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策略生徒会Ⅱ 柳骸坂を昇れ  作者: 中川大存
第三章【損崎巳樹の政略】
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第三章【損崎巳樹の政略】⑫

 

          [12]

 

「どうした? え? うんそうか。わかった」

 軽井沢が携帯で報告を受けるのを見ながら、内務部部室の空き椅子に腰かけた酔月はぼんやりとしていた。

 疲れが溜まっていた──通常業務に加え、損崎の指示である鼠の特定もこなさなければならない。肉体の疲労もさることながら、意に反する不合理な命令を遂行しなければならないことへの精神的負担も大きかった。

「局長……局長」

 軽井沢に呼ばれていたことに気付いてはっとする。現在は非常事態──陽陵の頭、島崎栄一が校内に侵入しているのだ。呆けている場合ではない。

「すまん。どうした」

「あ、緊急連絡です。たった今校内で殺傷事件が起きた模様です」

「え?」

 寝耳に水の言葉に意味を捉えそこなって、酔月は間抜けな声を上げた。

 殺傷──事件。

 島崎は現在、柳骸坂生徒と一緒に行動していたはずだ。

 島崎はナイフを持っていた。そのことなのか。

 窮地とはいえ、あの優しげな男がそのような凶行に及ぶというのは信じがたかった。

「どういうことだ。島崎がとち狂ったとでも?」

「いや、それはないです。少なくとも直接的に殺したかという意味では」こんな状況にも関わらずどこか間延びした口調で軽井沢が答える。「こっちに上がってきた報告じゃ、事件は島崎のいる場所とは別の場所──しかも三件もの事件が同時に起きているってことで」

「三件だと?」

 つまり三人の殺人鬼が島崎と同時にこの校内に忍び込んでいたということか? いや、だとしたら来校の時点で監視システムに引っかかっていないはずがない。隠密裏に潜入していたとしても、事件発生まで全く異常を感知できないなんてことがあるものか。たとえ監視する事務局側が島崎の追跡にいくらか気を取られていたとしても、柳骸坂の監視システムはそれだけで危険を看過するほどザルではない。

 元からいる柳骸坂の生徒が事件を起こした、というのもまた考えにくい。タイミングが良すぎるし、そういった可能性のある要注意人物は内務部の定期的な素行調査の上でブラックリスト化されており、監視カメラの確認の際に優先的に動向をチェックされる仕組みになっている。仮に突発的犯行だとしても、それが同時に三件も重なるなどという偶然はあり得ない。

 ならばやはりこれは島崎の意図。それも周到な準備の上のもの。

 可能性を手当たり次第に消去し、残ったひとつを確認する。

「読めたぞ。確か島崎は演劇部を隠れ蓑にした工作集団を子飼いにしている。その三件の殺傷事件はすべてそいつらの仕業だ。それならば監視システムで捕捉できなかった説明がつく──つまり、前もってウチの制服を調達しておき、何喰わぬ顔で校内に侵入。トイレ等の監視カメラの死角で殺人犯役は服を着替え、相棒の柳骸坂生役を殺傷する演技をする、という段取りだ」

「演劇部の校外ゲリラ上演ってわけですか。白昼堂々鬼気迫る殺人の芝居なんて、ハムレットだかロミオとジュリエットだか」

 軽口を叩く軽井沢を一瞥すると、いくらかばつが悪そうに口調を正した。

「あー……至急目撃者を募り、聞き取り調査をしましょう。被害者が三人とも誰の面識もない生徒だったとしたら、局長の推測が正しい蓋然性が非常に高くなります」

「ああ──」答えて、酔月ははっと気付いた。

 その先はどうする?

 島崎の目的は明確だ。この事件はどう考えても目くらまし──事態鎮圧のために人員を割かせ包囲網を手薄にする、ひいては島崎が逃げるチャンスを作るための策謀。対して、その目論見を看破したこちらは敢えて事件を放置し、従前の方針通り島崎を追い詰めるのが当然の回答、と言いたくなるが──違うのだ。

 校内に不審者が侵入したと校内放送をし、戒厳令が敷かれた校内。そしてそこで実際に起きた殺傷事件。しかしそれを黙殺する生徒会──そんな構図があっていいはずがない。もしそんなことを強行したら指揮した者は徹底的に糾弾され、生徒会の権威は失墜する。島崎を捕らえるために不審者という架空の情報を流したがために、そこに逆に乗っかられた。本当にそれらしき人物が現れてしまった以上、こちら側は嫌が応でも対応をしなければならないのだ。

 腐っても鯛、南岳密を倒した男か──と思いながら、酔月は腰を上げた。

 

 

「島崎って生徒会長、なかなかやるようね。こっちの虚報に合わせてくるなんて芸当、ビジターなのによくできるわ」

 生徒会執務室に急行した酔月の報告を受け、損崎はそう評した。

「事前にそこまで読み切っていたとすれば相当の大才ということになりますが、実際にはある程度広がりのある使い方を想定して自分の手のものを校内に入れていた、というところでしょう。それでも機転が利くことには変わりないですが」

「敵を持ち上げてどうするの? この状況がわかってるのかな、まったく」

 メールか何からしく、机の上の損崎の携帯が震えた。酔月への侮蔑の視線を外し、損崎は携帯に目を落とす。

 先に褒めたのは損崎だろう、といつものことながら理不尽さに腹が立つ。言いたいことを言って、挙句に私用で携帯をいじるその態度に、酔月の腸は一層煮えくり返った。

「大丈夫よ」携帯を置いた損崎は余裕綽々と言った笑みで頷いて見せた。「私に考えがあるわ。島崎の作戦は小器用にこちらの策を逆用してきたものだけど、さらにそれを逆用する。敢えて全力で三人の殺人犯役を捕らえ、人質にしましょう。そこで自分だけ逃げればそれこそ生徒会長の面目丸潰れ、今後部下にそっぽを向かれること必至よ。おとなしく投降するしか道はなくなるわ」

 


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