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策略生徒会Ⅱ 柳骸坂を昇れ  作者: 中川大存
第一章【樋野祐圓の策動】
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第一章【樋野祐圓の策動】④

 

          [4]

 

「交流試合──なあ」

 声に出してみても、現実は何も変わらない。

 嫌なものがなくなるわけではないし、良いものが生まれてくるわけでもない。

 そうわかっていながら、島崎栄一は自らを悩ませている言葉を空気中に放出した。

「交流試合だよねえ」

 傍らの少女──生徒会副会長である植村が同じような調子で呟く。溜め息に混ぜたような声音である。

 おそらくこのおとなしそうな見かけの少女も、その言葉に対して同じ感情を抱いているのだろう──と島崎は思った。すなわち、困惑である。

「どうして柳骸坂なんかがうちに試合を申し込んできたんだろう」

 思っていることをそのまま声にして垂れ流す。馬鹿みたいだ、と思いながら島崎は一枚の紙に目をやった。

 それはメールの画面をプリントアウトしたもので、生徒会室の最奥、生徒会長のデスクの上に置かれている。慇懃な文章で、これまで交流のなかった陽陵・柳骸坂二校で「交流試合」を行いたい旨が記されていた。

「受けてみたらいいんじゃないですかね」ごく軽い調子でそう言ったのは、生徒会書記の一年生、樋野祐圓だった。室内で最も出口に近い机に陣取り、先週の議事録を清書している。「別に減るもんでもないんだし、断る理由もないじゃないですか」

「そりゃ──そうだね」

 曖昧に頷きながら、島崎は樋野をこっそりと観察した。

 樋野はあくまで平素通りの表情で仕事を続けている──静脈が透けて見えるような白い顔のどこにも不審な影は見あたらない。深いところまで事情を知っているわけではなく、常識的な見地から意見したという感じだった。

 当初の島崎政権における書記の生徒が親の都合で転校したのを受け、急遽行われた補欠選挙──そこで二年生の候補者をもおさえて当選し、先月末から生徒会に入ったのがこの樋野だった。どんな人物かと少し緊張したが、今まで見た限りではごく真面目で常識的な男である。

 ともかく──確かに常識で考えれば、樋野の言った通りだろう。試合をしないメリットなどは普通ないのだ。新しい作戦や練習の成果を実戦で試す絶好の機会であるし、普段とは違った刺激を体験することで選手の心身にも良い影響を与える。それに同じ市内でありながら陽陵学園とはほとんど接点のない柳骸坂との試合は地区大会に備える材料にもなるわけだから、試合の申し込みが来たということを伝えれば野球部は是非ともやりたいと言うに決まっている。

 彼らは間違っていない。樋野も間違っていない。島崎だってできるものなら許可したいところだ。

 そう、柳骸坂の目的が純粋に野球の試合だけなのであれば──二つ返事で容認するのだ。

 憂慮しているのはまさにその点だった。

 柳骸坂高校。

 この単語が絡む形で、島崎はここのところいくつかのきな臭い噂を聞いていた。

 ──闇。

 それはかつてこの陽陵学園にも存在した、学校の片隅の暗がりの中に隠然と潜む何者か──高校というこの閉鎖的な領域を利用し、非合法な手管で私腹を肥やす組織の影であった。

 そういったものは、表向きには何の痕跡も残さない。しかし、微かに漂う気配のようなものは残る──島崎が耳にした噂はそういった微弱な残り香のようなものだった。だから必然的にその情報は曖昧で不確かで、およそ裏付けの存在しない断片ではあったのだが、しかし少なくともその疑いをかけるに足るだけの原因が柳骸坂にあるだろうことは確かだった。

 そんな不気味な高校が──しかも今までに何の接触もなかったようなところが、突然試合を申し込んできたのだ。それも、頭に「練習」ではなく「交流」などという大仰な単語をくっつけて。

 何かある、と勘繰らない方がおかしいというものだ。

「吉良崎さんはどう思う?」

 植村と向かい合う机で黙々と生徒会予算の帳面を作っている生徒会会計の吉良崎由衣に話を振ってみる。一心に仕事に打ち込んでいる体を装ってはいたが、こっちの会話に注意を向けているであろうことは何となく察していた。

「さあ。柳骸坂ってよく知らないし」

「確かに陽陵とは接点ないよね。遠いし」

 相槌を打つ植村を見ながら、だからこそ──と島崎は思う。

 だからこそ、突然の申し込みが怪しい。怪しすぎる。

 島崎は、何度目か分からない無為な呟きを空中に放出した。

「交流試合──なあ」


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