第9話 幼馴染・真田比呂
※会話の内容を修正しました。
少しでも飛び出すのが遅れていたら死んでいた。そんな直感が働き、光輝は咄嗟に逃げ出してしまった。
あの瞬間、もっとちゃんと弁明出来れば誤解が解けたのでは無いかと云う淡い期待は一切浮かばなかった。それ程、冴嶋の表情は狂気に満ちていたのだ。
(あれは、間違いなく戦闘狂だ。あんなのが国防軍にいて良いのかよ!?)
国防軍とは、国を、そして国民を守る為の正義の組織。そんな思いがあった光輝にとって、あの冴嶋は自分の国防軍に対する考え方に変化を与えてしまう程に異様な存在だった。
身に纏う狂気に満ちた雰囲気…。黒崎等とは比べものにならない程の威圧感…。
(兎に角、今は逃げなきゃ)
声が出せない現状、事情を説明する事が出来ない光輝にとって、逃げると云う選択肢しか無かった…。
―逃げる事一時間。
光輝は郊外の工場に身を潜めていた。
最初は家に帰って部屋に引き篭ろうと考えたのだが、今回の件では国防軍に加えて警察もかなりの人数が動員されており、ルート変更を余儀なくされたのだ。
その上、体力が限界を迎え、スピード・スターを発動するのが困難になってしまった。
(それにしても、警察だけじゃなく国防軍までもがこんなに動くなんて、あの黒崎って奴…元国防軍って言ってたけど、一体何をやらかしてたんだ?)
黒崎は既に死んでいる。でも、スペシャリスト達の追求は対象を黒崎から光輝に変えて継続しているハズだ。
冴嶋は黒崎を国際指名手配犯だと言っていたが、黒崎は元国防軍。かつては仲間だったハズなのに…と思いながら、光輝は冴嶋が黒崎を“スピード・スター”と呼んでいた事を思い出す。これは、光輝に目覚めたギフト能力と同じ文言だった。
(能力が同じ?…な訳無いよな。系統が同じだったとは考えられるけど…)
同じ様なギフトでも、能力によって互換性は存在する。だから、黒崎の能力はたまたま自分と同じ加速系であり、上位か下位互換だったのだろうと光輝は結論付けた。
(何にしても、今見つかる訳にはいかない。喋る事も出来ないし、何よりもう体力がもたない…)
ギフト能力は使えば体力を消耗する。その上、スピード・スターという身体を動かす事に直結した能力であれば、疲労は如実に現れる。
その上、光輝は黒崎からかなり痛めつけられた。グシャグシャになった右手をはじめ、顔面は血だらけで全身が悲鳴を上げていた。
その時、工場の重い扉が開かれる音がし、光輝は咄嗟に物陰に隠れる。
「隠れても無駄よ。お前の居場所は認識してる。大人しく出て来なさい」
女性の声だ。光輝の居る場所からは遠いし暗いのでよく見えないが、どうやら二人組の様だ。
「本当にここに居るんですか?国際指名手配を倒した野良フィルズって?」
「あら?“比呂クン”はおねーさんのギフトを見くびってるでしょ?こーなったら比呂を乳首っちゃうわよ!」
「わ!くすぐったい!ちょ、やめて下さいよ柏倉さん!」
(比呂だと!?なんで…いくら国防軍に入隊してるからって、なんでこんな所で…でも待てよ?比呂なら話を聞いてくれるんじゃないか?声が出なくても、俺だと分かれば攻撃はしてこないだろう?)
比呂はたまたま地元で自宅待機していた所を、階級的に上司にあたる柏倉に強引に誘われてこの場にいたのだが、光輝にとっては好都合な運命の巡り合わせだと判断した。
冴嶋とは面識が無かったから仕方なかったとして、比呂は幼馴染だ。きっと助けてくれるハズだと。
光輝は物陰から飛び出し、比呂と柏倉の前に姿を現した。
「ビド、ロレラ、グォギバ!」
声にならない声を振り絞り、光輝は必死に自分の存在をアピールする。
「なにコイツ?気持ち悪い顔して…もしかして命乞い?」
気持ち悪いと云う言葉にショックを受けたが、今は関係ない。言葉が通じないのは分かっている。だから、少しでも比呂に近付こうとした瞬間……
「あがっ!?」
光輝は横から伸びてきた柏倉の硬い拳に顔面を殴られ、吹っ飛ばされた。
「ちょっと比呂クン。無防備過ぎるわよ?」
「いや柏倉さん、なんかアイツ、俺に何か訴えかけてた気がするんだけど…」
「馬鹿ね。そうやって油断させるのが野良フィルズの常套手段なのよ。新人訓練でも習ったでしょう?“迷うな。迷うななら、やれ”…って」
飛びそうになる意識をギリギリ繋ぎ止め、立ち上がる。光輝は、自分の顔が血だらけになっている事に気が付いて無い。その上、殴られた事で顔中腫れ上がっている。そして、再び比呂の元へと向かうのだったが…
「!?」
最早悲鳴すら出せない衝撃が光輝を襲う。突然鉄骨が飛んで来て脳天に直撃したのだ。
(なんだ?何かが落ちて…。物体操作か?…まさか、比呂の能力?)
“エリア・マスター”。
自分の視界にある物体なら全てを思いのままに動かす能力、エリア・マスター。
状況から察して間違いなく比呂が光輝を攻撃したのだ。
朦朧とする意識の中で、それでも光輝は最後の希望を持って比呂に手を伸ばす。
「…まだ生きてるか?タフだなぁ。でもま、冴嶋中尉の話だと、黒崎の仲間の野良フィルズだったみたいだし、とりあえず始末しちゃいましょうか?」
「冴嶋中尉ねぇ…。あの人、戦闘狂だからねぇ。コイツが黒崎を殺したんでしょ?獲物を取られたから相当怒ってるでしょうね」
「え?じゃあコイツを殺したら、獲物を取った獲物を、更に取った俺が恨まれそうじゃ無いですか?」
(始末?殺す?嘘だろ?あの比呂が?)
比呂は幼い頃から優しく、そのせいで苛められる事も多かった。その都度、光輝は颯爽と現れて苛めっ子を撃退していた。
時が経つにつれ、立場は変わっても、比呂は空気は読めないが誰にでも優しい男だった。
その比呂が、躊躇無く人を殺す様な発言をした事が、光輝にとってはショックだった。
光輝は何とか立ち上がり、比呂に呼び掛ける。
「ヴィロ、ヴォデラ…」
「お?まだ喋る元気があるみたいだね。良かった~、危なく俺が冴嶋中尉に殺される所だった」
「でも野良はしつこいから、反撃出来ない様にはしておいた方が良いかもね」
「分かりました。エリア・マスター発動!」
比呂の声と共に、何処からか飛んできたワイヤーロープが光輝を縛り付けた。
「ーーッ!?~~~~ァ!!?」
容赦無く締め付けるワイヤーは、光輝の身体に食い込む。想像以上の痛みが光輝を襲った。
「…にしても、国防軍に入って俺の認識は変わりましたよ…」
「あら?どんな風に?」
「勿論、全員って訳じゃ無いですよ?国の為、人々の為に頑張ってる素晴らしい人達の方が多いですけど、中には冴嶋中尉みたいな戦闘狂とか、昇進の為なら汚い事も平気でやるような人が多いじゃないですか?もう、正義の為って云うより、己の欲望に忠実って言うか」
「…一部にそう言う軍人がいる事は否定しないけど…結果的にそれが国の安全に繋がってる面もあるんだから、仕方ないないんじゃない?」
「そうなんでしょうけど。…俺の友達に、子供の頃から国防軍に…スペシャリストに憧れてた奴がいまして。ソイツが国防軍の真の姿を知ったら、発狂しそうだな~って。でもソイツ、ギフトが発現しなかったんですけどね」
「そうなの?じゃ別に良いじゃない、そんな無能な奴、縁切っちゃいなさいよ」
「いや、それがソイツ、俺がギフトに目覚めた時も、国防軍の一員だって教えた時も、悔しいハズなのに我慢して何事も無かったかの様に振る舞ちゃって。……それがもう、ムカついて仕方なかったったんですよ」
(………なに?今、比呂は何て言ったんだ?)