幕間(1) 「技売り」
「じゃぁ、幸谷、留守番頼んだよ。『技売り』の時は怪我だけは注意しなさい」
「わかってますって、楠三さん」
「それじゃキエ、行ってくる。今回の卸し先は南美藩だから、半月ほどで戻る」
「はい。あなたも気をつけて下さいね」
楠三さんが赤鬼の角や地竜の牙など素材の入った自在袋と、行李を担いで、行商先に向かった。楠三さんの仕事は鍛冶素材の行商だ。
俺が最後に楠三さんと魔窟に入ったのは15~16歳頃かな。
村に来た当初は毎日のように、一緒に魔窟に入ってくれてたんだけど、最近は全く入ってないみたいだ。
曰く、魔窟は「くたびれる」んだと。
まぁ、身体はまだまだ元気だけど、歳はもうすぐ60だしな。
無理はせん方が良い。
いつまでも元気でいて欲しいからな。
ちなみに俺は皆伝を受けているので、他所に魔窟の素材を売りに行くことはない。
俺が売るのは素材ではなく、身につけた技だ。
その名も『技売り』。
誰が名付けたのか知らんが、実も蓋もない。これじゃあ、野菜売りや薬売りと何の違いもない。もっと気の利いた呼び名はなかったのか。
身につけた烏丸流を使って、戦で敵の首を挙げるのが俺の仕事だ。
皆伝を受けなかった者は、素材を持って行商に出る。
で、実際に魔窟に入って素材を集めるのが俺たち皆伝者や、村に住む腕に覚えの者たちだ。
最初はそのことに、ある種の誇らしさを感じたもんだが、20年近くこの村にいると、そういう自己顕示的な気分はほとんどなくなるね。
皆伝を受けていようが、受けていまいが、そんなことは大して重要ではないと。
少なくとも、ここ烏丸村ではね。
基本的に村の経済は、魔窟に頼っているので、皆、家族みたいなもんだ。
実際、俺の育ての親、楠三さんもキエさんも皆伝者ではない。楠三さんなんて、戦に出れば、いくらでも敵の首を挙げると思うが、戦に出たことは一度もないらしい。
素材の行商一筋45年だ。
長ぇ。
キエさんとは行商の途中で知り合ったそうだ。
キエさんは貧しい村の5番目の子だったらしい。
昔、キエさんに聞いた話だと、嫁いで来て一番驚いたのが、村が信じられないほど、豊かだったことだそうだ。
婚礼前に初めて村に挨拶に来た時、すれ違った女の子の頭に、銀星珊瑚と金蒔絵で細工された櫛が刺さっていたそうだ。
年頃だったから、女衆の小物には目が利いたそうで、小判5~6枚はすると見立てた。
※小判=一両=約10万円
その子が特別かと思っていたら、地べたに座って人形遊びをしていた別の子の着物が、雲絹染めの一品だったらしい。人形も親が作った、藁人形や紙人形ではなく、一目で職人の作ったと分かる逸品だったそうだ。
「この村はおかしい」というのが、キエさんが抱いた村の第一印象だったんだって。
可愛いね。
まぁ、確かに俺も驚いたよ。
どこの家にも高価な魔道具が珍しくないし、各戸に魔道具で焚く風呂が備え付けられている。
食べ物は自分で作る分には、いくらでも美味しいものが食べられるし、話に聞いたことしかなかった『自在袋』は、大人なら誰でも持っている必需品だ。
俺の本当の親父は鍛冶師だったんだが、自在袋はこの村で初めて見た。
キエさん曰く、どこの藩主さまだろうと、これほどの贅沢はしていないとのこと。同感だね。
婚礼の際には、透き通るような白無垢と赤い内掛を、全て新品、最上物で楠三さんが揃えてくれたらしい。
金紗の入った内掛を自慢げに見せられたことがあるが、「楠三さんには感謝しているの。うふ」だと。良い歳して、町娘でもあるまいに。名前呼びに「うふ」ときたよ。勘弁してくれ。
残念ながら、最初の子が死産で、それっきり二人には子供が出来なかったそうだ。だから、俺を実の子のように可愛がってくれた。
両親を流行り病で亡くして、途方に暮れていた俺を拾ってくれた二人には、俺だって、「感謝してるの。うふ」だ。
二人には感謝の言葉は尽きないし、一生頭が上がらんだろうな。
面白いのは、村で称えられるのは、俺の剣の腕ではなく、俺を育てた楠三さんとキエさんってことなんだよな。
俺の技量は村で3本の指に入ると思うが、1番じゃないだろう。でも、1番じゃないから称えられないわけじゃないんだ。
どういうことかと言うと、先に言ったように、楠三さんとキエさんが称えられるのは、後継者、つまり、烏丸流を継ぐ俺を育てたからなのよ。
ここ烏丸村では、血統も種族も問題にされない。
まぁ、現在、村には人族以外いないけどね。
耳長族だろうが、毛長族だろうが、実子だろうが、里子だろうが、どこの馬の骨だろうが、全く問題なし。
そういや、俺が村に来た当時は、毛長の狼種の人がいた。魔窟の下層で地竜の変異種に食われちゃったけど。
話がそれた。
ようは、烏丸流を伝えられるかどうかが問題なんだ。
もう大体分かったと思うが、俺の技量が認められつつも、村での評価がイマイチなのは、良い歳して嫁もおらず、子もおらず、まだ後継者を育てていないから。ほんと、この一点なんよ。
俺の歳は今年で29。
仕方ないだろ、出会いが無かったんだから。もうすぐ30、ちょっと肩身が狭い。
でも、これは村の特殊性を考えれば良く分かるんだ。
つまり、烏丸流が烏丸流として今後も神和一である為には、技を絶やしてはならないと。技が絶えれば、神和一ではなくなるしね。
それにもう一つ重要なことがあって、村にある魔窟から魔物が溢れ出してしまうんだ。
村の魔窟は特に名前はない。俺たちは単に「穴」と呼んでいる。仮に「烏丸窟」とでもしておこうか。烏丸窟は現在、本筋が52階層まである。
『アリの巣』から派生した階層も含めると、正確な数字はちょっと分からない。『窟主』さんたちに聞かないと無理だろうな。
いずれにしても、52階層ともなれば、湧いてくる魔物の質も量も相当だ。最深層あたりになると、めったに召還されないけど、それでも危険ちゃ危険だ。
間引く者がいなくなりゃ、それこそ大変なことになるよ。52階層級の魔物を間引くのは、正直、どこの藩でも無理だと思う。
被害は確実に堀切藩と乃代藩にも及ぶだろうね。規模は――まぁ、俺の想像だけど、ほとんど火山の噴火と同じ感じになるんじゃないかな。実際、魔物が噴火するようなもんだしね。
『窟主』ってのは、魔窟の階層、アリの巣の派生状況や数、魔物の種類など、とにかく魔窟内のあらゆる情報を集めて、内覧図を作っている人たちのこと。
はっきり言って、この人たちこそ、皆伝者以上に烏丸村に貢献している人材だと思う。面倒な連中だけどね。
また話がそれた。
いずれにしても、開祖源次が烏丸流を伝えてから、400年以上になるわけだけど、技が絶えずに、俺の代まで続いているのは、ひとえに、この村独自の価値観によるものだと思う。
すなわち、どこの誰でも良い、とにかく、技を次代に伝えた者が一番偉い。知識を伝えた者が偉い。
知識があるから、技があり、技があるから村があり、村があるから豊かに暮らせるのだと。
本当に分かり易いと思うよ。
例えば魔物の変異種みたいに、ある日どっかの藩で剣術の大天才が生まれたとするだろ。で、そいつは烏丸流皆伝者よりも強かったとする。
そんなことも、可能性としてはあり得るわけだ。
でもさ、結局、そいつが死ねば終わりでしょ。
しょせんは、一代限りの天才。
どんな種族でも、どんなに強くても、生き物には寿命がある。だから、次に繋いだ者が一番偉いんだ。
というわけで、現時点では、俺なんてダメダメなわけよ。俺が死ねば終わりなんだから。とほほだよ、全く。
さて、俺のダメ話を続けても仕方ないので、ヒョウの話をしようか。由島の山の中で拾ったガキだ。
まず、ヒョウってのが名前なんだが、どういう字を書くのか、本人は知らんのだと。
父親と二人で暮らしていたらしいんだが、戦にかり出されて、以来、帰って来なかったそうだ。
まぁ、良くある可哀想な話だが、何と、それが6歳の時だぜ。6歳じゃ、字を覚えてなくても仕方ないよな。
もっとも、ヒョウは頭が悪そうだから、父親に教えてもらっていても怪しいもんだけどな。
俺がヒョウを見つけたのは、由島藩に『技売り』に行く途中で、街道から外れた山の中だ。
最初見つけた時は、青鬼2匹から逃げてんのかと思った。助けようかと良く見ると、どうやら狙いは角ウサギ。
山猿生活で覚えたのか、気配の消し方も子供にしちゃ、堂に入ったもんで、俺は観察することにしたわけよ。
角ウサギの逃げ道に廻り込む際は『音断ち』を未熟ながら使ってた。解体も上手いもんでね。その場で40cmはある小刀を使って、器用に捌いてた。
正直、気になったね。解体が結構速かったから、どの程度のもんか具合を見たくなったんだ。ただ、ちょっと距離が離れていた。
仕方なく、直接会って見せてもらうことにしたわけだ。
『追い足』で近付いたら、目を白黒させて、びっくりしてんの。
驚いた様子が可愛かったよ。まぁ、速度に慣れてなきゃ、消えたように見えるはずだからな仕方ないな。
驚いたところを悟らせないように、必死で平静を装う姿がまた面白かった。
でもな、本当に驚いたのはこの後よ。
角ウサギを詰めたのと同じ方法で背後から俺を刺しにきやがった。
後で年齢を聞いたら8歳だと。8歳のクソガキが、いきなり刃物持って、大人を殺しにくるか? 何考えてんだと。頭おかしいんじゃないかと思ったぜ。
笑えるやら、哀しいやら、変な気分だったな。
ああ、角ウサギの解体は完璧だった。一撃で殺してる上に、その刺したところからケツ穴までグルリと解体してるから、実質毛皮は無傷だ。
魔核は、麓の村にたまに野菜を盗みに行ってるらしく、その時、お代がわりに置いてきてんだと。
泣かせるじゃねーの。
一度、犬に追いかけられたらしいから、その時のことがよっぽど怖かったのかね。いやはや、何とも可愛いところがあって良かったよ。
いきなり大人に斬りかかるけどな。ははは。
はぁ…。
草鞋の編み方は知らないんだろうな。履物は毛皮で足を包むように巻きつけて履いてた。魔物の毛皮は丈夫だからな。中に刻んだ藁なんかを詰めて、足裏を保護してるらしい。
8歳のガキが大した工夫だよ、ほんと。
毛皮を履いているってことは、つまり、毛皮のなめしも自分でやってるわけだ。
しかも、驚いたことに、おそらく「噛みなめし」じゃなく、「脳漿なめし」だ。親父さんがやってたのを憶えていたんだろう。
角ウサギの頭部を頭蓋ごと大事そうに、皮と一緒に水に漬けていた。すぐには腐らないようにする為だ。
明日にでも脳みそ擂り潰して、皮をなめすつもりなんだろう。
飯の後に寝転がったフリして、寝床の周りに落ちてた毛皮を観察したところ、燻し処理までしてあった。毛に付いた小さな虫を殺せるし、長持ちする。こいつ8歳だよね。素直に凄ぇ。
生きる為に必死に知恵を絞ってんだろうが、何度俺を驚かせれば気が済むんだろうね。
着物はまぁ、何というか、あれだ、腹巻が独創的だと思ったよ。
そうだな、ヒョウが仕留めた角ウサギは旨かった。ヒョウも旨そうに食ってたな。
ただね、その後聞いた話が衝撃的で、肉を味わうどころじゃなくなっちまった。
6歳のガキを放っぽり出す村って何なんだろうね。
こんな山に囲まれた土地で、6歳のガキを放り出すってことは、殺してるのと同じだよ。狼に生きたまま食わせるくらいなら、その場で殺せっての。親父亡くして悲しんでるガキに何すんだと。
俺はビックリして口の中のもん噴出しそうになったよ。
知らない人が家に来たらしいから、親父さんの関係だろう。で、コワモテの連中の手前、村の世話役はヒョウから手を引いたと。そんなとこだろうな。
俺が楠三さんに拾ってもらったのは10歳の時だけど、10歳でこの小屋に放り込まれたら、確実に死んでたね。間違いない。
そりゃ、俺は親父が鍛冶師だったから、刃物の扱いには多少明るかったよ。
でも、とてもじゃないが無理だ。
「生活する」ということは、魔物を倒すことよりも難しいんだ。
そんなこんなであれだ。これから『技売り』の仕事が一つ入ってるんだが、ちょっとこいつにいろいろと仕込んでみようかと思ったのよ。
気まぐれと言えば気まぐれなんだが、上手く行きゃ、『落ちこぼれ皆伝者』の名も返上して、『烏丸村の麒麟児』に返り咲こうって寸法よ。
何より、楠三さんとキエさんにも自慢出来るしな。
あぁ、仕事行くのめんどくせぇ。
戦なんてどうでも良い。
楠三さんとキエさんにヒョウを見せてぇ。
いっそ、このまま仕事放って、ヒョウを村に連れて行っちゃダメかね。