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策略生徒会Ⅱ 柳骸坂を昇れ  作者: 中川大存
第三章【損崎巳樹の政略】
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第三章【損崎巳樹の政略】①

【第三章──損崎巳樹の政略】

 

          [1]

 

「鼠が入り込んでいるわね」

 酔月と軽井沢と幾地、それに長谷井を交えたいつもの会議の場で、損崎は開口一番にそう言った。

「鼠とは?」

「軽井沢君が風紀委員長と打ち合わせた際に何者かが廊下にいた。校内のデータベースに外部からのアクセスを試みた履歴が見つかった。その他、この数週間でいくつか校内で不審な動きが散見されている──諸々併せて考えると、せせこましく動く鼠が入り込んでいると考えるのが最も賢明よ」

「いわゆるスパイがこの校内にいる、というお考えですか」

 酔月が顎に手を当てて呟く。

 確かにその可能性はあった。損崎の発言の根拠となる情報は、軽井沢から上がってきた情報を日々の報告として酔月自身が伝えたものだ。しかしすべてを偶然と片づけることができるレベルの話だし、その程度の行動で柳骸坂の暗部が露見することはあり得ない。ゆえに、スパイがいるという仮定もできる、という程度のニュアンスで伝えたのだが、損崎はスパイの存在をすでに確定事項として捉えているらしい。他人の話を自分流にしか聞かないのはいつも通りだった。

「大変だね巳樹ちゃん。巳樹ちゃんの権勢を脅かす存在なんてあっちゃいけないよね、すごく大変だよすぐに全力を挙げて潰そうよ」

 心底不安そうに表情を歪めて、長谷井が損崎の手をぐいぐいと引っ張る。損崎は長谷井の手に両手を絡め、しつこく掴んでくる手をやんわりと引き剥がした。

「大丈夫よマリ──鼠と言ったのは、こそこそと陰に隠れて動いているという意味だけじゃない、まさにスパイは鼠並みにちっぽけで弱々しい存在だからなの。そこまで気張らなくてもやろうと思えば一ひねりよ」

「その根拠を伺ってもよろしいですか?」

「私の情報網が掴んだ限りでは、そのスパイは単独で動いているの。まあ、私達に弓を引こうとしている以上、まったくの単独犯というのも考えにくい──おそらくは背後に誰かがいるんでしょうけど、ともかく今我が校の中にいるのはたった一人なのよ。誰なのかまではまだ特定できていないけれどね」

 また決め付けだ、と酔月は思った。そもそも存在すら疑わしいレベルなのに、単独犯かどうかなどわかるわけがない。現象として現れている部分だけを見るならば確かにその可能性が最も高いが、それがすべてではないはずだ。

 とは言え、ここでそう述べたところで機嫌を害するだけだろう。酔月は損崎に調子を合わせて答える。

「ということは──その鼠の特定が急務と仰りたいわけですね。もたもたしていると我が校の機密情報を持ち出される。それを避けるためにもすぐに特定し、すぐに潰さなければ、と」

 酔月の言葉に、損崎は曖昧に首を振った。

「半分正解かな。特定はもちろん可及的速やかに行って欲しいけれど、まだ潰すのは駄目」

「何故です?」

「敵は誰かを見定めたい。スパイが誰かわかった段階で排除しても、そいつと繋がっている何者かはまた新しいスパイを送り込んでくるだけだもの。見つけて潰すの繰り返しじゃ、まるでモグラ叩きみたいなもの──こちらが疲弊し、向こうに考える時間を与えるだけだわ」

「しかし、それは──」たまらず口を開いた酔月を遮るように「えーと」と軽井沢が間延びした声を挙げた。

「特定だけなら俺の方でうまくやれると思います。風紀委員会はこっちの言いなりですんで、風紀強化週間なりなんなり理由をつけて全生徒を調べることができます」

 違う、と酔月は内心で舌打ちする。軽井沢は誤解している。スパイの特定に際して軽井沢の手腕を疑っているわけではないのだ。

「でもでもでも、巳樹ちゃんを害そうとしてるスパイを野放しにしておくなんて危険だよ。私心配だよ」

「大丈夫。鼠は孤立無援──集団による組織的行動ができない以上、いくらでも踊らせることができるわ。特定さえできれば重要な情報はそいつの目の届かない所に隠すなり、偽情報を掴ませるなり、何でもし放題だもの」

「私は反対します」我慢ができなくなり、酔月は毅然として反論する。

 調子を合わせるのにも限界があった。損崎の考えに合わせてスパイを特定する指示を出すだけならば構わないが、仮定のみに立脚した構想をすべて通すわけにはいかない。何かあった場合、責任を取らされるのは生徒会事務局、ひいては酔月自身だ。それがたとえ損崎の命令に基づいたものだとしても、なんだかんだで実行者の責任にされる。過去の経験から酔月はそれを確信していた。

「そもそも、入り込んでいるスパイが一人だという前提からして確認のしようがありません。集団で潜入していながら、他の者は機を待って沈黙しているということもあり得ます。まず調査を徹底し、敵の全容を確かめ次第スパイを根こそぎ撃滅すべきです」

「一人だという証拠はないって言うけど、複数である証拠もないじゃない。とりあえず今分かっている一人をコントロールするのは間違った対応じゃないと思うけど?」

「それが狙いとも考えられます。判明している一人の目を眩ますことに躍起になっているうちに、呼応した複数人に虚を突かれる──そういう計画がもしあったとしたら、踊らされているのはむしろ我々という事になるのではないですか」

「言葉が過ぎるよ、酔月君」損崎の表情に影が落ちる。「私が踊らされてるって? 意見を述べるのは勝手だけど、決めるのは私だってこと忘れちゃ駄目だよ。大体、すべては特定が済んでからの話でしょ──特定のための調査の途中で鼠が一人だって確定すれば問題ない。もし複数いそうだってことになっても、そいつらとの連絡ができなくなっちゃえば結局は一人と変わらないでしょ? まずは今わかっている一人を他と分断することを目的として動く。一人一人隔離していけば確実に行動力は減衰するし、残った者もおいそれとは動けなくなる」

 独断的過ぎる、と酔月は思った。鼠が複数いたとして、それらが相互に連絡を取って全員で一つの目的に向かって動いているタイプだとすれば確かに損崎の言う通りだ。しかし、今潜伏している者の中に司令塔がいるとすると──捕捉された一人を切り離して残りの者だけでより迅速に動き出す可能性があるのだ。その場合、一人を無力化することで逆にこちらへの危険と、それに対処する難易度は増す。

 しかし──もはや何を言っても無駄だ。損崎はすでに自分の中で方針を固めている。賛同の意見はともかく、否定的な意見ははなから受け付ける気がない。気怠い諦めはすでに酔月の意識の中に色濃く表れていた。

「調査は軽井沢君の監督の下、風紀委員会にやらせるように。もちろん報告は適宜酔月君が受け、私にも連絡するように。以上」

 最悪だ、と酔月は思った。

 特定後、スパイを潰すのならそれで終わりとなるのに比べて、潰さずにコントロールしていくのには多大な労力を要する。スパイの活動に合わせて数々の情報操作や偽装工作を重ねていくだけでなく、他生徒との接触等も見逃せないためほぼ四六時中スパイを監視しなければならないからだ。陽陵学園と事を構える予定もある今、無駄な労力を割くのは単なる苦労を越えて危険ですらあった。

 損崎はそこまで考えているのだろうか。いや、考えているはずがない。

 視野の狭い考えに振り回されるのは、もういい加減うんざりだった。


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