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~抗争~

 月夜に照らし出されるのは、先輩の恐ろしい形相。

「あの時の学校の奴らと抗争することになった。お前も仲間に入れ仁科ぁ」

 仁科は一歩後ずさる。有里たちや用務員は彼らの脇で、様子を見ている。

「……はい? む、むりですけど! 無理だけど、あの時って……あの時ですよね」

 仁科は、学校に不良が乱入してきた事件を思い出していた。自分と戦った、あのモヒカン頭の男の姿。隣に有里が来る。

「変なことに仁科を巻き込まないでください!」

「おじさん! なんとかならないの」

 新藤が用務員に向かって言った。用務員は先輩の方を向く。

「あいつら強いからな、仁科だけじゃなく、お前もやめとけ」

 富枝もうなずく。

「彼らはまだ、本気を見せてないってことだな。お前さん、やめておいた方が良いのではないか」

 先輩のこめかみに血管が浮き上がる。

「俺は強くなったんだ! 仁科ぁ! タイマンだ。お前が勝ったら諦める。俺が勝ったら俺らと一緒に戦え」

 仁科は首をぶんぶん横に振る。

 いや、待てよ? 前回、前々回の先輩とのタイマンでも俺が勝ってるじゃないか!

「いいですよ、勝てたらね」

 仁科は顎を突き出し、先輩を挑むような目で見た。先輩は笑っている。彼は腕を引いた――かと思うと、仁科の腹に、先輩の拳がめり込んでいた。

「……えっ」

 そして先輩は、その拳をさらに押しつけながら、回転させる。

「んぐあああっ」

 仁科の体はくの字に曲がる。その鳩尾に追い打ちの膝蹴りが打ち込まれる。

「げぇ!」

 潰れたような声を上げ、仁科は床に倒れる。体を丸め、痛みに悶える。

「と言うわけで、今から俺のとこに来い、仁科ぁ」

 先輩の楽しそうな声が降ってくる。

「痛ってえ……分かりました」

 仁科は力ない声で返事をした。そのとき誰かの足が、床に突っ伏した仁科に近づいた。

「ちょっと待ちなさい!」

 声を張り上げたのは、有里であった。

「そうだ!」

 新藤も同調する。

「私らも行くぞい」

 富枝はきっぱりと言った。

「みんな……」

 仁科は顔を上げた。胸が熱くなった。先輩はニカッと笑う。

「大歓迎だ、多い方がいいからな!」

「なんか、責任感じるなあ」

 用務員は頭を掻いた。

 その後仁科たちは、先輩に連れられ校舎裏へ行った。その日は挨拶だけで終わり、実際の活動は明日からということであった。




まぶしい朝日に照らされる校舎裏。一人の不良が、仁科に拳を打ち込む。土に転がる仁科。

「すぐ起き上がれおらぁ」

 仁科は起き上がり、拳を突き出す。今度は不良から殴られる。殴り返す仁科。殴られ、殴るの応酬。何度も土に転がされ、起き上がる。不良からの一撃で、とうとう仁科は起き上がれなくなる。不良が仁科を見下ろす。

「ちょっとは強くなってきたじゃねえか」

「……はっ、はぁっ……ありがとうございます!」

「仁科! お前ら!」

 離れたところにいた先輩が、仁科と、それから有里たちを指さす。

「飲みもん買ってこい」

 不良の先輩が財布から札を一枚、仁科に渡す。不良たちが、飲みたいものを言っていく。

「っす!」

「ダッシュな!」

 背中に先輩の叫びを受け、仁科たちは学校近くの自販機に向かって走った。自販機に金を入れ、急いで押す。急いで取り出す。四人で分けて持ち、走って戻る。飲み物は不良たちの間で分けられる。

「よしっ、これお前らの分な」

 先輩が、缶ジュースを四本、仁科に渡す。仁科は嬉しくなった。

「先輩……あざすっ」

 有里たちも礼を言う。

 その後、抗争に向けた仁科たちの強化は何日も続けられた。




 夕日に照らされながら、校舎裏で対峙する先輩と仁科。仁科は地面を強く蹴り、素早く先輩に接近すると、肘を引かずに拳を突き出す。拳は、それを避けようとした先輩の横腹に当たる。仁科は拳を急いで引くと同時に、反対の拳を突き出す。また拳が命中。次に先輩の拳が見えないスピードで仁科の腹に当たる。

「くうっ!」

仁科は歯を食いしばり、片足を後ろに引いて踏ん張る。先輩の次の一撃を、仁科は手のひらで受け止めながら拳を掴んで引いた。先輩は引っ張られ、仁科の方に傾く。仁科は足を引かずに膝蹴りをかます。反対の足で跳ね、膝蹴りのスピードと威力を増す。先輩は、声を出さずに地面に伏した。先輩の呼吸を整える息づかいだけが聞こえる。少しして、先輩が顔を上げた。

「強くなったなあ、仁科ぁ」

 先輩は膝を地面について立ち上がると、どこかへ行った。すぐに戻ってきたが、手には釘バットが握られていた。それを仁科に差し出す。

「お前の武器だ」

 仁科は戸惑う。

「え、遠慮しときます……俺! 素手で戦います!」

 先輩は目を見開く。

「よく言った仁科ぁ! 俺らも素手で行くぞ! 分かったかお前らぁ!」

 男たちの雄叫びが校舎裏に響いた。




 昼の日差しはまぶしく、地面に置いた地図を照らす。それを不良たちと、仁科たちが全員で囲んでいた。先輩が地図を指し示す。

「これが廃校の地図だ。元は分校だからな、小さい。グラウンドが俺らの戦いの舞台って訳だ。校門から入ってすぐグラウンド、その奥の一棟しかないのが校舎。グラウンド左の小さいのは物置だ」

「この線は?」

 新藤が聞く。

「水道管だ。グラウンドに水を撒いて湿らせるのに使うやつ。内にもあるだろ」

「陣形はどうしますか。横並びっすか」

 不良の一人が先輩に聞く。そこに仁科が口を挟んだ。

「円形が良いと思います」

「円? どう並ぶんだ」

 不良が不思議そうに聞いた。仁科は地図上のグラウンドに指で円を描く。

「この中に俺らが居るんです。周りはおそらく相手側が囲んでくるでしょう」

「負けるだろうが!」

「いいえ。すぐ交代ができるんです。横並びだと、一人で何人も相手することになります。だけどこれだと、円の円周分しか敵が集まれない。俺らは円の中心の休憩組と、円の外周の戦う組を交代しながら、戦うことができるんです。休憩しながら戦えば、人数が少なくても平気なはずです!」

 仁科は全員の顔を見渡す。

「それで行こう」

 先輩が言った。




 廃校を月明かりが照らし、より恐ろしさを増している。仁科たちが朽ちかけた校門の前に着くと、すでに相手側は校庭の脇にバイクをずらりと並べ、スタンバイしていた。

「行くぞお前らぁ!」

 先輩のかけ声で、仁科と不良たちは校庭の真ん中まで走る。そして円形になると、仁科は円の外周に立った。すぐに周りを相手校の不良たちが囲む。仁科は目の前の不良が鉄パイプを振りかぶっている内に、拳を突き出した。相手は避けることもできずに拳をくらい、ふらつく。その間に仁科の次の拳が入り、拳に回転がかけられる。不良は地面に伏す。すぐに次の相手が、今度は金属バッドで殴りかかってくる。仁科が目視した頃にはすでにバッドは迫って来ていた。避け用途するも、肩に食らってしまう。

 耐えろ、交代まできっともう少しだ。

 仁科は自分に言い聞かせ、奮い立たせる。痛みが弱くなり、力が湧いてくる。仁科は肩をケガしていない方の拳だけで、不良と戦う。肘を引かない、すぐに拳を突き出す。怯んだ隙を見て膝蹴り。拳を食らったら、片足を後ろに下げて踏ん張る。両隣の仲間が、ふらつき始めているのが視界に入っていた。

「交代だあ!」

 先輩の雄叫びで仁科たち戦う組は後ろへ下がる。瞬間、先輩がすれ違いに出てきた。後ろを見ると、先輩が相手校の不良を戦っている背中が見えた。

「仁科、ちょっと肩見せなさい」

 有里だった。手に湿布を持っている。見ると新藤も先まで戦って居たようで、まだ肩で息をしている。富枝はケガをした不良に消毒やら包帯やら、治療をしているところであった。仁科は上着を脱ぎ、肩を出す。有里が勢いよく湿布を叩きつけた。

「痛って! 優しく貼れって」

「頑張りなさいよ、仁科。私と富枝ちゃんも、こうやってフォロー頑張るからさ」

 有里が微笑んだ。心臓がどきりと鳴った。仁科は抗争のど真ん中にいるのに、心安らぐ気持ちであった。そこで富枝が、飲み物を持ってきた。

「ほい、スポーツドリンクだ。部活にはやっぱりこれだろう」

「部活? これ部活じゃ無いと思うけど」

「これはバトル部の、試合みたいなもんだろう。な、勝とう。仁科よ」

 仁科は心が熱くなるのを感じた。

「ああ! 絶対勝つ!」

 戦う組がなだれ込んでくる。仁科たち休憩組は、再び円の周りに立った。

 何度も交代しながら、その後も戦い続けた。少しずつ、全員の疲労が見えてきていた。仁科が休憩に入る。先輩の戦う背中を見ていたとき、先輩が倒れ込んだ。休憩組の不良たちが駆け寄る。

「大丈夫すか!」

 先輩は制服が破れ、至る所に血が滲んでいた。

「……お前ら……頼んだぜ」

 仁科は代わりにと、先輩が抜けて空いたところへ立った。そのとき、随分隣同士の幅が狭い気がした。これでは肘がぶつかってしまう。

 円が……小さくなってる!

 相手に押され、自分たちの円は少しずつ小さくなっていたのだ。仁科は焦りを覚えながらも、目の前に迫る敵に拳を打ち込み、膝蹴りを入れる。群がっていた敵方の不良たちは数が減り、少しずつ向こう側の校庭が見えてくる。仁科は拳を打ち込む。何度も打ち込む。相手校の不良がすべて、地に伏したと思ったとき。

「四天王だ!」

 仲間の誰かが叫んだ。校庭の遠くに、四人。まだ元気に立っている男たちが居るのだ。彼らはゆっくりと歩みを進める。武器は持っていない。四天王に向かって、仲間の不良たちが駆け出す。四人の男たちは、片手で次々に倒していく。男たちの内、一人が仁科の所へ迫ってくる。モヒカン頭に、刺繍だらけの改造学ラン。

 あいつだ! あの時の奴だ!

 学校に不良が乱入してきたとき、仁科が苦戦したあの男だ。あの時は、先輩が奴を倒したのだ。

 モヒカン男の拳が飛んでくる。避けきれず、仁科は吹き飛ぶ。固い地面に叩きつけられる。

 だめだ、立つんだ俺!

 仁科は不良たちに教わったことを思い出した。急いで立ち上がれ。彼らはそう言っていた。仁科は飛び跳ねるように立ち上がり、肘を引かずに拳を突き出す。モヒカン男にその拳が当たる。   

瞬間、仁科は拳にひねりを加える。自分の体で学んだことだ。奴はうめき声を上げて倒れる。しかしすぐに立ち上がった。奴は思い切り足を振りかぶり、仁科に蹴りかかってくる。仁科はそれを避け、勢いをつけた奴の体に、仁科からも勢いを付け、膝蹴りをお見舞いする。奴は何メートルと吹き飛んだ。そのまま起き上がらない。かと思うと、奴は這いながら、仁科の方へ近づいた。足首を捕まれる。仁科はそれを振り離す。また掴んでくる。強く。離す物かという意気込みが伝わってくる。反対の足で奴の手を踏みつけ、なんとか離す。そして奴から離れると、仁科は周りを見回した。立っていたのは、目の前のモヒカン以外の四天王と、有里、新藤、富枝だけだった。しかも四天王たちはぼろぼろで、もう戦えないだろうというのに、有里たちに食ってかかっている。

仁科は落ちていた金属バッドを拾い上げる。そして校庭の一カ所に向かって走った。そこにはパイプが出ている。仁科はそのパイプに向かって金属バッドを振り下ろす。パイプは破裂し、大量の水が噴き出した。水は天高く吹き出し、シャワーのように校庭に降り注いだ。突然の人工的な雨に、全員の動きが止まった。真剣な顔が緩んでいき、全員の戦意が喪失したのを仁科は感じた。




「先輩たち、バイク乗って大丈夫なんですか」

 仁科はぼろぼろの格好でバイクに乗って帰ろうとする不良たちに言った。有里たちもあきれ顔をしている。

「おう、ちょっと休んだら良くなったぜ」

 先輩は両拳を天に突き上げたが、包帯の巻かれた右腕が全然上がっていない。

「事故起こさないでくださいよー。それじゃ俺たちは、そのまま家に帰るんで」

「祝勝会に出ないのかおら! 後ろ乗ってけ!」

「行きもホントは嫌だったんですけど! 今の先輩の後ろに乗るのはもっと嫌ですね!」

 仁科は叫んだ。先輩は残念そうな顔をしたが、すぐ真剣な顔を作った。

「仁科、俺らの仲間にならねえか」

「冗談じゃないですよ」

 仁科は笑って言った。

「ほんと! もうこりごり」

 有里も笑っている。

「また元のバトル部に戻りたい」

 新藤は切実に言った。富枝は笑顔でうなずく。

「そうだな」


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