9.コウフクカップル
「あんたたちってほんと、バカップルの見本よね」
「えー。そんなことないよー」
ゴールデンウィーク明け最初の学校で。
尊とともに放課後の部活に励んでいた由羽はのほほーんと、そんなことを言った。
ゴールデンウィーク中。由羽は事の次第をレイナードから聞いたのだ。その上で彼とともに歩むことを伝え、今に至るのだが。
どうやらその結果、レイナードの行動がかなり変わってきてしまったらしい。
その証拠に今レイナードは、由羽の隣に座っていた。
「……あんた、部活はどうしたのよ」
「今日は休んだけど?」
「あんた……」
「レイ。あんまり休んだらダメだよ? わたし、レイの活躍見るの楽しみにしてるんだから!」
「うん、分かった。絶対に見に来てね、ユウ」
眼の前で繰り広げられるやり取りに、尊が「やってらんない」というような顔をする。
だがまぁ一応、レイナードが由羽に張り付いている理由はあった。
由羽が『人でないもの』に変わってしまったという話はすぐに広まり、彼女を狙う者がいなくなった。はずなのだが。
代わりに、由羽を嫁にしたいと思う輩が出てきたのだ。
それはひとえに、由羽の魔力耐性が強く、尚且つ魔力値が高いことに由来する。そういう存在は貴重で、子を産むのに適しているそうだ。
そんなわけで、由羽はまた別の理由で狙われ始めているのだが。
それを牽制するために、レイナードはこうしてゴールデンウィーク明け最初の時間を、由羽とともに過ごしているわけだ。
人外の間ではこれを、マーキングという。
だいぶ前から恋人同士だった上に、以前よりも結びつきが強いものになっているふたりの状況に、尊は「マーキングもクソも何もないでしょうが」と愚痴るものの、それだけだ。一応レイナードの気持ちは分かるらしい。
尊はそうこうしつつも、服を縫っていた。
彼女も、由羽とともに演劇部の服作りを手伝っているのである。
由羽も口はのほほーんとしつつも手は凄まじい速度で動き続け、着々と服を完成させていく。見た目にそぐわぬ機敏な動作だ。
レイナードはそれを、面白そうに見ていた。
「相変わらず、速いね」
「そう? 今日はできる限り早く終わらせて、レイと先に帰ろうかなって思ってて」
「そうなの?」
「うん。ちょっとね」
含みのある言い方に、レイナードは首をかしげた。しかし次第に分かるであろうと、由羽が作業を終えるのをおとなしく待つ。
数十分後、由羽は今日中に終わらせておきたかった作業を終えた。
「さてと。尊ちゃん、帰るね〜また明日!」
「はいはい。分かったから、とっとと帰りなさいよ。荷物忘れないようにね?」
「えへへ。はーい!」
元気よく挨拶をし、かばんを持つ。そしてレイナードと恋人繋ぎをすると、由羽は学校を後にした。
ぶらぶらと繋いだ手を振りながら、思わず笑みが漏れる。
「えへへー」
「どうしたの、ユウ」
「んーっとねー。やっぱり嬉しくて」
由羽が人外になったのは、数日前だ。つまり人外歴はほぼゼロに等しい、生まれたてのひよっこなのである。
それもあり由羽は、未だに自分の体が『別のモノ』になった実感が湧かないでいた。
しかしそれ以上に、胸の内側が張り裂けそうなほど嬉しい。
ずっとずっと抱え込んでいた問題が解決したのだ。レイナードとずっと一緒にいたいという、そんな悩みだ。それは由羽が人間でいるうちは、叶わないものであった。由羽の方が確実に寿命が短く、先に死んでしまうためだ。
それを重々承知した上でふたりは付き合っていたのだが。
由羽も、不安だったのだ。レイナードを置いていってしまうということが。彼を独りにしてしまうということが。
先に死ぬ者より、取り残された者のほうがつらいに決まっている。由羽が想像しただけで胸がいっぱいになって、キリキリと痛んだのだから、それを実際に体験するレイナードの苦しみは相当なものになるはずだ。
しかしそれも、今となってはなくなってしまった。それが、由羽の心を晴れやかにしたのだ。
それと同時に、思う。
(わたしも、レイにちゃんと、本当のこと言わないと)
今までどんな気持ちでいたのか。また、レイナードと一緒にいられるとわかったとき、どんなに嬉しかったのか。それを伝えようと、由羽は今日自室に、レイナードを誘うつもりでいた。
「ねえ、レイ」
「なに、ユウ」
「今日、うちに来て。話したいことがあるから」
そう言うと、レイナードは少しの間思案した後頷いた。由羽はそれに満足し、楽しそうに微笑む。
繋がった手はとても、あたたかかった。
***
レイナードが、一度着替えてから由羽の家にやってきた。
由羽は彼を自室に通すと、居住まいを正して向かい合う。
「えっとね……」
「うん」
「……レイには言ってなかったけどわたし、本当はずっと不安だったの」
はじめて口にした想いは、一度出してしまえば止まらなかった。
レイナードと付き合っているのが、ずっとずっと不安だったこと。
レイナードに監禁されている間、ずっと過去を夢見ていたということ。
本当はずっと、一緒にいたかったのだということ。
それらを吐き出してから由羽は、ひとつ息を吸い込む。
「だからね、わたし。レイとどんな形であろうと一緒にいられるって聞いたとき……とっても嬉しかったの」
「……ユウ……」
レイナードが信じられないといった表情を浮かべる中、由羽は満面の笑みを浮かべる。
「いつも、わたしが知らないところでたくさん守ってくれたんだよね? 今までありがとう、レイ。わたし、レイが何をしてたとしても、ずっと好きだよ。大好き」
そう言うや否や、レイナードの顔がくしゃりと歪む。
そして由羽を力強く抱き締めた。突然起きたことに、彼女は驚き目をまたまかせる。
「レイ?」
「……うん」
「どうしたの、レイ?」
由羽がレイナード同様に抱き締め返していると、レイナードの震えた声が耳に届いた。
「俺は……すごく、不安だったんだ。ユウと一緒にいたいからあんなことしたけど、それを知ったらユウは、俺のこと嫌いになるだろうなって思ってた……」
「何言ってるの、レイ。嫌いになるわけないでしょう? 嫌いになるなら、もっと前からなってるし」
レイナードと付き合うことを、由羽は見た目とは裏腹にとても悩んで悩んで、悩み抜いた結果了承したのだ。こんな見た目と性格だが、彼女はかなり真面目で真剣だった。
(だってレイとのお付き合いは、お遊びじゃないもの)
その想いは、生徒会長であるアンジェリカに言ったときから変わっていなかった。
できることなら、置いて行きたくなかった。ずっとそばにいたかった。でもそれに抗えるすべを知らなかったから、今を大切にしようと思ったのだ。
レイナードの抱擁から逃れた由羽は、自室にあるアルバムを取ってきた。
「これね、本当は、わたしが死んでもレイが寂しくないようなって。そういうために作ったものなんだ」
「………………え?」
レイナードの顔が驚きと動揺で歪むのを見て、由羽は苦笑する。
「ごめんね、勝手で。でもわたし、レイみたいにできないから。レイみたいに力がないから。だからせめて、レイに何か残そうって思って、ずっとアルバム作ってたの」
ぱらりとめくったページには、不機嫌そうに写真に写るレイナードと、ピースをする由羽の姿がある。中学入学時のときの写真だ。
それに指を添わせ、由羽は愛おしそうに笑む。
(そうだった。前に見た夢の映像は、このときのものだった)
『さいごまで、ずっと一緒にいようね』
このときの『さいご』は、由羽の『最期』という意味での最後だった。
しかし今回は、ふたりにとっての『最期』だ。
「レイとの今を、一瞬でもいいから大事にしようって、そう思ってた。最期なんて、来なければいいって。でもわたし、それを相談したことなかったなぁって。今回の件でそう思ったの。相談してたらきっと、レイがひとりで悩むこともなかったのにね」
「……そんなことない。俺だって、言わなかったんだから」
「うん。だからこれからはできる限り、お互いのこと言い合おう? 不安だったら、それを口にしよう? そしたらきっと、もっと素敵になれると思うんだ」
由羽がそうはにかむと、レイナードも笑ってくれた。夜に再び会ってから初めて見る笑みだった。
彼も緊張していたのだということを知り、由羽は少しほっとした。
するとレイナードが唐突に、由羽を横抱きにした。
「ひぇ!?」
すっときょんな声をあげる由羽だったが、すぐに降ろされた。降ろされた先は、ベッドの上だ。
ふたりしてベッドに寝転び、顔を見合わせる。
そしてどちらからともなく、そっと口づけをした。
いつになく甘い甘いキスに、胸がいっぱいになる。由羽は潤んだ瞳を細め満面の笑顔をした。
「ユウ、約束する。もっとちゃんと口にするよ。だから、何も言わずにやって、ごめんね」
「……うん、いいよ。だから絶対に、この手を離さないでね?」
「もちろん」
両手を繋ぎ、こつんとおでこ同士をくっつけて再度キスをする。
幸福な味が全身に広がるのを、由羽は夢見心地なまま感じていた。
それが現実だということを証明するために、もう一度言葉を紡ぐ。
それは、あの日言えなかった言葉。
一緒にいたくてもいられなかったから、言わなかった言葉だ。
震える唇を叱責し、由羽はレイナードの瞳を見つめ笑む。
「ずっと一緒にいようね、レイ。――大好きだよ」
これから先、この手が離れることはないと。そう確信しながら。
由羽は再度、レイナードとキスをした。
こうしてふたりは本当の意味で『コウフク』になった――




