三。少年は定石が嫌いである
「……うーん………」
さっきまで暴漢に襲われていたというのに、幸せそうにすやすやと寝息を立てる無防備な少女の姿に頭を抱える。果たしてどうすればいいんだろう。ひとまず焼けていない木陰までは運んで来たが……このまま目を覚まされたら、暴漢の仲間と勘違いされたりするんじゃないだろうか。
「……んぅ…………はっ!?何奴!?」
「あ、いや、その……お、俺は」
とりあえず敵意がないことを示そうと、あたふたしながら次の言葉を考えていると、少女は小刻みに震えながら地に頭をつけた。ゴンっ、と大きな音を響かせながら。
「痛いですぅ!?」
そりゃあ痛いだろうな!?
「す、すすすすすいませんでしたぁ!私のことはどうだっていいので、薬代だけはどうか!どうかぁぁ!!」
「いや……あの、勘違いしてるみたいなんだけど、」
「私のことはどうしてもいいですから!売り飛ばしても何しても!!ですからこの薬代だけはぁ!」
「あのっ!!勘違いしてるみたいなんだけどっ!!!」
聞く耳を持ってもらえなかったので、若干怒鳴り気味に叫んだ。
きょとん、と言う言葉が似合う無防備な顔で、少女はこちらを向いた。心無しか目に水滴が溜まっているように見えるが気のせいだきっと。
「俺はさっきの奴等の仲間ではないです、本当に。その、貴女が襲われそうになってるのを見てて……」
出ていこうと思ったんですけど、勇気が出せずに……と、正直に謝るつもりだったのだが、少女は深くお辞儀をした。
「ありがとうございましたっ!!」
「えっ」
よく頭を下げる子だなあ、なんて呑気なことも思ったが、また何か勘違いしているようなので誤解を解く。
「いや、俺が君を助けた訳じゃなくて……その、ちょっと目を離したら暴漢達が消えてたっていうか……」
「うーん、またですか……」
「……また?」
「はい」
期待が外れたからか、がっかりした様子の少女は、しゅんとした様子で話を続けた。
「前にもこんなことがあったんです……その、私鈍臭くてよく怖い人に絡まれちゃうんですけど……前も、パニックになって意識を失って目覚めたら怖い人がいなくなってた、ってことがあって……」
「……なるほどなるほど」
無意識のうちに魔法を発動させてしまっている――という事なのだろうか。いや、発動というよりは暴発に近いのか――
そんなことを考えているうちに少女の様子も落ち着いたようなので、ひとまず自己紹介してみる。
「俺、秦振心太っていうんだけど君は?」
「え、えっと……私はルージュ・リナイトと申します」
ルージュという名前に相応しい、ツインテールの赤髪。真紅の瞳。うん、異世界にいそうなビジュアル。赤いフードを被ってるから、童話の赤ずきんって感じがする。赤づくしで目が痛くなりそう。
「ルージュさんは街に薬を買いに行ってる途中だったんだっけ?」
「はい。うちのお母さんが病気で……」
「それは大変だね……ちなみにどんな病気なの?」
「えっと……重い持病で、『仮病』っていうらしいんです」
「…………ん、今仮病って言った?」
「はい……いつも突発的に症状が現れるみたいで、辛そうに頭を押さえて……」
いやいや仮病の意味を知らないのかよこの子……聞いてるこっちが辛い。まあ他人事だから干渉しようとは思わないが。
「あの……もしよかったらさ、街まで一緒に行かない?」
「あ、いいですよー。よろしくお願いしますね、心太さん」
安心したような柔和な笑みを浮かべたルージュさん。正直可愛い。
「……そういえばさ、ルージュさん」
「なんですか?」
「ルージュさんって、魔法とか使える?」
「い、いえ私はまだ……お母さんは色々と魔法が使えるんですけど、私は才能が無いのかなあ……なんて思ってます」
いやいや才能の塊じゃないですか貴女、という言葉はぐっと飲み込む。
しかし今の質問で、この世界には魔法が実在している――という中々に重要な情報が得られた。
「俺はあまり詳しくないんだけどさ、魔法を発動するのってどうやればいいんだっけ?」
「えっと……基本的な魔法は自分の魔力があれば大丈夫ですね。一部触媒等を使う物もありますけど」
「なるほどなるほど……」
果たして自分は魔力を持っているのだろうか。まあ例え持っていたとしても、使うことは無いだろうが……
「あ、そろそろ見えてきましたね」
森を抜け、開けた丘に出た。そこから見えたのは、中世ヨーロッパ風の大きな街だった。小さくため息を吐く。
「……テンプレだなあ」