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~喧嘩~

 日は沈み、蛍光灯の明かりがバトル部の部室となる空き教室を照らしている。仁科は机に腰掛け、同じく机に座って話す、楽しそうな有里の顔を見ていた。

「でね、武器って大まかに、直接攻撃する物と、飛び道具に分けられると思うのよね」

 有里の発言に、仁科が顔を紅潮させる。

「もちろん直接攻撃する方が強いぜ! カキィン! カキィン! ってな! そんでもって――――」

 鼻息を荒くさせ、仁科は熱弁する。そのとき、今まで微笑みながら有里の話しにうなずいていた新藤が、仁科を睨みつけた。

「おい、仁科! 飛び道具の方が強い! これだけは譲れねえな! 敵に近づかせないのが一番だからな!」

 新藤が得意げに話す。仁科は、言い返してやろうと口を開いた。

「飛び道具なんて、接近戦に持ち込まれたら役立たずじゃねえかよ」

 仁科は新藤に向かっていった。新藤が立ち上がる。

「なんだと! そんな言い方があるか! なんて奴だ、お前なんか、お前にだったらどんなへなちょこな武器でも勝てるだろうよ!」

 新藤は仁科に顔を近づけて言った。

「んだと、てめえ!」

 仁科は額を新藤にぶつける。一触即発の状態に、富枝が割って入る。

「まあ待て、二人とも!」

 富枝は細腕で二人を押し話す。

「こういうのはバトルで対決するのが、バトル部ってもんだろう」

 富枝の発言に、仁科は新藤と視線で火花を飛ばし合った。有里の顔を見る余裕はすでに無かった。




 廊下の向こう側で新藤が準備運動をしている。仁科はスタートの立ち位置を綿密に調整する。真横に教室への入り口が来るように。

「それではカウントダウンをするぞ!」

 部室用の空き教室の入り口から、富枝が叫ぶ。

「十、九、八……三、二、一、ゼロ!」

 仁科は横に地面を蹴る。教室へ片足だけ踏み込み、いつもの棒――プロジェクターを下ろすのに使う、先にフックの付いた――を掴む。廊下へ飛び出て、しゃがむ。頭上をチョークがすり抜けた。仁科は新藤が居る方へ飛び出す。チョークの弾幕は避けきれず、いくつも仁科に突き刺さる。猛スピードで飛来するチョークは痛みを伴い、仁科はガードに集中してしまう。立ち止まる仁科。進まなければ、棒の先端は新藤に届かない。そのとき、一つのチョークが顔面に向かって飛んでくる。反射で手を出し――仁科はチョークを掴んだ。前方で新藤が目を見開く。そして、その表情は怒りに変わっていった。

「投擲なんか屁でもないってか! くそが!」

 そう吐き捨てると、新藤の投擲のスピードが上がる。より突き刺さる様なチョーク。仁科は全く、避けることも、つかみ取ることもできない。鉄の棒でガードするが、体にぶち当たる飛来物。仁科は一歩一歩踏み込むように前進する。そのときであった。換気のために開けていた廊下の窓から、突風が吹いてくる。仁科の髪が風に吹かれる。新藤の投げるチョークが、強風に流され、カーブを描いて仁科の横を通過していく。だいぶ近づいてきた新藤から、舌打ちが聞こえる。仁科は走り出す。そして突如横に曲がると、教室へ入り、黒板の中央下についているチョーク入れを引き出す。新藤が教室に入る。仁科は自分の背後にチョークをばらまく。床にぶつかったチョークは砕ける。仁科は黒板脇の棚に手を突っ込み、小さい何かを取り出す。そいて床にばらまいた。不規則に転がっていく画鋲。仁科はひるんだ。

 この上を歩いたら痛いぞ。

 仁科は悩んだあげく、靴の裏を床につけたまま、すり足で進む。靴に画鋲が押しのけられる。新藤は後ろへ飛び退く。画鋲の床を抜けた仁科は、地面を蹴り、新藤へ飛びかかる。鉄の棒を振りかぶる。




 教室の中、蛍光灯に有里の悲しげな顔が照らされている。

「私のせいよ、あんな話題振るから二人が喧嘩しちゃった……ぐすん……」

 椅子に座り、背中を丸めて泣く有里。富枝が彼女の頭をなでる。

「そう自分ばかり攻めるでない。私が、じゃあ実際に戦え、なんて言ったせいだ。有里のせいじゃなかろうよ」

 富枝の胸に顔を埋めて泣く有里。その背中を、優しくトントンと叩く。少し落ち着いて、有里は顔を埋めたまま、少しずつ話し出した。

「どうすれば、仲直りしてくれるかなあ」

「そうだなぁ。やっぱり、ここは言葉で伝えるのが良いのではないかな」

「言葉? そんなのでいいかなあ。喧嘩止まる?」

「うん。二人とも有里が大好きだからな。……それはもう、新藤の奴め、私がどんなに優しくしても、有里の方ばかり見ておる」

 富枝は悲しげに笑った。有里は、完全に泣き止んだ。

「そっか。私が喧嘩は止めて、仲良くしてっていったら、止めてくれるのか」

「ああ、そうだ」

「ふふ」

 有里は笑って、富枝の胸から顔を上げる。

「富枝ちゃん、おっぱい小さい。ふふっ」

「むっ。小さくて可愛かろう」

 富枝はむっとした顔を作ってみせる。

「あははっ。可愛い。うん。凄い可愛い。……だからね。きっと新藤は、富枝ちゃんの可愛さに気づいてくれるよ」

「有里……」

「それじゃあ、行こっか! 二人に仲直りしてもらいに!」

 有里は立ち上がる。そして廊下へと向かった。




一番端の暗い教室へ入った新藤が箱を持って出てくる。中に手を突っ込み、ぶん投げる。次の瞬間、額に鋭く強い痛みが走った。額を触る。鉛筆が、額に刺さっていた。鉛筆を急いで払い落とす。

「……っつう!」

頭蓋骨にひびでも入ったのではないか、そう感じるほどの強い痛み。次々と飛んでくる鉛筆。仁科は怖さから、鉄の棒を顔の前に持ってきて、ガードする。足は完全に止まっていた。鉄の棒で受け止める衝撃はどんどん増していく。投げるスピードもぶつかる量も、明らかに増えている。

そのとき、突然弾幕が止んだ。顔を上げると、立ち止まり、あたりを見回す新藤。投擲に使う小物が尽きたのだ。仁科は走り出す。鉄の棒を思い切り振り上げる。歯を食いしばる新藤。足を振り上げる。有里に及ばずとも早いその蹴りは、鉄の棒に命中。棒は仁科の遙か後ろへ吹き飛ぶ。つい振り返る仁科。はっと顔を戻すと鬼の形相で拳を振り上げる新藤がいる。仁科は急いで腕でガードする。鈍い痛みとともに、吹っ飛ぶ仁科。急いで立ち上がる。地面を蹴り、振りかぶらずに殴りつける。新藤の腹にめり込み、くの字になって床に倒れ込む。

「俺はなあ! 昔親父に連れてって貰ったダーツバーで、ダーツをかっこいいって思ったんだ! それから俺は投げる武器全般が好きになった! そんな思い出をお前にこき下ろされるいわれはない!」

 仁科ははっとした。

 俺だって、漫画で見た武器をかっこいいと思ったんだ。新藤と一緒だ。それなのに新藤のこと悪く言って。怒るのも当たり前だ。……悪いことしたなあ。

「仁科! 新藤! 喧嘩は止めて! お願い!」

 有里の悲痛な叫びであった。喧嘩を始めてからこの時初めて、仁科は有里の顔を見た。悲しそうな顔である。

 仲直りしよう。

 仁科は教室に入って見渡す。教室の後ろに、誰かの誕生日パーティーで使ったであろう風船の残りが置き去りにされている。仁科はそれをポケットに突っ込み、走り出す。窓に向かって。窓を開け、二階から中庭の植え込みに向かって飛び降りる。

「なにしてるんだおい! 正気か!」

 二階から新藤の怒号が聞こえる。仁科は庭園風の中庭を突っきり、反対の棟の一階の窓の前に来る。石を握り、窓に叩きつける。窓は簡単に割れ、仁科はそこから手を突っこみ鍵を開ける。そして窓から一階に侵入した。これが、この棟への一番の近道だ。

 時間を稼がないと……

 やりたいことがあるのだ。今頃新藤は校内をぐるりと回ってこちらへ向かっているだろう。

 仁科は調理室に飛び込む。棚から小麦粉の袋を取り出す。

 美術室……いや、遠い! ここにあるもので済ませないと。

 仁科は冷蔵庫を開け、カラフルな食紅を取り出す。

 こんな物があって良かった。

 小麦粉を作業台にぶちまけ、様々な食紅を振りかける。そしてカラフルになった小麦粉を、再び小麦粉の袋に戻した。そして風船の口に、小麦粉の袋の口を細くして、小麦粉を注ぎ込む。風船がカラフルな小麦粉でいっぱいになると、風船の口を結ぶ。そして調理室から飛び出す。

次は理科室だ!

 仁科はいくつか教室を挟んだところにある理科室へ入る。棚には様々な薬品が並んでいる。しかし、仁科の目的はそこには無い。棚の下の引き出しから、マッチを取り出す。そしてポケットに突っ込むと、廊下へ出た。

 ここでやったら引火したりして、危ないかもしれないぞ。

 仁科は廊下を走った。曲がったところで、新藤と鉢合わせる。お互いに勢いを殺しきれず、体勢を崩す。仁科はなんとか持ちこたえ、マッチを擦った。次に色づけした小麦粉を詰め込んだ風船。その風船を仁科と新藤の間に投げ、上からマッチを落とす。

 小さな爆発。カラフルな小麦粉は、爆風で煙幕を作る。煙幕が薄れた頃、ポカンと口を開けた新藤が立っていた。いつの間にか、もっと後ろに有里と富枝が同じく口をポカンと開けていた。

「新藤! ごめん!」

 仁科は顔の前で手を合わせる。

「仁科……。俺もごめん! どっちも言い武器だよ! 戦ってて思った!」

 新藤が笑顔で言う。

「そうだな! どっちも、強い俺らが使ったら強い武器だな!」

「あはは! そうだな! ……ところで仁科、これはどうやったんだ?」

 新藤は、カラフルになった廊下を見渡す。

「粉塵爆弾だ。小麦粉とか、粉物に火が付くと爆発するんだ。花火みたいにきれいな爆発になると思ってたんだけど……」

「凄い一気に爆発したな! わはは!」

「はははは!」

 二人は笑い合った。有里と富枝が、微笑ましそうに見ている。

「有里、サンキューな。喧嘩は止めてって、言ってくれて」

 仁科は決まり悪そうに言った。有里が、ニカッと笑う。

「いいのよ! 二人がより仲良くなって、私嬉しい! でもね、私の背中を押してくれたのは、富枝ちゃんなのよ」

「富枝ちゃんが……」

 新藤がつぶやいた。富枝に近づいていく。

「富枝ちゃん、ありがとう」

 新藤は丁寧にお辞儀をする。有里が、笑顔で富枝の方を見た。

「う、嬉しくなんか無いぞ!」

 富枝が叫ぶ。ポカンとした新藤の顔と、有里の笑い声。それから、仁科の心からの笑顔が続いた。


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