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 第16話 「手習い師匠」

 宿舎へ生還した傭兵は行きとほぼ同じ100人ほど。

 もれなく全員が全身泥と血脂にまみれている様子から、合戦帰りだということは、子供でも分かるだろう。

 戦の後で疲れているはずなのに、皆の足取りが軽いのは、勝ち戦だったからだ。わいわいがやがやと口も軽い。


 そんな傭兵たちを掻き分けるようにして、飛び出した壮年の大男。

 種族は毛長族猫種。男の名はカロ。

 顔や腕にはうっすらと白い毛が生えており、頭から首筋にかけては白が混ざったキジで、いわゆる白キジ模様。

 背中には「斬竜刀」――と刀銘だけは立派な「大きな(なた)」を背負っている。その「斬竜刀」の革の鞘に補強として使われている金属部分と鎧がぶつかり、走るたびにガシャガシャと何とも騒々しい。


 「ショ~ロ~ッ!」


 「臭ッ! 離れろ!」


 カロがショウロに抱きついて、硬そうなヒゲをこすり付けている。猫種なのにヒゲが硬そうに見えるのは、カロの容姿から来る先入観だろうか。


 「良いじゃねぇか、減るもんじゃなし。父さん、寂しかったんだぞ~!」


 「離せ、このやろうッ! 臭いが移る!」


 そう言いつつも、娘にとってみれば、やはり父の帰還は嬉しいものだ。戦場では誰だって死と隣り合わせなのだから。

 抵抗空しく、ショウロは抱え上げられてしまい、バタバタと足を泳がせる。血と汗と土と埃にまみれたカロの全身は、この世のものとも思えない臭いを発していた。戦場で風呂に入れるわけはないので、当然と言えば、当然か。これはカロに限ったことではない。


 「おう、元気してたか?」


 「うん」


 ぶっきら棒に問う幸谷に、同じく、ぶっきら棒に答えるヒョウ。


 合戦の見学に行ったこと、さらには、我慢できなくなり参加してしまったことは、ショウロと申し合わせて、黙っておくことになった。無駄に心配をかける必要もなかろうとの、共通の結論に達したからだ。


 「言った通り、稽古は続けていただろうな」


 「まぁね」


 「俺はちょっと疲れた。また何時出陣するかも知れんし、宿舎で休も――何だ? それ」


 ヒョウの脇に広げられた風呂敷に、幸谷が気付いた。


 「フミさんに借りた、読み書き算盤の教本」


 「なるほど……」


 幸谷はすぐにでも宿舎に帰って風呂を浴び、寝床に入りたかったが、教本を手に取り、パラパラとめくってみる。


 「そういや、お前、読み書き算盤が全くダメだったな……」


 教本をヒョウに返すと、幸谷は腕を組んで考え込んでしまった。

 何事か考え込むことしばし。やがて――。


 「俺はまだ契約が3週以上残ってる。元々一ヶ月の期間契約だからな。延長になったら、更に伸びる可能性もある。お前、午前中だけでも手習い師匠んとこ、行くか?」


 「え? 行って良いの?」


 「読み書き算盤程度は、出来なきゃ話にならんからな。村に帰ってからキエさん――俺の母親代わりの人な。キエさんに教えてもらおうと思っていたんだが」


 幸谷としても、いろいろと考えていたようだ。


 「やっぱ、少しでも下地があった方が良いからな。お前は頭が悪そうだから、そのままキエさんに渡すのは気が引ける。午前中だけでも行って来い。午後は俺が剣術を見てやる」


 「おっしゃ~っ!」


 飛び上がって喜ぶヒョウ。幸谷も何となく、ほっこりとした良い気分になっていた。もちろん、師匠としては、ニマニマと表情を緩めたりはしない。腕を組み、表情は難しいままだ。


 「なぁ、フミちゃんが通ってる手習い師匠を教えてくれるかい? フミちゃんと同じ師匠なら安心だ」


 「まぁ、嬉しいこと! ヒョウ様とご一緒出来るのですね」


 「俺の契約が切れるまでの短い間だけど、よろしくしてやってくれ。それから、こいつに『様』なんて勿体無ぇよ」


 フミは嬉しさで、満面の笑みだ。「では、『ヒョウさん』なんていうのはどうかしら」などとブツブツと独り言を(つぶやい)いている。


 「そういや、カロ。お前んとこのじゃじゃ馬は、読み書き算盤はどうしてんだ?」


 突然振られた形だが、カロは幸谷が話を振ってくると、何となく想像がついていた。その上で、「どうしようか」と考えていたのだ。

 カロとしても、懸案事項ではあったのだ。妻であるミアを亡くしてから、バタバタするばかりで、落ち着いてショウロのことを考えてやったことがなかったからだ。

 カロはミアのことを信用していたし、ショウロを利口な子だと思っているので、早急に対策が必要とも思っていなかったが、いつまでも放置して良い問題でもない。ヒョウと幸谷の会話を聞きながら、これも丁度良い機会と、短い間でも手習いに通わせるのも悪くないと考え始めていた。


 「女房が生きてる間は、女房が教えていたんだけどな。ここ3年近くは、俺の稼業について回ってるから、見てやってねぇな」


 「そいつはいけねぇ。うちのも大概アホだけど、ショウロちゃんがアホなのも、その辺りに原因があるんじゃないか?」


 横から突然「アホ」呼ばわりされたショウロだったが、最近、自信を無くすことばかり続いていた為、「くっ」と小さく吐いたのみ。


 「いや、お言葉だが、幸谷。うちの娘はアホなんかじゃないぞ。頭は俺よりも良いくらいだ」


 「そんなの自慢になんねぇよ。それに、頭良い子は役人に殴りかかったりしねぇよ」


 「「ぐぬぬ…」」


 カロとショウロが同時に唸った。

 激しいダメージを受けている二人に、幸谷が続ける。

 

 「この際どうだ、ショウロちゃんもウチのと一緒に通わせてやっちゃあ。お前は今回の働きで、契約が延長されるはずだ。そうなりゃ、年が明けてもは由島にいる可能性が高い」


 もうすぐ冬が来ることだし、合戦場を探して、娘を連れて旅を続けるのも難儀だ。由島で傭兵稼業が続く間は良いが、それ以外でも稼ぎ口も探さなくてはならない。友人の家に二人で押しかけるのも、掛ける迷惑を考えれば、避けたいところだ。

 などと、つらつら考える。


 「お前がそう言うのなら、別に構わんが…。まぁ、契約が延長されたら考えよう」


 実際のところ、現状ではそう答えるしかない。


 「そうしろ。何なら俺から推薦してやっても良い。それに、ショウロちゃんが今のままのアホだと、後々困るぞ」


 「だから、うちの娘はアホじゃねぇって!」


 「ショウロちゃん、良いな。短い間だが、お前もヒョウと一緒に手習いに通え。親父さんと稽古するのは、午後からで十分だ」


 幸谷は我ながら良い考えだと思っていた。


 幸谷には、子供時代の友達がいない。

 もちろん、烏丸村には仲の良い連中もいるが、楠三に拾われ、10歳で烏丸村に来る以前、父と母を流行り病で亡くす前にいた町の友達は、もう名前さえ思い出せない。実際のところ、大した想い出もないのだ。それを寂しいとは思わないが、一方で、想い出はあれば越したことはないとも思うのだ。


 だから、例えばショウロやフミといった、烏丸村以外の友達の存在は、悪いことではないように思えた。例え短い間、一冬の間の友達であったとしても。

 ただでさえ、ヒョウの場合は山猿生活で、いろいろと荒んでいる。性根が曲がっていないのは救いだが、烏丸村に行って、苛烈な鍛錬や魔窟にこもるようになれば、友達云々は言ってられなくなるだろう。

 子供時代のような友達は、大人になってから作ろうと思っても作れない。もし、烏丸村以外での友達がいれば、今後、気持ちの支えにもなるだろうと。


 恥ずかしくて、言葉にこそ出さないが、腕を組んで、一人、「うんうん」と頷く幸谷の姿は自信に満ちている。師匠として、「とても良いことをしている」という実感が湧いているのだろう。


 「本当に素敵です! ヒョウさんとショウロさん、一度に二人も同窓の友が出来ました!」


 「フミちゃん、『同窓の友』って何だい?」


 「師匠も一緒に通う?」


 他意のないヒョウの突っ込みに、一同は大笑いした。



 ◇◆◆◆◇



 「ショウロちゃん、気を付けて行って来るんだぞ。帰りは真っ直ぐ練兵場に行って、日が落ちる前に長屋に真っ直ぐ戻って来るんだ。良いな」


 カロからショウロを預かっているレイナトは、ショウロのことが危なっかしくて仕方が無い様子。しかし、ショウロは毎度のことと、適当に受け流す。

 

 同じ毛長族猫種のレイナトとカロは、同郷の同じ村出身である。

 毛長族は、成人すると故郷を離れて、放浪するという、奇妙な特性がある。もちろん、毛長族の全てがそうではないが、傾向としてあるのは確かだ。

 それでは村は過疎化で存続できないのではないかと思われるが、帰巣本能のようなものでもあるのか、一段落すると、戻ってくる者も多い。


 この放浪傾向の為、彼らは横のつながりを大切にするのだ。「県人会」のようなものだろうか。転々とする中で、同郷の者を見つけると、助けたり、助けられたりする習慣があった。知らない毛長族を見つけると、出身を聞くのが、文化的な特徴となっている。

 

 今回は傭兵の口を探して、由島藩に来たカロが、同じ村出身のレイナトをたまたま見つけたのが居候の始まりである。旧交を温めた際に、宿を借りるくらいならと、居候の件を、レイナトの方から申し出たというわけだ。


 「わかってるわよ。もう何度も聞いたって。おじさんも、仕事の方は良いの?」


 「この雨じゃ、(とび)に仕事はないよ」


 そう言って、奥に引っ込んだレイナトは、昨晩解けなかった「詰め戦棋」の問題を並べ直すのだった。


 鳶職は、他の職人に比べて、比較的高給取りに分類される。高所での作業がある為、危険手当といったところか。

 レイナトは長屋住まいの一人暮らし。

 長屋住まいとは言っても、最下級というわけではなく、小さいながら、部屋は二つある。カロは傭兵用の宿舎があるので、居候はショウロ一人。特に問題はなかった。


 「おはようございます。ショウロさんで宜しかったでしょうか?」


 軒下で雨宿りがてら、小雨の降る空を眺めていると、似合っていない前掛けをした15歳くらいの少年に話し掛けられた。

 昨日のフミとの約束では、使いの者が案内に伺うので、八時前に、戸口に出て待っていてくれとのことだった。この少年がその案内の役なのだろう。


 「ええ、そうよ」


 「私は郭屋の奉公人で、土門と申します。ショウロ様が通われる手習いの学舎――は言いすぎか、とにかく、手習い師匠の元まで案内いたします」


 「ありがと。レイナトさん、行ってきます!」


 「おぅ、しっかり勉強してくるんだぞ!」


 途中、大通りに入ったところで、土門とショウロの二人はヒョウと合流した。ヒョウは誰かに借りたのか、傘はさしていたが、下駄を持っていないらしく、足元はぐちゃぐちゃであった。草鞋が勿体無いのだろうか、裸足である。


 「あんた、師匠に下駄を買ってもらわなかったの?」


 「別に良いだろ。下駄は履いたことないし、どうしても出歩かなきゃならない雨の日は裸足で良い」


 「も、もうすぐでございます」


 何とも微妙な空気が漂う一団であった。



 「堀田様、二人をお連れしました。」


 「朝から雨で大変だったでしょう。そこのタライの水で足をすすいだら、上がってちょうだい」


 言われた通り、ショウロは足をすすぐ。

 先にヒョウがすすごうとした為、ショウロが止める。下駄を履いていたショウロと違って、ヒョウの足は泥だらけだったからだ。確かに、わずかな泥跳ね程度で済んでいるショウロが先に洗う方が、理に適っている。堀田ゆきは、うっかりたらいを一つしか用意していなかったのだ。


 玄関の奥が、板張りの道場のようになっていて、そこで読み書きそろばんを教えているようだ。生徒たちの声が漏れ聞こえてきた。


 ゆきは二人を部屋に通す。


 「さぁ、皆、静かにしてちょうだい。今日から二人が手習いに加わります。じゃぁ、一人ずつ、お名前を教えてちょうだい。では、お姉さんの方からね」


 生徒たちの数は12人。小さな文机を各々が好きに配置している。てんでバラバラである。一応、6歳以下の子3人は一箇所に集められているが、他は仲の良い者同士で固まっているらしい。


 12人の子供たちの目が、二人に集中する。


 新入りには誰だって興味津々なのだ。


 年齢的に最上級生らしいフミが、皆の様子を微笑ましく見ていたところ、ショウロと目が合った。


 「くッ、私はショウロ。ケンカは売られたら、いくらでも買うわ。私とケンカになったら、多分ポキポキッ死ぬわよ。よろしく」


 ショウロが拳を作り、指を鳴らす。一同の反応は、「この子はマズい」といったところ。フミはくすくすと笑っている。


 次は当然、ヒョウの番。


 「ヒョウと言います。短い間だけど、少しでも文字を憶えたい」


 何とも淡白な挨拶であった。

 ヒョウは同年代の子供と遊んだ経験に乏しく、こういった場は慣れていない。膝がガクガクと震えているのがその証拠だ。

 ほんの数日前、戦場で木刀片手に飛び出し、小刀でトドメを刺して周っていたヒョウだが、皆の注目を集める中で自己紹介というのは、少々勝手が違うようだ。


 「もしかして、字を知らないの?」


 子供たちの一人がヒョウに質問する。


 「ほとんど知らない」


 ヒョウは馬鹿にされているのだが、実際、知らないのだから、反論のしようがない。その機会もなかった。

 読み書きや計算は、個人の能力である以上、当たり前だが、才能の有無や、馬鹿か利口かといった、個人差が出るものだ。つまり、集団の中での、明確な序列に繋がりやすいのだ。少なくとも子供時分は。


 これが、例えば剣の才能や、料理の才能だったら、序列には繋がらない。比較的汎用性の高い能力ではあっても、必須というわけでもないからだ。『特技』として扱われる。通常、『特技』は序列には繋がらない。ナンバーワンとオンリー湾の違いか。読み書き計算は、人としての、必須能力であり、基礎でもある。


 ゆえに、それが出来ない者は――


 「「「「「ぷふふふ」」」」」


 子供たちが一斉に笑いを押し殺す。

 師匠堀田ゆきの手前、大声を上げることこそなかったが、ヒョウよりも小さな子までが吹き出していた。


 「(読み書きが出来ないくらいで、ここまで馬鹿にされるのか!?)」

 

 公平に見て、ヒョウはこの部屋にいる全ての子供たちを合わせたよりも、戦闘力は上である。ヒョウもそれを自覚している。

 しかし、集団というものは、単純な力関係ではなく、別の力学が働くものだ。また、得てしてそれを覆すのは困難を極める傾向がある。どんなに理不尽であっても、嘲笑を甘んじて受けるしかない時と場合がある。


 ヒョウは今まで文字を習ったことがない。

 だから、読み書きが出来なくても当然だ。だから、そのことを馬鹿にされるとは想定していなかったのだ。

 ヒョウ自身、読み書きが出来ないことが、少なくとも望ましいことではないという思いはあっても、それを(小さな)悪意でもって指摘されるとは考えたこともなかった。

 

 「(読み書きが出来ないから手習いに来たのに、読み書きが出来なくて馬鹿にされるなんて……)」


 全くその通り、理不尽である。

 しかし、それが現実であった。

 これは小さなことではあるが、それもまた人間のもつ社会性の一つであり、常識なのだ。すなわち、特殊技能である剣が弱くても馬鹿にされることはないが、一般技能である読み書きが出来ないと馬鹿にされる。その際、個人の家庭環境や経済状態などは斟酌(しんしゃく)されない。もし逆に一般技能を身に付けていない者が、そのような斟酌や手心を他人に期待するなら、それは「甘え」であろう。


 「こら、笑っちゃだめでしょ! そうねぇ、慈藤さんなんて最初の頃は――」


 「わぁああ、お師匠様、ごめんなさいっ!」

 

 「「「「「あはははははは」」」」」


 すぐさま、場を収束させた堀田ゆきの手習い師匠としての腕は、なかなかのものであった。ヒョウへの押し殺したネガティブな笑いを、見た目快活な少年をダシに使うことで、別の大きな笑いで塗り替えたのだ。

 もっとも、ダシに使う対象の選択には、手習い師匠としてのセンスを要求されるが、その点でも、堀田ゆきのセンスは悪くはないようだ。


 「では、堀田様、私はこれで。お嬢様、昼頃またお迎えに上がります」


 場が一段落すると、郭屋の奉公人である土門が、ゆきとフミに挨拶をして、帰って行った。



 ◇◆◆◆◇



 花尾練兵場にて。


 「カロ、お前、ガキの時分、手習いに通ったことはあるか?」


 昨晩から降り出した雨が、朝になっても降り止まない。雨粒は小さく、勢いもないが、11月の頭としては、気温は随分と低くなっていた。

 朝一番の出陣はなかった為、午前中は適度に身体を動かしていた幸谷とカロであったが、今はのんびり雨を見ながら、縁台で弁当を食べていた。


 「毛長族が大半の村だったからな。手習いというほど洒落たもんじゃなかったが、暇つぶしの婆さんが開いてる塾に通ったことはあるぞ。ヒョウが心配なのか?」


 「いや、そういうわけじゃないんだが、何となく、思い出してしまってな。当時、一緒に通ってた連中は、今頃どうしてんのかと」


 もはや顔も思い出せないが、会えることなら、会って、話してみるのも悪くないかと思えた。


 「確かに、懐かしいな。うちのショウロは、死んだ連れが教えてた時期があるから問題ないと思うが、お前んとこのヒョウはどうなんだ?」


 「うむ。あれは多分、馬鹿だな。初めて山で会った時、いきなり斬りかかって来やがった。くぷふふふ。普通の子は、いきなり大人に斬りかかったりしない。最初は、頭がイカれたガキだと思ったくらいだな」


 幸谷は、思い詰めた表情で、小刀を持って斬り掛かってきたヒョウを思い出すと、自然と笑いが込み上げてくるのだった。


 「ちょっ! お前、そういうことは最初に言えよ! 笑いごとじゃないだろ。うちのショウロが大怪我してたらどうすんだよ!」


 「いや、お前んとこのショウロちゃんだって、大概だっての。ヒョウは多少荒んでるところはあるが、根は腐っちゃいないと思うんだよ、多分」


 「ヒョウが8歳ってのは本当か?」


 カロは、ヒョウがショウロの鼻先を木刀で斬った(ように見えた)姿を思い出す。到底、8歳の振る剣筋ではなかった。


 「ああ、本当だ。6歳から約二年、山ん中で一人暮らしよ。そりゃ、多少気持ちが荒んでも仕方ないさ」


 「二年間て……マジか。何食って生きていたんだ?」


 「狩りだな。もっとも、狩れなきゃ、トカゲやら虫やら、何でも食ってたみたいだが」


 「人族ってのは、6歳のガキが、山の中で生きて行けるもんなのか?」


 もちろん、そんなわけはない。

 分かっていてカロは聞いているのだ。ヒョウが一体どんな生活をしていたのかを。

 成長の速い毛長族でも、狩りで独り立ち出来るのは、10歳を超えてからと言われている。6歳の人族というのは、毛長族の感覚からすると、5歳以下である。山の中で一人で生活するなど、不可能であった。


 「運も良かったんだと思うぜ。怪我をした位置、風邪をひく時期、魔物との巡り合わせとかな。ちょっとでもズレてりゃ、とっくに魔物の腹ん中だ。人ってのは、例えば、こんな程度の石でも、当たり所が悪ければ、人は死んじまうこともあるからな。どう考えても運が良かったとしか言い様がない」


 幸谷は足元にあった直径7~8cmほどの石を草履の底で転がす。確かに、その程度のサイズの石であっても、大怪我するし、当たり所によっては人は死ぬ。


 「運か……」


 「ああ、あいつは運が良い。何と言っても、俺に拾われたんだからな。あいつに烏丸流を仕込んで、俺以上の剣士にするつもりよ」


 「そいつぁ無理にしても、お前が楽しいのなら何よりだ」


 たまたま山で拾った子が烏丸流の皆伝者になれるほど甘い世界だとは、カロは考えていない。人を超える才能と修練が必要だろう。カロから見た幸谷は、少なくとも戦場においては、暴力の化身である。そんな化物が、ぽんぽん生まれるわけがないと。


 「おいおい、全然無理じゃねーよ。あいつは俺よりも、桁違いに成長が速いぞ。ヒョウの素振りは見たろ。あんなの、俺が出来るようになったのは、多分、12歳くらいだったはずだ」


 「あの素振り、やっぱり、凄いのか」


 「凄いぞ。膂力があれば可能だが、ヒョウの力じゃ、あの木刀であの素振りは無理だ。だからあいつは『強化』を使ってる。だが、ただの『強化』じゃあ、これまた無理なんだなぁ」


 「ぷふっ、お前、本気で楽しそうだな。まぁ、こんな稼業やってると、身も心もいつしか荒んじまうからな。悪くないと思うぞ」


 「早く、村に帰って、楠三さんやキエさんに紹介してやりたいぜ」


 「まるで、女を親に紹介するみたいな言い方だな」


 「実際のところ、烏丸村では、大して変わらんのさ。女を紹介するのも、拾った子を紹介するのもな。そういう村なのさ。それより、ショウロちゃんはどうするんだ? 今のまま、無手の拳法家にでもすんのか?」


 烏丸村では、烏丸流を継げる者を育てた者こそが、最も価値のある存在として認められる。血統は重要ではない。ゆえに、拾った子だろうと、愛する伴侶から生まれた子だろうと、大した差はないというわけだ。その子が烏丸流皆伝者になれるか否かが重要なのだ。

 皆伝者が減れば、烏丸窟、すなわち魔窟は召喚された魔物で溢れ、あっという間に烏丸村も、周辺の藩も滅びるだろう。


 「今は遊んでるだけだ。身体動かすのが好きみたいだし、運動神経は良いから、護身術には十分だろう。頭は良いから、傭兵になるにしても、死なねぇ程度には上手くやるだろうさ」


 「生兵法は怪我の元だって言うぜ。教えるなら、本気で教えておかないと、後悔するぞ」


 「教えると言っても、俺はお前と違って、こいつをブン回すだけだからな。何を教えて良いのやら」


 カロは側に立てかけてある、巨大な鉄塊をバシバシと叩く。


 「教えるべきは、剣や技の術理だけじゃないさ。人として生きていく上での――」


 その時、出陣の法螺の音が、練兵場に響いた。

 雨が小雨になったタイミングで、戦線を動かそうということだろうか。

 由島藩としても、今回は烏丸衆を雇っているので、ただ、幕の中で日当を払っているだけというのも勿体無い話だ。

 烏丸衆を雇うのは大金が必要なので、それなりの働きをしてもらう必要があるのだろう。戦時日当は跳ね上がるが、それ以上の働きをしてもらえば、元は取れる。


 「「出陣か」」


 なぜか、二人の表情はうんざりとしたものであった。

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