そのとき隕石が
そのとき隕石が
偶然とはすなわち、原因がなければ起きないものである。それは運命では決してないが、起きるべくして起きるものが多々であり、その偶然があまりにも劇的な瞬間に起こる時、人は奇跡と揶揄したりする。そんな瞬間は稀であり、滅多に起きないものだ。
だが、優陽にとっては不幸なことに、その奇跡となる瞬間に出くわすことになる。優陽の今後を決定付ける『それ』は、この時はまだ地球外にあった。舞台が整うその時はあともう少し。
――『それ』が地球にたどり着く、その時。何が起こるのか、もちろんこの時はまだ誰も知らない。
長い坂道を優陽は息を切らしながら走っている。そんな優陽の目がやっと聖峰高校の南門を捉えたのはとっくに入学式の始まりの時間を過ぎた頃。門の前まで走りきると我慢していた呼吸を楽にするため膝に手をつき、思いっきり息を吐く。
しばらくして顔を上げる。これから通うことになる学び舎に入る最初の一歩を踏む前に、改めてその建物や敷地を眺めてみるためだ。息も絶え絶えで、景色が歪んで見える。呼吸が正常に戻るにはまだかかりそうだ。少しずつ平常になっていく視界とともに、周囲が段々と明らかになっていく。そして、はっきりした視界で眼前に広がったのは聖峰高校の広大な敷地。
綺麗な茶色いレンガが敷き詰められた歩道。歩道は学校の玄関まで続いていて、その周りには整えられた緑色のじゅうたんというべき芝生。絶妙に配置された木々や花壇。どれも目を惹くが、特に印象的なのはこの季節の主役、桜だ。歩道の横両方に植えられていて、子どもの頬の色のようなほのかなピンクに染まったその花びらが入学式をまるで祝うように咲き、舞っている。
門もレンガでできていて、クラシックな雰囲気。校舎のほうもクラシックな感じではあるが、余計な装飾があるわけではなく、非常にシンプルな設計で、現代風になっていた。
この門という境界線から周りの空間と切り離されているような空気がこの高校から伝わってくる。その見事な風景に思わず優陽は息を呑む。優陽は乱れた呼吸を整えると、校舎に向かう一歩目を踏み出した。
校門から結構な距離を歩いて玄関に入る。すると、入り口にクラス表が貼られていた。
(えっと、どこかな)
優陽はクラス表の中から自分の名前をさがす。
(あ、一組にあった)
とりあえず1組の下駄箱を探す。見ると学年クラスともにしっかりと表記されていて、どうやら一年は西端のほうのようだ。
そこで、靴を脱ぎ、靴下で移動する。上靴は当日、もらえるということで、用意していなかった。だが、廊下はチリ一つなく、非常に清潔で掃除がよく行き届いているのがわかる。
下駄箱を過ぎると、1人のくたびれた痩せ型の中年の男性がいて、男性の前にある机のところに受付と書かれてあった。優陽が近づいているのに気づかないのか、男性は、
「はあ、校長たちは全く人使い荒いんだから」
と独り言をポツリと述べている。
「教頭に命令されるのはいいんだけどな。校長はなあ。クーデター引き起こそうかな、いっそ」
などと不穏なことを言っていた。
(えっと)
話しかけづらいが、そこに行かないことには入学会場にもたどり着かないため、仕方なく優陽は声を発した。
「すみません」
「えっ、あっ」
今更、優陽の存在に気づいた男性、おそらく先生だろうが、先ほどまでの陰気な雰囲気をかき消す笑顔を浮かべていた。なんというか幸が薄そうな顔をしている。
「ようこそ、隋分遅い登校だね。もう式は始まっているよ」
幸薄そうな顔の半面、言葉には温かみがあるので、いい先生なのだろう。優陽はそんな先生に、
「すいません」
と返した。
「いいよ。べつに授業じゃないからね。眠そうな顔してるから、寝坊かい? しっかりと明日からは早く起きなよ」
と朗らかに接してくる。
「ははは」
別にもう眠くもなんともなくて、そういう顔の造りなんです、と弁解することもできず乾いた笑いになってしまう。
「えっと。会場はここの廊下から東側に歩いてもらって、突き当たったら、北に曲がって。
それから、北へずっと歩いてもらって、外廊下に出る。そこを道なりに行ってもらった講堂が式場だから」
「分かりました」
「はは、校舎は広いからこのパンフレットを見て、迷わないようにね」
男性は、笑いながら、パンフレットを渡してきた。
「えっと、名前は? 靴を渡すから」
「坂上優陽です」
「えっと、これだね。はい」
「ありがとうございます、えっと」
「ああ。僕は三吉あたるっていうんだ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
隋分腰が低い先生だ。だが、そんな先生のほうが好意は持てる、と思う優陽だった。
貰った靴を履く。
「履き心地はどう?」
「すごくいいです」
その場で軽く足踏みする。非常に軽く、丈夫そうだ。注文した時の値段は手ごろだったが、このシューズその値段よりも高いように思える。
「それはそうだろうね。……校長が考案したアイディアの元、僕が作らされたんだけどね」
ボソリと不穏な言葉をいったような気がしたが、(意味もよくわからないため)そこは深く突っ込まないほうがいいと優陽は判断した。
「それじゃ、ありがとうございました」
「うん」
優陽は軽くお辞儀すると、その場を去ることにした。
それからしばらく経って1人の生徒が三吉あたる先生の前に立った。
「やあ、めずらしいな。君も遅刻かい? え? 会場?」
三吉あたる先生は先ほどの説明をその生徒にもしていた。名前を聞いて、靴も渡す。すると、生徒は背中を向け外へと出て行った。
「あっ、ちょっと、そっちじゃないよ」
という制止の声も無駄だった。
「外国人かな? でも日本語だし、両親が外国人で、日本生まれとか? もしくは、また校長の知り合いのツテなのか……。しかし、綺麗な子だったな」
玄関の外で待っていた一人の少年が、中から出てきた女子生徒に声をかける。
「で、場所はわかったのか?」
「うん」
とコクと女子生徒がうなずく。
「そっか。じゃあ、行くか。いっちょ、派手に登場してやろうぜ」
悪戯前の笑顔を少年が浮かべる。それを見て、少女も怪しく笑った。
――舞台は確実に整い始めていた。宇宙にある、『それ』も着実に地球に向かって進んでいる。
奇跡の瞬間をもたらすために。
講堂に着き、扉を開くと、入り口の前に立っていた先生がつくべき席を指定してきた。
講堂の中は案の定広い造りになっていて、真ん中に扉から奥のステージまで続く広い緩やかな下り坂があった。階段がその両隣にあって、優陽はそこを歩くことにした。入り口付近は少々暗いが、ステージの方はライトが照らされていて明るい。
既に始まっている入学式の講堂内を忍び足で案内された自分の席に座る。少々、自分を見る視線を感じて、かなりの気恥ずかしさを優陽は感じていた。傍目からはただ眠そうにしか見えていないのだが。ステージに目を移すと、校長らしき人物が立っていた。校歌はどうやら歌い終わっていて、新入生や親達の入学式の挨拶も終わったらしい。校長は40代の男の人で偉丈夫という体格をしており、口にはちょび髭がトレードマークとして存在していた。和服を着ていて、それがまた彼の雰囲気とよくマッチしている。一歩間違えれば、どこかの大親分だ。そんな男の人はマイクを調整したあと、話しはじめる訳でもなく、重々しく何故か瞑目していた。
「……」
「…………」
「………………」
校長の重々しい雰囲気が伝わり、静寂が辺りをつつんだ。思わず、皆が姿勢を正しているように見える。普通、校長の話というのは退屈なものなので、気だるさを感じた生徒達は、あくびなどしているものなのだが、そんなこともできない張り詰めた空気がある。
とここで校長に変化があった。突然瞑目を解除して、目を見開いたのだ。その視線には何者も立ち得ない迫力がある。まるで獣が獲物を狩る前の雰囲気だ。思わず周囲の人たちが溜まった唾を飲む。だが、そんな校長は突如として、
「ぐおおおおおおおおお」
と大きな声をだした。叫び声ではない。これは、こ、これは、
『寝てる!!』
この場にいた誰もがそう心で叫んだだろう。なぜ、突然目を開いたのかは分からないが、途端に目を閉じていびきをかいて寝始めたのである。予想外もいいところで、あまりの爆睡っぷりに、一向に目を覚ます気配がしない。鼻ちょうちんさえ出ている。というか、この状況、どうしらいいのだろうか。恐らく、そうここにいる全員が思っただろう。
(バキっ!)
壁を殴って壊したような破砕音がして、全員その方向を向く。見るとスーツ姿の女の人がふるふると震えていた。非常に綺麗な顔立ちをしているが、今その額には青筋が走っていた。壁に埋め込んだ拳を戻し、一旦気を静めるかのように深呼吸し、息を吐く。
そして突然走り出し、瞬く間に距離をつめ、
「あなたあああああああああ!!」
ハイヒールを校長の顔面にめり込ませた。
「先ほどは失礼しました。私はこの高校の教頭を勤めております、吉田佳乃と申します」
仕切りなおして、教頭である佳乃さんがマイクのほうを向いて話しはじめる。その横で気を失って倒れている校長の姿。なんともシュールな光景だ。
「さて、この高校に入学された新入生の皆様、まずは歓迎いたします。ようこそ、聖峰高校へ。すでに御存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、わが高校は元々、吉田家が経営する私立学園でした」
吉田家とは世界でも有名な会社を幾つも経営しそれを束ねている会社「大樹」の創始者、吉田大樹会長の一家のことだ。というか、今気を失っている校長がその大樹会長の御子息だったりするのだが。
「しかし、国からのたっての希望により、独自の教育体制をそのままに、国立として、国を代表する生徒の養育を目指すことと相成りました。よって、勉学も今まで以上に難しいので、そのつもりでいてください。とはいっても、ちゃんと勉強についていけるよう、私たち教師一同も努力させていただきます」
と流麗にさきほどとの校長とはうって変わった教頭の話。こうしてみると、先ほどの人物と同一とは思えなくなりそうだ。幸い、隣の校長の延びた姿のおかげで、同一人物だということは明確化している。
「また特別枠や推薦の中には、受験した生徒よりも学力は落ちる生徒がいますが、スポーツなど他に優れていることを示すなら、試験の時それは考慮されます。ただし、あまりにもはめを外しすぎる場合には考慮されない場合もありますのでご注意願います」
この高校は特殊な学校で、一般受験以外に国から推薦を受けた生徒やある分野に秀でた人は特別枠として入学許可されることがある。また、この高校自らスカウトされる場合がある。そのため、高校だが、学力の個人差が激しいことでも有名だ。だが、授業内容はきわめて高度なことを教えられるため、進学校として全国に知れ渡っている。つまりは、一般受験で入った生徒がみな一様に学力が高く、その生徒達全員が有名な大学に入るのだ。それ以外の生徒は学力を期待されていない側面がある。
「と、簡潔に述べましたが」
佳乃さんはそこで一旦言葉を切り、周りの顔を見回しながら、
「皆さん、もちろん勉学は大切です。ですが、この高校生活を勉学も含めて楽しんでおこなってくださることを願っております。いま、この一瞬、一瞬を大事にしつつ、青春を謳歌してください」
慈しみ、愛情をこめるような含蓄ある言葉を述べた。
だが、
「青春?」
ピクッとその言葉に反応した校長が、ゆらりと立ち上がる。
「そうだ、青春だああああああああ!」
今までの雰囲気を壊す無駄な大声が体育館内に響き渡った。佳乃さんに突然近寄って、お姫様抱っこをする校長。
「あ、ちょっと葦人さん。あの、え?」
お姫様抱っこをされて、顔を真っ赤にする佳乃さん。非常にかわいらしいが、今はそんな場合ではないのではないだろうか。どうでもいいが、校長の名前は葦人さんらしい。その葦人さんはもうすっかり興奮状態であり、
「いいか、みな、学園生活とは、つまりこれ青春だあああああああ」
と叫んでいる。
「い、意味が分かりませんよ、葦人さん。あの、おろして」
佳乃さんはモジモジして、さきほどの立場と逆転している。
「みんな、俺と青春しないか!!」
校長がステージの机にそのまま乗っかり、叫ぶ。
皆が唖然とその校長を見ていた。そして、それは優陽も同じである。
――――そして、そんな出来事の中、事件は起こる。
「青春しに、来たぜ!」
背後で声がした。その声に呼応するかのように、扉が開く。
光が現われ、影ができる。
差し込む光が扉の向こうの人物の顔を隠すかのようで、体育館にいる人たちの目を暗ましている。
そして、いきなり現われたその人物は、乗っていた自転車を全速力でこぎ始めた。
(ていうか、まさか、この声は)
優陽は嫌な予感とともに、その人物を見る。聞き覚えのあるその声の持ち主がものすごいスピードで優陽の列の横を通り過ぎていった。
(正成!)
自転車を漕いでいるのは、どうやら優陽の幼馴染の楠木正成。
正成の後ろには金髪の少女が座っていて、その少女が一瞬、優陽を見て微笑んだような気がした。というよりは、何かたくらんでいる時の笑みのようにも見える。自転車はさらに加速して、ステージ上にたどり着く寸前だ。
だが、どこかで銃声のような音がして、正成の自転車のタイヤが吹き飛んだ。正成は突然のことに勢いはそのまま、バランスを崩す。さらに、どこからか湧いたのか、黒服姿のボディガードらしき人物たちが校長を守るかのようにステージの前に立ち塞ぐ。だがしかし、ここで正成は人間離れした運動神経を見せた。体を空中でひねって後ろを向き、後ろに乗っていた少女を抱え、自転車のサドルを使って飛び上がったのだ。
「俺の体を!」
短い一言に少女は何をすべきか理解したようで、正成の体をつたい肩を踏み台にして、跳ぶ。
ジャンプした女の子は空中を高く舞い、前を塞いでいたボディガードたちの上空を通り過ぎていく。
「ふっ!」
着地代わりに校長の顔に少女の足がめり込んだ。
マイクを上に投げ、佳乃さんを守るように抱えて、校長は机の下の床に落ちていく。
《ズシーン! ガラガラガッシャーン!》
正成と校長が床に落ちた音が体育館内に響き渡った。
金色の髪の少女の方は、着地した時、机のバランスが崩れそうになって、慌てふためいたが、腕をばたばたと振りながら何とか机の上に降り立つ。髪が重力を受けて、長い髪が背中まで落ちるように戻っていった。
そして、少女が静かに新入生の方へ振り返る。
同時に校長が上に投げたマイクをしっかりとキャッチする、
「あ」
ことができなかった。惜しい、あともうちょっとだったのだが。
急いで机から降り、マイクを拾いにいく少女。その姿は非常に情けない。
ここで、ボディガードたちが止めに入ろうとステージに登りかけたが、それを静止するように、
「待ちなさい」
という声が掛けられる。のびた校長の腕を振り払い、佳乃さんは立ち上がって、
「好きにさせなさい。少しなら構わないわ」
マイクを拾った少女は、とことこと演壇上の机に向かい、
「よいしょ」
危うい動作ながらもなんとか机の上に再び立った。一度やってみたかったことをしたみたいに少女は満足そうに笑いその顔を聴衆の方に向けた。
「……あ」
聴衆の視線にたじろぐように、少女は突然顔が青ざめ、その顔から汗が吹き出てしまう。
だがそんな少女とは裏腹に、少女のその容姿に、全員息を飲む。少女はまるで天体の光を思わせるような尊い美しさをその身に帯びているようだったからだ。
その眉の形のよさ、
意志のはっきりしたサファイアのような青い瞳、
彼女の可愛さをくっきりと浮かべさせる鼻と口の絶妙な配置、
青みがすこしかかった輝くように艶のある印象的な金色の長い髪、
彼女の構成する全てのものが、美しく輝いていた。
その容姿もあってじっと会場に居る人たちから送られる視線に思考停止する少女。
「あ、あの、う、うう」
逃げ出したいという衝動に駆られる少女。だが、そこで少女は気になる視線に気づいた。なにげなくその方向をみつめる。多くの人間から向けられる、多くの視線の中で、不思議なことに一人の少年が自分に対して向ける眼差しだけが――。少女の意識を覚醒させる。
その少年、優陽もその視線が自分に向けられているような気がして、
(ま、まさかね)
悪い予感に顔をひくつかせてしまう。
少女はその少年の顔を見て、不思議と思考が回り始めることを感じた。少年が今回の少女の行動に踏み切った理由なのだ。顔を真っ赤にさせ、震えながらも、掴んだマイクを口のほうに向け、叫ぶ。
「さ、坂上優陽!!」
自分の名前が叫ばれて一瞬、優陽はその言葉を、単語を、理解することができない。
しかし、自分の名前であることを理解した途端、言い知れぬ不安と動揺が襲ってきた。
「坂上優陽! わ、わ、私はお前に、い、言いたいことが、あ、ある! ま、前に出てきなさい!」
少女の緊張した感じの叫び声が優陽の名前を連呼する。
動揺した優陽はまず落ち着くために眼鏡を外して、眼鏡拭きでガラスを拭いて掛け直す仕草をする。もう一度ステージ上に目を向けるが、その視線はいまだまっすぐ自分に向けられている。
それに加えて、周囲が少女の視線の先を追って優陽の方を向き始めたので、
(う、うう)
無視することができず、おずおずと席を立ち、ステージの前へと赴く。
さらに周囲が騒ぎ立ち、優陽のほうに注目した。突然の乱入者が美人ということもあって、男子からはなにやら敵意のような視線を向けている者もいる。優陽は肩身が狭い思いだ。
だが、周りからはそんな優陽の心情とは裏腹に、ただ、ボーッと歩いてきているようにしか見えない。
「おいおい、まさか、これは告白か?」「いやいや、まさか、あんな冴えない奴を?」「え、なんか可愛くない?」「そうそう、あの眼鏡が似合っていて、またぐっと来るわ」「そうそう、かわいいー」「きょ、恭子あんなのがタイプなのか?」と野次馬達の勝手な声が飛び交う。ステージ上に立つ少女ははっきりと優陽の方を見て、待っている。
(どうやら、自分で間違いないみたいだ)
実は、自分ではなく他の人だったという勘違い、を期待していた優陽である。
「お、おま、お前には、あ、ある容疑が、か、掛かっている!」
少女はその言葉を言い切ると、真っ赤に、だがどこか吹っ切れたのか爛々と輝くような笑顔を迸らせた。
「はあ、なんでしょう」
「それは、お前が……」
そこで少女は息を一旦整え厳かな表情にしようと試みている。口の端がピクプク震えているので台無しだが。そして、静かに目を開き告げる。
「実は宇宙人である、という容疑だっ!」
最後に舌をかんでしまう少女。渾身の台詞が台無しだ。
かなり痛いようで、しゃがみ込んでしまった。『い、痛い、痛いよー』とマイク越しに聞こえてくる。優陽はどんな反応を返したらよいか分からず、とりあえず、
「だ、大丈夫?」
声をかけてみた。そこで、少女は己の失態に気づいたらしく、なんでもないかのように立ち上がって見せた。目の端に涙の痕があるので、全然、平然を装えていない。少女は咳払いをして、それから気を取り直すように、
「お、お前は宇宙人だ!」
リテイクした。
その場にいる者一同、シーンと静まり返る。
優陽はどんなリアクションをしたら良いのかわからず、混乱しているのだが、とりあえず、言うべきことは言っておく。
「違います」
その言葉は体育館内に静かに響き渡っていた。
いつも以上に眠そうに見える優陽だが、本人はこれでもひどく狼狽しているのだ。だが、周りは冷静な対応に、優陽が驚いてることなど伝わっていないだろう。そんな優陽の感情を全く置いてけぼりにして事態はどんどん進んでいく。
「え……?」
少女はその言葉がまるで予想外だったらしく、目が点になっている。
(なぜ?)
そんな少女の反応が理解できない優陽である
「あ、案の定誤魔化してきたわね、坂上優陽」
(誤魔化すも何も、全く身に覚えはないんですけど)
「甘いわ。そう、あなたの好きな超特濃キナコジュースよりも!」
「あれは美味しいよね」
優陽のそんなコメントに少女は心底から凍りついた表情を浮かべる。そして、信じられないというように頭を振って、
「う。あ、あれを美味しいというあなたの感覚はきっと、一般的な地球人の感覚と大きく異なることを自覚したほうが良いと思うの。きっと宇宙人だから地球人の脳とは造りが違うんじゃないかしら!」
「あのキナコの程よい甘さが爽やかなのに」
優陽はそんな少女の反応が気になったが、自分の好きな飲み物をとりあえず擁護した。
「一口飲んだだけでわかったわ」
少女は静かに言葉をつむぎ、だが確信とともに、
「あれは地球外生命体のために秘かに開発された、宇宙人飲料。すなわち、人間の飲み物ではないのよ!」
と指を優陽に向けて堂々と言い張った。
(なんて無茶苦茶な論理なんだ。こんな論理通じるはずが)
「き、きなこジュースってあれだろ?」「ああ、どんな甘党も飲めなかったという伝説の甘党殺し」「なになに? なんかすごそう。わたしも飲んでみようかな」「きょ、恭子。……きょ、恭子が飲むならお、お、俺も」「やめときなよ、恭子。なんか、普通の人が一口飲んでも、胃が拒否するほどの猛毒らしいよ」「そうなの、こわーい。やっぱ、やめとこ。あ、速人君は飲んだら、聞かせてね」「きょ恭子?」「速人君、飲めたら宇宙人だね。なんかイヤー」「きょ、恭子、おれはどうしたら」とざわざわと周りが騒ぎ始めた。
(通じてる!)
なんで、こんなに騒がれるのか理解できない。あんなに美味しい飲み物に出逢えたのは初めてだというのに。だが、このことを主張する勇気は優陽にはない。もっともそんな勇気を人は蛮勇というので、賢い選択ではある。
「そ、それが理由だなんて言わないよね」
「もちろん、それだけではないわ」
得意顔でゴソゴソと袖から取り出したのは、ボイスレコーダー。少女の滑らかな指が電源のボタンを押して、マイク越しに再生される。
『ザーーーッツ』
まだ音が絞れていないのか、変な雑音が流れ始めた。少しずつ音がクリアになって、ボイスレコーダーを動かしている音がしたと思ったら、今度はしっかりと人の声が聞こえ始めた。
『ああ、これは宇宙に行ってるな』
ボイスレコーダーから流れ始めたのは正成の声。少しの時間経過の後、またもや正成の声が流れる。
『おい、優陽戻ってこい!』
『ブラックホール……』
そして、これは優陽の声。そして、その台詞はブラックホール。周りの人たちは意味不明である。
『その覚醒の仕方、やめてくれ。一瞬どんな反応を返したらいいかわからん』
『あれ、ブラックホールは?』
今気がついたばかりというようなその声に、怪しさはつのるばかりだ。
『ブラックホールは分からないが、缶ジュースはあるぜ』
『ありがとう、いつの間に買って来てくれたの?』
そして、次の瞬間、それは一気にある疑念へと変わってしまう。
『お前が宇宙と交信している間だよ』
――そこで音声は止まった。まさに絶妙としか言えない。
「どう? 何か言い訳が思いつく?」
少し、勝ち誇ったような表情と声。だが、優陽はいまそんなことを気にできないほど、心は凍り付いていた。眼鏡を一旦、外し、掛け直す。北極の雪が今まさに解けるくらいの温暖化が進む今日、この気持ちだけで、それをなくせるのではないかと思うほどの寒さ。北極の氷を本当に凍りつかすことができたらいいのだが、あいにく、それは不可能なのが残念でならない。ちなみに科学者たちはこれまで、「原子内の熱運動すべての停止を特徴とする温度」と呼ぶ、絶対零度を得たことはない。でも、それに近い温度にまで人工的に持っていくことは可能なのだ。
(そんなことができるなら、つまりは宇宙人という、実際に見たこともないものを信じるようにするのも人間はたやすくできてしまうのではないかと僕は危惧するわけで)
ざわざわと周りが優陽に疑念の視線を向けているのは気のせいだろうか?
だが、ここで黙ったままだとそれこそ、本当に怪しいので、自分が疑問に思った点をぶつけてみる。
「あのさ、一言いいかな」
「?」
「これ、今日の出来事だけど、ずっと僕のこと尾行してたのかな?」
「え?」
優陽が思ったような反応を示さなかったことので、戸惑ったのか、素の表情を浮かべる少女。
「だって、こんなもの録音するなんて、その、たまたまにしてはでき過ぎだと思う」
優陽の冷静な指摘を受け、少女はこれまた不思議そうな顔を浮かべる。優陽の言っていることがどういうことなのか理解を超越してしまったかのようだ。
「えっと、違うのかな?」
「それよりも」
少女は優陽の問いかけをさえぎるように言葉を続ける。
「まず、この『宇宙に行ってるな』発言について私は聞いてるのよ。これはどういうことなの?」
「い、いや、それより」
「ううっ、そんなこと聞いてどうするの。いいわ、したわよ。尾行しちゃったわよ。悪い? それを聞いてあなたはどうしようって言うの? 犯罪者だとでも? 私を変態だと責める気なの? 変態はどっちよ。それをネタにお仲間の宇宙人に私を売り渡す気なのね」
(ええ!? 認めたよ。しかも開き直ったし)
「……そこで意識を失っている僕の友人に聞いてください」
ちょっと理不尽な気がするが、優陽が答えなければ何を言われるかわからない。そして、当然ここまでの台詞すべては優陽自身の発言ではなく、ステージの前で倒れ伏している正成によるものなので、優陽に答えを求められても仕方ないのだ。
「ふふふ、逃げたわね。これは、あなたが宇宙に何らかの形で行っていたということではないかしら。おそらく、その肉体はコックピット。宇宙人は仮の肉体を着けるというのは鉄板なのよ。映画で見たわ」
「あ、あのー、それは」
(映画基準で言われても)
優陽のそんな突込みをする隙も与えず、少女はさらに言葉を続ける。
「そして、その方法は……、ブラックホール」
「え、えっと」
「宇宙人はどうやら、ブラックホールを使って私たちの地球を行き来しているようね」
「いや、しかし、理論上、そんなことをしたら……。うん? あっ、でも、もしかしたら、僕たちの分からないことを宇宙人が知っているのなら、ありえるのか? いやいや、でも」
(ブラックホールはクエーサーの隠れた発電所と言われているから、そのエネルギーを物質にうまく変換していたとしたら……)
「ふふふ、どうやら図星のようね」
「はっ、しまった」
ちょっと面白いかもと思ってしまった優陽である。それを図星と捉えられてもおかしくは無いだろう。畳み掛けるように少女は言葉を迸らせる。
「そして、そこの少年は、あなたが宇宙人であることを知っている地球人の協力員かもしくは同じ宇宙人。迂闊にも『宇宙と交信』などと口走ってしまった己の過ちを悔やむがいいわ」
勝ち誇った顔をする少女に、なんと答えたらいいのか誰か教えて欲しい。
「さあ、自分が宇宙人であることを認めなさい!」
そういって再び指差す少女。その堂々とした仕草と答弁に、拍手が起きた。ここまで、持論を展開したことに畏敬の念を集めたらしい。
しかし、優陽とすればたまったものではなく、どうにかして空気をかえなければいけない。ちなみにここまでの展開にもかかわらず、優陽の表情は、その感情とは裏腹に、ただ眠たげに聞いているようにしか見えない。優陽にとっては人生で間違いなくランク上位に入る出来事なのだが。
そんな様子を実に楽しそうに見ているのが、優陽の新しい父親の修さんで、それとは反対にはらはらと緊張した表情を浮かべている優陽の母親。
ステージの前で倒れ伏しているわが友人を少しだけ見やり、優陽は返答した。
「いや、僕、宇宙人じゃないので」
その簡潔な、だが非常に落ち着いた声は、大きく波紋を広げた水面を鎮めるような効果を生んだ。いくら、どんな理由を述べようが、本人が違うといってしまえば、それは想像という名の妄想でしかない。
「あははは。面白いわね。もう一度チャンスをあげるわ。宇宙人よね?」
「いいえ」
「そんなこと言って、実は、宇宙人だったりするわよね?」
「ち、違うよ」
「宇宙人よね?」
「違うんですけど「by宇宙人✩」」
「勝手に語尾つけた!」
「実は宇宙人じゃ、無いのね?」
「違いま、ってあぶな」
「なんで引っ掛からないのよ!」
「引っ掛けようとしないでよ!」
「……本当に宇宙人ではない、とあくまでも言い張る気?」
「うん」
「じゃあ、どうしたら宇宙人だと認めるの? 教えて、十円チョコあげるから」
「い、いや」
(しかも、十円チョコなんだ)
少しグラッときてしまった自分が怖い優陽である。
「何とかしてよ、宇宙人ならなにか証拠とか示せるでしょう!」
「証拠って?」
「そのコックピットを脱ぎ捨てるとか」
「いや、これ純正なる地球産。僕の肉体そのものだから」
「超能力を使うとか」
「いや、そんな力ないよ」
「なら、何ならあるのよ」
「だから、そもそも宇宙人じゃ、ないからね?」
「……うう」
「そんな目で見ないでよ……」
少女と睨み合うように視線を交わす。
「わかった……わ。宇宙人じゃ、無いと本当に言い張る気ね」
少女は一旦、落ち着いたのか、静かな声になった。そんな、少女を怪しく思いつつ、優陽は少し、緊張していた心を緩める。
「その肉体はコックピットじゃないのね?」
「うん」
「超能力も使えない」
「…うん」
「そして、隕石は落とせるのね」
「うん……? はっ! しまった……!」
さりげなく、とんでもないものを挟んで来た。それに気づかず、相槌を打ってしまった優陽である。眼鏡がずり落ち、掛け直す。ここぞとばかりに『してやったり』という顔を浮かべて、
「認めたわね! 宇宙人!」
畳み掛けるように言ってきた。
「い、いや、今の無理やりだよね」
「いいえ。あれは、思わず、本音が出たっていう感じの『うん』だったわ」
そんな少女の言葉に同調するかのような視線が、優陽のところに届けられている気がする優陽である。あっという間に旗色が悪くなっているのに愕然としつつ、なんとか良くしようと、声をあげる。
「い、隕石って、なんで、そんなものを宇宙人が落とさなきゃいけないのさ」
「恐らく、この地球のおろかな民を粛清するために」
「いや、その元ネタに僕は驚きだけど」
「とにかく! これで、自分が宇宙人だと、認めるわね?」
天音が改めて勝ち誇ったような顔で聞いてきたので、優陽は率直な返答で答える。
「あのー。何度もいうけど、僕、宇宙人じゃないので」
なんだか、もう認めてしまおうかと一瞬優陽は思ってしまう。そうすれば、この騒ぎは終わりになり、皆も冷静になって後日、少しのネタになるだけだろう。
――だが、そこまで考えて、優陽は目の前の少女の瞳を見た。
その瞳はまっすぐに自分に向けられており、一片も周りを見ていない。すなわち、この言葉は優陽にだけ向けられているのであり、優陽をダシにした悪戯でも、誰かに言われたからでもないということだろう。真剣そのものであり、その瞳に思わず優陽は我を忘れて見入ってしまう。
その美しさは空の星空を眺める時の開放感に似ていた。そんな気持ちになっていたからなのか、
「とにかく、優陽は宇宙人なの!」
曇りのない瞳で訴えてくる少女の表情と言葉に優陽自身も、説明のつかない衝動により、
「僕は宇宙人なんかじゃないよ!」
叫んでいた。その声は知らず知らずに溜まっていたストレスも込められていて、優陽の苛立ちがよく現われていた。そんな優陽の声に驚いて、
「う、宇宙人よ」
小さな声で少女は反論した。その顔は思わぬ声に驚いた小猫の表情に似ている。全身が硬直しているのが見て取れる。優陽自身も自分に驚いている。優陽はその顔の造り(眠そうな顔)もあって、感情を表にだすのが苦手だ。だから、こんなにはっきりと他人に自分の感情を一瞬とはいえ出したのは、親の前以外なら初めてのことだった。
「ご、ごめん。でも、僕は、その、君が思っている、宇宙人じゃ無いんだ」
そんな優陽の言葉に、否定するたびにしつこく認めさせようとしていた少女の言葉が止んでしまった。今まで嵐のように話し、動いていた彼女が凪のようにぱたりと静まっていく。
「そんな……こんなにまでしたのに認めないなんて」
少女は机の上であることを忘れて地団駄を踏んだ。
「認めないというか……ええっと」
少女になんと言えばいいのかわからず、言葉を失う。
重い沈黙と共に、とうとう少女はその場にしゃがみこんでしまった。陰気な雰囲気でのという字を書いている。いつのまにか全くもって被害者である優陽が、悪者のように感じてしまう。なんとなく、自分も容赦なさ過ぎたのかと心配になってしまう。
「大丈夫?」
少女はそんな優陽の言葉に少し反応し、本当に小さな声で、
「大丈夫じゃない」
とそのままの体勢で言った。おそらく、誰にも聞かすつもりもない独り言。だが、マイクがそれを拾ってしまっている。
「あなたが宇宙人でないなら、わたしは何なの?」
その表情は見えないが声は本当に悲しそうで、今にも泣きそうである。
「……」
優陽はその言葉の響きがやけに胸に響いた。なぜなのか自分も分からない。
だが、自分が宇宙人だということを認めることはできない。第一、認めたとしても、自分が宇宙人ではないというのは事実なのだ。
その時空気が変わっていくのを優陽は感じ取った。皆が少女に向ける視線の種類が変わったのだ。今まで、ただの好奇心で見ていた人たちの視線が冷めていく。その代わり向けられ始めたのは侮りと嘲りと無遠慮な失笑。
それを感じ取ったのか、少女が下に向けていた視線を前方へと向けた。
優陽はその時見てしまった。少女の傷ついた表情を。少女の精一杯こらえようと我慢した、羞恥の表情を。
少女の顔は先ほどまで天体のように光り輝いていたのに。見る間に、その少女の表情が死んでいく。最初は、辛そうに、痛そうに一瞬歪んだというのに、今はもう表情さえない。なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。今は彼女に向けられている視線が、彼女に凶器として襲い掛かっていた。
それは自業自得なのかもしれない。
それでも、こんなに人を傷つける事を正当化していい理由なんてあるはずがない。
(なんで、この少女はこんなにまで)
優陽は少女のその表情に堪えられなくなって、思わず力いっぱい握り拳をつくってしまう。
「……ここまでね」
教頭がそんな様子を見て、止めていた黒服たちに指示をおくった。恐らく、この騒動を止めるための指示だろう。指示された黒服たちがステージに上がろうと、その少女をステージから降ろそうと近づいてくる。
それに気がついて、少女の表情が恐怖に変わっていた。見ていられず、優陽が眼を塞ぎかけた時、
「あきらめるな!」
声がした。それは優陽が良く知っている、幼馴染の声。
「頑張れ!」
顔を歪ませながら、その両腕で、止めようとしていた黒服の1人の足にしがみつき、歯を食い縛りながら、楠木正成は叫んでいた。
「なんでかしらねーけど! なんでそんなに真剣なのか俺はしらねーけど! でもよ、お前、そんなんであきらめるのかよ! お前の勇気を、こんなんでなくすのかよ! そんなことに俺を巻き込んだのかよ!」
思わず、その気迫に黒服たちの動きが止まり、恐らく全身を打って痛む体をなんとか立ち上がらせて、少女の方を向いて正成は叫ぶ。
「お前の全てを叩きつけろよ! もっと、もっと優陽を宇宙人だって何度だって叫べよ! ふざけてると思われようが、くだらないと思われようが、お前なりの本気を! 誰がなんと言おうと、お前の本気を優陽に叩きつけろよ!」
そんな叫び声を聞いた少女。思わぬ声援に理解がおいつかないのかキョトンとしている。だが、その声援は確かに少女の心に響いたようで、恐怖に引きつった表情が徐々に引き締まり、少女は再びマイクを構え、そして、
――その時奇跡は起ころうとしていた。
「坂上優陽」
精一杯、震えながらも、みんなの視線で凍りついた気持ちを奮い立たせて、
「お前は」
思いを込めるように瞼を閉じて、
「宇宙人だ」
胸に手を当てて、
「誰がなんと言おうと」
そこで瞼を開け、輝く銀河を思わせる光を浮かべた瞳を優陽に向けた。
――『それ』は宇宙空間を途方もない時間をかけ、遥かなる距離を旅し、地球の地面へとたどり着こうとしていた。元は小惑星の欠片だった『それ』が大気圏を通過し、その軌道は日本の中心部に進み、聖峰学園のはるか上空から降ってきていた。
「お前は宇宙人だ!」
それは丁度、少女が叫んだ瞬間のこと。
突然の破砕音。
入学式の会場である講堂の屋根を貫き丁度、人のいない優陽の前に『それ』は墜落する。
それは轟音というべき音で墜落し、床に50センチの穴を開けクレーターを作ってしまった。
あまりのことにしばらく唖然としてそれを見てしまう。正成が呟くような声で『それ』の名称を明らかにする。
「これは……隕石?」
少女の叫びに呼応したかのようなこの出来事に、先程の優陽の言葉と相まって、「こ、このタイミングで?」「まさか、本当に宇宙人の仕業?」「宇宙人が答え応じたか?」「いや、しかし」「でも、偶然にしてはありえないよね?」「うんうん。宇宙人さんすごい。ほれちゃいそう」「きょ、恭子!」と周囲が騒ぎだった。
今度は青ざめるのは、優陽の方だ。そんな優陽に畳み掛けるように少女は、
「認めなさい」
ゆっくりと、
「あなたは宇宙人なのよ」
しかし、はっきりと言葉を伝えてくる。
彼女は先ほど弱まった光を、その存在感を、恒星のように輝かせている。優陽は少女が元気になったことを安心しつつも、
「い、いや、違う、と思うんですけど」
と尻すぼみになりながら何とか否定できた。だが、そんな優陽に周囲の人間が、「そりゃー、無いだろ。あの子がかわいそうだろ!」「そうだそうだ。いいじゃないか、宇宙人でも」
「むしろ、宇宙人じゃないって、お前何様だー」「ちょっと宇宙人かもしれないじゃないか」「そうだ、実はハーフかもしれないだろー」「宇宙人っていえよそこは、空気よめ」「ちょっと、わくわくしたのに、がっかり」「そうだろう、そうだろう、あんな奴より俺のほうがいいだろう、恭子」「ううん、あっちのほうがかわいい」「きょ、恭子」と完全に少女の雰囲気に飲まれてしまっていた。
(理不尽だ)
優陽がそんなことを思っているとき、少女は静かに、マイクを口から離し、呟いていた。
「あなたは宇宙人……そして、私も」
少女の顔に静かな微笑みが浮かんでいた。その表情が本当に大切な胸の内から出た言葉であることを示しているようで、喧騒の中で幸せそうに、少女は優陽の眠そうな顔(だが心中ではかなり混乱している)を見ている。
こうして、
その日、優陽は入学式初日にして、
「宇宙人」
として皆に認知されてしまったのだ。
これは後に宇宙人隕石事件と語り継がれることになる。