二。灰被りは暴漢が嫌いである
朝の寝覚めは最悪だった。全身が凍えるように寒くてそのせいで目が覚めた。抱き締めていた猫が消えてしまったせいだろうか。暖かくて柔らかくて気持ち良かったんだけどなあ。
というか昨日ここについたときにはそこそこ暖かかった筈なのだが。ここの季節はまだ春ぐらいで、朝の冷え込みが厳しいのかな。
大きく欠伸をしながら起き上がった。軽く体操をして体と頭を目覚めさせる。さてこれからのことを考えようか。
急にこんなよく分からない場所に飛ばされた訳だが、転生によくある"神"を名乗る美少女とか髭面のお爺さんとかそんなのには会っていない。しかし、これまでに至って普通の平々凡々な現実世界で生きてきた俺としては、トラックであのとき確実に轢き殺されてた訳だし、強くてニューゲームみたいな展開は嫌だから正直早めに自殺でもしてもう一度死に直そうかなんて思ってしまった。
人によっては折角の命を無駄にするなとかそういうご立派な事を言うのだろうけど、俺は別に命なんてどうでもいいと思う。人間死ぬときは死ぬのだ。
「さて、どう自殺しようか?」
絞殺刺殺銃殺撲殺焼殺毒殺凍殺首吊串刺窒息電殺秒殺病殺……ってこれは殺し方だろ。大体苦しそうだし。
はてさてどうしたものか、と思い悩んでいると朝の森の静寂を突き破る様に女性の悲鳴が響き渡った。
「――死ぬ前にちょっとくらい人の役に立ってみるか」
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悲鳴の聞こえた方向に向かうと山賊っぽい男達が一人の少女を取り囲んでいた。遠目でよく分からないので気づかれないように注意しながらゆっくり近づき、ひとまず近くの木陰に隠れ様子を窺う。一番大柄な男が少女が手にしていた財布らしき物を無理矢理奪うのが見えた。
「どれどれ……おお、中々持ってるじゃねえか!お嬢ちゃんにはこんな大金使いきれねえだろうしこの金は俺達が貰ってやるよ」
「か……返してください!」
細く短い手を伸ばし必死に財布を取り返そうとする少女。しかし身長差でギリギリ手が届かず、男達はそんな少女を見てニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
「返して欲しいのかな?あ?」
「お、お願いです!返してください!お婆ちゃんが病気でそれを治すのに薬を買わなきゃいけないんですっ!」
「そうかーそれは大変だなー。よし、じゃあお嬢ちゃんが俺達に協力してくれたら返してやろう!」
「ふ、ふえ?本当ですか?」
「ああ本当本当。俺達が嘘吐いたことなんか一回もないからなあ!」
絶対嘘だろ。心からそう思った。しかし少女はそれを信じてしまったのか期待するように男達に質問した。
「協力って何をすれば良いんですか?」
「そうだなー、うん。一発ヤらせてくれたらいいよ!」
「え、どういうことですか?」
「うん?男と女がヤると言ったら一つしか無いよなー!」
男達は下卑た笑みを浮かべながら少女に近づく。少女はこれから男達がしようとしていることに気づいたのか慌てて後退るが、背後の木にぶつかってしまう。
「さーて、一発ヤらせてもらいますか!」
「じゃあ俺口もらいますね」
「とりあえず胸だな俺」
「じゃあ本番は俺が貰うからな」
「もう、ちゃんと全員に回してくださいよ?」
男達の下衆な笑い声が辺りに響き渡った。少女は瞳に大粒の涙を溜め、震える口で必死に何かを言おうとしている。
男の手が少女へと伸びた。ビリビリと布の裂ける音が聞こえた。少女の下着と豊満な胸元が露になる。
「……ぃ……ぉ………ん………せ」
自分にはどうすることもできないと悟った。武器もないし度胸もない。例えその二つがあっても多人数対一人じゃどうせ少女の運命は変わらない。ただ俺の死体が増えるだけだ。死にたいとは言ったが集団にリンチされて殺される様な痛そうな死に方は嫌だ。
――女の子を守って死ぬのは立派な死に様かもしれないが、守ろうとしたところで運命は変わらないのだ。見棄てることに強い罪悪感を覚えた。しかしどうしようもない。――ごめんなさい、と心の中で少女に謝った。その時だった。
ボン、と何かが弾けるような音がした。効果音に似合わず、とても大きな爆発だった。
「えっ!?」
何が起きたか分からず思わず大声をあげてしまった。唐突に遥か背後に吹き飛ばされ腰を強打した。しかしそんな痛みよりも今の状況の方が遥かに気になった。立ち上がり、走って爆心地に向かい、警戒しつつ辺りを見渡したが、そこには最早なにも残っていなかった。目を閉じた少女以外。
――辺りに生い茂ていた木々は全て無くなっていた。一面焼け野原どころか軽いクレーターが出来ていた。そして少女の整った顔には、何故か灰がかかっていた。