4:盗作家の同情する余地のない悩み
「ふはははっ、これでわがアースランド家は安泰ぞ、これからも期待しているからな、ブランドンっ!」
「ぶひぃ……」
そういう風に上機嫌な様子で王宮の絨毯の上を進む父、オイゲンの後ろをブラントンはとぼとぼした様子でついていく。
父はそんな息子の様子など気にした風もない。
どうしてこんな具合になるのだ、とブラントンは思い込んでいた。
……彼は、あの精緻な自動人形と美術品の如き外観を両立させた『姫人形』が自分ではなく弟のダヴィンが製作した事を知っている。
……腹違いの弟ダヴィンが、万能の天才である事を知っているのは、皮肉にも彼を忌み嫌う兄のブラントンのみであった。
自分とは違い、家業である複雑な自動人形の設計に関する授業を隣で聞いているだけで把握し、のみならず改修案まで出せるほどの理解を示す。
見ただけで頭が痛くなるような複雑な本を一晩で読み終えるあの知性や才能が素晴らしいものだと理解しつつも……父オイゲンがあの才能を知れば、自分は正嫡の座から引きずり落とされるのではないかと思うと、憎悪は募る一方であった。
(俺はどうして他人の成果物で天才呼ばわりされているんだぶぅ……)
……ダヴィンは、天才であり、同時に腹違いの兄ブラントンを憎悪していた。
最初、ダヴィンが作ったのはブラントン人形だったのである。
頭部と手のみで出来たブラントンそっくりの人形は、そのくせ『ぶぅぶぅ』と彼の口癖を真似る事もしたし、ちょっとした会話程度ならするぐらいの代物であったのだ。
……ダヴィンは元々その兄に似せた自動人形を、自分自身のストレス発散のための殴打用に作るなどという才能の無駄遣いをしていたのだが、製作途中で発覚したので、兄に対するプレゼントだと偽って贈ったことをブラントン本人は知らない。
ブラントンは、その自分そっくりな自動人形のあまりのできばえに不気味ささえ覚え、最初はさっさとぶち壊してしまおうと考えていたのだが……その内部構造の精緻さ、相手の目鼻立ちを完璧に再現する芸術の腕前に……壊すことはできなかった。
彼は自分より立場の弱い人間を痛めつける事に躊躇いはない小心者だったが、しかし芸術を愛する心だけは本物だった。
それを貴族のみ通える学園での自主研究発表の場で、サボるために提出したのだが……そこで並み居る教師陣すべてから多大な絶賛を得たのだ。
胴体から下、滑車と歯車、バネで構成された内部構造を隠すように服を着せてみれば、誰も彼も人間だと見間違えたのである。
『天才児ブラントン』の名は高まるにつれ、彼の心に否定し難い憎しみと屈辱を刻み付けていった。
弟のダヴィンが人目を忍んで絵を描いていることは知っていたから、ブラントンのために用意されたアトリエで絵を描く許可を与えてやったら……それこそ描くわ描くわ、何かを描き、完成させることが楽しくて仕方ないという風に絵を描き。
また試しに自動人形の構造を記した本を読ませれば、その変更点や改良点を自作のノートに書き記していく有様。
ブラントンは――弟の成果物を根こそぎかき集めて提出した。
嘘を隠し続けるために。
(仕方ないじゃないかにぃ! 俺の成績じゃ父上は不機嫌で、だどもダヴィンの絵が評価されるたび、父上は上機嫌だ。俺が父上から失望されないためには盗作するしかなかったんだにぃ)
そのうち――ブラントンが自分に似せて作った特別な人形の評判は、国王であるロバート王の耳にさえ届き……そして、愛娘であるアンネリア姫様の姿を模した『姫人形』の製作さえ依頼されるほどだった。
自分ではないのに。
ブラントンは、アンネリア姫の降嫁を考えていると王に言われた時、歓喜よりも恐怖を覚えた。
最初に『あの人形は俺が作ったんだにぃ』という嘘を付いたために……嘘を隠すために嘘に嘘を積み重ね、もうブラントン本人でさえどうしようもないぐらいに積みあがった嘘の重みで潰れて死にそうだった。
(そうだ、全部、全部ダヴィンの奴が悪いんだにぃ! 俺に似せた自動人形など作らなけりゃ、こんな大変なことにならずに済んだんだにぃ!)
ブラントンは逆恨みそのものの凶暴な情熱を燃やしながら歯を噛み締める。懐に入れた乗馬鞭で、すべての元凶のダヴィンを嬲りたくなる。だが……殺すことはできない。
『若き天才』ブラントン=アースランドの仮面を被り続けるには、腹違いの弟の描いた絵が必要だった。
近日中に行われる大陸でも有数の大博覧会にお披露目する予定の絵は、ここに来る前にダヴィンの工房から奪っておいた。後の事は後で考えようと思いこむ。
ふと、何かを思いついたかのように父オイゲンが足を止める。
「そうそう、それとな。ブラントンよ。お前の趣味の花壇だが」
「ぶひぃ!」
ブラントンは叫び声を上げ、思わず言葉を続ける。口元に笑みが広がった。
「そ、そうでふ美しいでしょう! あの朝顔の花壇は、数種類植えた種の中から葉の数、並びのおかしな奇形種の種を選び、奇形種同士を受粉、交配させることにより、常識では考えられない不思議で独特な花が咲くんだぶひぃ! もちろん奇形種同士の花ゆえにその種を植えても次代の種が花咲くことはないけども、あの一代限りの命が、ゆがみながらも美しく咲き誇ろうとする花は、きっと父上も気に入るぶひぃ!」
そんな息子の情熱的な言葉に水をさすように、父オイゲンは言う。
「あの花壇は潰せ」
「ぶひぃ?! ……ど、どうしてでぶぅ!!」
「バカモノ! 花を植えて育てるなど庭師の仕事だぞ、お前が素晴らしい芸術家なのは分かっているが、花の世話など女子供か平民、私生児の仕事だ!
お前は自動人形の改良と絵の作成だけしておればよいっ! このアースランド家の当主には相応しい趣味と仕事があるのだ! わかったな!」
「……は……はいでぶぅ……」
ブラントンは小さな、蚊の啼くような声で頷いた。
奇形種の花の栽培……それは、それだけは――ブラントン=アースランドの数少ない、彼自身の成果だった。
それも自然の中では駆逐されていくような、奇形の花の姿に美しさを感じていた。
だから、その事を父には言えない。
自分の唯一誇れる才能を父に否定され、ブラントンはどうしようもない絶望と屈辱で震える。
父が欲している才能は、弟のダヴィンが持つ、美術と人形作りの才能で。
ブラントン本人が持つ、花作りの才能は……望まれていなかった。
「ち、父上……」
そして、子供が父親に愛され続けたいと思うならば、弟が心血を注いで描いたモノを略奪し続けねばならないのであり。
ブラントン=アースランドは、己のことを芸術家の風上にも置けぬ外道と軽蔑しながら生きていくしかないのだった。