6:慈悲深いこの豚野郎
「さて。次はブラントン、おぬしの絵が飾られているのであったな」
「は、はひっ! こ、光栄でぶぅ!」
近衛兵と……物々しい刀剣と巨大な甲冑に身を包んだ近衛騎士団用に配備された戦闘用の自動人形を引きつれながら、美術展の会場をロバート王は歩いていく。後ろから答えるブラントンの声に頷いた。
王は、この肥満体の若者が芸術の才能と自動人形を作る才能の双方を有した、類稀な天才である事を知っている。
だが、残念ながら会話する相手を愉しませる才能には欠けていたようである。
……とはいえ、それは彼の持つ素晴らしい才能と比べれば、あまりにも些細な欠点だ。
「どのような絵か、わたくし楽しみです」
「あ、ありがとうございましゅ、アンネリアさま!」
緊張しっぱなしで不審なまでにうろたえているブラントンにも、アンネリア姫はいつものように穏やかな笑顔を浮かべている。
もちろん、婚約者候補であるブラントンと一緒にいるのだから、ここにいる彼女はあの精巧な『姫人形』ではなく姫本人であった。ロバート王としてはもう少しこの肥満児の青年に、娘を立派にエスコートして欲しいのだがと内心溜息をついている。
だが、目指すべき絵の展示場でなにやら喧騒が起きているようだった。
怒号と悲鳴。くぐもった苦痛の音。近衛兵の一人が先に向かい、警備の人間から情報を集めて帰ってくる。
「へ……陛下。その……ブラントン=アースランド様の新作の絵に……刃を付きたてた不届きものがいたそうです」
「ぶ、ぶひぃ?!」
「ば、馬鹿な! どこぞの不埒者だっ!」
「下手人は既に捕まえております、陛下」
ロバート王は怒りの声を上げながら、荒々しく進み、横にいるブラントンに頭を下げた。
「むぅ……す、すまぬ。ブラントンよ。お主から預かった絵をこのような事にしてしまうとは」
「い、いえ。お、気になさらないで欲しいでぶぅ……」
「うむ。……大陸の各地から貴賓も集まる中で、わが国が誇るそなたの絵を傷つけるとは――わがルクセンビア王国の名誉に泥を塗ったに等しい」
ロバート王が進み出れば、警備兵に殴打され続け、襤褸切れのような姿になった――12歳程度の少年がいた。
このような子供が? ロバート王は訝しげに首を捻る。だが、彼の正体は意外なところから明るみにでた。
「ぶ、ぶひぃ?! ダヴィン?!」
「ッ……」
ブラントンは驚愕の声をあげ、アンネリアは息を呑んだ。
しかし、彼女はすぐさま声を上げなかった。目の前の、いつも絵を描いている顔見知りの少年。それは彼女が王宮から抜け出した時によく話をする……優しい絵描きの『彼』だったからだ。ここで彼との関係を知られると、いろいろとかんぐられる可能性がある。
ロバート王は、少年の素性を知っていると思しきブラントンに尋ねる。
「知り合いかね?」
「はっ、はひっ。その……ち、父上の私生児で、腹違いの弟でぶぅ……」
言い難そうな様子のブラントンに、ロバート王は頷く。正妻の子でない私生児を、腫れ物のように扱うのは良くある話だからだ。
そして打撲で青痣だらけのダヴィンを冷厳に見下ろした。
「……小僧。そなたなぜ兄の成功を素直に祝ってやれぬ」
「あれは……僕の絵だ」
「抜かせ、小僧」
ロバート王は不快げに呟き、ダヴィンの腹を蹴る。
げほげほと咽る子供を見下ろしながら、王は冷酷に言った。
「私生児である以上、正業に就くことは許されぬ。そなたのような神の祝福なきものは、それに相応しき賎業に就くのが決まり。お主も兄の成功を妬まずに、賎しいなら賎しいなりの仕事を懸命にこなせば良かったものを」
くい、とロバート王がダヴィンを指差し、首を掻っ切る仕草を見せれば心得たと頷いた近衛兵が剣を抜く。
「我が国の威信と名誉を傷つけた罪は重い! 国王権限を持ってこの場で斬首刑に処す!」
「ぶ、ぶひぃ!! お、お待ちください陛下ぁ!!」
だが、その処刑宣告に真っ先に異議を唱えたのは――驚くべきことに、弟に大切な絵を破られたブラントンその人であった。
彼は王の前に跪き懇願する。
「お、弟は確かに絵を破りはしましたっ! で、でふが、どうか、どうか命を奪うことだけはお止めください!」
「うむ……?」
ロバート王は驚きのうめきをあげる。
彼も芸術家という人種は良く知っている。自分が精魂を込めてつくりあげた作品を台無しにされたのならば烈火のごとく怒り狂うのが常であろうに……このブラントンという高潔な少年は、自分の絵を台無しにした卑劣な弟の命を庇って見せたのだ。
他のものならともかく、絵を台無しにされた本人から助命嘆願をされたのでは仕方ない。
ロバート王は重々しく頷く。
「……絵を破られたそなた自身からそう言われたのでは仕方ない。
斬首刑は中止しよう。……だが、国賓も集まるこの大博覧会で国の名誉を傷つけたことは許されざることよ!
私生児ダヴィン! そなたは監獄送りとなる! ひったてい!!」
「ぶひぃ……へ、陛下、おありがとうございますぅ……!」
ロバート王はブラントンに微笑みかけた。
「いや……己が絵を台無しにされたにも関わらず、その態度。家族を思うその気持ちに余は心打たれた!
みな、慈悲深き天才芸術家に拍手を!」
『なんという慈悲深い……弟の逆恨みを許し、命を救うとは!』
『彼こそわが国が誇る心優しい芸術家だ!!』
『描く絵に勝るとも劣らぬ、美しい心よ!!』
割れんばかりの拍手大喝采に対し――ブラントンはぶるぶると身を震わせながら走り出す。
顔を真っ赤にし、よたよたする姿に、きっと照れているのだろうと誰もが皆思った。
だが――真実は違う。
(やめてくれぇ! やめてくれぇ!!
俺を褒めるな、讃えるんじゃにぃ!! 拍手しないでくれ、俺はもうみじめで死んでしまいたんだにぃ!)
その顔が赤らんでいるのは照れているからではない。
その拍手が、その喝采が――彼に自分が芸術家の風上にも置けない卑劣漢である事を思い出させる鞭となって、ブラントンの良心と羞恥心を切り刻むことに耐え切れないからだった。
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