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策略生徒会Ⅱ 柳骸坂を昇れ  作者: 中川大存
第一章【樋野祐圓の策動】
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第一章【樋野祐圓の策動】⑤

 

          [5]

 

「マジで!? 聞いてねえよそんな話。柳骸坂かあ」

「まあ、昨日の今日だからね。今日の部活の時には主将さんから話があるんじゃない? でも、連絡ミスとかあるし念のために伝えといたほうがいいかも」

「そうだな、主将の丹波先輩にメールで言っとくわ。サンキュー樋野、やっぱお前いいやつだな」

「いいよいいよ、役に立てたなら嬉しいよ。じゃあ僕はそろそろ教室に戻るね」

 にこやかに手を振って、樋野は教室を出た。

 昼休み──野球部に所属する顔見知りに会うため、樋野は他のクラスを訪れていた。

 目的は、柳骸坂からの申し込みを部員に直接リークすることである。

 島崎は未だ野球部に交流試合の申し込みが来たことを伝えていない。あわよくば握り潰す腹なのかもしれないが、それはこの一手で阻止できる。

 野球部の友人と話していた時に、島崎会長から既に通達が行っていると勘違いしてぽろっと洩らしてしまった──とでも言っておけばいい。あくまで善意の第三者を装えば樋野に疑いはかかってこない。

 逃げ道を一つ一つなくしていく。気付いた時には交流試合を受けるしかなくなるように。

 そんな事を考えていた時。

 唐突に、校内放送のスピーカーからメロディが流れ出した。

「ただ今より、生徒会行事に関するミーティングを行います。役員は生徒会室に集まって下さい」

 

 

「突然召集をかけてごめん。すぐ終わるのでちょっとだけ我慢してくれ」

 島崎栄一は、普段と変わらない丁寧な物腰で話し始めた。

「何か緊急の用事?」

 吉良崎が少し気だるそうに応じる。

「副会長と相談して決めたんだが、予算委員会を開くことにした」

「予算委員会──ですか?」

 意外な単語に驚いて、思わず訊き返す。

 それは通常年度末近くに開かれることになっていたはずだ。五月に開かれるものではない。

「部活が一つ、昨年度になくなっているんだ」

 噂は耳にしている。

 不良の巣窟でありまともに機能していなかった部──テコンドー部だ。

「正直な話、仕事に余裕ができてきたのは今年度に入ってからなんだ。大規模な構造改革をスローガンに掲げて生徒会長になったこともあって、昨年度はそのための雑事にかかりきりだった。だから、生徒会運営とは直接関係しない部活動までは手が回らなかったんだが──テコンドー部に回していた分の予算を少し安直に再分配してしまったのではないかという懸念がある」

 どう分配したんですかと訊くと、吉良崎が答えた。

「浮いた金額を、他の部活の予算金額の割合と合うように分割して各部活予算に合算したのよ。他の仕事が忙しすぎて元々の割合が適正かどうかまでは審査していなかったってわけ」

「テコンドー部は不正に多額の予算を受け取っていた。今後同じことが起きないためにも、各部活動への予算分配の見直しが早急に必要だ」

「はあ──なるほど、それはわかりましたが」

 樋野は頭を掻いた。

 島崎が話し始めた時からうっすらと彼の意図は見えていたが、それを確信に変えるために更に質問する。

「どうしてこの日なんですか? この日って確か──柳骸坂が交流試合を申し込んできた日取りじゃなかったでしたっけ」

 島崎は樋野の方をゆっくりと見て、さも当然というように言った。

「ああ、まあな──そこの所なんだが、野球部には悪いが今回は見送らせてもらうほかにないだろうな。何しろ全部活の出席が必須だからな、他の部活との兼ね合いを考えると全体として最も都合がいいのはこの日しかないんだよ。まあ、本決まりだったわけでもないし──どうしても試合がしたいとなれば日を改めてもらえばいいだろう」

 樋野は確信した。

 ──これは島崎の策略だ。

 そう考えなければ理屈に合わない。

 大体、予算委員会という催しにどれだけの意味があるというのだろうか──わざわざ今予算の問題を蒸し返してみたところで、すでに部活動は始まってしまっている。すでに渡されている予算をもう一度分配し直すなどと言えば混乱は必至だ。よしんばこの話し合いに真っ当な意味があったとしても、全部活の人間が一堂に会する必要などまったくないのである。最終的に予算案を策定するのは生徒会なのだから、適正額の調査ならば生徒会が各部活と面談を行えば済む話であり、それは部によって日がずれても全く問題がないはずである。

 それをわざわざこのような形でごり押しする理由は。

 ──足止め、だ。

 島崎はこの日に野球部に活動して欲しくなかったのだ。そしてそれはつまるところ、柳骸坂との交流試合を阻止するという目的に繋がる。

「とりあえずその連絡ということで──まあ詳しくは今日の放課後に話すよ。明日には先生方に話をつけることにするから、そのつもりで」

「了解」

 特に興味もなさそうに吉良崎が応じる。

「了解……しました」

 樋野も続いて頷き、生徒会室を出る。

 柳骸坂との試合に乗り気でないだけならまだシロの範疇だった──ほとんど接点のない高校からの突然の接触に驚き、二の足を踏む程度のことは誰でもあるからだ。

 しかし裏から手を回して試合阻止に動くこのやり方は、完全にクロだ。

 島崎はかつて存在した陽陵学園の闇を──そしてそれが潰えた今の混乱状況を見透かしている。

 ──そうはいくか。

 樋野は心中で低く呟いた。

 

 

 およそ六時間後──午後六時半。

 樋野は生徒会室にいた。

 島崎の策をすべて聞いている樋野にとって、それを潰すのは容易なことだった。

 まず陽陵のアドレスで柳骸坂に試合を受ける旨を送る──もちろん、末尾には島崎の名前を添えて。

 その後予算委員会開催の資料をすべて破棄する。時間稼ぎのためだ。

 メールの送信履歴を消しておけば島崎には気付かれない。資料破棄には何か適当な理由をつけておく──島崎が資料を作り直して教師に持っていく頃にはすでに交流試合は本決まりになっているというわけだ。あとは生徒会と野球部の間に自分が入って情報を歪曲してやればいい──二者にすれ違い、思い違いを生じさせ、事実は交流試合当日に初めてバレる。あとは全部柳骸坂に任せればいい。

 樋野の読みでは、そこで柳骸坂は何かを仕掛けてくるはずだった。そうなれば陽陵側も対応せざるを得ない──悪の帝国は泥沼の潰し合いを演じるのだ。

 すでにメールは送り、履歴も消去した。あとは資料を始末するだけ──樋野の足が部屋の隅のシュレッダーに向いた時、不意に廊下を歩く足音が聞こえてきた。こっちに近づいてくる。

 ひやりとしたが、大丈夫だ──と思い直した。

 おそらく教師か誰かだろう。見咎められても、こんな時のために日頃から優等生──「善人」の仮面を被って来たのだ。どのようにでも言い逃れることはできる。

 戸が開く音がした。言い訳を模索しながら振り返る。

 刹那。

 樋野の視線は凍った。

 

 そこには、島崎が立っていた。

 

「……っ、どうして……」

 間の悪いところに行き当たってしまったのか、と最初は考えたが、島崎の表情がそうでないことを物語っていた。

 島崎は、まったく驚いていなかったのだ。その顔に意外さの昂りは欠片もなく、むしろ悪い予感が当たった時のような──憂鬱混じりの納得とでも言うべき色が沈殿していた。


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