〜スナイパー〜
土砂降りの雨が、教室で話す彼らの音をかき消す。
「あのニュース見た?」
仁科が机に腰掛けながら話す。
「暴力団が次々と撃たれてるって話しでしょ」
有里が眉をしかめながら言う。
「狙われている組の方も、仕返しを企てているらしい。まあ、当たり前だな」
富枝の顔が少し悲しげなように、仁科には見える。
「仁科、こっちの抗争も参加するか?」
新藤がにやけながら仁科に言う。
「冗談じゃない。不良の抗争ならまだしも、銃弾が飛び交うのはもうこりごりだ」
仁科は前に、学校で起きた暴力団員による発砲事件を思い出した。
「不良の抗争をまだ良い、って思えるのも麻痺してるわよね」
有里が呆れ笑いをしながら言う。
「そういえば、あの人意識取り戻したんでしょ」
有里の言うあの人とは、話しの流れからして彼だろう。そう仁科は考える。元暴力団員で、組を抜ける際に仲間に追いかけられて撃たれ、今は入院している。
「そうだよ、ずっと眠ってたのに、起きたら元気そうでさ。ほんと良かった。明日も見舞いに行くんだ」
夕暮れ、仁科は部活を休んで病院へ来ていた。
「もう起き上がって大丈夫なんですね」
仁科はベッド上で起き上がっている男に話しかける。
「寝てる間に傷が治っちまった」
男は左胸に手を当てた。銃弾に打ち抜かれた場所である。男の病室は六人部屋の窓際、小型テレビには夕方のニュースが流れている。
「まさか、行こうなんて考えてませんよね」
仁科は男に釘を刺す。男が見ているニュースは、組同士の抗争のニュースであった。仁科が近頃頻繁に見舞いに来るのもこのためである。
「ああ、行くぜ。分かってんだろ。狙われてる方はオレがいた組。世話になった人たちが、順番に殺されてやがる」
男は感情を殺しているようだ。仁科には、怒っているのか悲しんでいるのかさえ、分からない。
「無茶言わないでくださいって」
「抜けたとは言え、世話になったんだ。仕返しはきっと大勢でけしかけるだろう。そうしたら、でかい抗争になる。そうなって、仲間が大勢死ぬのは嫌だ」
「まあ、入院してる限り病院からは出られないんですからね」
そう言って仁科は病院を出る。病院から仁科の家は離れている。その間にはゲームセンターやCDショップなど、若者の気を引く店が建ち並んでいる。仁科もいくつかの店により、日が暮れてから帰路に戻る。若者の街は過ぎ、今度は飲み屋街にさしかかる。アフターファイブのサラリーマンで賑わっている。
「えっ! なんであの人いるの!」
賑やかな飲み屋街にそぐわない、暗い顔つき。ギラギラと光る目。
「どうやって病院抜け出したんだ!」
病院のベッドに横になっているはずの、小一時間前まで見舞いに行っていた、あの男。
見間違いじゃない!
仁科は走り出す。追いかけるが、存外遠くにいる男には中々近づけない。男が角を曲がり、見えなくなる。仁科もその角を曲がる。男はもう次の角を曲がる。仁科は走って距離を縮める。飲み屋街を外れる。よりディープな街へ。仁科は構わず追いかける。そこで、急に騒々しい声が聞こえるのに、仁科は気づく。たくさんのガラの悪い男が、一つの建物へ入っていく
「事務所だ……」
暴力団の事務所。そこへ入って行くたくさんの憤った男たち。
仕返し。
その三文字が仁科の脳裏へ浮かぶ。そして男が、これを止めるために病院を抜け出したことも察した。大勢の組の物たちが大声を上げながら敵陣へ乗り込んでいく。そして病院から抜け出したあの男もそれを追って入って行く。仁科は考える。どうやって止めれば良いのか。仁科は事務所に近づく。中からドタバタと騒々しい音が聞こえてくる。仁科は思い切り息を吸い――パトカーのサイレンを声真似する。中から大勢の男たちが飛び出し、逃げ去っていく。次いで出てきた男の腕を引っ張る。
「帰りますよ」
すると男は突然、土下座をする。
「……本当にありがとう!」
「帰りますよ、病院に」
すると男は顔を上げる。
「くっそ怒られそうだ……このままトンズラするかな」
「傷口開きますよ」
夜も更け、バトル部の活動も終わる。バトル部の面々は、帰ると報告をするために用務員室へ来ていた。
「失礼しまーす、そろそろ帰りますね」
仁科は扉を開けながら言う。そのとき、用務員は畳の休憩スペースでテレビを見ていた。
『昨晩、暴力団同士の抗争に一般人が巻き込まれるという衝撃的な事件が発生しました』
仁科は目を見張った。
「あの人の言うとおりだ……これは、このまま放っておくわけにはいかねえ」
「何する気よ!」
有里が叫ぶ。
「幹部が狙われてんだ……こっそり護衛する」
「何もできないだろう」
新藤が呆れたように言う。
「誕生日会の残り……風船が確かお前のクラスにあっただろ。あれ、まだあるかな」
キャバクラの前に黒塗りの車が止められ、暴力団構成員の幹部が降りてくる。そのワンブロック先、建物の陰から、拳銃を構えた男が狙っている。そこに、仁科たちは飛び出す。巨大な水風船を、各々持っている。拳銃と幹部の間に立ち並び、銃弾が通るであろう道に、水風船を構える。拳銃を引く手は急には止められず、スナイパーから銃弾が発射される。後から破裂音。ポカンと口を開ける幹部。思わずつぶった目を開ける仁科たち。仁科の持った水風船は割れ、有里、新藤の構えた水風船も割れ、富枝の持った水風船はまだ丸く、銃弾が入っていた。
かび臭い用務員室に、仁科たちは帰ってきていた。
「つまりさ、水に出たり入ったりする内に、銃弾の勢いがどんどん削がれていったって訳だ」
仁科は皆に説明する。
「水がそんなに凄いとは驚きだなあ」
富枝は感心したように言う。
「ところでそれ、どうすんのよ」
有里は、仁科の手元を指さす。そこには、分厚い封筒が握られている。
「おじさんどうしよう……怖くて断れなかったんだよ」
分厚い封筒から、ぎっしりと詰められた札束が覗いている。仁科たちは暴力団の事務所に黒塗りの車で連れられ、お礼として金一封を貰ってきたのだ。ドンから差し出されたそれを、断れる物などいないだろうと、仁科は思う。
「とりあえずここに飾っておくか」
用務員は仁科から封筒を受け取ると、棚の上にポンと置いた。そしてそのまま、埃を被っていくのであろう。
仁科は後日、見舞いついでに報告へ行った。安心したのか、すやすやと昼寝を始めた男を見て、仁科は苦笑するのであった。