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吸血彼氏  作者: しきみ彰
8/10

8.サイキョウカノジョ

 由羽は長い間、夢を見ていた。ひとりきりで、寂しい、夢を見ていた。


 しかしそこに、光が差す。

 甘い甘い口づけと、優しく名を呼ぶその声。


 レイ。


 由羽はそれにより、ようやく目覚める。

 目を開いたときに一番はじめに映ったのは、自身の親友の姿であった。


「……へ?」


 すっときょんな声を上げる由羽に、由羽の親友たるみことがほっとした顔をした。


「良かったわ。目を覚ましたのね」

「……えっと、ここは……?」

「あの吸血鬼が、由羽を守るために連れてきた場所。ほら、目を覚ましたなら行くわよ」


 由羽はますます混乱した。

 しかし自分がとても美しいドレスを着ていること。そして足についた枷から、なんとなく色々と想像する。


(えーっと。もしかしなくても、監禁されてた……?)


 されど、レイナードはどこにいるのだろう。

 そしてなぜ、尊がここに。

 色々な疑問が渦巻く。

 尊はため息をもらした。


「とりあえず、説明は後よ。足枷今壊すから、そのままにしていなさい」

「え、壊すって尊ちゃん、怪力なの……?」

「そんなわけないでしょうが」


 尊は呆れたまま、由羽の足についた風に触れた。そしてそっと唇を開く。


『壊れなさい』


 そう言うや否、足枷はあまりにもあっけなく壊れた。


「……壊れちゃった」


 足を軽く動かし、由羽はまたたく。

 それを見た尊は、バツが悪そうな顔をした。


「……わたし、言葉を操る鬼なのよ」

「……言葉を?」

「そう。母親の血を濃く受け継いでね」

「そうなんだ。すごいね〜」

「……なんか色々と心配して損したわ」


 そうつぶやいた尊は、いつもと同じように戻っていた。

 それを見た由羽は安堵する。


(うんうん。尊ちゃんは、そうじゃなくっちゃ)


 そりゃあもちろん自分が監禁されていたことも、ましてや尊がそう言う力を持つ鬼だったということも、驚いた。

 しかしそれが、愛する人と親友を嫌う理由にはならないのである。


 だってレイナードの行動には、いつも絶対に理由があったし。

 尊が言おうと思えなかった理由も、想像できるから。


 そんなことを考えながら、由羽は尊に連れられ長い階段を昇り始めた。


 そのときに聞いたのは、由羽はずっと魔力を込められ続けていたのだということ。レイナードの込めた魔力が強すぎるあまり、由羽が眠り続けていたのだということ。そしてさすがに痺れを切らした尊が、由羽の元に来たということだった。


 どうやら尊の力というのは、なかなかに凡用性が高いらしい。

 なんせレイナードが張った結界や、この屋敷に張られた結界、その他の障害物を壊すことなく抜けてきたというのだから。


 話を聞いたときに思ったのは、それくらいだ。

 むしろ由羽は、自身の体が人のものではなくなったという話を聞いたとき、歓喜したのである。


 これで、レイナードとずっと一緒に居られるのだと。


 それを口に出したら、尊には呆れられたが。

 何はともあれ、由羽はもう人ではないらしい。


「由羽が起きたのなら、由羽を狙う輩もいなくなるし、もう何も起きないでしょ。さっさとあの吸血鬼を探して帰るわよ、由羽」

「うん」


 そこで由羽は、はたりと気づいた。


「レイ、どこにいるの?」

「あー多分、森にいるわ。感じたことのない魔力を感じたから、交戦でもしてるんじゃない?」


 由羽がこういうのもなんだが、レイナードは由羽を溺愛していた。そんな彼が由羽のそばから離れるということは、それ相応のことが起きているということである。


(嫌な、予感がする)


 背筋から、嫌な汗が流れた。

 由羽は自分の直感を信じ、純白のドレスをたくし上げた。外に出ると直ぐに、彼女はある場所を目指し走り出す。


「由羽!?」

「尊ちゃん、こっち!」


 さすがの尊も驚いたらしく、数歩出遅れる。しかしレイナードの居る場所に向けて走っているのだと気付いたとき、彼女はため息をつきながらも手伝ってくれた。


『風よ、吸血鬼たちがいる場所に連れて行きなさい』


 尊がそういうと、風が巻き上がり尊と由羽の体を取り巻く。

 由羽は驚きながらも、尊にしがみついた。


 体が勝手に浮き上がり動いている。

 なかなかにシュールな光景だ。しかしレイナードのもとにいけるなら、なんだって良い。

 一秒でも早く着けることを願いながら、由羽は進行方向への目を向けた。


 数分して、前方に人影が見えてくる。


 いた。


 しかし人影が近づいて行くにつれて、由羽の心に焦りが生まれ始めた。


「……レ、イ?」


 レイナードが、地面に倒れ込んでいる。

 そしてそんなレイナードに近づいていくのは、見たことのない青年だった。いや、少年と言っても良さそうだ。


 ただ問題なのは、その目が赤いこと。


(吸血鬼……!)


 そしてどう状況を好意的に見ても、レイナードが危ないことは分かる。

 由羽は尊に抱きついたまま言った。


「レイに触れないで」


 声は、由羽の予想を超えて辺りに響いた。

 それを見た尊が瞠目する。


「由羽……魔力が……」


 尊が何やら言っていたが、今の由羽にはまるで聞こえなかった。

 尊から手を離した由羽は、ふわりと着地をし眼前に佇む吸血鬼を睨む。


 吸血鬼は、由羽の登場に驚いていた。


「あらら。お姫様起きちゃったかー。じゃあ、僕のやりたいこともなくなっちゃったねぇ――なぁんて言葉で終わらせるほど、僕優しくないんだー」


 軽い軽い、とても軽い言葉とともに。

 吸血鬼の少年が、レイナードの髪を引っ張る。

 それを見た由羽は、叫んだ。


「レイ!!!」

「同族を食べたことはないんだけどさーやっぱり割に合わないし。こいつ食べて糧にさせてもらうよ」


 それはつまり、レイナードを食べるということだ。

 そしてレイナードは、それに抵抗できていない。彼はそれほどまでに弱っているのである。


(わたしのせいだ)


 レイナードは、強い吸血鬼なのだと。由羽に突っかかってくる者たちは誰しも、口を揃えてそう言った。

 だから、レイナードは強いのだ。由羽にこんなことをしなかったのであれば。


 大事なひとが喪われる。消えてしまう。死んで、しまう。


 それが、由羽の視界を白く塗りつぶしていく。

 由羽は思わず、つぶやいていた。


「……して」

「……ん? なんだい? 聞こえないなー」




「レイを、離しなさい」




 そういうや否、吸血鬼の少年の腕が飛ぶ。

 レイナードの髪をつかんでいた手だ。その場にいた誰もが、それに目を見開き驚きを示す。


「……ユ、ウ……?」

「由羽、まさか……!!」


 レイナードと尊が声をあげていたけれど、今の由羽には聞こえなかった。

 ただ体が異常に熱くて。血が沸騰しそうだと、そんなことを思う。


 髪やスカートの裾がふわふわと浮き、体の周りを何かがおおっていた。一歩、また一歩、レイナードに近づいていく。

 由羽は怒りのままに、再度口を開いた。


「今すぐ、レイから離れなさい」


 言うや否や、直ぐそばにあった木に鋭い切れ込みが走り、大きな音を立てて倒れる。

 それを見た吸血鬼の少年は、顔色を変えた。


「まじか……人外に変わり立てなのにこれって……」


 ぽつりとつぶやき、彼は身をひるがえす。どうやら勝機はないと見て、早々に退散することを決めたようだ。


「じゃあね」


 去り際でさえこぼれ落ちる軽口にいらっときながらも、由羽は一目散にレイナードのもとに走った。


 純白のドレスの裾をたくし上げ。

 汚れることも厭わず駆け寄る。

 その姿はさながら、新郎の元へ走っていく新婦のようであった。


「レイ!!」

「……ユ、ウ」


 そばに膝をつき、由羽はレイナードを抱き上げる。そして自身の膝の上に彼の頭を乗せた。

 裾を使い、レイナードの顔についた泥を拭う。


「バカ、レイのバカ……」

「ごめん、ごめんね、ユウ……」

「バカ、謝らないでよ……生きてて、良かった……!」


 そう言い、由羽は泣き出した。レイナードは満身創痍の姿でおろおろと慌て出す。

 それを見ていた尊は、大きなため息をこぼした。


「……あんたたち、それわたしの目の前でやる?」

「う、うぅ……だって、みこと、ちゃっ……」

「そこのバカ治してあげるから、泣き止みなさい。由羽」

「…………え、そんなこともできるの!?」

「できるわよ。言葉を舐めないで」


 その後尊は、ぶつくさと文句を言いながらもレイナードの治療をしてくれた。しかし消耗した魔力はさすがに戻せないらしい。

 尊は文句を垂れながらも、レイナードを屋敷に運ぶのを手伝ってくれた。さらに言うなら、体をきれいにしてさえくれた。言霊とはとても便利だと、由羽は感心する。


「お幸せに」という嫌味を込めた捨て台詞を吐いた後、尊は颯爽と姿を消す。


 由羽は地下ではなく、二階にあった寝室でレイナードとふたりきりになった。

 彼は気まずそうに、ベッドの上で視線を彷徨わせている。


 どうやらレイナードも、魔力を込めて由羽を人外にした後の言い訳を考えていなかったらしい。頭が良いのに抜けているその様を見て、由羽は思わず笑ってしまった。


 レイナードがきょとんとした顔をするのが、また可愛い。

 それを見つつ、由羽はベッドに潜り込んだ。


「ユウ!?」

「お説教とかは後。今は休もう? レイ」

「……ユウは本当に、それでいいの?」

「うん。レイと一緒にいられるなら、わたしはなんだっていいよ」


 そう言えば、レイナードはくしゃりと顔を歪める。今にも泣き出してしまいそうな顔に、由羽は困った笑みを浮かべた。何か言おうと思ったけれど出てこず、無難な台詞になる。


「おやすみ、レイ」

「……おや、すみ。ユウ……」


 色々なことがあって、相当疲れていたのか。気がつけば意識が落ちていた。

 ふたりはお互いを守り合うかのように抱き合い、眠る。




 その日見た夢は、あの永遠と続くような悪夢ではなく。

 レイナードと手を取り合って進む未来を描いた、とてもとても幸せなものだった――

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