第34話 「剣士の格」
翌日、「無間回廊」内。
「無間回廊」の中での時間経過は一応は体感できる。
ただし、使用した者の集中力如何によっては、あっという間に時間が過ぎてしまった、ということがままある。
特に子供の場合は。
子供の集中力というのは、大人になってからは思い出すことも出来ないほど凄まじいものがあるのだ。
「無間回廊」の中ではHp、Mpと同じく、集中力も減衰しない。
正確にはどんなに集中力が減衰しようとも、60秒後には自動で更新される。
その為、延々と集中力が持続してしまうのだ。
何年であろうと。
ヒョウの場合は4年。
通常、師匠や先導者が「無間回廊」の使い方、コツなどを付き添いで指導するのだが、幸谷はそれを省略した。
理由は、幸谷の気まぐれと、幸谷の残り少ない潜入可能年数、ヒョウの171年という膨大な潜入可能年数などを考慮した結果だが、さすがに4年は長すぎた。
剣の複製という課題を与えた上ではあるにしても。
当然である。
幸谷も含め、ヒョウ以外、誰もヒョウが掴んだ境地を知らないからだ。
8歳の少年が何を目指したかなど、周囲の大人が知りえるはずもない。ヒョウもまた、自分が何を目指したのか、正確に他人に伝える言葉を持たない。
「全く問題ないな。やるじゃねーか」
ひとまずはヒョウが「無間回廊」内で費やした4年の時間は無駄ではなかったらしい。
ヒョウが具現化した剣を手に取り、一通りチェックを済ませた幸谷が満足そうに称える。
例えば、普通に市販されている握力計の測定範囲は0kg~100kgまでだが、測定する者の握力が100kgだろうと、500kgだろうと、計器に表示される数字は100kgである。
ヒョウが具現化した剣を他人が見ただけでは、それが100kgの握力なのか、500kgの握力なのか判断することは出来ない。
ヒョウの具現化した剣が500kgの握力の可能性だってあるのだ。
誰にも分からない。
それはヒョウだけが必要だと感じる、剣を構成する形而上の要素だからだ。
ゆえに、幸谷も気付かない。
「(これだけ出来れば十分だな。我が弟子め、なかなかやりおる、くふふ)」
などと悦に入っているだけである。
何事にも大雑把な幸谷は、かつて少年時代、楠三に指導されながら再現した剣がどの程度のクオリティだったのかを覚えていない。
スキル『完全記憶』にもレベルがあるのだ。
ちなみに幸谷の『完全記憶』はレベル8。
レベル1で再現したものと、現在のレベル8で再現したものが同じであるはずがない。
つまり、『完全記憶』レベル8の目で見て、ヒョウが再現した剣は十分に及第点だったのだ。
ヒョウが褒められてニヘラっと笑う。
「こらこら、この程度で満足してんじゃねーぞ。まだまだ先は長いんだからな」
「はい」
幸谷が満足していることは、ヒョウにも伝わる。
それは次なるモチベーションに繋がるのだ。
烏丸流の体系は膨大で、学ぶことは多い。
途中、何度も躓き、「この壁は越えられないのではないか」と自問自答することになるだろう。
その時、何をよすがに頑張るのか。
それはもう積み重ねた経験しかない。
壁が高くなればなるほど、根拠のない万能感だけでは、自分を支えられなくなる。
ゆえに、小さな壁を越えた経験が重要になる。
苦労して掴んだ自分だけの経験は、それ自体が財産になる。その財産が次なる壁を越える時のよすがとなるのだ。
「それと、あと2~3日ここで過ごしたら、風土組の連中にしばらくお前を預ける」
「風土?」
「ああ。餅は餅屋ってね。俺じゃ上手く教えられないこともあるんだよ。烏丸の麒麟児様にも不得手なことはあるのさ」
「はぁ」
◇◆◆◆◇
さらに翌日、「無間回廊」内。
ヒョウと風土姓の者が二人。
魔窟守管理組の風土甚太と、鍛冶組の風土月重。
「さてとヒョウ。幸谷からはここで何を教わった?」
「剣を出すことと、絞り」
「絞り」とは「握り」のこと。
剣の具現化が出来るようになったので、素振りをさせていたのだろう。
「振ってみろ」
「はい」
ヒュン
「ッ!?」
「ちょっ!」
ビュッ
「ちょっ、ちょっと待った!」
ヒョウが技がどの程度のものなのか、ちょっと様子見気分の風土甚太と風土月重であったが、月重からストップが掛かった。
「?」
「見せて」
ヒョウは素直に具現化した剣を月重に渡す。
両者ともにヒョウの素振りに驚いたのだが、着眼点は若干違う。
甚太が驚いたのは、何も持っていないヒョウが正眼に構えた後、一瞬で剣が具現化したように見えたからだ。しかも、ヒョウはそのまま素振りに突入した。
甚太の感覚では、無手で正眼に構えた状態から、上段に振り上げた時には剣が出現していた、であった。
月重が驚いたのは――
「大したものね。あんたが再現したのは中途半端な刀だけど、悪くない。良い感じで再現出来てる……」
ヒョウが具現化した剣は、いわゆる名刀、銘刀の類ではなく、量産品である。
しかし、鍛冶組の俊英、風土月重はヒョウが具現化した剣から何かを感じ取った。
残念ながら、今はまだそれが何かは分からない。
月重が驚いたのは、具現化の速度ではなく、クオリティであった。
なぜ、この場に管理組の風土甚太と鍛冶組の風土月重がいるのか。
「私は風土月重。14歳よ。若いからって馬鹿にすると、打ってやらないからね。今日はあんたの技がどんなもんなのか、様子見ね。いずれあんたの刀を私が打つことになるから」
「俺は二つある。一つは月重と同じく様子見だが、もう一つ、『ステータス』について」
「『ステータス』?」
「そうだ。『ステータス』という言葉の正確な意味は俺たちにも分かってないんだが、ようは、個人情報が詳しく載ってる人別帳や成績表みたいなもんだな」
「はぁ」
「お前は自分が何が出来るのか、自分がどれくらいの位置にいるのか、良く分からないだろ?」
「まぁ」
『ステータス』はおろか、「個人情報」も「人別帳」も良く分からないヒョウとしては、曖昧に返事をするしかない。
「それが分かるようになるのさ。まぁ、良いや。月重が見たいって言ってるから、とりあえず素振りを続けてな。俺はお前さんの鑑定書を作るから」
ヒョウは言われたとおりに、素振りを続ける。
◇
「……」
【名前】ヒョウ・カラスマ
【年齢】8歳(229/360)
【種族】人族
・Lv(18)
・Hp(411/417)
・Mp(334/359)
【スキル】8
・『身体耐性』Lv2
・『精神耐性』Lv3
・『毒耐性』Lv1
・『連続強化』Lv2※
・『体内錬成』Lv1※
・『夜目』Lv1
・『隠密』Lv1
・『追い足』Lv1※
【加護】1
『剣皇』Lv2
「(マジか……、あいつが「剣皇」格なのか……?)」
ヒョウの鑑定書を作っていた風土甚太は衝撃を受けていた。
心臓がバクバクと言っている。
もちろん、鑑定結果の中の、【加護】の項目について。
【加護】には大きく二種類存在する。
実在する者の【加護】か、観念的な存在の【加護】か。
八百万の神の国、神和国においては【加護】持ち自体はそれほど珍しくない。
人によっては、旧家やその土地で信仰されている神の【加護】を取得することがあるからだ。
また、親の仕事によっては、職業神の【加護】の場合もある。例えば「鍛冶神」などがそれにあたる。現に、鍛冶組の者たちは鍛冶神の【加護】を持つ者は多いし、月重も持っている。
これは唯物的な意味において「鍛冶神」が実在する、ということではなく、信仰することによって、その効力が現実に影響を与える、という意味である。
一方、実在する者による【加護】は、例えば、スキル『付与』が有名だ。
対象が『付与』された装備をつけている場合、その『付与』を施した者の【加護】が付くことがある。また、親や保護者による対象の安全や成長への寄与が大きい場合なども。
風土甚太は幸谷が山でヒョウを拾ったことを知っている。
もちろん、幸谷がヒョウを拾う前、つまり、ヒョウの保護者だった者が「剣皇」格で、その【加護】が付いている可能性もゼロではない。
だが――
「(烏丸衆以外に「剣皇」格がいるわけがねぇ)」
すなわち、ヒョウの【加護】にある「剣皇」とは幸谷のことなのだ。
ちなみに、甚太が知っている「剣士の格」に関する【加護】は、
「剣神」
「剣皇」
「剣帝」
「剣王」
以上の4種のみ。
このうち、「剣神」だけは当事者の『ステータス』に【称号】と表示される。過去、【称号】を得たのは、烏丸流の始祖、烏丸源次ただ一人ではあるが。
残りの「剣皇」、「剣帝」、「剣王」については、保護者として誰かに【加護】を与えた場合にのみ、対象の『ステータス』上で反射確認することが出来る。
ちょうど、ヒョウの『ステータス』上で幸谷=「剣皇」であることは判明したように。
いずれにしても、ヒョウの【加護】にある「剣皇」とは、間違いなく幸谷である。
「(「剣皇」て……、玄也さんですら、「剣帝」格だったはずだぞ……)」
これらは単純に剣士としての実力をそのまま反映しているわけではない。その為、以上をもって、幸谷が玄也よりも強い、ということにはならない。
だが、烏丸村ではこう理解されている。
『剣士の格とは、その剣士の価値である』と。
幸谷と玄也のどちらが強いかは分からない。
人としての総合力なら玄也が上に決まっている。
だが、「剣皇」である幸谷は、「剣帝」である玄也よりも、少なくとも剣士というカテゴリの中では、存在価値が上なのだと。
「(マズイマズイマズイマズイマズイ――)」
主に、村内で幸谷の格が上がることについて。
烏丸村における格=席次は剣や鍛冶の実力ではなく、弟子の成長如何によって左右される。
例えば、幸谷の師匠である楠三は皆伝者ですらない商人組の行商人だが、席次は第7位である。
理由は幸谷の剣の実力が「烏丸村の三羽烏」と呼ばれるほどに高いから。
結果、それを育てた楠三は偉い、ということになるのだ。
ただの腕自慢の剣客に過ぎなかった幸谷が弟子を取り、今また「剣皇」格であることが判明してしまった。
剣士としての格が即座に席次に反映されることはないが、「剣皇」格ともなれば少し話が面倒になってくる。
「剣皇」は「剣神」に次ぐ格である。
無視できるレベルの格ではない。
どうやら、出世コースにいきなり幸谷が割り込んできた格好である。
書き付けにヒョウの鑑定結果を清書していた風土甚太が、ダラダラと冷や汗を流している。
冷や汗を流しながらも、時折、コメカミを血管が脈打つのは、脳裏にニヤニヤと締まらない表情の幸谷の顔が浮かぶからだ。
「あら、甚太さん、どうかしたのかしら?」
どう見ても普通ではない。
気になった月重が声を掛ける。
「え? あ、いや、何でもない。ちょっと待って、もうすぐだから」
「そう。ヒョウ、もう良いよ。子供のくせに大したものね。あんたの剣はいつか私が打ってあげる。欲しくなったらいつでも鍛冶組を訪ねて来るんだね」
「ありがとう」
「(仕方ねぇ、隠してもいつかはバレるだけか。クソッ。俺が28席で、幸谷が26席。せっかく追いつきそうだったのに、また差が付いちまうのか)」
烏丸村では、席次を気にする者もいるが、気にしない者の方が多い。
理由は気にしても仕方がないからだ。
結局のところ、日々、自分の仕事に精進するしかないのだから。
ただし、甚太の場合、気にするタイプのようだ。幸谷のことを一方的にライバル視しているだけの気もあるが。
ちなみに、風土甚太も出世コースに乗っている。
29歳で第28席というのは十分に評価されてしかるべき席次だ。
高評価の理由は、甚太の魔窟に関する予測は高確率で当たるからだ。
中でも、烏丸窟第37階層において、高位の魔物、正確には双頭大鷲獅子の召喚を予測し、見事に当てた一件は、40席以下だった彼を一気に20席台に押し上げた。
こう見えて、風土甚太は管理組のホープなのだ。
「帰るのか?」
「そうね。これ以上見ていても、時間がもったいないだけだから。ただ、一応、あと20時間くらいはいるつもりよ」
もったいないとは、もちろん、「無間回廊」の潜入可能年数のことだ。一日以上消費するつもりはない、ということである。
「無間回廊」は剣士組だけではなく、当然、鍛冶組も利用するのだ。
「じゃぁ、その辺でのんびり時間を潰してな。こっちはこっちでやるから」
「『ステータス』の取得方法を教えるのね」
烏丸村には始祖烏丸源次の相棒であった、ドワーフ族のカザト・ドゥリンが伝えた為、『ステータス』が存在する。
ドワーフ族であったカザト・ドゥリンは魔術の専門家ではなかった為、魔術体系としては伝わっていないが、鍛冶に関する魔術や、一部の魔術が断片的に伝わっているのだ。
『ステータス』の取得条件は――
『魔術、スキル、レベルの存在と意味を正しく「認識」すること』
――というものである。
魔術が体系的に伝わっていない神和国において、このアドバンテージは果てしなく大きい。
ドワーフ族のカザト・ドゥリンは専門の魔術師ではなかったが、『ステータス』の取得条件は理解していた。
つまり、魔術に限らず、アラトにおけるシステムの理解において最も重要な条件の一つ、『ステータス』をカザト・ドゥリンは伝えていたわけだ。
『ステータス』とは己を知るスキル。
己を知ることは、世界を知ること。
「まぁな。大したこっちゃねーんだが、魔力の認識が結構むず……ぁん? 『連続強化』だと?」
しかも、良く見れば『体内錬成』まである。
『連続強化』は強化を刻むことで、爆発的に体内魔力の出力を上げるスキルのことである。
『体内錬成』は体内で魔法陣を描くスキルのことだ。
烏丸流のオリジナルで、ヒョウは『火球』と『手水』が使える。
「何だこりゃ???」
自分で清書した鑑定書を見て、またも驚く風土甚太29歳。
よっぽど、幸谷が「剣皇」だったことに気を取られていたらしい。
幸谷に似て、彼もどこか抜けているようだ。




