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3:名前もしらない『おひめさま』

 このルクセンビア王国において……自動人形はどれも国の資産として扱われる。

 疲れを知らず、部品を交換する限り永遠に働き続けるそれらが、単純な労働に用いられるようになれば――確実に人々から仕事を奪い、貧困の人々を更なる貧困に叩き落すだろうという予見から、ルクセンビア王国に置いては戦争に用いられるか、鉱山夫に代わる限定された労働力として用いられていた。

 

「おお、修理はどんな具合だ?」 

「摩耗していたパーツを交換して油を差しました。で、……これで、ここをこうして、戻す」


 ダヴィンが行っているのは、そうした人形の補修や修復だ。

 功績が少ないと言っても、アースランド家は最初に自動人形を生み出した名家。民衆からすれば、自動人形修復の専門家と見られるのも当然。


「これで修理は完了と。とりあえず動作確認を」

「ああ、アースランド家の人間の仕事なら信頼できるさ。ありがとよ」


 放り投げられる小遣い金を懐に入れる。

 スケッチをするために街を歩いていたら、騎士団の人間に呼び止められていたのだ。

 もちろん騎士団の使っている戦闘用の人形を実地で触れることは興味深かった。


「……ふん」


 嘆息を溢した。

 ダヴィンは、アースランド家の『自動人形』に関する教育は受けていない。父や教師の講義を聞いていないブラントンの横で掃除をしていたダヴィンは、盗み聞きと捨てられた教科書をすべて読んで覚えたのだ。結局のところ自分はどんなに努力を重ねても私生児(バスタード)以上のモノにはなれないのだ。


 楽しいことを考えよう。


 今もらった小遣い金だが、今まで爪に火を灯すようにゆっくり集めたお金と合わせれば、けっこうまとまった金額になる。

 そのお金で、近日公開される大陸全土の珍品や美術品が集められた大博覧会への入場チケットが購入できる。未だ見知らぬ珍品や異国の動植物は知識欲と好奇心の塊であるダヴィンの心をわくわくさせた。

 そうすればきっと楽しいぞ。

 ダヴィンはそう考えて、口笛など吹きながらその辺に腰かけて、工事の情景に視線を向けた。

 さっと鉛筆を走らせていけば、荷物引きの牛の見事な筋肉の隆起がうねる姿が紙の上に映し出されていく。その横で応援するような掛け声をあげる工夫の姿をなぞり上げる途中で……ダヴィンは、ふいにスケッチブックが誰かの影でかげり、思わず振り向いた。


「あれ。『お姫様』」

「こんにちわ」


 頭の帽子の中に綺麗な金髪を窮屈そうに押し込めて、口元を隠すようにマフラーを巻いている。コートですっぽり全身を覆っているものの、その品のよさはどうも隠しきれていない。もっとも周囲から時々刺すような視線を受ける事から、陰ながら護衛する人もいるのだろう。

 お姫様というのは本名をなぞめかして答えない彼女に対する愛称だった。

 もっとも……その仇名は案外真実を言い当てていたのではないかと今では思う。

 金髪碧眼、緩やかに波打つ髪と、美術品のように整った耳目。大勢の若者の心を蕩かすであろう大変な美少女。

 なにより『お姫様』は……ダヴィンが兄ブラントンより手渡された魔法の記録道具に写った姿と瓜二つ。

 先ほど完成させた『姫人形』とそっくりな容姿だ。となると……大変身分高い女の子なのだろう。もっともそうと知ったからと言って対応が変わるわけじゃなかった。


「なに? こんなところでどうしたの?」


 ダヴィンが彼女と出会ったのはほんの偶然だった。

『お姫様』がそのあたりの屋台で買い食いをしようとしたものの……銅貨数枚で事足りる買い物に、金貨を取り出そうとしたあたりで大変な世間知らずと思ったのだ。

 もし誰かが助け舟を出さなければ、性質の悪い連中に絡まれていただろう。

 さすがに見てみぬふりは後味が悪いと思い、即座に助けに入り……お礼代わりに何度か絵のモデルを依頼したのである。

 彼女は、むぅ、とほっぺを膨らませてダヴィンを睨みつける。


「約束したじゃないですか。……私をモデルにした絵を見せてくれるって話」

「あー……」


 ダヴィンは罪悪感で言葉を失ったが、しばしの沈黙の後で言いにくそうに答える。


「……奪われた」

「えっ……そんな?! どうして、画家から絵を奪うなんて恥知らずな真似を……」

「……ごめん。せっかくモデルになってくれたのに」


 ダヴィンは言葉を詰まらせる。

 鉛筆を握る手に力が篭る。そのあまりにも悔しそうな表情に『お姫様』は何も答えられずに俯いた。何よりこの絵描きの少年がその事を気に病んでいるのは明らかだったからだ。

 けれどもダヴィンは気を取り直す。色彩こそスケッチの白地と鉛筆の黒だが、筆圧一つで描ける色彩はもう何色かある。

 黒と白、だがその間にはもう少し沢山の灰色が存在していた。本当はきっちりと色を縫った渾身の出来を渡したかったが、仕方ない。


「わぁ……」


 目の前で、自分の姿が紙の上に描き出される様子に『お姫様』は感動の溜息を溢した。

 華やかな色彩など存在せずとも、筆圧で表現される灰色の濃淡一つで姿形を現し、たくみに影を配置して立体的な印象を与える少年の技術は、彼女の知るどの画家よりも生き生きと表現してくれる。


「す、凄い、凄いですっ! あんなに短い時間でこんなに書き上げるなんて」

「とんでもない。ここに至るまで何年もかかったよ」


 ダヴィンはほんの12歳児だが、それでも美しいモノを書き出すために心血を注いだ時間はとてもおおい。

 その能力、才能は紛れもなく万能の天才と称されるものだが相応に努力を重ねてきた。

 だが……その才能の最たるものは、やはり努力を辛いものと感じず、遊ぶように努力を積み重ねるその性情だろう。



 美しい金色の髪を帽子の中に押し込めて、口元をマフラーで隠す。

 ……お城からこっそりと抜け出してきたアンネリア姫は、なじみの少年の前に腰掛ける。どこかに座るときはいつも椅子で、地面に直接座るという体験が中々新鮮だった。その辺の草原に腰掛けると、草木の感触がお尻に潰れてなんだか面白い。


「で、今日はどうしたの、『お姫様』」


 アンネリアは、『彼』の言葉に最初はきょとんとして。

 そして、少年が、自分に何かあったのだと察してくれたのだと思い、頬をほころばせる。


「その……結婚の話があったの。相手は、その全然知らない人で」

「印象は?」

「よくない。鼻息荒かった」


 むぐぅ、と『彼』は呻く。

 アンネリアも、『彼』もお互いに事情があることはなんとなく察してはいた。けれどもどっちも幼い子供同然で、手助けするには力不足で。アンネリアは思わず縋りつくような気持ちで、自分の事情を話したけれど……言ってから後悔する。

 ……このルクセンビア王国の姫君である自分の婚姻は国家のために行われるためのもので……『彼』に話したところでどうやっても覆せるような代物ではない。


「……その。ごめんね」

「……いや、いいよ。どうにかできると良いんだけど」


『彼』はそこまで言って……絵の完成品を書き上げると、そのままスケッチブックをアンネリアに手渡した。


「あげる」

「えっ?!」


 思わず驚きのあまり『彼』とスケッチブックの間を何度も往復させる。なぜなら、このスケッチブックは『彼』が沢山書き続けた絵が乗っている。一度アンネリアが『欲しい!』とおねだりしたのに譲ってくれなかった。

 王家の姫君として生まれてきたアンネリアにとっては、『欲しい!』とはっきり希望したにも関わらず、手に入らないものがあるなど生まれて初めてで。『彼』のスケッチブックが欲しいとベッドで夢にまで見た代物だったのに。


「……良いんだ。意地の悪い兄上に盗まれるぐらいなら、親しい人に持ってもらったほうが僕も嬉しい。

 それに絵の描き方は指が覚えてる。その気になれば紙に幾らでも描けるから」

「そ、その……ありがとう。とっても嬉しいの。大切にするね」

「……ほんの一時でも、君の心の慰めになるんならそれで十分だ」

 

『彼』は照れくさそうにそっぽを向く。

 耳までが赤くなっている事をこっそりと盗み見たアンネリアは、心に花の咲くような喜ばしい気持ちで、スケッチブックを大切に胸元に抱え込んだ。

面白いと思っていただけたら、ブクマ、評価お願いします。

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