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~バトル部設立~

 少女が瞬間移動しているかのような速さでこちらへ走ってくる。月明かりが彼女の美しさを増しているように、少年は感じた。

 見とれている場合じゃないぞ。少年は近くの教室へ飛び込んだ。何かないか、武器になる物は。

 これは使えるな。

入り口近くに立てかけてあった長い棒をつかんだ。先にフックがついている。プロジェクターを下ろすときに使っているのを見たことがある。

少年が急いで廊下に出ると、目の前まで少女が迫っていた。反射で棒を構える。少女はスピードを落とさない。壁を蹴る。次の足も壁を蹴る。彼女は壁を走った。

まるで妖精のようだ。少年はバトルしていることを一瞬忘れたほど、見入った。その重力を無視した軽やかな足取りは、人間とは思えない。

床に降りたとき、少女は少年の後ろにいた。直後、少年は尻に衝撃を受ける。地面に倒れこむ。振り向くと、回し蹴りを決めた後の、高く足を掲げた少女が立っていた。かっこいい。パンツが見えているが、それを気にしないバトルへの集中力。少年はクラッとした。

いつも少年は、この少女とのバトルで、その美しさに見とれるあまり負けてしまう。

どうにか抑えないと。ヒーローはこんなかっこわるい原因で負けたりしない!

少年は自分を鼓舞した。大好きなバトル漫画の数々。一人として、女の子に見とれて負けてしまう主人公なんていなかった。

 回し蹴りを決めた少女は、一つの教室へ、後ろのドアから入った。少年は自分から近い、前のドアから入る。

 教室の窓側に、眼鏡の少年と、彼の胸の高さしかない少女が見学のため立っている。現在バトルしている二人の少年と少女は、見学者を気にもしない。

 少女は一番後ろの列の机に手をついた。飛び上がり、一列前の机に反対の手をつく。また飛び出す。

少年は長い棒を降った。天井からぶら下がる蛍光灯にぶつかり、それを思い切り揺らした。次の低めの一降りは、机にぶつかって阻まれた。この狭い教室では、この長物は役に立たない。

彼女に勝つため、少年は家でも自主練をしていた。大好きな漫画も控えて、ただこの彼女に、かっこよく勝つため。しかし、どうしても彼女の美しい手さばき足裁きに見とれてしまう。

ええい、もう格好悪くてもいい。下心もバトルも、どっちも勝つ!

少年は、机の上を跳ねながら向かってきた彼女の腕をガシッとつかむ。柔らかい。そのまま背負い投げ。彼女は受け身を取る。そのまま首と太ももに手を入れ、固め技をかける。密着し、しっかり押さえ込む。もがく少女。


「うっ、くうっ、んんっ」


 窓際の見学者たちが、カウントを始める。一、二、三……九、十!


「よっしゃあ!」


 少年は立ち上がり、ガッツポーズした。少女は床に寝転んだまま、悔しそうな顔をした。窓際で見学していた二人の内の小さな少女は両者に拍手を送った。眼鏡の少年が、険しい目つきで、勝者の少年を見ていた。




 学校に夕日が差し込む頃、一人の少年が校内を奔走していた。少年は職員室の前で止まると、呼吸を整える。ドアをノックして入ると、放課後のため、教師はまばらであった。

少年は、職員室にいる教師に、順に頭を下げて回る。首を横に振る教師。次に学年主任の所へ行った。


「バトル部を作りたいです! 顧問になってください! お願いします。バトル漫画が大好きなんです!」


 少年は九十度にお辞儀した。


「何の冗談だ仁科(にしな)。おかしなこと言うなあ。だめって言うに決まってるだろ」


 教師は笑った。仁科と呼ばれた少年はうなだれる。

 職員室に一人、書類の束を抱えた男性が入ってきた。


「すみません! 新しく部活を作りたいので、顧問になってもらえませんか!」


「すみません……僕、事務なんですよ」


 事務の職員は、申し訳なさそうに頭をかいた。


「いやっ、すみませんでした……」


 職員室を出た仁科は、とぼとぼと廊下を歩いた。窓は中庭に開いていて、そこは小さな庭園の様に噴水やベンチがあった。今は放課後のため、ベンチは誰も利用していない。


「あれ?」


ふと仁科は、中庭に誰かいたように見えて、もう一度見直した。壁際の石段に腰掛け、煙草を吹かしている用務員だった。デッキブラシが横に投げ置いてある。仁科は廊下の掃き捨て窓から中庭に出た。石段に沿って用務員の所まで移動する。


「おじさん、さぼり?」


 そう声をかけながら、用務員の隣に腰掛ける。


「お前のおじさんじゃ無いよ」

「皆におじさんって呼ばれてんじゃん」


 仁科は冷ややかに笑った。


「まあな。……石段の苔を掃除してたんだ。もう飽きたな」

「雑用しかやってないよね。なんで先生じゃなくて用務員になったの?」

「先生になるのは難しいけど、用務員には簡単になれるからな」


 用務員はニカッと笑った。


「そんでお前は? 帰らねえのか」

「頼みがあってきたんだよ」

「なんだ? 喧嘩なら止めに行ってやるぞ。隠し場所に困った物も預かってやる」

「そう言うのじゃないんだけど、みんな何預けに来るの」


 仁科は身を乗り出した。


「あっち系のだよ」

「ああ」


 用務員と仁科は顔を合わせてニヤッと笑う。


「頼みってのはさ、新しく部活作りたいから顧問になってほしいんだけど。さすがに用務員は顧問になれないよな」

「なれねえなあ。どんな部活だ? 聞かせてくれよ」

「バトル部」

「そりゃあオッケー出ないな」

「やっぱりか。でも諦めきれないんだよ」

「よし、おじさんが良いアイデアを出してやろう」

「おっ」

「出ました!」

「デデン!」

「真面目な部活を作って、こっそりバトル部の活動をしましょう」

「おお! それすごい!」

「夜警の時に、お前が学校に残るのを見逃してやるから、先生たちが帰ったら夜の部活動をする、ってのはどうだ」

「いいのか? すっげー楽しそう! ありがと! 約束忘れないでね! あっ! 校舎裏すごいゴミとか落書きで汚れてたから、掃除してねーー!」

「あそこは不良のたまり場だから嫌だーー!」


 仁科は輝かしい笑顔で職員室へ向かった。

 表向きの真面目な部活……何にしよう。英語部? 無理。ボランティア部? なんか違う。折角だからバトル漫画の話しとか好きなやつ同士で、おしゃべりできるようんな部活がいいな。――討論部! これで決まりだ。

 仁科はドキドキしながら職員室へ入ると、学年主任の先生の席に一直線で向かった。


「先生! 討論部を作りたいです」


 先生は書き物をする手を止めて振り向いた。


「バトル部はもういいのか?」


 先生はにっこり笑っている。


「それはもういいです! 討論部の顧問になってください!」


 仁科は先生の目をじっと見る。一方の先生は、さらっとこう答えた。


「活動実績がないと部活は作れないぞ。討論部を作るには、討論の実績が無いと」


 仁科は大きな瞬きをした。


「討論の活動って、何をしたら良いんですか?」

「待ってろ――」


 そう言って先生は机の上の書類を掻き混ぜ始める。そして一枚の紙を仁科に見せた。


「討論会に出るのはどうだ。ちょうど募集してたんだ」

「見せてください」


 仁科はその紙をひったくるようにして受け取った。それを真剣なまなざしで読む。先生が、内容を掻い摘まんで説明する。


「発表原稿を作って、それを発表の場で読むんだ」

「原稿を書くんですね、やります」


 仁科は姿勢を正した。


「やるのか! よし、持ってきたら読むからな。内容に詰まったら来いよ」


 先生は仁科の腕をバシッと叩いた。


「ありがとうございます!」


 仁科は九十度を超えるお辞儀を見せた。

 仁科はその後、原稿を作っては先生に繰り返し見せに行った。そしてとうとう、合格が出たのだ。討論の原稿の完成だ。




 討論会当日、仁科は教師に送って貰い市民会館へ行った。大勢の観客の中、仁科は発表に成功した。用務員の姿も客席の中にあった。

 帰るとき、ロビーで学年主任の先生はこう言った。


「仁科、部活動は作ってやる。顧問も校長と相談して、暇な先生を付けてやろう」

「ありがとうございます!」

「次は部員集めだな。お前の他に部員が二人以上いれば部活は作れるから。頑張って集めろよ」

「はい!」


 仁科は軽やかな足取りで駐車場へ向かい、先生に送って貰って会場を後にした。




 翌日の昼休み、仁科は部員集めを始めた。

 部活に入っていない人で……同い年が良いな、話しやすいし。先輩たちと交流ないしな。折角だから、バトル漫画とか好きな奴が良いな。

 仁科は廊下から自分の教室を見た。

 うちのクラスにはいないな。他のクラスに行こう。

 仁科は隣の教室の前にいる男子生徒に声をかける。


「ねえ、そっちのクラスに、部活入ってない子いる?」

「伊藤と山田と……有里(あり)がいるな」

「どいつ?」


 そういうと男子生徒は自分の教室に向かって声をかけた。


「おーい! 伊藤と山田と有里さん! 呼んでる!」


 といって仁科を指さす。仁科は教室の中の生徒たちに軽く会釈をした。

 まず男子生徒が二人廊下に出てくる。伊藤と山田だ。その後、背の高い女子生徒が一人、廊下に出てくる。その彼女の美人さに、仁科は見とれた。

この子は入らないだろうな――。一緒に部活動したいけど。

 少し残念な気持ちになったが、気を取り直して、部活動の勧誘をする。


「バトル部作るんだけど、バトルしたい人いない?」


 伊藤が眉をひそめた。


「そんな部活できんの?」

「表向きは討論部だけどね」

「ふーん、俺パス。家でアニメ見る時間減るから」


 それを聞いてもう一人の山田も、「俺もいいや」と言って教室に戻っていった。


「そっか、ごめんな呼んで」


 収穫なし。仁科が次の教室に行こうとしたときだった。


「私入るわ」


 美少女、有里が手を挙げた。


「えっ」


 思わず聞き返す。


「体を持て余してたの」


 その豊満なボディを揺らす有里に、仁科はどきっとする。


「脚力には自信があるしね」


 そう言って有里は、目の前で足を振り上げ、上段蹴りを披露する。風がビュンと鳴り、仁科はまた、ドキッとした。

 有里は足を下ろすと、スカートをなでる。


「バトル漫画も好きよ」


 妖艶な笑顔だった。仁科はドキドキしながら、有里を連れて隣のクラスに行く。ちょうど廊下に出た女子生徒に、有里が声をかけた。


「由子ちゃん、由子ちゃんのクラスで部活入ってない子っているかな?」


 有里と比べると、その女子生徒は十センチ近くも差があった。


「いるよ、ちょっと待ってね」


 その小さく見える女子生徒が、教室へ入っていく。そして、男子生徒を連れて戻ってきた。眼鏡をかけた、これまた背の高い男子生徒であった。


「他の子は今いないんだ。どこ行ったかわかんない」


 女子生徒はそういうので、有里と仁科はお礼を言った。彼女は廊下を歩いて行った。

 黙っていた男子生徒が、眼鏡をくい、と上げた。


「なんか用かい」


 彼は、有里をじっと見ているようであった。口を開こうとする有里を、仁科は手で牽制した。一歩前へ出る。


「俺が説明するよ。バトル部作るから入らない?」


 入らなそう。まず勉強しかしてなさそう。

 仁科は全く期待をしなかった。彼は未だに、仁科の後ろにいる有里を見つめていた。


「有里さんも入るのかい?」

「ええ、入るわよ。新藤君もどう?」


 眼鏡の男子生徒、新藤はレンズを輝かせた。有里が微笑む。


「入る」

「よし来た! これで部活作れるな!」


 有里に夢中なのは気に入らないが、仁科は人数がそろったことの方が嬉しかった。

 さっそく職員室に行こうとする。


「私も入りたいぞ」


 声とともに、仁科は服の裾を引っ張られて振り返る。小さな女子生徒が立っていた。


「私も入れてくれんかのう」

「富枝ちゃんだ。いいよ」


 仁科は二つ返事で了承した。小さな少女、富枝のことは仁科は前から知っていた。お婆ちゃんみたいな話し方と名前、それらと可愛さのギャップから富枝ちゃんという名前は学年中に広まっている。

 有里は富枝に笑顔を向けた。


「女の子も入ってくれると嬉しいわ。よろしくね富枝ちゃん」


 新藤もさわやかな笑顔を向ける。


「これから一緒に頑張ろうね、富枝ちゃん」

「君ら三人とは初めて話したと思うんだけれど、いきなり富枝ちゃん呼びとは驚きだなあ。まあ、よろしく頼む」

「人数もそろったし、職員室行こうか」


 そう言って仁科は歩き出す。


「待ちたまえ」

「なあに富枝ちゃん」

「全員に誘ってみたか」

「三クラスとも、一応ね」

「まだいるな」


 新藤が口を挟んだ。


「いるかしら?」


 有里が首をかしげる。


「確かにいる、それは……校舎裏だ」

「あれはいいです」


 仁科は全力で拒否した。


「骨のある奴が入ってくれるかもしれんぞ」


 富枝は仁科の方をじっと見る。気がつくと他の二人も、仁科の顔を見ていた。


「分かったよ! 皆で行こうね」




 そうして仁科たちは、校舎裏まで来た。まず、たばこ臭いと仁科は思った。


「すみませーん。部活動作るんですけど……」

「ああ! なんのようだおら!」


 リーゼントに、裾を長く改造した学ラン。しゃがみ込んだ状態からにらみ上げられ、仁科は飛び跳ねた。


「ひええ! すみませんでした――」


 仁科たちは全力ダッシュで逃げた。


「……怖かったな」


 富枝がぼそっと口にした。

 とりあえずこの四人でいいという方向に纏まったのであった。

 部員が集まり、部活申請用紙に名前を書いて貰うことができた。放課後になると、仁科はそれを職員室に提出しに行く。


「部員集まりました。よろしくお願いします」


 学年主任に用紙を渡すと、快く受け取って貰うことができた。


「よし、受け取った。じゃあ折角だから、次は校長室の掃除を頼もうかな」

「なんでですか?」

「部活の命運は校長先生にかかってるんだから、恩を売っておかないと。あと、掃除当番がないから誰かが掃除しないと。埃まみれだから」

「行ってきます」


 校長が埃まみれな部屋にいるというのは良くない。仁科は校長室掃除を引き受けた。

 あいつらも誘おうか。いや、わざわざ探すのもな……。一人で掃除するか。

 校長室は玄関近くにある。校長室だけ扉がスライド式でなく、開き戸になっている。ドアノブをひねって開けると、ほこり臭いにおいが鼻を突いた。重厚な机の他には壁いっぱいにトロフィーが並んでいる。教育に関する賞がほとんどであった。

 校長凄い人なんだな――ただのお爺さんに見えるけど

 ハタキをかけながら、仁科は思うのであった。

 その後、無事部活動は許可され、討論部はできあがった。




 月明かりが、廊下を最高のバトルのステージにしてくれる。

 廊下の向こう端に、新藤と富枝、こちら端には、仁科と有里がスタンバイしている。向こうにいる新藤が鼻息を荒くしているのがこちらからでも分かった。


「有里ちゃんにべたべた触りやがって! 絶対わざとだろ! くっそー、許さねえ!」


 それで新藤は怒っていたのだ。有里がきょとん顔で仁科の方を見た。


「わざとだったの?」


 仁科はそっぽを向く。


「まあまあ、そろそろ始めようか! 数えるよ」


 仁科のかけ声で、全員がカウントを始める。三、二、一、ゼロ!

 新藤が急いでチョークを大量に教室から持ち出し、攻撃を始める。


「待て新藤、協力しないと! ああ……仕方あるまい、私も行くぞ!」


 富枝も急いで教室へ入ると、机を持ってきた。それを軽々と片手で持ち上げると、振りかぶって投げた。まっすぐ仁科たちの方へ飛んでくる机。有里がそれを交わし飛び出していく。仁科もすんでの所で飛来物をよける。後ろの壁からドガンッ! と音がして、鼓膜を揺らす。

 仁科は教室へ駆け込む。何か使える物はないか。

 黒板近くに大きな分度器が立てかけてあるのが目に入る。仁科は大きな分度器を持って、有里の後ろを追いかけた。

 有里は飛来物に邪魔をされ、中々敵陣に近づけないでいた。仁科は前に出ようとする。体にぶつかるチョーク。ダーツのごとく投げられたそれは、刺さった様に痛い。


「――っちぃ!」


 仁科はなんとかチョークをよける。次に飛んでくる机。よける。全く前に進むことはできない。隣では、有里が同じように奮闘していた。


「有里、わざとじゃないよ」


 仁科が言った。


「もういいわよ、別に」


 有里は怒っている風ではなかった。


「有里ってすごい強いから。だから、勝つにはああやるしかなかったんだ。わざと密着したわけじゃないよ」


 有里が、ちらっと仁科の方を見た。すぐに飛来物に集中する。


「強いから? 憧れてた?」


 有里は一歩踏み出した。


「そこまで言ってないけど……うん」

「そっか!」


 有里がまた一歩踏み出す。


「協力しましょ。そしたら勝てるわ」


 有里は振り向かずに言った。


「うん!」


 仁科はチョークや机の飛来物をよけ、二、三歩前へ出た。隣には有里がいる。仁科は両手を組み、ジャンプ台を作る。有里はそれに足をかけると、仁科の手にものすごい力がかかる。仁科はその一瞬に力を込め、有里の靴底を押しだす。飛ぶ有里。放物線を描き、新藤と富枝に突撃する。

 悲鳴を上げる新藤と富枝。二人の上に、どっかりと有里が乗っかっている。有里は仁科に親指を立てた。仁科も返す。


「やったぜ!」


 新藤が有里をよけながら、ゆっくりと起き上がる。


「おい、仁科! 有里ちゃんと富枝ちゃんがケガしたらどうするんだ!」

「いやー、だって有里が言ったことだし……」


 たじろぐ仁科。その間に、富枝がのっそり起き上がる。


「やい新藤、お前が一人で突っ走るからこうなるのだぞ」


 富枝が新藤をにらんだ。


「ごめん……」


 縮こまる新藤。


「今度からは気をつけような」


 富枝が、優しく新藤の頭をなでる。


「富枝ちゃん……!」


 二人を微笑ましそうに有里が見ていた。


「なんか良い雰囲気ね」


 有里が仁科に耳打ちした。仁科はその近さにドキッとした。




 蛍光灯で照らされた教室。外は真っ暗である。


「次はどうしようか」


 机に腰掛けた仁科が言った。有里や新藤、富枝も考えている様子であった。

 そのとき、突然扉が乱暴に開かれた。


「おい、お前」

「えっ!」


 仁科は驚きのあまり机から落っこちそうになった。入り口に立っていたのは、リーゼントに、裾を長く改造した学ラン――部員集めの時に、校舎裏で見た不良だと、仁科は思い出す。


「なんでいるの!」


 仁科は机から降りて不良の方を見た。


「うっせえ、勝負だ」


 不良が拳を構える。


「ええ――!」


 仁科は悲鳴を上げた。


「加勢するわ」


 有里が仁科の肩に手を乗せた。


「タイマンだ」


 不良が言った。新藤が、富枝になにやら耳打ちをしていた。


「タイマンっていうのはね、一対一で戦うってことだよ」

「ほう……、大変じゃないか!」


 富枝が目を見開く。


「ちょっと待って!」


 仁科は両手のひらを不良に向けた。


「行くぜおらあ!」


 不良が殴りかかってくる。腹にめり込む拳。仁科は机立ちをなぎ払いながら吹っ飛ぶ。


「ぐう……ううう」


 起き上がれない。その間も、不良は仁科が起き上がるまで、拳を構えながら律儀に待っていた。仁科は膝に手を突いて立ち上がる。不良の足に向かって弱々しい蹴りを入れる。すぐに不良の膝蹴りがみぞおちに入る。L仁科は床に崩れ落ちる。今度は仁科が、全力の拳を打ち込んだ。それは不良のくるぶしに当たった。しかし彼はなんとも無い様子で、這いつくばっている仁科を見下ろした。仁科は這いつくばったまま、不良の足にパンチを繰り返した。仁科は足蹴にされ、体中の痛みでギブアップしたくなっていた。そのときであった。突然、不良が尻餅をついた。


「くっそ!」


 不良は立ち上がろうとして、断念した。


「……痛ってえ!」


 学ランのズボンの裾から、彼の足首が腫れているのが見えた。


「そうか! 軟弱なパンチだったが、何度も積み重ねることで確実に負傷させてたんだ!」


 新藤が興奮した様子で言った。


「軟弱は余計だよ。……ところで、なんで急に来たんだろ」


 仁科の疑問に、不良が顔を上げた。


「バトってんのが見えたから。血が沸いたんだよ」

「怖っ!」


 有里が悲鳴のように言った。仁科も震え上がった。

 そして、リーゼント頭の不良はゆっくり立ち上がり、歩きだす。富枝が支えようと試みる。


「大丈夫か」

「折れてはねえ」


 不良が言った。仁科はふと疑問に思ったことを聞くことにした。


「どうやって入ったの」

「うっせえ。……抜け道があんだよ」

「なんの用で来たのだ」


 富枝が聞いた。


「財布忘れた」


 不良は富枝とは目を合わせずに答えた。


「そうかそうか。気をつけて帰るんだよ」


 そう富枝は声をかけた。


「……手なずけてる!」


 有里が小声で言った。


「……てか、富枝ちゃんめっちゃお婆ちゃんみたい!」


 仁科は突っ込みを入れた。

 その後、校舎裏の不良はいなくなった。仁科たちはまた、何をしようか話し合い始めた。




 突然、窓の外から爆音が響いた。バイクの音であると、仁科たちはすぐに気づいた。窓からのぞき込む。駐車場に乱雑にバイクが次々と並べられ、たくさんの人間が正面玄関から入ろうとしていた。凶器的な髪型、背中に刺繍の入った改造学ラン。バッドを持っている者もいる。


「なんだあれは!」


 仁科が叫んだ。


「襲撃だ! とりあえず隠れよう」


 新藤がそう言い、有里が電気を消して、皆でしゃがんで隠れた。

 次の瞬間、扉が吹っ飛び、大勢の足音が教室に入ってきた。


「らあああ! どこだおらああ!」


 咆哮が響いた。


「逃げるぞ!」


 仁科は反対の扉に向かって走り出した。足音は混ざり、有里たちがついてきているかは分からない。不良が来た方とは反対方向へ走る。月明かりを頼りに走り、階段近くまで来た。後ろから空気を切り裂く音が聞こえ、とっさに横に退いた。振り返ると、メリケンサックをつけた拳を突き出したところであった。凶器的なモヒカンに、改造しすぎた学ラン。顔は傷だらけで、般若の様な形相。仁科は全く動くことができない。次の拳が、仁科の腹に入った。


「ぐうっ!」


吹き飛ぶ仁科。床に投げ出される。仁科は丸まって、身を固くした。血が出ているのではないかと思った。痛い。痛い。


「ふうっ……ぐうっ……うう……」


反撃する気は無い。脇腹に強い衝撃。次の瞬間、仁科は階段に投げ出された。踊り場まで転げ落ちる。鼻の奥がツンとする。仁科に近づく足音。それだけじゃない。たくさんの叫び声が聞こえる。あちらこちらで乱闘が起こっていのだ。みんなは無事だろうか。

そのとき、顔に傷のあるモヒカンの悲鳴が聞こえた。仁科は驚いて顔を上げる。リーゼント頭に少しだけ改造した学ラン。さっきまで仁科と戦っていた、校舎裏の不良だ。


「先輩!」


 校舎裏の不良は、怒りに打ち震えていた。


「喧嘩は素手だろうが!」


不良は、仁科と戦っていたときよりも乱暴な拳で、相手に殴りかかった。他の侵入者たちも集まって来る。拳や蹴りで、次々と校舎裏の不良は敵を倒していった。すべての敵が倒れ、不良が油断したときだ。背後の一人が、金属バッドを持ってよろよろと立ち上がったのだ。


「危ない!」


 仁科の叫びは間に合わず、バッドは不良の頭に直撃する。倒れ込む不良。床に血が広がる。


「先輩!」


 仁科が駆け寄ると、他校の不良たちが起き上がり、殴りかかってくる。しかし、突然他校の不良が吹き飛んだ。足を高く上げた、有里が立っていた。その後ろに、新藤と富枝がいる。負傷していない有里たちのおかげで、他校の不良たちは退散していく。


「お前ら! 大丈夫か」


 仁科の問いに、新藤が顔をゆがめる。


「あんまり大丈夫じゃない、あばら痛い」

「私も、しばらく座っていたい」


 そういって富枝と新藤はその場に座り込んだ。仁科は反対に、ゆっくりと立ち上がる。腹部に血がにじんでいる。


「よし、待ってろ! 俺がおじさんに助け呼んで来るからな!」


 みんながおじさんと呼ぶ、用務員だ。


「私も行くわ!」


 有里が手を上げた。階段を降りて一階、玄関の近くに用務員室はある。夜の見回りが終わった後は、用務員はそこにいつもいる。

 仁科と有里は、急いで階段を降り、用心しながら歩いた。しかし突然、一歩前を歩いてた有里が、何か見えない者に阻まれたように止まった。次の瞬間、上から大きな物体が降り、有里の肩に直撃した。


「うっ!」


 倒れこんだ有里は、肩を押さえる。石の詰まったバケツであった。月の明かりに照らされ、キラリと何か光って見えた。仁科はそれをのぞき込む。細い糸だ。これに有里が引っかかったのだ。


「仁科ぁ、もう一人で行って……」


 泣きべそをかきながら有里が言った。


「ケガはねえな?」

「無いけど痛い……気をつけてね」


 有里は弱々しい声で言った。


「オッケー、待ってろ! 行ってくるから!」




 仁科が玄関のあたりまで来ると、用務員室前に、用務員が立っているのが見えた。


「おじさん! 大変なんだ!」


 用務員は口をポカンと開けた。


「どうした?」


 仁科は一から掻い摘まんで説明する。


「そんなことが。気づかなかったな」


 その一言に、仁科が食いつく。


「気づかなかった? それはおかしい! あいつらこの玄関から葉いったんだぞ! いくら用務員室の中にいたって、バイクの音とか、入ってくる奴らに気づかない訳がない! さてはおじさん! あんたがあいつらを招き入れたんだな!」


 用務員は顔を伏せ、黙った。そして、ゆっくり口を開く。


「……バレちまったら仕方ねえな。ここでお前をぶっ倒さねえと!」


 突如用務員が仁科に殴りかかってくる。遅い拳だが、ものすごく強い。かすっただけで風圧を仁科は感じた。重い一発をなんとか交わす。しかしすぐに次の拳が繰り出され、仁科は吹っ飛ぶ。そこで仁科は動けなくなった。


「仁科! 助けに来たわよ!」

「大丈夫か!」

「私らも加勢するぞ!」


 有里と新藤、富枝だ。


「みんな! おじさんが!」

「分かってる! さっき隠れて聞いてたから!」


 有里が言った。


「じゃあもっと早く出てこいや!」


 仁科は叫んだ。そして勢いで起き上がる。しっかり地面に足を付けて、立ち上がった。用務員をにらむ。彼は堂々と立ったまま仁科が立ち上がるまで待っていた。四人で一斉に殴りかかる。用務員から次々に繰り出される拳、蹴り。

 素手じゃ無理だ。武器はないか……。

 仁科は玄関を挟んで向こう、校長室を見る。


「校長室だ!」


 仁科は校長室へ走った。今度はしっかり、皆のついてくる音が聞こえる。校長室へ逃げ込むと、急いで扉を閉めた。新藤がドアノブを抑える。しかし外側から開こうとする様子はない。


「入ってこないみたい」


 有里は安堵の息をつく。


「待ち伏せしてるんだ」


 新藤は眉をひそめた。


「どうするんだ、仁科よ」


 富枝が訪ねる。


「これを見て」


 仁科は壁を指さした。たくさんのトロフィーが飾られている。


「これを使おう」

「なるほどな」


 富枝は一番大きなトロフィーをひょいと持ち上げた。仁科もトロフィーをつかむ。有里はどれを使えば良いか悩んでいるようであったが、透明なクリスタルの小さな像を両手に持った。新藤はメダルを指の間にできる限り挟む。


「開けるぞ」


 片手に大きなトロフィーを担いだ富枝が、ドアノブをつかんだ。


「いいよ」


 仁科の返事で、ドアが開かれる。四人は一斉に飛び出し、横並びに並んだ。そして一斉にトロフィーたちを投げつける。すべて用務員に命中した。


「うっ!」


 用務員が床に倒れる。


「なあ、みんな…………それでさ………」


 仁科は、有里たちとひそひそ話し始める。他の部員は首をひねるが、仁科がはなしをすすめるに連れ、うなずき始めた。そして彼らが話し終わると、有里が突然うずくまった。


「痛い……! 助けて! 痛いよう!」

「どこが痛い?」


 用務員が力を振り絞って起き上がり、有里に駆け寄った。


「えっ?」


 有里は目をまん丸くして、今まで通り優しそうな用務員を見た。


「嘘だよ、おじさん。やっぱり本当に悪い人じゃなかったんだね」


 仁科は用務員に笑いかける。


「どういうことだ」


 新藤はいまいち分かっていないようである。


「どっきり、だよな?」


 仁科は自信を持って答えた。用務員は黙る。


「だ――っ! バレちまったか。どうして分かったんだ?」

「だってなんか、ケガさせないようにしてんのが拳から伝わったんだよ」

「どっきりって、えええ! どういうこと?」


 有里は仁科と用務員を交互に見る。


「お前らが、実戦もしたいって言うからさ。昔、俺がいたグループの後輩たちに頼んだんだ。計画立てるのは大変だった。なんせ頭使ったことないからな」


 用務員は頭をかいた。


「それで今日は入り口から普通にこいつらを入れたんだ。それでさっき、仁科が来たとき、あれ? 予定より早いな、って思って。全然戦い足りないだろうと思って、ネタばらしする前に俺が相手になったんだ。おーい、お前たちも出てきて良いぞ!」


 入り口から、ぞろぞろと不良たちが出てくる。


「どっきりなら、なんで先輩をあんなに殴ったんですか……」


 仁科は用務員に聞いた。


「先輩?」


 用務員は首をかしげる。


「あのヤンキーの。校舎裏にいる」

「なんであいついるんだ?」


 そこで不良集団の一人が前に出た。


「なんか予定にない奴いたんで、同類みたいだったし、こっちの挨拶として半殺しにしました!」

「やりすぎだ」


 用務員は不良の頭を思い切りはたいた。




 昼下がり、仁科は中庭のベンチで昨日のことを思い出していた。


『あんたのこと、ちょっと凄いなって思った。ちょっと好きかもね』

『えっ!』

『何だって! 悔しい――!』

『新藤よ、私は、あのとき用務員を呼びに行った仁科の様子を見に行こうと言った、お前さんもかっこいいと思うぞ。ちょっと好きになった』

『えっ……』


 まさか新藤が俺を助けようとしてくれるとは。仁科は、富枝に好きと言われてテンパった新藤を思い出してニヤニヤした。

 そして散歩がてら、校舎裏の様子を見ることにする。こっそりのぞき込んだ。


「打倒仁科! 打倒あんときの不良校!」


 先輩が拳を天に突き上げる。


「おおおお――――――!」


 不良たちがそれに賛同する雄叫びだ。


「怖っ」


 その後から用務員が強いと分かったことで、部活では用務員とも戦うようになった。


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