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策略生徒会Ⅱ 柳骸坂を昇れ  作者: 中川大存
第二章【井鞘達郎の奔走】
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第二章【井鞘達郎の奔走】⑦

 

          [7]

 

 生徒会室は、南岳政権の頃とはまるで様変わりしていた。

 吉良崎自身何度も訪れたわけではないのだが、南岳が支配していた生徒会室は無機質なほどに整頓が行き届いていた。それに比べると今は散らかっている──荒れているとは思わないが、机の上には未整理の書類や事務用品が山のように積まれ、生徒会資料室から持って来られたバインダーが何冊も部屋の隅に放置されている。

 とは言え、それをだらしなさの表れと解釈するのも間違いだろう。片づけをする間もないほど目まぐるしく島崎が働いていることも事実なのだ。今の状態の方がむしろ、血が通った生徒会室と言えるのかもしれない。

 しかし、吉良崎はこの部屋が嫌いだった。部屋全体から感じられるがむしゃらで前向きな活力に受け入れ難いものを感じて、仕事以外では絶対に立ち寄らなかった。

 自ら所属していながら忌み嫌っている、そんな場所に今吉良崎はいる。

 島崎が自分で提案した予算委員会の開催計画を白紙に戻し、柳骸坂との交流試合のために動き出してからちょうど一週間が経った今日──島崎はいつもとは違う時間に生徒会役員を招集した。

「集まってくれてありがとう。話したいのは、柳骸坂高校についてだ」島崎は話し始めた。「かつて我が校には闇が存在した。その非合法な利権システムは南岳政権の崩壊とともに消滅したが、それを再構築し新たな支配者の座につこうと市内のいくつかの高校が暗躍しているらしい。中でも柳骸坂はここ最近で急速に力を増し、頭角を現しつつある危険な集団だ」

 それは演劇部の情報網でとっくに分かっていた事だし、きっと吉良崎がその情報を掴んでいるであろうことを島崎も承知の上だろう。吉良崎は何の反応も示さず、島崎もそれについて特に不審そうな顔はしなかった。

 島崎の傍らにいる植村も同様だった。いつもよりは幾分緊張した表情を浮かべてはいるが、ことさらに驚いた様子はない。彼女は島崎の事実上の右腕といっていい存在なのだから、すでに事情を知っていても不思議はない。

 吉良崎の隣に立っている樋野も至って涼しい顔をしていた。独自に柳骸坂と接触していたこの少年は何を考えているのか分からない──ある意味では危険な存在だが、島崎はなぜか樋野への警戒心をやや緩めているように見える。何かがあったのかもしれない、と吉良崎は洞察した。

「もうそういった裏の顔とは関係しない姿勢を貫いて行こうと思っていたが、先日柳骸坂と我が校の生徒の間で暴力事件が起こった。すぐに公式の謝罪は来たが、僕にはこれが単なる私人間のいざこざには思えない」

「その根拠は?」

「問題の柳骸坂の生徒を調べた──彼らは常々素行の面で悪い評判が絶えない連中だったようで、事件の少し前に風紀委員会が『更生のため』と称して特例で風紀委員に加入させていたらしいんだ。柳骸坂では生徒の自治権が広く認められていて、そのような特別措置もまかり通るらしい」

「元々問題児ではあったってことですね。そこんところに疑問はありませんけど、気になるのは不自然な異動ですね」

 顎に手を当てながら呟いた樋野に、島崎が頷いて見せた。

「そう。思うに──今回の事件は不穏分子の排除と風紀委員会の弱体化、その二つの目的を同時に果たすために最初から仕組まれていたんじゃないだろうか。だとすると極めて組織的な行動だ」

「あり得ない話ではないわね」吉良崎は言う。「柳骸坂に支配者がいるとすれば、風紀委員は校内では警察権と同じ──便利ではあるけれど危険性も秘めた存在。暴走することなく自分に従属させるには、適度に力を削いで規模をコントロールする必要がある。その辺り、南岳前会長はぬかりなかったけれど」

「こちらに被害が及んだ以上、もう見過ごせない。我が校の生徒の安全を守るため、柳骸坂を倒す」

「どうやって?」

「これから説明するよ──計画は完成している。すべての準備は整った」

 重々しく言う島崎に、こちらも、と心中で答える。

 どう動くにも用意はできている。島崎は演劇部を利用できる気でいる──部長の吉良崎が生徒会執行部に所属し、少なくとも表向きは従っているのだから当然ではあるが。

 大元は樋野が作った契機ではあるが、暴力事件を経てすでに陽陵と柳骸坂の関係は一触即発だ。

 理想は相討ち──新興勢力の柳骸坂とかつての帝王である陽陵が互いに壊滅的な打撃を与えあってくれれば最高だ。その機に乗じてクーデターを起こし、吉良崎が支配者となることすら不可能ではない。

 しかし──そこまで踏み込んでいいのか、吉良崎は未だ決めかねている。

 理由は、植村叶。島崎に最も信頼されている人間──引っ込み思案で注目を浴びることを嫌う人柄ゆえ普段は目立たない彼女は、実は島崎本人に勝るとも劣らない思考力と閃きを持っている。混乱に乗じて島崎を潰すことができたとしても、彼女が黙っていないだろう。そういう意味でも島崎は植村のことを信用しているらしく、あえて作戦の実働部隊からは植村を除外している。

 島崎はわかっているのだ。

 もし何か不測の事態が起きたとしても──後方の植村がきっと助けてくれると。

「…………」

 厄介だった。吉良崎は人脈を辿ったり罠を張ったりと裏に回って暗躍することにはいささかの自信があるつもりだが、正面切って島崎政権に喧嘩を売るつもりはない。しかし、植村はあの連上の作り上げた情報処理部の流れを汲む報道部を実質的に掌握している──もし植村が吉良崎の正体に気付けば、その力を利用することで吉良崎は無理矢理に表舞台に引きずり出されてしまうだろう。明らかに不利な戦いになる。絶対の自信がない限り、無理に島崎の息の根を止めることまでは考えるべきではないのかもしれない。

 しかし、少なくとも戦力を削ぐくらいのことはしなければならないだろう。島崎が生徒会を率いて学校規模の敵と戦うなどということはそうそうあるものではない──この機に布石を打っておかずに、どうやって島崎政権崩壊の足がかりを作るというのか。

 あくまでも慎重に──秘密裏に動かなければならない。そのために吉良崎は準備を重ねてきたし、それなりの策は仕込んだつもりだ。

 あとは、じっと待つだけ。

 

 

 島崎には島崎の考えがある。

 吉良崎には吉良崎の思惑がある。

 そして──柳骸坂には柳骸坂の企みがあるのだろう。

 そのすべての思いを乗せ、一斉に交錯させる一点──陽陵学園高校野球部と柳骸坂高校野球部の交流試合は、十日後の五月二十一日に正式に決定した。


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