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7:あんまりじゃないか

「彼は天才だがあの上がり症はいずれ克服してもらわねばな。……アンネリアよ、どうした? ああ、その絵か」


 ロバート王は、娘のアンネリア姫が傷つけられた絵の前でずっと立ち尽くしていたことに気付き声を掛ける。

 中心に刃物で傷をつけられた絵はもはや美術品としての価値は失われたが、元がどのような絵であったか想像は出来る。ロバート王は横に並び立ち、絵を見つめる。

 深々と帽子を被り、金色の髪を押し込めた少女。首元には深くマフラーを巻きつけて顔を隠している。

 タイトルは『隠れた姫君』。


「美しかろう。この絵は。……このような形になって残念だ。……アンネリア?」

「え? ……あ、はい?! なんでしょう、お父様!」


 その、魂此処にあらずといった様子のアンネリア姫にロバート王は首を傾げたが深く追求はしなかった。

 後世に残されるべき芸術品が、無残にも破壊されたことに心を痛めているのだろう――そう思ったが、真実は、違う。


(……どうして? これ……あの時、わたくしといつも会ってくれた『彼』のくれた絵とまるで一緒ですの。

 わたくしが貰ったスケッチには色彩がなくて灰色の濃淡で色を表現していたけど、こちらは彩色もされたもの。

 ……まさか、これが――『彼』の言っていた『奪われた絵』?)


 アンネリアは唇を噛み締めた。

 大変な秘密を知ってしまった事への恐怖で身を震わせる。

 許し難い犯罪が行われていた事への怒りで身を震わせる。


『彼』はいつも言っていた。描いた絵はいつも『兄』が売りに出していると。それはたぶん新しい絵を描くための材料費になっているのだろうとそう言っていた。


 アンネリアは――展示会場に並ぶ『天才芸術家ブラントン=アースランド』の作品たちすべてが、まるで親戚が奴隷市場に繋がれている光景に思えた。どうしようもないぐらいに無残な気持ちになる。


(『彼』の愚痴が本当なら……この絵全部……全部が――『彼』が描いて、奪われた盗作?!

 ひどい……ひどすぎる、あんまりですのよ!)


 頬を伝う涙を見て、父のみならず、大勢の観客たちは失われた芸術を思って涙しているのだと思うだろう。

 だが、本当は違う。それは怒りの涙だった。

 自分の愚痴や辛さを聞いてくれていた絵描きの『彼』の努力や研鑽すべてを嘲笑するものへの――激烈な、怒りの涙だった。





 体が痛い。

 というよりは――体で痛くない部分が存在しない。

 ダヴィンは、牢屋の中におざなりな治療の施された体を横たえていた。

 傷は痛んで体が火照る。気が高ぶって今夜はとても眠れそうにはない。

 鼻腔から入り込むかび臭いにおい。わずかな窓からは月光が差し込んでくる。


「う……」


 気絶する前の事を思い起こせば、また自然と涙が溢れそうになった。

 僕が子供の頃から書き続けていた絵。12になる今日まで続けた絵の大半が――自分ではなく、兄の名札を付けられて展示されていたことはダヴィンの心を大いに傷つけていた。

 私生児は、自分の名前で絵を展覧会に出すことはできない。どうしてそんな風になっているのだ。



 ……痛む体を硬いベッドに横たえながら、世界創造の神話を思い出す。

 最初に偉大な、おおいなる『最初の神』がいた。

 神は最初に、世界全てを管理するものとして、『白い光の女神』を産んだ。

『白い光の女神』に対して『最初の神』は祝福を授けた。

 そして大地を形作り、川を作った。動物を作り、植物を作り、海を作り――そして最後に人を作ろうとした。

 だが『最初の神』は理想の『人』を作ろうとする途中で幾度となく試行錯誤を繰り返し、人以外の『亜人』、あるいは『魔族』と称される、祝福されざる失敗作の命が生み出されて……その最後に、『最初の神』も満足する完璧な『人』が完成したのだ。

 その世界創生の大事業に満足した『最初の神』は、そのまま世界が寿命を迎えるときまで、人では想像もできぬ永遠に近い時を眠り続けるのであった。


 しかし、『最初の神』にも誤算があった。

 太陽と空を司る『白い光の女神』は一人で生まれたのではなく、双子として生まれた。

『白い光の女神』の影に隠れていたゆえに気付かれなかったのだ。

 その女神の双子であり、月と海を司る『青い闇の女神』は祝福されざるもの、すべての『亜人』や『魔族』を率いて今も人と敵対しているという。


『偉大なる祖である『最初の神』に祝福されなかった『青い闇の女神』は、『白い光の女神』を憎悪し、その威光を穢そうとしているのだ』


 ……故にこそ、聖職者達はみな口をそろえて『祝福を受けなかった私生児(バスタード)は忌まわしいもの。青い闇の女神に仕え、白い光の女神への反逆を目論むもの』と声高に宣言するのだ。

 ……生まれ落ちた時に、聖職者から洗礼を受ける事のできない隠し子だというだけで、その後の人生に大きな影を落とすのだ。


 ダヴィンは痛みの中で怒りにうめいた。


 なら、生まれてくる子が不幸になると分かっていたなら、どうして愛妾など持つのだ。

 どうして聖職者どもは、妾を作り、おおやけに出来ない子供を作るこの世の不実な父を罵倒しないのだ。……分かっている。金だ。妾をもてるような男はたいてい金持ちで、そして聖職者達は沢山のお布施をくれる金持ちを攻撃する気はないのだ。

 例えそのせいで、神の祝福を受けられない私生児(バスタード)たちが苦しい人生を強要されるとしても、知ったことではないのだろう。

 ダヴィンは12年の人生で、一度二度しか話した事のない、不誠実の化身のごとき我が父オイゲン=アースランドを呪った。



 私生児(バスタード)というだけで自分の名前で絵を発表する事が許されない、この世のしくみを呪った。


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