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8:わかるわきゃねぇだろ

「ぶ、ぶひぃ……ダヴィン、ダヴィン、起きているか?」

「……ブラントン、お前、よくも顔を出せたなっ!!」


 激痛でひりつく肌、痛みで震える肉体のすべてを――自分の作品を長年盗作してきた恥知らずな兄への憎悪が凌駕した。

 脳髄を内側から破裂させるかと思えるほどに激烈な怒りと憎悪(アドレナリン)が全身の血管を駆け巡り、肉体の苦痛を一時的にシャットダウンする。

 ダヴィンは私刑を受けた直後とは思えない勢いで、格子の向こう側にいるブラントンの襟首を掴みあげた。

 相手は正嫡の子と遠慮していたが、もう我慢できない。


「ぶひぃ?! や、やめろぉ、おりはお前の命を助けてやったんだぞぉ?! おお、お前は私生児(バスタード)でどんなに美しい絵を描いても評価されない、評価されてるのはおりの絵という事になっているからだにぃ!!」

「そして命を助けた僕に、またお前の代筆をさせるのか?! なぁ、天才芸術家のブラントン=アースランド様!!」


 そのまま勢いよく兄を突き飛ばせば、ブラントンがしりもちを突く姿にふん、と侮蔑の声を上げる。


「お前がどれだけたくみに人々を騙そうとも――僕とお前だけは真実を知っている。

 お前は、人々が期待するような絵を一枚も描くことができない。

 汚らわしい盗作を『国の宝』だとありがたがって各国の国賓の前で大いに恥を晒すところだったのを止めてやったが――きっとあの王だって、僕が兄の才能に嫉妬した馬鹿と見ているだろう、誰も彼もお前が天才画家だと、逆恨みした弟の命を救った慈悲深い男と信じるだろう……。

 そう……この世で僕とお前だけが……ブラントン=アースランドが恥知らずだと知っている……!」

「お、お前に……お前におりの何が分かるってんだにぃ!! 」

「わかるわきゃねぇだろぅが!!」


 ブラントンの怒りの叫びに、ダヴィンはその叫びに倍する怒りをたたきつけた。

 ブラントンとて言い分はあった。父親に愛され、認められるには弟から盗作するしかないのだと。けれどもその事実に一番傷ついているのはブラントン自身だ、とも。できるなら、ブラントンは園芸家になりたかったのに。

 自分の苦しい心情すべてを吐き出して、ダヴィンから協力を得ようとした。盗作を続けさせてくれと交渉しようとした。



 けども――ブラントンは、盗作された弟のあまりにも正しすぎる怒りの激しさに、無理だぶぅ……と考え直さざるを得なかった。

 


 どれだけ自分を弁護しようとしても……自分は弟から盗作した恥知らずで。

 弟の怒りは、盗作したブラントン自身から見ても正しすぎて。

 そんな自分を認める訳にはいかなくて、ブラントンは格子の向こうにいるダヴィンを殴りつける。


「痛っ……なんだ! 喧嘩ってんなら買ってやる!」

「ぶ、ぶひぃ!」


 ダヴィンは怒りに燃える眼差しで、即座に格子の隙間から蹴り足をブラントンのつきでた腹にぶち込んだ。

 暴力を受けても余計に憎悪を滾らせるダヴィンの視線に、ブラントンは怯んだ声を上げる。

 絵を破いたことで警備兵に散々打ちのめされたダヴィンは、しかし肉体の不調すべてを怒りで黙らせて叫ぶ。

 その姿に恐怖し、ブラントンは肥満体をゆすりながら荒い息を吐いてその場から逃げ出さざるを得なかった。



「ぶひぃ……ひぃ」


 ブラントンは……牢獄の看守に賄賂を渡して、弟になるべく良いように、と頼んでおく。

 周囲からは、兄に逆恨みした弟をなおも気遣う心優しい男とうつるだろう。ダヴィンがどれだけあの絵が自分の描いたものであると主張しても受け入れられないに違いない――私生児(バスタード)が卑劣な嘘をつくというのは、聖職者がよく言っている。

 結局のところ、秘密を守るために弟を牢屋で密殺する事も彼には可能だったが――ブラントンは、それは出来なかった。


 ……弟の描いた絵の数々。弟の作った『姫人形』。様々な芸術作品。美しい数々。


 ブラントン=アースランドは小心者で、自分より立場の弱いものを痛めつけることに躊躇いのない卑劣漢だった。

 だが、芸術を愛する心だけは本物だった。

 生きてさえいれば、これからも様々な芸術を生み出すであろう弟を殺すなど、あまりにももったいなくて実行など出来なかった。


おりにダヴィンのような才能があったなら……いや、いいや! 逆でもいい!

 おり私生児(バスタード)で、ダヴィンが正嫡の子だったなら……!! おりは園芸家になれたのに、ダヴィンは正しく芸術家として評価されただろうに……!!

 女神様ぁ! どうしておりを正嫡の子にしたんだぶぅ……!! 

 もし逆だったなら……おりもダヴィンも、もっと穏やかに、普通に幸せになれただろうに!!」


 肥満児は、頬から涙を流した。

 人が幸せになる事を妨げる、この世の冷酷なしくみに対する悲憤の涙だった。


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