霧の中で聞こえる声
目覚めると、周りは霧だらけだった……。
どうして俺は……生きているのだろう?
本当は死んでいて、自分は幽霊になってこの世を彷徨っているんじゃないか? だって俺は……殺されると決めたのだから。
幽霊になっていると思うのは、やけに身体が軽いからだ。現実じゃありえないくらいに、軽くて、身動きがとりやすかった。
「霧が濃くて、何も見えないな……」
俺は辺りを見回した。だが、俺を包むような霧が景色の邪魔をしてここがどこだか分からない。
「ちくしょう……」
俺はしばらく歩いてみたが、どんなに歩こうと霧は俺に引っ付くように消えなかった。
どうしようもなくなって、歩くのを止めた俺はその場であぐらをかいて俯いた。
俺はどうしてここにいるんだ?
まず、ここになぜいるのかを考えてもみるが、まったく検討がつかない。
誘拐されたのか? いや、でも誰がこんな所に?
考えれば考えるほどに、頭が混乱してきた。
「あぁ! もうやめた……!」
俺は、嫌になって大の字に寝転がって霧で何も見えない空を見上げた。
「一体どうなってんだよ……ここ」
目を瞑って、何も見えなくなると何か聞こえてくるような気がした。なんだろうか、人間の囁きにも聞こえてきた。
≪……てよ……≫
だんだんその声は、はっきりと聞こえてくるようになったきた。
「てよ……?」
俺はその体制を崩さないまま首をかしげ、呟いた。
≪……助けてよ……≫
助けてよ?
心の中で、繰り返し、俺は瞑っていた目を開けた。相変わらず、霧は晴れてはいないが「助けてよ」という幼い少女のような声が繰り返し耳に届いてくる。
気味が悪くなった俺は、上半身を起こし、声の主に思いっきり叫んだ。
「誰だよ!!!」
すると、その声は俺の叫び声に 怯んだようにピタリと止まった。
「返事しろよ、聞こえてるだろ!」
すると、幼い少女のような声が返ってきた。
≪私が……わからないの……?≫
この声の主の言葉に俺はちょっとだけカチンときた。こっちが質問をしているのになんで質問を返してくる理由が分からなかったからだ。
「分かるかよ!」
すると、霧で覆われていた前方からゆっくりと晴れていくのが分かった。それでも景色は白かったけど、それと同時に裸足で床を歩く音が聞こえる。
生唾を飲み、心臓を速く波立たせて、その人物が霧から現れてくるのを待った。
≪……私だよ……?≫
霧の中から現れたのは、髪の長い少女だった。着ている白いワンピースはもうボロボロで所々に赤黒く染みがついていた。あれは、血なのだろうか?
「誰……だよ」
少女の姿を見ても、俺は驚きはしなかった。ただ、この子が誰なのか気がかりだった。すると少女は、ニコッと気味悪く微笑んだ。
≪私だよ……≫
少女の声から出るとは思えない、低い声が、俺を震わせた。
そうだ、俺はこの子を知っている。
俺は、この子の正体が分かると、すぐに立ち上がって後ろに三歩下がった。それと同時に少女も俺に三歩近づいた。
「な、何でお前がここに……」
少女はまた、微笑んでこう言った。
≪何言ってるのよ……あなたがここへ来たんじゃない≫
「どういう意味だ!」
少女はクスクスっと笑った。
「何がおかしい!」
≪そりゃぁ、おかしいよ……だってあなたは殺されに来たんじゃないの?≫
そうだ、落ち着け、落ち着くんだ俺……。
自分を言い聞かせ、深呼吸をした。
「しらねーよ、第一お前はここにはいないはずだろ!」
≪どうして? あなたがここに来たのに?≫
「うるせぇ! 俺は自分からここへはきてねーよ」
少女はしらけたように俺を見つめると、ポケットからある一枚の写真を取り出した。当時、通っていた学校の教室で撮ってもらった一枚の写真。そこには、俺とその他に女子二名と男子二名が写っている。ここに写っているメンバーは、いつも一緒にいて、本気で喧嘩ができる仲間だった。
≪これ、なーんだ?≫
その写真を見た瞬間、頭にあの映像が流れ込んできた。
「やめろ!」
どうしてだ? どうしてお前がその写真を持っているんだ?
≪破いても、いいかなぁ……≫
少女はその写真を破こうとする。俺は少女に向かって叫んだ。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
俺は、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ……。
フッと目を開けると、見慣れた自分の部屋の天井が目に入った。霧はない。
「また……夢か……」
起き上がると、随分汗をかいている事に気がついた。
ここ最近、このような夢ばかり見て俺は悩んでいた。……いや、ここ最近ではない。あの、事件が始まってからだ。
俺は溜め息をつくと、ベッドから離れ、一階へ降りようとドアノブに手をかけ、思いとどまった。
そういえば、カーテンを開けていない。
俺は、手をドアノブから離すと、灰色のカーテンを乱暴に開けた。強い日差しが部屋中に入り込んできた。普段開けない窓を開けると心地よい春風が俺を優しく吹いてくれた。
「利穂……ごめんな……」
俺は、空を見上げるたびに利穂を思い出しては……虚しくなった……。