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策略生徒会Ⅱ 柳骸坂を昇れ  作者: 中川大存
第二章【井鞘達郎の奔走】
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第二章【井鞘達郎の奔走】⑤

 

          [5]

 

「えー……詳しいことは僕もまだ把握してないんで今後聞き取り調査していくつもりですけど、とりあえず現段階で分かっていることを報告しますと、風紀委員の内何人かが他校の生徒とトラブったのは、単なる噂やデマの類ではなく事実みたいです」

 刺激的な噂が柳骸坂校内をざわつかせた、その日のうちに開催された臨時生徒議会の場──議題である風紀委員による暴力事件について、委員会を束ねる生徒会事務局内務部部長の軽井沢によってもたらされたのは、実に曖昧な報告だった。

 まあ、まだろくな情報もないのは事実だろうな、と井鞘は思う。迅速な対応にも程があるだろう。

「随分適当な説明だなオイ。問題の風紀委員の実名出せよ。あと他校ってどこだ?」

 あくまでも追及しようとする横谷に、そもそもさ──と杉野が割り込んだ。

「こんな段階で臨時議会を招集するのがおかしいよ。詳しい情報もわかってないのに討議しようがないんじゃない? 暴力沙汰は確かに悪いけど、どんな状況で起こったのかとか何か事情があったのかとか、そういうことも含めて判断せずにただ罰を与えて終わりじゃ本当の意味の解決にはならない気がするけど」

「臨時議会の開かれるタイミングは生徒会規則通りだし、仕方ないだろう。何が起こってもまず議会での論議が優先されるのは我が校の原則だ」と輪田が訂正する。

「杉野さんの意見は理想論よ」逆井がすげなく切り捨てる。「詳しい調査も結構だけどね、どのみち暴力行為を働いたのが事実である以上罰は必要よ。事情とか何とかがそこにいくばくかの情状酌量を認めうるとしても、罪は罪。その風紀委員達以外の所に原因があるかのように責任を薄めていく議論は無責任な態度と取られうるし、それは私達生徒議会の威信に傷をつける結果にもなりかねないわ。何はともあれ、速やかな処罰は絶対条件──生徒会規則第四十八条三項により、今回の騒動の容疑者全員の停学処分と、責任を取る意味で風紀委員長の解任を提案するわ」

「でもー、やっぱり決めつけるのは早いんじゃないかしらー」桜森が頬に手を当てて首を傾げる。「うーん、例えば冤罪って可能性もあるしー」

「そう、いいこと言ったわみのりん」

 杉野が手を打つ。桜森はえへへー、と緊張感なく破顔した。

「仮に冤罪だった場合、ろくな情報も手元になく処分を下した私達こそが悪者になるって。それが何より生徒議会の威信を傷つけると思うけど?」

「そんな例外中の例外まで考えてたら何も決められないわよ! どうしてこう話が通じないのかしら!」

「いや、あらゆる事態を考えるべきだと俺も思う。何しろ停学なんて重大な処分もあり得る場合だしな。多少時間はかかっても仕方ない」

 井鞘の意見に逆井は更に憤慨した様子で口を開いたが、輪田が機先を制した。

「いいや、この場合逆井部長の意見が正しい」

 珍しい、と井鞘は思った。普段対立しがちな二人の意見が重なるとは。

 輪田は腕組みをして、静かに語り始める。

「確かに情報の少ない現段階で正当な処分を決定するのは難しいし、冤罪の可能性も低いとはいえ存在するのは確かだ。しかし、いたずらに時間を浪費するのは頂けない──これが我が校の中だけの問題だったのならまだ論議に論議を重ねて結論を出すという方法もあり得たかも知れない。柳骸坂高校は議会による生徒自治が原則であり、校内に限りそのルールは最優先すべきものだからだ。しかし今回の問題は、他校の生徒を巻き添えにしてしまっているのだ──その点を思い出して欲しい」

 一旦言葉を切って輪田は全員を見回す。

 皆が、どこか居心地悪そうに沈黙した。井鞘も同じく口を噤む──だらだらとした議論それ自体を責められているように思えたのだ。

「校外にまで我々のルールを押し付けることはできない。被害者に差し出すべきものは正当な謝罪と償いだけだ──ゆえに、解決に際し出来得る限りの速やかさが最も重視すべき要素なのではないのだろうか。とは言え、逆井部長の提案する処罰はいかにも苛烈に過ぎる。そこのところは変更すべきだと考えるが」

「それじゃ──どうしろって言うんだよ」横谷が輪田を睨んだ。「校外の人間が絡んでるからすぐに解決すべき、でも正当じゃない処分はできねえ、正当な処分のためには時間が必要、でも時間はかけられねえ……これじゃ堂々巡りじゃねえか」

 その意見を最後に、再び沈黙が訪れた。横谷、逆井は憮然として、杉野、福居は混乱したように、輪田はどこか達観したように──黙り込んでいる。

 井鞘は違和感を感じていた。

 何か、議論がおかしな方へ向いているような気がしてならない。

 この議論の雰囲気が一種の煙幕のように働き、冷静に考えたらわかるようなことに気付きにくくなっている、そんな感じだ。もしこれが何者かの意思による人為的な現象だったとしたら、これこそが杉野の感じた違和感なのだろう。

 しかし──だとすれば、それを狂わせることができるかもしれない。事前に杉野と話したことで、どうやらいくらかの先入観を持って議論に臨んでいたらしい井鞘は今回に限り議論のおかしさを察知できた。それを発言すれば……

 しかし土壇場で躊躇し、井鞘は沈黙している議員達をもう一度眺めた。

 普段よく発言する議員達と同様に、浮動勢力──桜森、不見沢、片桐、仰見もやはり発言する気がなさそうである。やはり、自分が口火を切るしかない。

「えっと……さ。話を聞いてて思ったんだけど、何だか議論がねじ曲がってきてないか? 今処分を決定するかしないかの二択みたいになってる気がするんだけど、それっておかしいんじゃないかな」

「どういうことですか?」

 疑問の声を上げた福居を見やりながら、井鞘は続ける。

「輪田の意見は、他校の人間に対しては、少なくとも普通の高校が暴力事件を起こした際の対応のスピードと同じくらいの対応の早さが必要だ、ってことだよな。柳骸坂は何か問題が起こるとまず俺達で論議することになってる──この論議の時間の分だけ普通より対応が遅くなる、その問題点を指摘したわけだよな」

 輪田は「ああ」と頷いた。

「俺は輪田の状況認識が正しいと思う。でも、今回は基本的な事実関係がまだ判明していない──普通の高校の場合でも、事実関係の調査はちゃんとしてから処分を決めるだろ。つまり柳骸坂高校がまずすべきことはそれで、今ここで処分を決める必要はまったくないと思うんだ」

「確かに『速やかに』って言葉に惑わされてた感はあるわね」杉野が二三度頷きながら言った。「でも、その後はどうするの? 結局私達に決定権は委ねられることになるのよ?」

「そこの時間を短縮する方法はある。前回の議決だよ──『生徒会事務局は議会の追認が確実な場合に限り独断で動くことができる』。風紀委員会は事務局内務部に所属するから、事実関係が明確になり次第事務局が独断で処分を決定すればいい。これで、できる限り速やかな対応ができるはずだ。ただ、これは『議会の追認が確実な場合』に該当しないから、事務局が独断で動ける場合を追加する必要があるけどね」

「『緊急の事態につきやむをえない場合』とでもしましょうか」

 杉野の案にすかさず逆井が異議を唱える。

「それじゃ曖昧過ぎて濫用の余地が残るわ。『当該問題の解決にあたり、議会を通過させる時間的余裕がない場合』とした方が適当よ──本当は事務局の権限拡大には反対だけど、仕方ないわね」

「そうだな──そんなところだろう」輪田が議論を打ち切り、長谷井に向き直る。「長谷井議長、議決を。『事務局の独断行動が許される条件として、『当該問題の解決にあたり、議会を通過させる時間的余裕がない場合』を追加するか否か』、だ」

「それでは決を取ります。『事務局の独断行動が許される条件として、『当該問題の解決にあたり、議会を通過させる時間的余裕がない場合』を追加するか否か』──賛成の方、挙手をお願いします」

 井鞘。

 輪田。

 杉野。

 逆井。

 福居。

 桜森。

 仰見。

 片桐。

 不見沢。

「九人。では次に反対の方、挙手をお願いします」

 横谷だけが傲然と挙手した。どうやら井鞘の提案でまとまったアイデアには何としても賛意を示したくないらしい。そこまで嫌われているのか、と井鞘は改めて嫌な気分になった。

「一人。九対一で、本議題は可決されました」

 酔月が立ち上がる。

「了解しました。今後俺と軽井沢内務部長の監督の下で風紀委員長が事実関係を調査し、しかるべき処置を決定します。議員の皆さんには可能な限り速やかに通達しますので、その後に処分が適正だったか否かの論議を行っていただければと思います」

 淀みなく話し終え、一礼する。議員達も礼を返した。

「本日の議題は以上です。これで、臨時生徒議会を終了します──」

 テンプレート通りの長谷井の言葉を聞きながら、井鞘は問題が片付いた開放感に浸る一方で、どこかうそ寒いものを感じていた。

 酔月の、まるでこうなることを最初から予測していたかのような念入りな態度。

 もしかすると──この結論こそが、決められた「落とし所」だったのではないか?

 井鞘は議論の操作を破ろうと行動した──しかしそれすらも、誰かの思惑通りだったのではないか?

「…………」

 いや──考え過ぎだ。酔月の如才なさはいつものことだし、議論中から「操作する者」の存在を意識しすぎた井鞘が必要以上に過敏になっているだけだろう。

 すべては見えない影に勝手に怯えているだけの話だ。

 井鞘は気を取り直し、昇降口へ向かうために踏み出した。

 早く野球部の練習に合流しなくてはならない。他校との練習試合に向けて、しなければならないことは山ほどあるのだ。こんな妄想じみた考えにいつまでも振り回されているわけにはいかない。

 

 だが──一度湧いたその考えは、どれだけ理屈で否定しても頭の隅にこびりついていた。


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