライトに対して、唯一対抗できるであろう国防軍の希望として、国防軍の顔となって行くのだった……。
風香と比呂のその後。いかがだったでしょうか?あと吉田さんも。好評なら出番を増やしますんで、今後とも宜しくです。
では、次回からまた光輝サイドです!お楽しみに!