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~おかしな泥棒騒動~

 両腕を構えて広げる用務員に、少年――仁科は拳を構える。地面を蹴って用務員に急接近。構えた右腕をめいっぱい引いて、突き出す。用務員は向かってきた拳を最小限の動きで躱す。突き出した仁科の右腕が捕まれる。宙を舞う仁科。落下に備え、体を丸める。着地時に痛みはない。すぐに跳ね起きる。

「もっと懐に入れ」

 用務員が指導する。次いで富枝が飛び出した。次に有里がその素早い足で富枝に追いつき、二人は同時に用務員の懐に飛び込む。二人の細い腕を捕らえる用務員。腕の筋が膨張し、同時に二人を投げ飛ばす。二人が地面につかないうちに、新藤が用務員の腹部を狙って駆け寄る。用務員はそれを一度はよけ、後方から新藤の拳を構えていない方の腕を捕らえ、投げる。

「受け身はもっとしっかり取らねえと危ねえぜ」

 すぐに仁科の拳がまた用務員を狙うが、躱され、仁科は床を転がる。仁科は、いつも校舎裏にいる、不良の先輩のある言葉を思い出していた。

 戦いは素手でやれ、だよな……先輩、ごめん!

 仁科は教室に駆け込む。いつも手前の入り口近くにおいてある、あの棒――プロジェクターを下ろすときに使う、先にフックのついた鉄の棒を取るために。

 教室に入り、立てかけてあるはずのところに手を伸ばす。しかしその手は空を切った。

「――ない!」

 そこにいつも立てかけてある棒がない。ろくに使われてもいない棒だ。誰が何の用で持ち出したのか。仁科は考え込んだ。背後から太い腕が伸びる。

「隙あり!」

 用務員のたくましい腕が、仁科の首をキメた。

「ぐええ、……ギブ! ギブギブ!」

 苦しみから解放された仁科は床に座り込んだ。廊下では有里たちが伸びていた。




「プロジェクターの棒がないんだ! いつも使ってるやつ!」

 仁科は用務員に訴えた。廊下にいた有里たちも教室へ入ってくる。

「それもやられたか……。実はな、最近、学校の備品がなくなってるんだ。盗まれてるのかもしれない。他の学校で泥棒が入ったから、注意するよう先生方から言われてたんだ。なんでも金属類ばかり盗むんだそうだ。この前も、窓が割られたんだけど、窓枠だけ持ち去られてたんだ。空き教室の机も何個か盗まれてるし……」

 用務員は困り顔で言った。

「窓枠だけ? へんな泥棒。あの棒だって、売ってもお金になりゃしないわよ」

 有里が腕組みをしながら言う。新藤もうーんと首をひねった。

「それに、そんな大きな物盗むなんて、随分大胆な泥棒だな」

「確かにそうだ」

 富枝も同意する。その横で、仁科はふるふると震えている。

「許せない……」

「仁科……」

 富枝がつぶやく。有里や新藤、用務員も仁科を見た。

「俺の棒を盗むなんて許せない!」

 全員がずっこけた。

「結局そこなのね!」

 有里が叫ぶ。

「このままじゃ俺、クビにされちまうかも知れねえなあ。夜警してんのに、堂々と盗っ人に入られちまうなんざ」

 用務員が情けなさそうに言った。仁科は拳をぎゅっと握りしめる。

「俺、そいつ捕まえるよ」

「警察に任せなさいって。こういうのは、学校に警察が来て調べてくれるもんなのよ」

 有里が言った。用務員もうなずく。

「そうだぞ、もう少し待ったら、先生たちも泥棒の仕業だって判断して、警察に相談してくれるだろうし」

「いや、俺やるから! 待ってらんねえ! 俺がとっちめてやる!」

 仁科は鼻息荒く言った。




 正面玄関を見張る仁科を、月明かりだけが照らす。壁の陰から、玄関に入る者を待った。背後から足音がして振り返ると、有里と新藤、富枝だった。

「仁科、手伝うわよ」

 有里が腰に手を当てながら言った。仁科は心が温まる思いだった。

「皆……」

「お前は頭使わなそうだからな。計画立てようぜ」

 新藤が意地悪い表情で言った。

「おいっ! まあ確かに、その方が捕まえられそうだよな」

 仁科はうなずいた。富枝が不思議そうな顔で仁科を見る。

「素直だな」

「むかつくんだよ……泥棒の奴。自分は金のために盗んでんのかもしれないけどよ。おじさんクビになるかもしれねえし。学校の備品だって、俺らの親が払ってる金で買ってるんだぜ。自分勝手すぎるよ、泥棒の奴」

「仁科……さあ! 計画立てましょ! まずは……どこに泥棒が入るか予測して……」

 彼らが相談をしていると、背後からまた複数の足音が近づいてきた。廊下の角から現れたのは、校舎裏の不良たちであった。一番前に、リーゼントに改造学ランの男がいる。

「げっ! 先輩?」

「仁科ぁ! 借りを返しに来たぜ!」

 その次には、先輩は仁科に殴りかかってきた。仁科は咄嗟に避ける。そして瞬時に判断し、先輩の懐に入り込む。

「今はそんな場合じゃあ――――」

 仁科は不良の腕をがっしり掴むと、投げ飛ばした。

「ないってんだよ!」

 先輩は床に転がり、ポカンと口を開けている。他の不良たちが、先輩に駆け寄る。

「大丈夫ですか! こいつっ…!」

 不良たちが仁科に殴りかかってくる。

「いや、もういいお前ら」

 先輩の一言で、不良たちがピタリと止まる。先輩は立ち上がり、仁科を見た。

「余計強くなってんじゃねえか仁科ぁ。どうした、それどころじゃないって」

 仁科は、泥棒のことを一から説明した。最近他の学校も被害に遭っていること。金属でできた、一見価値のなさそうな物を盗むこと。一通り話しを聞き終わると、先輩はどうでも良さそうに言った。

「その泥棒、俺らが来た抜け道使ってんじゃねえか」

「えっ」

 仁科は素っ頓狂な声を上げる。

「泥棒が正面から入らねえだろ。それこそ用務員室がそこにあるんだからよ」

 先輩は、廊下の向こうにある用務員室を指さす。

「あっ……。頭に血が上ってて、前に自分で言ったことなのに全然考えられてなかった……」

 仁科は落胆した。新藤が肩をぽんと叩く。

「気にすんなよ、お前の頭が働くのって、希だろ?」

 仁科は無言の肘鉄を新藤に食らわせる。そして先輩の方に向き直った。

「先輩、ありがとうございます」

「おう」

 そっけない返事をして、先輩たちは帰って行く。

「先輩カッチョイイっす」

 先輩の隣を歩く不良が言った。

「うっせ」




 抜け道は、校舎裏の生け垣のことであった。生け垣がかけ分けられ、人が一人通れるようになっていたのだ。そこから近い校舎の掃き出し窓が一つ、鍵が壊れて無くなっている。

「つまり先輩は、泥棒があの生け垣から入って、この鍵のない窓から入ってるんじゃないか、っていってるんだな」

 仁科はうなずきながら言った。現在、仁科たちは鍵の壊れた窓の脇に、外から見えないように隠れていた。仁科は、用務員にいつも通り夜警するように頼んだ。

「これ、今日来るとは限らないのではないか」

 富枝が言った。

「何日でも張り込むよ」

 仁科は力強く言った。有里はため息をつく。

「バトルはお預けね。終わったら思いっきりバトルしましょうね」

「ああ! あの棒でな!」

 その一言に、新藤が微妙な顔をする。

「やっぱり仁科、お前あの棒のことで怒ってるだけなんじゃ……」

「しっ! ……車が止まった音がする」

 仁科は人差し指を口の前に立てた。生け垣の向こう、路上で車のエンジンが止まった音が聞こえたのだ。全員が静まる。生け垣ににゅっと手が出てきて、かき分ける。そこから小柄な男が出てくる。男は腕が長く、仁科は、顔もなんとなく猿に似ていると思った。男は生け垣から出ると、鍵の壊れた掃き出し窓に一直線に向かってきた。仁科たちは構える。男が窓の目の前に立つ。音を立てずに扉が開かれる。仁科たちは、一斉に飛び出した。しっちゃかめっちゃかになりながら、侵入者を取り押さえる。

「捕まえたぜ泥棒!」

 仁科は喜んだ。ところが突然、取り押さえていた全員が散らばった。泥棒がナイフを持っている。切っ先がギラリと光った。泥棒はナイフを振り回す。

「見られちまったら仕方ねえ、殺す!」

 泥棒がナイフを、仁科に向かって横一文字に振る。仁科は飛び退く。すぐに泥棒は、ナイフを振り上げ、仁科に向かって振り下ろした。来る! 仁科は飛び退くこともできず、目をつぶった。

「ぐうう!」

 声を上げたのは、仁科ではない。目を開けると、目の前に大きな背中があった。

「おじさん!」

 用務員が肩を押さえている。血が溢れる。有里の悲鳴が廊下に響いた。

「いやああ!」

 仁科は立ちすくんだ。しかしすぐに、走り出す。泥棒に向かって。

 勇気を出せ、俺! おじさんが戦えない今、代わりに誰が戦うんだ!

 ナイフを振り回す泥棒の、懐に飛び込む仁科。ナイフを持っている腕を両手で掴み、背負い投げる。泥棒が宙を舞う。床に打ち付けられた泥棒はナイフを振り回している。危なくて取り押さえられない。新藤が体勢を低く構えた。泥棒に飛び込んでいくつもりだ。仁科はその背中を見て、天井を見た。走り出す仁科。床を蹴って新藤の背中に飛び乗る。そして背中の上でまた飛びはね、天井の蛍光灯を、もぎり取った。床に飛び降りる仁科。思い切り振りかぶり、泥棒の頭めがけて――振り下ろす。ガラスの割れる音とともに、泥棒が崩れ落ちる。ナイフが泥棒の手から外れ、床を滑る。有里が飛び出し、泥棒を抑える。後から富枝、新藤、そして仁科も泥棒を押さえ込んだ。仁科からは泥棒の顔は見えなかったが、抵抗が少ない様子からして、観念したようであった。




「何でこんなことしたんだよ」

 仁科は厳しい目で泥棒を見た。泥棒は諦めの境地であった。

「金が必要だったんだ」

「なぜ金品でなく、ろくに金にならないであろう学校の備品ばかり盗んだのだ?」

 富枝の疑問に、泥棒は小さく笑い声を出した。

「溶かして鉄の塊にして売るんだ。金になるぜ」

「なんで、金に困ったんだ」

 今度は、仁科は眉を下げ悲しそうな顔をしていた。

「お前らはまだガキだから分からないだろうがな。工場勤務の俺は、その中でも底辺の扱いなんだ。上司は無理ばかり言ってくる時間外労働は当たり前! 給料は足りない! 工場の機械に、でっかくて鉄を溶かすやつがあるんだ。それで溶かしてたんだ。塊にして売るのさ」

 泥棒の独白に、仁科は目を見開いた。

「溶かした……? あの棒は……溶けた! くそ、この野郎! なんてことを!」

 仁科は怒りに震えた。

「結局それだったのね!」

 有里が叫んだ。

「暴れんでくれ仁科よ!」




 窓の外には満点の星空が広がっている。仁科はぴかぴかの鉄の棒を嬉しそうに弄りまわしていた。先にはフックがついている。盗まれた備品は、新しく学校側が購入したのだ。仁科は、あの泥棒事件のことを思い出していた。昼間担任が、泥棒は子供がいたなどと言っていて、夜なのに居るわけないし、そうとうおかしな犯人だと言っていた。なんだか哀れだと仁科は思った。それからあの事件の直後、ちょっと嬉しいことがあったのだ。

『仁科っ、仁科すごいよ! 犯人と戦うなんて!』

 満面の笑みで、有里が両手を広げ駆け寄ってきた。その豊満な体が自分に押しつけられると思うと、一瞬だがドキドキした。しかしすぐ、ゴツゴツした巨体が、仁科を襲った。

『仁科! 俺のためにここまでしてくれてありがとうな!』

 とても良い笑顔の、用務員だった。邪魔しないでくれよおじさん……。仁科はがっかりしたが、用務員のためになれたことは、素直に嬉しいと思った。それから、有里が抱きつこうとしてくれたことも。

「いや、やっぱり悔しい! 抱きつかれたかった!」

「集中しろ仁科!」

 頭を後ろから叩かれる。新藤が怒っていた。

「おじさんに一生勝てないだろうが!」

 新藤は目の前に余裕の笑みで構える用務員を指さした。あの事件の後、救急車で運ばれた用務員だったが、次の日からもう学校に来ていた。結構傷は浅かったらしい。

「うおおおおお!」

 仁科は用務員の懐めがけて、飛び込んでいった。


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