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吸血彼氏  作者: しきみ彰
3/10

3.オネムリカレシ

前日は体調不良により、更新を延期させていただきました。

そのため本日2度更新します。2回目は19時頃を予定。

 真夜中。

 由羽の家は、結界で覆われていた。


 その外ではいくつもの影が蠢き、その内側へ入ろうと力を振るう。影たちは、きちんとした姿を持ってはいなかった。ただ陽炎のようにゆらゆらと、黒いものが動く。


 それは、魔物と呼ばれるものたちだった。

 魔族より低級であり、姿形も明確な自我もない。力もさほど強くはない。ゆえに本能のみで行動するのだ。負の感情を源として作られるそれらは今、力の泉とも言える存在、由羽を狙っている。


 ずるずると音を立て、結界を壊そうとする魔物。

 しかしそれらは、空から降ってきたひとつの影によってひとつ、またひとつと姿を消していった。


「夜は、ゴミが多くて困るな」


 忌々しげにそう吐き捨てるのは、レイナードだ。夜闇の中でも爛々と輝く真紅の瞳は、不機嫌そうにか細められている。


 最近は特に量が増え、レイナードでも処理が面倒臭くなっていた。つまりそれは、由羽の力が余計に強くなったということだろう。


 まだたまらないのだろうか。


 レイナードはそう思った。彼女という器は、彼が予想していたより遥かに大きい。十六を過ぎても満たないことが、それを何よりも物語っている。


 ここまできたら、由羽の力が満ちるのが先か、襲われるのが先かといった具合だ。さすがのレイナードも消耗が激しく、降って湧いてくる者たちの掃除をすることに苛立ちを隠せない。


 しかし由羽のことを考えると、不思議と心が落ち着くのだ。彼女の笑顔さえあれば、何もいらない。そう本気で思っている。

 彼はちらりと由羽の家に目を向けた。


「ユウ……ユウは必ず、俺が守るからね」



 ***



 最近、レイナードの様子がおかしい。


 そのことに薄々ながらも気づいていた由羽は、口を尖らせ腕を組んだ。


 現在、部活中。しかし緩いことで有名な手芸部は、年に一度行われる文化祭に出品するものさえ作れば良い、という体たらくで成り立っている。そのため、人が少ない場合が多い。

 由羽は手芸が好きなためほぼ毎日通っているおり、尊もそれに付き合う形で針を刺していた。彼女はちまちまとタペストリーを縫っている。


 その真正面に座るユウは、すさまじい速度でレース編みをしながらうなった。


「ねーねー尊ちゃん。最近レイの様子がおかしいみたいなんだけど、どうしたらいいかな?」

「……あいつの頭がおかしいのは、今更じゃないの?」

「うーん、そういうのじゃなくて。なんか、こう……疲れてる? みたいな」

「………………あー」


 思い当たる節がある尊は、思わず口から声を漏らす。レイナードが疲れているのは間違いなく、由羽の周りをうろつく奴らを掃除しているからだろう。

 しかしことの発端がレイナード自身にあるため、尊の視線は冷ややかだ。むしろそのまま魔力が枯渇し、干からびてしまえばいいとさえ思っている。


 まぁ、由羽の前では言わないが。


 そのため、無難な返事をする。


「寝不足なだけじゃない? 心配なら、何か作ってあげたら。あいつならそれだけで喜ぶでしょ」

「そうかな?」

「そうよ。もしくは何かしてあげるとか」

「何か……」


 むむぅ、と由羽は口をへの字に曲げる。レイナードが何をしたら一番喜ぶのかなど、見当もつかなかったからだ。というよりレイナードは、由羽があげるものならなんでも喜ぶ。それは行為でも同様だ。

 つまり、何をしても喜ぶので何が一番効果的か分からないのだ。


「寝不足……何かしてあげる……うー」


 悩む、悩む、悩む。

 思えば由羽がこんなにも悩むことといえば、レイナード関係だけだ。進路も、テストも、オシャレも、レイナードと一緒にいたいという理由だけで頑張った。少しでも彼の隣りに並んで、見劣りしないように。そう考え、彼女なりに努力をしてきたのだ。


 手の速度はまるで変わらないまま、由羽は悩んでいた。

 そして出来上がってゆく見事なテーブルセンターに、尊はドン引いた。緻密な編み込みがとても美しく、プロと並べても遜色ない出来上がりだが、それをその速度でやるのはいかがなものかと思ったのだ。


 手芸に関しての腕はすでに人間離れしてると、尊は遠い目をする。


 親友にそんなことを思われているとは知らず、由羽は思案を続ける。

 そしてふと、思いついた。


「うん、分かった! わたし、頑張るね! 尊ちゃん!!」

「……何が分かったのか分からないけど、まぁ、頑張りなさい。あんたなら、大抵のことはできるはずだし」


 そんなふうに由羽を褒めながら、「でも」と尊がつなげる。由羽は首をかしげた。

 尊の視線が向いている先にあるのは、由羽の手元だ。


「ねぇ、由羽」

「なぁに?」

「それ……テーブルセンターにしては長すぎないかしら」

「……あ」


 由羽は思わず声を上げた。

 尊の指摘通り、そのテーブルセンターは異常な長さになっていたのだ。どこぞの豪邸のテーブルに置くんだ、というツッコミが入りそうである。


(さすがにこれは、ぶんかさいのしょうひんにはできないなぁ……)


 うっかりしていた、と反省しつつ、由羽は言う。


「レイにあげることにする」

「あいつの家に、それを使えるほど長いテーブルがあるのか」

「え、うん? あるよ?」


 それを聞き尊は、もう何も言うまい、と口を引き結んだ。



 ***



 時間はあっという間に経過し、夜。

 現在では由羽は、レイナードの家――さらに詳しく説明するならば、レイナードの部屋――に来ていた。


 そう。泊まるために、である。


 昔からよく泊まりに来ていたせいか、レイナードの両親も躊躇いなく由羽を家に入れてくれる。むしろ夕食までご馳走になってしまった。


 ようやく二人きりになれた由羽は、昼間の決意を思い出しこぶしを握る。


(レイが眠れないっていうなら、そばにいてあげたら良いんだ!)


 由羽の思考は、そんな言葉で埋め尽くされていた。

 寝不足の際に何かしてあげたほうがいいことなど、添い寝か膝枕くらいしか思い浮かばなかったからだ。どちらも幼少の頃からやっていることなので、躊躇いも何もない。


 そしてこれ、あながち間違いでもない、というところが恐ろしい。由羽が近くにいれば、さらに言うならレイナードの家にいれば、レイナードはさほど気負わずにいられるのだ。ここのほうが、守りは万全なのである。


 レイナード自身それに関して質問をしたりはしなかったが、由羽と一緒にいられる時間が少しでも増えるなら、なんでもいいか、という思考であった。


 レイナードの部屋は、広さの割にシンプルなものしか置いていない。彼が必要と思ったものしかないのだ。


 あるのは勉強用のテーブルとイスと、壁一面に置かれた本棚のみ。衣服は全てクローゼットに収納され、表からは見えない。

 ただこの本の量が圧巻で、由羽は来るたびに図書館に来ている気分になった。


 その先の扉を抜け寝室に入ると、そこには天蓋付きのベッドがひとつ置かれている。ふたりで寝てもまだ余るサイズのそれはまさしく、由羽が想像する貴族のベッドであった。


 それを見た由羽は、瞳を輝かせベッドに突撃する。そして勢い良くダイブした。ぼふん!

 という音とともに、ふかふかの感触の虜になる。彼女はえへへーと笑った。

 昔から変わらない由羽の態度に、レイナードは笑う。


「相変わらずだね、ユウ」

「だってレイのところのベッドって、ふかふかなんだもん。飛び込みたくなるよー」

「そっか」


 ふたりして寝転がり、無言のまま笑い合う。その気の抜けたような笑みに、由羽はようやく安堵の息を吐いた。


(良かった。ちょっとはリラックスできたかな?)


 レイナードは本当に、辛いとか苦しいとか、そういった負の感情を見せることを嫌う。特に由羽の前ではそれが顕著で、泣き顔など見たことがなかった。


 いつもいつも、与えられてばかりで。

 それが、由羽を不安にさせた。


 わたしがいないところで、泣いていないかな。

 わたしがいないところで、傷ついてないかな。

 怒ったりして、いないのかな。


 わたしがいなくなったら――泣いてくれるのかな。


 自分勝手で、とてもいやらしい考えだという自覚はある。でもレイナードを見ていると、否応無しに考えてしまうのだ。


 由羽とレイナードは、生きる時間が違うのだから。


 少しだけ胸が痛くなり、由羽はそれを隠すようにレイナードに抱き着いた。

 一瞬、レイナードの体がこわばる。しかしそれは本当に一瞬で、すぐに緊張を解くのが分かった。


 それにくすくす笑いつつ、目をつむる。そうすれば、レイナードの心音が強く耳に響いた。


「レイ、すっごくばくばくしてる」

「……仕方ないでしょ。ユウがいきなり抱き着いてきたんだから。――好きな人に抱き着かれて緊張しない人なんて、いないでしょ」

「……えへへー嬉しい」


 レイナードからの不意打ちに、由羽の頬まで赤くなる。それを隠すために、由羽は顔をうずめた。すると、彼から甘い香りがする。おそらく柔軟剤であろう。彼女はしばしその香りに身をゆだねた。


 レイナードの体は。その腕は。

 いつだって由羽を守ってくれた。助けてくれた。

 彼女にとってレイナードは、この世で最も安心できる存在だ。


 由羽を包み込むように背中に回された手が、少しばかり力を帯びた。


「……ねぇ、レイ」

「なに?」

「大好き」

「……俺も、愛してるよ」

「うん。だから……一緒にいようね」


 少しだけ間が空いたのは、本当に言いたかった言葉を言うべきか迷ったからだ。


『ずっと一緒にいようね』


 そう言おうと思って、由羽はやめた。ずっと、とは言えなかったのだ。


(だってレイにとって、わたしとの時間はずっとじゃないもの)


 それは、なにをどうあがいても超えられない種族の壁。愛や恋と言った感情だけでは、決して埋まらない溝。少なくとも由羽は、それを埋める方法を知らない。調べてみても、本当かどうかも分からない話が出てくるだけだった。


 それに寂しいと感じてしまっていることを隠し、由羽はひとつ息を吐く。その一呼吸で、いらないものを全て吐き出してしまった。

 取り繕うために、少し弾んだ声で就寝の挨拶をつぶやく。


「おやすみなさい、レイ」

「……うん。おやすみなさい、ユウ」


 由羽がじっとこらえている中、すうすうという寝息が聞こえてきた。そっと顔を覗き込めば、無防備なレイナードの寝顔がそこにある。さほど時間を置かずに寝てしまったところを鑑みるに、やはり睡眠不足であったようだ。


 普段は美しい顔は、睡眠時のあどけなさと混ざり可愛らしく見える。髪と同色の睫毛に縁取られた瞼は緩く結ばれ、唇はわずかに開き呼吸をしている。リラックスしていることがうかがえた。


(レイが寝れて、よかったなぁ。レイ、絶対にそういうの言わないし、もっとちゃんとわたしが見とかないと……)


 由羽は、当初の目的を達成できたということに満足した。

 途端、睡魔が襲ってくる。どうやらその寝顔につられたらしい。

 夢の世界と現実の世界の間で揺れながら、由羽は思った。


(少しでも長く、生きられますように)


 それは、彼女の願いであった。それ以外は特に何も望まない。ふたりで生きられるなら、それだけで十分幸せだと思うからだ。


 レイナードが、由羽が諦めた種族の壁をぶち壊そうと躍起になっていることなど知らず。

 彼女は優しいぬくもりに、身を沈めた。

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