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猫と鳥

作者: 向日向

あるところにぐーたらな猫さんがいました。

動くのがおっくうな猫さんは産まれてからずっとお金持ちの家で暮らしていて食べ物にも困らず、いつも眠るか、窓の外を眺めていました。


「何か面白いものでもないかなぁ」


窓の外では青い葉っぱがサワサワと揺れています。お金持ちは大きな窓を開けたままにしていたので心地よい風にあたりながら、猫さんは 目を細めています。

その拍子にふと、一匹の鳥さんが猫さんがこぼしたお昼ご飯を食べているのを見つけました。


「これは面白そうだ、捕まえてみよう」


そんな猫さんの言葉が聞こえたのか鳥さんは猫さんの方を見て言いました。


「やめて下さい、そもそも私を捕まえて何になるのです」


言葉が返ってくると思っていなかった猫さんは少し驚きました。考えてみれば猫さんはお腹が空いてるわけでもありません。


「楽しそうだからだよ。でも、その為に君を追いかけるのはとてもおっくうだ」


猫さんはあくびをしながら座り直して言いました。

そんな猫さんに鳥さんは首をかしげながら近づいて話しかけます。


「不思議な猫ですね、そして、つまらなそうです」


「よく分かったね、俺は生きるのがつまらない。でも楽な生活は悪くない」


「私は生きるのが大変ですが楽しいこともありますよ」


猫さんは鳥さんと話すのが暇つぶしにちょうどいいと思いました。


「どんなことがあるんだい?」


尋ねる猫さんから鳥さんは目をそらし、また猫さんがこぼしたご飯を食べながら言いました。


「そんなことは教えません。私に利益がないじゃないですか」


「利益ってのはなんだい?」


猫さんは知らない言葉に首をかしげました。


「いいことですよ。猫さんにそれを教えても私は何ももらえません」


どうしても鳥さんの話が気になる猫さんはゴロゴロ唸りながら少し考えて、思いつきました。


「君が一つ話すたびに俺のご飯を一つあげよう。そこに溢れたのよりずっと美味しいぞ」


猫さんは溢れたご飯がどれくらい美味しいか知りませんでしたが、嘘をついてでも、鳥さんの話が聞きたかったのです。


「それならお話ししましょうか。私は渡り鳥、いろんなところに行ったことがありますよ」


鳥さんは難しそうに考えた後、にっこり笑って言いました。

猫さんは鳥さんの話を聞けることにホッとしました。


鳥さんの話には様々な場所が出てきてそのどこでも鳥さんは大活躍をしていました。

その話を聞くうちに猫さんは森があることを知りました。

その先に見えるのが山だと知りました。

そこからは川が伸びていて。

海に繋がっていると知りました。


最初はあくびをしながら聞いていた猫さんも、今では鳥さんが来るのをそわそわしながら待っています。

もちろん、それ以外のときはいつもまったりぐーたらしています。


鳥さんがお話をして、猫さんがご飯を分けてあげる、そんな2人の関係は風が冷たくなり始め、落ち葉が踊る頃になっても続いていました。


ーーある日、猫さんの家に新しい猫がやってきました。


猫さんは新しい猫がやってきても変わらず鳥さんと話すとき以外はぐーたらしていました。


新しい猫がお金持ちの相手をするようになってくれたらさらに猫さんはぐーたらできると喜びました。


しかし、猫さんが思ったようにはいきませんでした。


「猫さん、最近ご飯が減っていませんか?」


新しい猫が来てからしばらく経った時、お話の途中で鳥さんが言いました。

その頃には2人とも一つの話に一つのご飯なんて決まりは忘れて話しながらご飯を食べていました。


「そんなことはないよ。鳥さんは好きなだけお食べ」


猫さんは嘘をつきました。

お金持ちはだんだん可愛い新しい猫にご飯を多くあげるようになって、猫さんのご飯は少なくなっていたのです。

猫さんはいつも少しお腹がすくようになっていました。

お腹を空かせてでも、鳥さんとお話ししたかったのです。


「いつも私の話ばかりしていますが、猫さんは外に出ないんですか?」


流暢に話していた鳥さんが言葉を止めて珍しく猫さんに質問をしてきました。

猫さんはその質問に戸惑います。

猫さんも小さい頃には外に出ていて、遊んでいましたし、鳥さんの話を聞いて外に興味はありますが、出ていません。

猫さんは理由を考えて


「お金持ちの家は、居心地がいい……」


言おうとして途中でやめてしまいました。

お金持ちは新しい猫のことばかりでお金持ちの家は猫さんには居心地のいい場所ではなかったのです。


「……けど俺も外に出てみたい」


猫さんは立ち上がりました。


「鳥さんの言っていた森や山、川や海に行ってみたい」


猫さんの目は今までにないくらい輝いていました。


「それはいいですね。私も途中まででも、お伴しますよ」


鳥さんは笑いながら言いました。


「途中までじゃない、海まで二人で行こう!」


猫さんがとても楽しそうに言うと、鳥さんは困ったように頷きました。


それから日が沈んでまた昇り、猫さんはいつも鳥さんが来る時間にそっと窓から抜け出しました。

木の葉っぱは全部落ち、窓が白く染まる寒い頃でした。森の先に見える目指す山も真っ白です。


「本当に出てきたんですね猫さん」


鳥さんが空から飛びながら近づいてきて言いました。


「鳥さんと冒険するのは俺の夢だったんだ。きっと楽しいよ」


鳥さんの話を聞いていた時間でさえあれだけ楽しかったのですからこれからはもっと楽しいと猫さんは考えていました。


「……そうですね。まずは森を目指しましょうか。木がいっぱいあるところですよ」


鳥さんはそう言うと猫さんの上を飛びながら案内してくれました。


森はとても静かでした。


風が抜け、カサカサと落ち葉が音を鳴らします。


「鳥さん、鳥さんが言っていたリスやくまはどこにいるんだい?」


カサカサと足を踏むたびになる音に楽しくなりながら猫さんは尋ねます。


「彼らは寝てしまったんですよ。もう冬が近いですから」


「確かに少し寒いな。でも、こんなに広く楽しい場所に鳥さんと二人なんて嬉しいよ」


「そうですね、私も嬉しいです。ほら、これは食べられる木の実ですよ」


鳥さんも地面に降りてきてカサカサと歩きながら小さな木の実を見つけます。

真似をして探してみるものの、猫さんはうまく見つけられません。


「ほら、俺の背中に乗せるといい。どうやら俺は鳥さんのようにうまく探せない」


「私が探すから大丈夫ですよ。運ぶのはお願いしますね」


二人はカサカサと足音を立てながら山を目指して森を抜けます。


「山を抜けるには食べ物が必要ですから、落とさないように気をつけてくださいね」


猫さんは最近ご飯が減っていたのと長い距離を歩いたのでとてもお腹が空いていました。

でも、鳥さんの集めた木の実は猫さんには食べれないものでした。


「そうだな、俺たちは山を抜けて川に沿って海を目指すんだもんな」


鳥さんは木の実を食べて、猫さんはお腹を空かせたのを隠したまま、二人は木の根っこの下で休むとまた森を歩き始めました。


二人が森を抜けると、坂道にたどり着きました。山です。


「これが山かい?」


「そうです、これが遠くから見るとあれだけ大きな山です」


猫さんは背中の大事な木の実が落ちないように気をつけながら進みます。そこにはもうぐーたらな猫さんはいません。


「猫さんは何も食べなくても大丈夫ですか?」


「いつもいっぱい食べていたから大丈夫だよ」


猫さんはとてもお腹を空かせていましたが、鳥さんを心配させないように言いました。


山の道はゴツゴツしています。


猫さんの足が痛くなれば鳥さんが気付いて手当てをしてあげ、鳥さんが飛んでいて疲れたときは猫さんが木の実と一緒に乗せてあげました。


そんな風に順調に歩く中、お腹の空いた猫さんは鳥さんが美味しそうに見えるたびに首を振って進みました。


上に上にと登る二人の上に、突然、白い粒が落ちてきました。


「冷たい!これはなんですか?」


「鳥さんでも知らないものはあるんだね。これは雪だよ」


雪が降り始めました。

二人の行く道がだんだんと白く染まり、ゴツゴツとしていた道がサクサクと音を鳴らし、あたりが真っ暗になった頃。


猫さんの前を飛んでいた鳥さんが雪の上に落ちました。


「鳥さん!どうしたんだい?!大丈夫かい?!」


猫さんは今までで一番慌てて、鳥さんに駆け寄ります。

そんな猫さんに鳥さんは弱々しく口を開けて言いました。


「ごめんなさい、猫さん」


猫さんが慌てて口で掴んだ鳥さんはいつもより冷たく猫さんは少しでも暖かいところを探して雪の中を走り回ります。


口に掴んだ鳥さんを美味しい、食べたいという想いを抑えて猫さんは走りました。猫さんは鳥さんを食べるわけにはいかないのです。


猫さんは必死に探してなんとか近くに川が流れている洞窟を見つけました。

憧れの川より寒さをしのげる洞窟に猫さんは喜びました。

洞窟まで鳥さんを運ぶと猫さんは自分の体や舌を使って温めます。


「鳥さん!しっかりして!二人で海に行くんだよ!」


日が沈み、さらに寒くなってからも必死に続けたおかげか、鳥さんはなんとか目を開けました。


「鳥さん!どうしたんだい?お腹が空いたなら今から落とした木の実をとってくるよ?」


鳥さんを助けた時に集めておいた木の実は全部落としてしまったのです。


「お腹が空いたわけではないですよ。ただ寒いのです」


鳥さんは猫さんを心配させないように少し笑って話し始めました。


鳥さんは渡り鳥で群れの中で友達ができなかったこと。

だから猫さんと話せてとても楽しかったこと。

でも、寒いところでは本当は暮らせないこと。


そこまで聞いて、猫さんは泣き始めました。


「なんで仲間と一緒に南へ行かなかったんだい?利益がないじゃないか」


「一度行ってしまうと帰ってこれるか分からないんですよ。それなら猫さんと最後まで話をしたかったんです」


「なんでそこまで?」


「ともだちだから、と言ったら怒りますか?」


すぐにでも消えてしまいそうな鳥さんを猫さんは胸の中で暖め、泣き続けます。


「怒るわけないだろ。嬉しいよ。嬉しいけど、二人で海まで行くって言ったじゃないか」


「そうですね。だから猫さん、私を食べてください」


猫さんは、鳥さんが何を言っているか分からず、分かると、とても悲しくなりました。


「猫さんが、山を越えて海に行けるように、食べてください。私は朝が来るまで持ちませんが、猫さんの体とともに海まで行きます。猫さん、あなたと過ごしたときが一番楽しかった」


鳥さんはその言葉を最後に口を閉じてしまいました。

猫さんは川の音だけが聞こえる洞窟の中が、さっきまでよりずっと寒く感じて、また泣きました。


朝が来る前に洞窟の中からは猫さんだけが出てきました。


猫さんは黙ってふらふらと川を辿っていきます。

川をたどれば海に着くと教えてくれたのは鳥さんでした。


雪の積もる中をなんとか黙々と歩き続け、猫さんももう足は出ないと倒れた先でーー目の前の雪が途切れました。


そこには見渡す限り水が続いていました。

鳥さんが言っていた海にたどり着いたと猫さんは思いました。

同時に口の中で暖め続けていた鳥さんを外にだしました。


鳥さんはうっすらと目を開けて湖を少しだけ見た後猫さんを見て言いました。


「きれいな海ですね」


猫さんは何も食べないで歩き続けたせいでもう動けない中で、鳥さんだけを見て言いました。


「二人で来るためにがんばったんだ」


「どうしてここまで?」


「ともだちだからさ」

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