猫テロ
「思い出せ! 我らは元々狩猟民族……!! 来る日も来る日も餌を求め、野山を駆け回り、獲物を捕えて生き延びてきた。いつしか人間に飼われることにより、野性を失った同胞たちよ!! 我らの身体に流れる血を思い出せ!!」
な、何の話だ?
「狙い目は古い日本家屋!! もしくは地下道の割れ目じゃ!! 新しいマンションはダメだ。奴らは清潔で化学物質の匂いが強いところには集まらない」
おーっ!! と、猫達の声が上がる。
「なぁ……何の話なんだ?」
俺は再びプリンに話しかける。
「ネズミです」
「ネズミ……?」
「あの黒い猫様は、私達の間では『長老』と呼ばれています。広島駅前から平和記念公園までの範囲を網羅する、古くからいらっしゃる野良猫です」
割と広い縄張りだな……。
よく見ると黒猫の顔には傷跡があった。
他の猫とケンカしてできた傷だろう。
「で、ネズミを集めてどうするんだ?」
するとプリンは答えた。
「感染症を広げるんです」
「感染症……?」
「ネズミって可愛らしい外見からは想像できませんが、かなり強い病原菌を全身にまとっています。素手で触るなんてもっての外」
確かにそうだ。
「長老は人間達への復讐としてネズミを集め、病原菌をばら撒くという計画を立てているんです」
「なんだそれ……」
まるっきりテロじゃないか。それも細菌兵器なんて。
「どうにかできないのか……?」
そうこうしている内に猫達はヒートアップしていき、人間許すまじ、絶滅すべし、というコールが上がるようになった。
すると。
「はい、長老!!」
いきなりメイが手を挙げた。
「……お前は『ラルーチェ東観音』の……」
ラルーチェ東観音とはうちのマンションの名前だ。
彼女(?)が人間の格好をしていることは、この際問題ないらしい。
「うちのご主人様は、カラスから私を助けてくれました!!」
そう言えば。
メイを拾った時は、冬から春に移り替わる頃の話だ。通学路途中にあるマンションのエントランスで、段ボールに入れられ捨てられていた、生まれたばかりの子猫が1匹いた。
それがメイだ。
茶トラの子猫はすっかりやせ細って、助けを求めているように俺には聞こえた。
ミィミィ鳴いている子猫のすぐ上を、複数のカラスが舞っていた。
カラスが、生まれたばかりの子猫を攻撃することはよくある。
親猫はいない。
このままじゃまずい。
俺は咄嗟に、子猫を腕に抱いた。
そのまま家に連れて帰った。
顔を覚えられた俺はその後、カラスからしばらく嫌がらせに遭ったが、しばらくすると世代交代したのか、襲われることもなくなったっけ。
「だから、人間すべてが悪いっていう訳じゃないんです!! それだけはわかってください!!」
びっくりした……。
日頃は悪戯ばっかり、じっとしていることが少なくて、食欲魔人のくせに。
案外まともなことを言うんだな。
続いてプリンが手を挙げた。
「人間の中には、私達を保護し、育ててくれる人がいます。もちろん、すべての仲間を助けられる訳ではなく……限界はあります。でも、たくさんいる『人間』のうちに1人でも私達、猫を愛してくれる人がいるなら……もう少し、様子を見てもいいのではないでしょうか?」
しーん……。
結局、意見はまとまらないまま、集会はお開きとなったようだ。
集まっていた猫達は三々五々散らばっていく。
「俺に見せたかったものって、これ……?」
プリンはにっこりと微笑む、
「はい!」
そうか。
まぁ、めったに見られないものが見られてよかったけど……。
「とりあえず、俺達も帰ろう?」
するとメイとプリンは顔を見合わせ、2匹揃って俺の腕に抱きついてくる。
暑い。
まぁでも、仕方ないか。
「ずっと前から、ご主人様に言おうと思っていたんです。ね? メイ」
プリンが言うと、メイがにゃん、と応える。
「……何を?」
「私達を拾ってくれて」
「助けてくれて」
『ありがとう』
たまにはこんな夢も悪くないもんだな。
今夜みたいな、寝苦しい夜は特に。




