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吸血彼氏  作者: しきみ彰
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6.ユメミルカノジョ

 繰り返し、同じ夢を見ていた。

 それはまるで、走馬灯のような夢だ。今まで体験してきた『人生』というものが、いくつものテレビに映り、流れる。真っ白な空間は、そんな映像で埋め尽くされていた。


 壁に取り付けられたかのように、辺り一面に広がるテレビたち。目を離そうとしてもついつい意識がそちらへ向き、離れない。離せない。魔法にかかってしまったかのようだった。


 由羽はそれを、他人事のように眺める。それほどまでに、その夢は現実感が乏しかった。起きていると感じるのに、頭ではこれが夢だと分かっているのだ。

 自分という生き物だけが浮き彫りになるこの部屋はどこまでも冷たく、いやにぬるかった。

 自らが身にまとう白いワンピースでさえ、重量がないかのように軽い。それがひどく心許ない。


 感じられるのは、いやに乾いた空気だけ。

 過ぎ去ってしまった記憶たちを何度見返しても、それは『過去』だ。思い出でしかない。思い出とは、いついかなるときも綺麗なものなのだ。ただ段々と、色褪せてゆくだけで。

 その証拠に、画像の幾つかはモノクロやセピアになったり、はたまたノイズが走っていたりする。


 しかしそのどれにもレイナードがいることを知り、由羽は口元をほころばせる。


「レイはほんと……ずっと私のそばに、いてくれたんだね」


 ぽつりとつぶやけば、声が響く。確かに自分の声だ。そのとき、由羽は初めて、その空間をリアルに感じた。


 陽光に煌めく金髪に、優しく弧を描く翡翠色の瞳。細そうに見える肢体は存外たくましく、由羽を幾度となく守ってくれた。ときには優しく包み、彼女に安心させてくれた。それがどれだけ心強かったか、レイナードは知らないであろう。


 萌黄のような瞳が血を吸う前だけ紅く染まるのを、由羽は知っている。レイナードにばれないよう、いつも見ていたからだ。何度見ても飽きない綺麗な緋色に、すっかり魅了されていた。


 美しかった。

 肉食獣然とした表情を見るたびに、背筋ゾクゾクした。

 自分が取り返しのつかないところまで溺れていることを、由羽は分かっていたのだ。


 そんな彼の輪郭を辿るように、めいっぱい手を伸ばす。

 そっと指先を這わせても、どんなに彼を求めても。返ってくるのは、無機質な温度と硬質な感触だけだった。


『さいごまで、ずっと一緒にいようね』


 そう笑う由羽自身の顔が、テレビに映り込む。

 それを見た瞬間、彼女は顔を歪めた。拳を握り締め、画面に叩きつける。画面はガラスのように割れ、白い床に散らばった。


 ぽたりぽたりと、打ちつけた手から血がこぼれる。血は流れているはずなのに、痛みはない。それが、これが夢だということを如実に示していた。


「もっと……ずっと一緒にいたいよ。レイ……」


 そんな彼女の願いは、誰にも届くことなく消えた。



 ***



 レイナードが由羽を閉じ込めてから、五日が経った。

 彼は由羽が眠るベッドの脇に膝をつき、彼女が起きるのをただひたすらに待っていた。


「ユウ……」


 昨日込めた魔力で、由羽の器は満ち足りた。

 されど急激に込められた力のせいか、他に何か原因があるのか。彼女は未だ目覚めない。

 血の気の失せた顔は痛ましく、レイナードは顔を歪めた。


「全部、俺のせいだね、ユウ……ごめんね……」


 いくら懺悔しても、由羽には届かない。

 それを知り得ながらも、レイナードは謝るほかなかった。


 力なく投げ出された手を握れど、返ってくるのは彼女の熱と脈だけ。それもいつもより冷たく遅く、レイナードをより不安にさせた。


 自分のせいで、死んでしまうのではないだろうか。


 そんな予感をさせるほど、吸血鬼から見た人間というのは弱い。彼女が本当に弱いということは、重々承知していた。

 だから過保護になってしまうのだ。

 そんなことなど関係ないとでもいうかのように、由羽自身は昔から行動的だったが。


 目を閉じれば、昨日のことのように思い起こされる記憶たち。そのどれもが鮮明に映り、レイナードの心を震わせる。


 恐ろしいほど行動的な由羽は、高いところに上って落ちたり、走って転んだり、料理の途中で怪我をしたり火傷をしたりなど、とにかくおてんばだった。さらに言うなら、ど天然。それも相まり、レイナードの心が安らぐ日はなかった。


 しかしそれが楽しかったのだ。びっくりするくらい新鮮で、日々が驚きで満ち溢れていた。


 笑って、泣いて、怒って。くるくると表情を変える。

 そんな由羽が、レイナードは好きだった。


 そう、好きだった。大好きだったのだ。


 されど今の由羽は、そんなふうに表情を変えることもない。

 閉じ込めて、拘束して。安堵すると思っていたのに。胸の内側を占めるのは、重く暗い喪失感だけだった。


「…………そう、か、」




 俺が好きなユウは、こんな場所で人形のように眠ってるユウじゃなくて、外で楽しそうに生きる、ユウだったんだ――




 そう悟った瞬間、胸の内側に溜まっていたものがすとんと落ちた気がした。


 レイナードは再度、由羽の手を握り締める。

 壊さないよう、優しく。でも、確かに。

 繋いだ手を離さないよう、指を絡めて手の甲に口づける。


「ユウ……大好きだよ」


 そのとき。

 ほんのわずか、由羽の指先が動いた。

 レイナードは目を見開き、身を乗り出す。


「ユウ……?」


 起きてくれるかもしれない。

 そのことが、レイナードの心に希望の光を灯した。

 しかし身を乗り出したところで、レイナードは身を固め目を見開く。


「……こんなタイミングで、侵入者? 一体誰が……」


 今いる屋敷に続く森の手前に、侵入者用の探知魔法をかけていたのだ。それが反応した。しかもどのトラップも易々と抜け、屋敷に向かっている。


 侵入者は、相当な力を持っている。

 そのことを悟り、レイナードは唇を噛み締める。


 由羽をここに置いていくのが不安でたまらなかった。しかし今回の相手は、彼女を抱えてどうにかなるものではない。

 さらに言うならレイナードは今、普段より弱っていた。


 本気でやらなければ、勝てない。


 レイナードは由羽の手を離し、立ち上がった。


「ユウ……早く終わらせて、帰ってくるから。帰ってきたら、必ず謝るから……だから、起きてね……?」


 眠り姫は未だ目覚めない。彼女を起こす方法もない。知らない。

 だからレイナードは、おとぎ話を真似てみる。それで起きるはずがないと思いながら、内心では笑いながら。ベッドに膝をついた。


 早く、目を覚まして、ユウ。


 そんな願いを込めて、レイナードは由羽の唇に口づけを落とす。

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