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策略生徒会Ⅱ 柳骸坂を昇れ  作者: 中川大存
第二章【井鞘達郎の奔走】
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第二章【井鞘達郎の奔走】③

 

          [3]

 

 昼休み。

 相変わらず──平穏な周囲との隔絶を感じながら、井鞘は携帯で樋野と話していた。

「顧問に、正式に交流試合を申請した。もう既に話はそっちに行ってるはずだ」

「ああ。だけど『交流』試合ってのは?」

「事務局の指示なんだよ」井鞘は校舎の壁にもたれかかる。「練習試合でなく、交流試合という名目で申請してくれってさ。まあ、おそらく──事務局の管理下に置きたいってことなんだろう。単なる練習試合なら部活動の一部でしかないから奴らは手出しできないが、交流を目的の一つとした学校行事という体裁なら事務局が影響を及ぼせることになるからな」

 事務局は活動範囲を拡張しようとしている。それは先の議会による権限拡大が関係しているのかもしれない──しかし、事務局が強くなることで具体的に何が起きるのか、井鞘にはよくわからない。本来井鞘はただの野球部部長で、政治的な駆け引きが得意なわけではない。できるならそういう話には極力関わりたくもなかった。

「まあ、何でもいいや。とにかく練習試合は開けるんだな?」

「ああ。これで満足だろ、樋野」

「サンキュー。約束通りお前には迷惑をかけないからさ、安心してくれよ。それじゃ、ちょっとやることがあるから俺はこれで」

 電話が切れる。

 樋野もどうやら何かを企んでいる──迷惑はかけないとは言っていたが、そのまま信用もできない。余計な火の粉がかかってこないよう、何らかの対策は立てておかなければならない。

 無駄な心配ばかり増えるな、とげんなりしながら携帯をポケットにしまった時、唐突に背後から肩を叩かれた。

「うおっ!」

「わ、びっくり。井鞘君、驚きすぎ」

「……杉野さん」

 大袈裟に腕を広げて見せる杉野やすなを、井鞘はこわごわと見やった。

 樋野との会話を聞かれたかと肝を冷やしたが、表情を見る限りどうやらそれはないらしい。ただ単に見かけたから話しかけてみただけといった感じだった。

「なんだか、最近ぼーっとしてるみたいね。深雪ちゃんに聞いたんだけど」

 杉野と深雪は同じクラスで友達同士である。

「いや、ちょっと疲れててさ」

「そう。大丈夫なの? 交流試合なんでしょ」

交流試合。

 その言葉に、揺れる。

 心が揺れ──まるでそれが伝わったかのように、井鞘はぐらりと体を傾がせた。

「大丈夫?」

「あ──ああ。躓いただけだ」

 そう、ただ少し躓いただけ。それが事実。

 でも──足元がおろそかになるほどに、動揺していたのもまた事実だ。

 平常心を取り戻さなければ。同じ議員である彼女に、万が一井鞘の立場が露見するようなことがあったらすべては終わりだ。

 必死で自分に言い聞かせる井鞘に、しかし何も気付いていない様子で杉野はぽつりと問いかけた。

「ねえ井鞘君。変なこと、聞いていい?」

「変なこと?」

「操られてる──って、思ったことない?」

 唐突に意外な言葉が飛び出してきたことで、井鞘の焦りはふいに途切れた。

 操られている。

 どういう意味なのか──杉野の意図を量りかねて井鞘が黙っていると、当の本人もどこかあやふやな、固まり切っていないような口調で話し始めた。

「ううん、つまりね──私達生徒議会がこの学校内の様々なことを話し合い、決めているけれど、でもそれは私達の意思じゃなくて、もっと大きな何かに──表に出ずに隠れてる何かに、導かれている結果みたいに思えることが最近多いのよ。私達の意見は私達が考えているつもりだけど、そういう意見を出すことすら誰かに操作されてるような──うん、うまく言えないんだけどね」

「つまり……杉野さんが思ってるところでは、俺が交流試合を提案したのもその何かに操られた結果だってこと?」

 それは。

 井鞘自身が樋野に操られていることを──感づいているという遠まわしな警告なのだろうか。

 しかし、井鞘が内心冷汗をかきながら投げかけた問いに杉野は曖昧な顔で首を振った。

「提案っていうか──そう、むしろ提案した段階ではそれは個人の考えなんだけど、それを議会で話し合っているといつの間にか、当初とは別の性質のものに変質している──とでもいうのかな。個人の意見と、それを総合してすり合わせた結果のはずの全体の結論が、何だかちぐはぐになっているような気がして」

「それを仕掛けている奴がいる、って杉野さんは言いたいんだな」

「そこまでは──うん」

 否定しかけて、自信無さげに杉野は俯いた。

 杉野にはある程度の確信があるのだ。さっきの説明の中で、杉野はその「議会を操っている存在」のことを最初は「何か」と言っていたが、途中で「誰か」と言い換えていた。だから絶対にそうだというわけではないが、おそらくは無意識に信じているのだろう──その、杉野曰く「表に出ずに隠れてる」ものの存在を。

「確かに、言われてみれば──俺はそこまで深く考えたことはなかったけど、でも時々変に思う事はあったよ。議論となれば果てしなくもつれて纏まらないことだって普通にあるはずなのに、生徒議会はそこまで長丁場になることはあんまりない。何故だか、そこそこ話し合いが進むとある程度の落とし所みたいなポイントが浮上してくるような気がする」

「そう! まさにそれなのよ」自分だけじゃなかった、という安堵感からか眼鏡の奥の目を輝かせて杉野が息巻いた。「私達がどんな意見を出そうと、最終的にはそこに落とし込むつもりなんじゃないかって感じすらしてくるような議論の纏まり方──その終着点に向かうように、私達全員の発言が利用されているような、ね」

「でも……やっぱり現実的じゃないだろ」

 井鞘はゆっくりと首を傾げながら答える。

「一つ一つ考えてみよう──まず、議論を操るには議論に参加する必要がある。当たり前のことだけど、そうすると、長谷井議長は自分の意見を言わない進行役だからこの際無視するとして、杉野さんのいう議論を操る誰かは議員の中にしかいないということになる」

 一度言葉を切って杉野を見やる。杉野は素直に頷いた。

「でも──特定の議員の利益になるような議決が今まであったかな? 俺が思い返す限り、ごく普通の議題についてそれなりに理にかなった結論が出ただけだと思うけど」

「そう言われると──返す言葉もないわね」

 さすがの杉野も反論のしようがなかったらしい。

 つまり──議員の誰かが議論を操作しているとしても、その議員には何も見返りがないのである。自分でも話しながら纏めた考えだったが、筋は通っているように井鞘には思えた。

「ってことになると、この疑惑を肯定する根拠として残るのは杉野さんの感じた印象だけになる。考え過ぎ、なんじゃないか? 俺もさっきは同調するようなことを言ったけど、正直杉野さんの話から先入観を持った結果じゃ絶対にないとは言い切れないよ」

「…………」

 杉野は俯いてじっと床を見つめたまま何事かを考えていたようだったが、やがて顔を上げた。

「うん──そうね。やっぱりそうよね。ごめん、変なこと訊いて」

 どこか釈然としない表情を残したまま、杉野は去って行った。逆方向に歩き出しながら、井鞘はいぶかしむ。

 杉野はどうかしてしまったのだろうか。あんな妄想じみた事を言い出すなんて。

 井鞘はたまに普段の議会で、思慮不足ゆえに無意味な意見を出したりしてしまうことがある。そんな時に常識的な見地からそれを修正してくれるのは輪田か、さもなければ杉野だった。それが今日はまるで逆──常識的な返答をしたのは井鞘の方だった。

「…………」

 ──常識?

 常識とは何だ。

 普通の観念。当たり前の見識。大多数の人間が思い至るであろう考え。

 そんなものを──合理的な杉野が持っていないはずがない。杉野は井鞘が言った程度のことにはとっくに届いていて、それでも違和感を感じていたのだ。

 つまり、井鞘は最初から何も言っていないのに等しい。表向きは杉野を説得したような形になったが、実際には杉野は何一つ疑問を解消できないまま、これ以上話し合うことを無益と判断して帰って行っただけなのだ。

 つまり──

「疑惑は……まったく晴れていないわけか」

 少し──気にかかった。

 

 

「井鞘、聞いたか? 例の話」

 友人の村松が話しかけてきたのは、もう昼休みも終わりかけた時間──井鞘が教室に戻ってきてすぐのことだった。

「おう、どうした」

「何かさ、風紀委員が暴力事件起こしたらしいぜ」

「えっ……暴力事件?」

「ああ、もう校内どこもその噂で持ちきりだよ。生徒の服装チェックとか何とか、あんなに規律に小うるさい風紀委員会からそんな事件が起きたっつーのは大不祥事だよなあ」

 村松は小気味よさそうな顔で言った。

「そう……なのか」

 暴力事件。しかも風紀委員が。

 通常ではまずありえないはずの出来事──まあ、大層な肩書を持っていても所詮はただの高校生なのだからもめごとを起こすのもそこまで納得できない話ではないのかもしれないが、今の井鞘はそういった当然の見解よりももっと不穏な、底知れない何かと結びつく考え方に傾いてしまう。

 杉野との会話を経てたった今井鞘の胸中に生まれたばかりの暗雲がみるみるうちに広がり、重なり、渦を巻く。

 不安という名の曇天に閉ざされた心中で、井鞘は呟いた。

 何かが──この柳骸坂で起きているのか。


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