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 幕間(2) 「イェツ・エバレット」

 「(一体、どのような鍛錬を積めば、あれほどの鬼神が出来上がるのか……)」

 

 雪平が感じたのは戦慄よりも、「謎」であった。


 傭兵部隊の最後尾にいた幸谷が、いつの間にか先頭で敵正規兵を斬りまくっていた。

 幸谷が敵とすれ違うたびに飛び散る首や腕。その様はあまりに非現実的であった。敵の前衛が上げる叫び声は、自らを鼓舞するものではなく、ただの悲鳴でしかない。


 霞浜で魔術を学んだ時から、「いつか烏丸衆と戦ってみたい」と考えていた雪平であったが、果たして、あの男に魔術が通用するのだろうかという、根本的な疑問が湧いてきていた。


 「(彼と戦うどころか……)」


 現在、雪平の最速の攻撃魔術は無詠唱で発動可能な「風斬り」である。しかし、魔術が発動する前に腕を飛ばされそうな気がして仕方がないのだ。幸谷の戦いぶりを見るに、相手が強いとか弱いとか、そういう問題ではないような印象であった。


 「(今のままでは、幸谷殿の前に立つことすら叶うまいな…)」


 とはいえ、雪平としては、化物一人の為に、野心を捨てようとは露ほども思わなかった。幸谷の戦力を見て諦めるほど、若き魔術師は、まだ枯れてはいない。


 烏丸衆には雪平クラスが10人以上いると聞いている。たった一人の稀代の天才剣士なら無理だと考えたかも知れない。それは特別な天稟を持って生まれた存在だからだ。もしかしたら自分にはその天稟が無いかも知れない。無ければ、その化物と同じ位置には立てないだろう。もはや今生は諦めるしかないと。

 

 しかし、10人以上いるということは、個人の天稟ではなく、鍛錬によって為し得る技だということを意味している。幸谷ただ一人が特別ではないということだ。


 ある者にとっては、化物が10人以上いるという事実は「絶望」を意味するかも知れない。しかし、ある者にとっては、「絶望」ではなく、「希望」なのだ。

 それだけの数の化物がいるなら、自分もそこまで行ける。


 雪平の中に生まれたのは、間違いなく「希望」であった。


 しかし、既に雪平は13歳。時間を無駄にしたとは思わないが、それでも雪平が見た幸谷は、想像以上の化物であった。あれに追いつくには、今後は一刻も無駄には出来まい。

 ましてや超えようと願うなら――。


 もっと鍛錬を積む必要がある。もっと激しく。もっと効率良く。もっと想像力を働かせて。このまま傭兵仕事を10年20年続けたところで、到底追いつくのは不可能であろう。

 雪平の頭に、たった一つの、確かな可能性が浮かんだ。


 『魔窟』


 それが13歳の雪平が出した「希望」であった。

 魔窟で得られる経験値は膨大だと聞く。もし、魔窟で鍛錬を積むことが出来るなら――。


 「烏丸衆を討たねば、天下は取れぬ」


 雪平は自らの野心に震えながら、そう確信した。


 正規兵の隊長格が先ほどから煩いほどに指示を出している。圧倒的な戦果に、少々勇んでいるようだ。

 仕事である『照明弾』を打ち上げながら考える。照明魔術は火魔術とは違うが、雪平は魂が真っ赤に燃えるような気分であった。

 自らに宣言したのだ。あの場所まで行くと。


 薄暗闇の中、光が照らす幸谷の剣はただただ現実離れしていた。


 その為、傭兵達の最後尾辺りで、木刀を振るう少年には、終に気が付かなかった。



 本日の合戦は、雪平にとって、二度目である。

 前回の合戦では、一般の傭兵として参加していたが、仙術師として、十分な戦果を挙げた為、今回特別待遇傭兵として雇われた。

 一応、年齢制限がある為、13歳の雪平は試験を受けさせられたが、特に問題はなかったようだ。

 ちなみに、由島藩では、13歳の傭兵の特別待遇契約は異例中の異例である。


 試験では、一旦、風魔術で後ろに低空飛行し、試験官の攻撃範囲から離脱した後、盾を構えた試験官に火と風を混ぜた『炎射』を放った。炎だけでは距離が稼げないので、風と混合させたのだ。面制圧に向く『炎射』は、直線的な『炎弾』よりも避け難く、見た目も派手だ。

 誰も『混合魔術』だとは気付かない。強力な火魔術の一種だと思っているのだ。これで一発合格であった。


 耳長族が神和に渡って、3000年以上になる。その間、誰も混合魔術を試さなかったわけではない。

 例えば、冬の寒い朝、冷たい水より、温かい水で顔を洗いたいと考えるのは、種族問わず当たり前なのだ。


 しかし、混合魔術はなかなか広まらなかった。

 理由は簡単で、威力を別にすれば、混合魔術は習得が難しい上に、魔道具で補完できるからだ。

 魔術現象を再現する、それが魔道具の目的の一つだ。


 水を出す魔道具と、熱する魔道具、この二つがあれば、ひとまずお湯は出来る。こうなると、魔術師すら必要なくなる。


 雪平の『炎射』も、風魔術で炎射用に最適化した風を作り、魔道具(魔道武器)で炎弾を放てば、現象だけは再現可能だ。魔術師は風魔術だけに集中すれば良いのだから、楽なものである。


 道具は時代と共に多様化、進化を続けた。それに混合魔術は飲まれた。そして、効果に比べて、習得が難しい混合魔術は敬遠された――というのが一般的だ。そして、魔導具だけが地味に生き残り、魔術自体は衰退して行った。

 もちろん、魔術は様々な分野で有用な技術である為、完全に失われることはなかったが、その魔術体系は長い時間と共に、失われ、個々の魔術のみが、様々な生活の現場で『仙術』と名を変えて、伝えられて行った――と一般には解釈されている。



 しかし、事実はそうではない。



 およそ200年前、大陸より渡って来た、最強の(・・・)魔術師たち(・・・・・)が烏丸衆にことごとく敗れたからだ。



 ◇◆◆◆◇



 コーカ暦1603年、8月1日。

 その日、中央大陸レミントラ帝国のカトラス半島最南端、マハドーラ港に『冒険者』と呼ばれる者22名が集まっていた。

 いずれも腕に覚えの強者ばかりである。率いるは、フィオ・リョーザ号船長にして、エルフ族の「英雄」イェツ・エバレット。


 エバレットは腕を組み、巨大な三本マストが特徴的な帆船を見上げていた。遠洋航海を前提に開発、建造された全長45mのキャラト船である。その巨大な船体に比べ、船員22名は些か少ないように感じられた。


 「お前ら! ひとまずは俺の無茶を聞いてくれたことに感謝だ。出航は明日だが、とにかく船に乗り込んでくれ。一杯やろう!」


 集められた船員はエバレットを除いて、21名。奴隷はおろか、掃除夫も料理人さえいない。皆で甲板を磨き、皆で料理するのである。

 この22名には共通の特徴があった。エルフ族と人族で構成され、乗組員全員が魔術を使えることだ。


 通常、遠洋航海の場合、航海士、戦闘員としての獣族や、修理人としてのドワーフ族、奴隷など様々な身分、職業、種族が乗り合わせる。

 しかし、ここに集まったのは、全員が魔術を相当なレベルで使える、エルフ族と人族のみである。

 剣士や斥候もいるので、「魔術師」という括りが正確かどうかは、意見が分かれるところだが、魔術のみで戦ったとしても、並みの魔術師以上なのは間違いない。そういう者が選抜されているのだ。


 それも全員A級冒険者以上というから驚きである。

 船長である「英雄」エバレットと、副船長にして「剣帝」リーガン・ロアの二名に至ってはS級である。20階層程度の迷宮なら、ソロ攻略が可能な面子ばかりなのだ。


 ちなみに、エバレットはレミントラ帝国及び、レミントラ帝国と通商のある国々の間では、貴族と同等の扱いを受け、一代ではあるが、貴族年金も発生する。リーガン・ロアも同様である。


 そんな彼らの目的は東周り航路の発見と、新大陸の探検である。前人未到の目的の為に集まった22人であった。


 「俺たちが最初の東回り航路発見者となるわけか」


 「悪くないな」


 A級冒険者「雷撃」のロム・ドウと、「連槍」のエダである。


 「あんたはS級なんだから、こんな冒険をしなくても良かったのでは?」


 ロム・ドウが「剣帝」リーガン・ロアに尋ねる。

 リーガンもエバレットと同じくS級冒険者なので、国での待遇は本人一代に限り男爵位である。わざわざ危険を冒す必要があるのかと。


 東回りというのは、冒険者たちにとって、長く鬼門であった。

 というのも、中央大陸の東には、『大凪原』と呼ばれる、広大な無風地帯が広がっていたからだ。ここを越えるのは並大抵の準備では不可能と言われ、物資、人員、とにかく金がかかる。


 巨大な船の建造費から、各国との調整、物資、奴隷、魔術師の調達など多岐に渡る。また、航路発見に成功した者がいないことも、スポンサーである商会や国の援助を受けにくくさせていた。無風海域も海竜の存在も厄介だが、その前に超えるべきハードルが多いのだ。


 「人生に、勲章はいくつあっても良いものさ」


 かと言って、西回りは魔大陸がある為、ハードルどころか、そびえる壁である。魔大陸だけではない。「竜の巣」と呼ばれる火山島が無数にあり、それぞれに胴体だけで40mクラスの古代竜が住んでいるという。また、古代竜の目が届かない海域には、大型の海竜が――と、まぁ、ウスト大陸より西を目指すのは、自殺志願者だけ、というのが遥か大昔からの暗黙の了解だ。

 事実、エドラ教皇国ですら認めた、「流人」にして、アキバ帝国の祖、ユウキ・オカは「竜の巣」で消息を断っている。


 つまり、未発見の大陸が存在するとして、そこに到達するには、実質、東回りしかないのだ。


 東回り航路が鬼門とされるようになった大きな原因に、100年以上前に、当時の多国籍私掠船団を率いた『海賊王子』エトゥとその乗組員の失敗(と成功)が挙げられる。


 この時は船団の船12隻のうち、10隻が海竜に襲われ、海の藻屑となった。結局、海賊王子エトゥの船ともう一隻も『大凪原』を越えられず、『始祖大陸』に命からがら逃げ延びた。

 一時、「行方不明になった」海賊王子エトゥが祖国エシラト王国に戻ったのは実に18年後のことである。始祖大陸から脱出するのに、それだけの時間と調査が必要だったということだろう。

 海賊王子の船が助かったのは、奴隷を乗せた自走船であったことと、さらに、魔術師が乗船していたからと言われている。


 もっとも、伝説上の大陸であった『始祖大陸』の発見は歴史的にも、経済的な面でも高く評価されており、エトゥは以来、『航海王子』と呼ばれることになった。『海賊王子』から出世したのだ。


 しかし、東回り航路の発見は海洋冒険者にとっての鬼門であると同時に、夢でもあった。『航海王子』エトゥですら、越えられなかった航路だからだ。


 それはエルフ族のエバレットにとっても例外ではない。エルフ族だからと、森にこもっているだけではないのだ。


 中央大陸のシンバ皇国には、かつて大昔に『大凪原』をエルフ族が渡ったという伝説があった。シンバ皇国は「大災害」によって失われて久しいが、伝説としては今も残っている。

 しかし、長寿のエルフ族が祖国に戻っていないところを見ると、おそらく難破したのだろう、というのがエバレットの予想だ。


 エバレットは自分たちエルフ族の最大の種族特性である、長寿であることを最大の武器とした。つまり、長い時間学び、長い時間金を貯め、長い時間同じ夢を見る仲間を探したのだ。その間、冒険者としてのランクは最高ランクであるS級にまで到達していた。

 その夢の形が、ここに集まった22名であり、フィオ・リョーザ号であった。


 コーカ暦1603年8月2日。ついに、フィオ号とその乗組員が出航した。


 もちろん、東回り航路の発見という夢が今回のプロジェクトの大きな原動力となったが、それだけでは21名もの各国代表クラスの冒険者は集まらなかっただろう。エバレットの野心だけではまだ足りない。

 もう一つ重要な原動力として、1578年に結ばれた『トルージャ条約』が挙げられる。


 この条約はレミントラ帝国、大バロウ帝国、ルーフェン王国、アストニア王国、エドラ教皇国の5カ国の間で結ばれた条約で、簡単に言うと、島や新大陸の発見者――あるいは商会や国は、「株」を発行できる、というものである。つまり、大陸の発見者はその新大陸を好きに開発するも良し、株を各国に切り売りしても良し、というものだ。

 かなり無茶な条約だが、これによって、大航海時代が幕を開ける契機になったのは、間違いない。


 また、1494年(発表は帰国後の1512年)に『航海王子』エトゥによって発見された『始祖大陸』の開拓が進んだことも挙げられる。


 1530年代に入って本格的に開拓され始めた始祖大陸には二つの大きな迷宮があった。そこが産する素材だけでも、莫大な利益を各国にもたらした。

 特に、中央大陸では極めて珍しい、シルクスパイダーが吐く糸の発見は大きかった。

シルクスパイダーの吐く糸は絹よりも滑らかで強靭であった。やがて新素材として注目され、貴族の着る服としての需要が高まったのだ。そんなシルクスパイダーが、始祖大陸の迷宮では、まるで迷宮アリのごとく、大量に召還されていたのだから、その儲けは推して知るべしである。


 エトゥが率いたのは多国籍船団だった為、その分け前はエドラ教皇国を除くトルージャ条約締結メンバー、すなわち、レミントラ帝国、大バロウ帝国、ルーフェン王国、アストニア王国の4カ国で分割された。


 ちなみに、エトゥは「海賊王子」という二つ名の通り、王族の血を引いていたが、妾腹、つまり実質(・・)、継承権のない男であった。

 エトゥの祖国はエシラト王国である。

つまり、トルージャ条約の締結メンバー国ではない。その為、エシラト王国とトルージャ条約締結国との間で、小さくない争いが生まれた。


 結局のところ、最初にエトゥの航海術に対して、金を出さなかったのはエシラト王国であった為、メンバー国からは一笑に付された。リスクを負わない者は、リターンも得られないのだ。

 エシラト王国では、エトゥは『海賊王子』でも、『航海王子』でもなく、『売国王子』と呼ばれている。



 その後、まるで始祖大陸での儲けを全て吐き出すかのごとく、新大陸発見の為、各国の有力貴族、大商会などが多くの投資をしたが、未だに『大凪原』は攻略できずにいる。


 「始祖大陸での儲けだけで満足しておくか」と各国が思い始めた今、まさにエバレットたちが出航したのだ。



 海路は東へ、順調な航海が続いていた。


 時折、体長20mほどの中型の海竜が出たが、「連槍」エダの鉄槍が突き刺さり、その槍にロム・ドウの正確無比の「雷撃」が落ちる。哀れ、海竜は乗組員の食料となるのだ。甲板では照り付ける太陽によって、海竜の干し肉が作られていた。


 水は魔道具によって、勝手に生み出されていた。倉庫の一つに、魔石が大量に保管されており、燃料には事欠かない。水が貯まり過ぎて、海へ廃棄するほどである。毎日シャワーを浴びている清潔な船員など、彼らだけかもしれない。

 水を生み出す魔道具は意外に魔力消費が激しいので、こんな贅沢な航海は通常ではあり得ない。

 しかし、仮に魔石が尽きても、そこは全員A級以上の冒険者。水を出せない者などいない。


 しかも、時折狩られる海竜の魔石によって、船内の倉庫に蓄えられた魔石は、むしろ出航時よりも増えているほどだ。これでは水や食料が尽きることなどあり得ないだろう。

 


 その日は朝から天候が不安定であった。


 「あれが『大凪原』……か?」


 一番高いマストの上で哨戒にあたっていたトバルが水平線の先の景色が変わっていることに気が付いた。

 8月2日に出航してから二ヶ月半が過ぎた10月19日、一行はついに『大凪原』に到着したのだ。


 ここまで順調な航海を続けられたのは、途中、寄航した港での歓待や、圧倒的な戦力があったからである。A級以上が22人もいれば、各国にコネがあり、どこに寄航しても、熱狂的に迎えられ、物資の補給や船のメンテナンスなど優先的に受けられた。

 また、通常であれば脅威となるはずの、海賊船や私掠船(国から許可を得た海賊船)からの攻撃も受けなかった――というより、22人もA級以上の冒険者が乗っている船を襲うような、そんな馬鹿な海賊はいなかった、というのが正しいだろう。



 水平線の先は、明らかに周囲と海面の色が違っていた。

 しかし、天候が不安定な為、正確なところは不明。風も海流も止まってはいない。


 マストの上から見た水平線までの距離はおよそ15~20kmとされている。トバルの目には大凪ではなく、大シケにしか思えなかった。


 先行者たちの記録では、『大凪原』の言葉通り、無風、無海流の海域だと聞いていた。その為、船足が止まり、海竜に捕まって難破すると。

 しかし、先ほどからむしろ雨風は強くなってきており、水平線の先ではさらに激しさを増しているようだ。雲は厚く、水平線の先まで続いている。


『大凪原』までの航路は航海王子エトゥの記録に正確に残っている。航海王子の記録は『大凪原』から『始祖大陸』までの海路が抜けているだけで、基本的には航海日誌も合わせて正確とされている。


 【エシラト王国~カトラス半島~クレイ火山島~『大凪原』~(抜け)~始祖大陸~飛竜岬~エシラト王国】


 これが大雑把なエトゥの航路だが、エトゥの航海日誌によれは、大凪原に入る前から、無風地帯が始まっており、魔石と奴隷をかなり消耗したと記されている。奴隷と魔石と魔術師の風魔術をギリギリまで酷使し、一ヶ月以上漂流した後、始祖大陸に到着したという。


 「もう『大凪原』に入っているはずなんだがな…」


 「千里眼」トバルが厚い雲が張った空を睨む。トバルの呟きは小さな声であったが、「剣帝」リーガン・ロアがさらに続ける。


 「しかも、海流があるな……本当に東回りなのか……?」


 実は、遠洋航海用に設計されたキャラト船フィオ・リョーザ号だが、唯一、比較的嵐に弱いとされていた。大袈裟に言えば、船の形がずんぐりしているのだ。積荷を多く載せる為、内部が積層構造になっており、船高が若干高い。つまり、あくまで比較的ではあるが、横風に弱い性質があった。

 

 しかし、目指すは『大凪原』、無風地帯の突破である。風魔術を使うことを前提にしている為、風を受ける面積は広い方が良い。それに、『大凪原』で嵐を考慮する必要はないと、エバレットは考えたのだ。


 「『大凪原』で嵐たぁ、どういう巡り合わせだ?」


 「さてねぇ…」

 

 エバレットの問いに、この船唯一の女魔術師「氷帝」シェーン・ヴォロノフが返した。とは言え、乗組員全員が超一流の冒険者である。予想外の事態に対する「心の準備」くらいはしていた。思い通りにならなくて当然なのが、冒険者という職業なのだ。


 ともかく、大凪原だろうが何だろうが、嵐は速く抜けるに限る。

 乗組員は大急ぎで帆をたたむ。さすがに超一流の冒険者が揃うと、帆をたたむ行為一つ取っても、とにかく早い。それぞれが魔術や強化を使って、手早く作業をこなしていく。


 「左後方に大型海竜だッ!」


 トバルの声とほぼ同時。「氷帝」シェーンの頭上に直径3mほどの魔法陣が浮かび、そこから氷槍が出現。20発以上の氷槍が、大型海竜を目掛けて殺到する。周りは水だらけ、氷の元となる水にはこと欠かない。しかし相手は大型海竜。体長は40mを超える。船の大きさと変わらない。その為、氷の槍20発程度では致命傷には至らない。

 その間も、乗組員それぞれが強力な魔術で対抗する。


 「右にもデカいのがいるぞッ! エダとロム・ドウはそっちを頼む!」


 エバレットが大声で指示を出す。


 「あいよっ!」


 「準備は良いか、ロムッ!」


 巨大な鉄の槍がエダの後方の魔法陣より射出される。

 まるで大砲である。


 これは召還魔法陣だが、召還される鉄の槍は、船の倉庫にあるものだ。一定の半径の中にあるマーキングされた武器を、召還して射出するというものだ。一種の移動砲台だが、距離はそれほど動けない。武器から半径30mほどである。高さは正確なところは不明。エダの経験上、城の地下から、尖塔の天頂までは問題なかったそうだ。


 海竜相手に、エダの「連槍」は絶大な威力を発揮していた。最大で頭上20mほどまで魔法陣を動かせるので、位置エネルギーも相まって、威力は相当だ。しかも、威力に比べて、魔力消費が少なく、50kg程度の槍や砲弾を連続で高速射出できるのが特徴だ。


 その槍にロム・ドウが雷撃を落とす。鉄の槍に導かれるように、正確に大型海竜に直撃する。


 「もう一丁ッ!」


 2発目の雷撃で一匹の海竜が沈んだ。


 エバレットは風魔術を使って、何とか船を安定させようとする。しかし、それを嘲笑うように、船底から衝撃が伝わってきた。

 海竜が真下から攻撃してきたのだ。船体に嫌な音が走る。自らの背骨をゴリゴリと削られるような気分である。


 「だめだ! 囲まれちまってるッ!」


 「千里眼」トバルが叫ぶ。

 斥候として超一流のトバルは主に哨戒にあたっていた。

 トバルはマストの上から、かつて見たこともない、恐ろしい光景を見ていた。


 自身A級冒険者であるが、攻撃力だけならB級が精々だろうと自覚している。その目から見て、眼下に広がる海竜の数は「脅威」を超えて、「絶望」であった。大顎系、首長系、あらゆる海竜が海を埋め尽くしていた。


 たった今、ロム・ドウが倒した海竜に他の海竜が殺到している。食べる為だろう。海上にヒレや尾が突き出て、巨大な水柱が立つ。血に狂った海竜が沸き立つ海面は、乗組員たちにこの世の地獄を思わせた。


 体長40mを超える海竜のジャンプなどそうそう見られるものではない。

 船が木の葉のように揺れる。


 嵐によって、マストよりも高くなった波の中に、海竜の影を見て、A級冒険者であるトバルは心臓が止まりそうになった。ギョロリという表現がぴったりな海竜の目と、トバルの目が一瞬合った。この高さから海竜が落ちてきたら、船は一たまりもない。


 「ヤコンが落ちやがったッ!!」


 ヤコンと呼ばれる人族が海に落ちた。A級冒険者で、「高速剣」の使い手であった。剣速だけなら、副船長の『剣帝』リーガン・ロアにさえ匹敵するという。それほどの使い手でさえ、海竜の直撃どころか、ヒレがかすっただけでも、タダでは済まない。尾に弾かれた水しぶきの塊ですら、水属性魔術の水弾並みだろう。

 ヤコンが落ちた場所に、海竜が殺到する。その光景に、トバルは気が遠くなるのを感じる。


 全乗組員がやるべきことを理解しているので、皆、トバルの声にも手が止まることはない。しかし、声は届いている。


 トバルも少しでも海竜の少ない場所を探して、旗を振る。エバレットはその旗の指す方向に舵をきる。

 嵐の中で数え切れない大型海竜に襲われるなどめったなことではない。そもそも、海竜との戦闘は想定内であったが、嵐の中で戦う予定はなかった。ここは大凪原、無風海域のはずだったのだ。


 エバレットも何とか舵を取っているが、高波を乗りこなすのが難しい上に、海竜の体当たりを食らって、船首の方向が定まらない。それでも、風魔術と舵を合わせた高速旋回で何とか致命的な一撃は避けている。


 「皆、頑張れ!」


 甲板を叩きつける雨が足を滑らせる。

 その間にも、また誰かが海に落ちたようだ。トバルが叫んでいる。

 助けようなどとは誰も思わない。また、落ちた者も「助けてくれ!」と叫ぶこともない。超一流の冒険者たちだからこそ、全員が覚悟を決めてこの船に乗っていた。

 海に落ちた者たちは、諦めて声を上げないのではない。「お前たちは生き残ってくれ」と祈っているのだ。


 エバレットの研ぎ澄まされた感覚は、船底が海竜に触っている感触すら伝わってきていた。そして、竜骨が感じる嫌な感触も。


 「うぉおらぁああ!!」


 「爆炎」エムロ・イェーガの凄まじい炎が周囲の海面を焼く。

 この水だらけの環境で、ここまでの広範囲を焼くのは、尋常の魔術ではない。さすがに致命傷を与えるには至らないが、鼻先を焼かれた海竜や、驚いた海竜が海面に飛び出し、船体を揺らす。


 「セトッ! ベンッ! 船尾を風で押せ!」


 エバレットの叫びに、すぐさま二人は反応する。


 「うわっあ!」


 マストから足を踏み外したトバルが宙吊りになる。マストの上は船の揺れ幅が一番大きい。トバルは身軽な方だし、十分気をつけていたが、それでもバランスを崩した。

 命綱が役に立った格好だが、船が揺れているので、宙吊りのまま揺れに任せて帆柱に叩きつけられれば、それはそれで命が危ない。

 すぐさま「連槍」エダが気付き、命綱を切る。


 「すまねぇ。ドジ踏んだ」


 「いや、お陰で良いことを思いついたぞ」


 エダがマストを登り始めた。

 なるほど、位置エネルギーを利用して、甲板よりさらに高い真上から鉄槍を射出しようという策のようだ。


 「ロム!! 行くぞッ!」


 「何発でも撃ってやらぁ!」


 直後、マストの上から、さらに20m上空に現れた召還魔法陣。そこからほぼ真下に向かって、約50kgの鉄槍が高速で海竜に落とされる。「ズドン!」という凄まじい音が嵐の中に響く。

 さらに、ロム・ドウによる連続の雷撃が海竜を直撃する。

 嵐の中という環境は、ロム・ドウの雷撃を普段よりも強力にしているようだ。雷の「素」がそこら中に溢れているのをロム・ドウは感じていた。


 「今日は良い雷日和だ」


 「剣帝」リーガンの剣が、船の近くに寄ってくる海竜の固いウロコを斬り裂く。いくら「剣帝」とはいえ、一撃で大型海竜が死ぬことはない。船の上から海竜に対して、剣で対抗するのは、想像以上に困難であった。

 しかし、近づいた海竜のウロコやヒレを飛ばすことは出来る。実は、それで目的のかなりを達するのだ。つまり、血が流れることで、興奮した他の海竜が、手負いの海竜に殺到するというわけだ。


 大きな瓶に入った回復系ポーションをラッパ飲みする「氷帝」シェーン。飲み干すと、けふっと息を吐いて、空いた瓶を海竜に投げつける。


 「覚悟なさい! 『氷墜』ッ!」


 直径5m以上ある攻撃魔法陣が、船の先10m、上空30mほどの位置に現れた。


 「墜ちろおおおっっ!!」


 叫び声とともに、上空30mの位置に巨大な円錐形の氷柱が練成される。その氷柱が海竜の頭上に落とされた。凄まじい重量である。


 その間にも、また誰かが海に落ちたようだ。気付いたトバルがすぐに命綱を引っ張るも、先が刃物で切られていた。

 船が引きずられないように、落ちた者が最後の力を振り絞って、海中で切ったのだ。


 「糞ッ!」


 マストの上では「鉄槍」エダが肩で息をしていた。


 「(はぁ、はぁ…俺の…召還魔法陣はかなり魔力効率が良いんだが…、さすがに100発を超えると、はぁ…厳しいな…はぁ)」


 まさかここまで使うことはないとは思いつつも、船に持ち込んだ鉄槍140本。重量にして7t以上。攻城戦でもここまで用意することはない。しかし、船長エバレットの意気に触れ、出来る限りの用意はしたつもりであった。

 

 「(残り30数本ってとこか…。ちくしょう、揺れすぎだ…ここは船酔いが酷い…)」


 エダは苦笑するしかない。


 エバレットとセト、ベンの三人で風を送り、エバレットの指示する方向に船体を立て直す。

 その時、エバレットの目に嫌なものが入った。ちょうど波底に位置した時、抜けるのがわずかに遅れた。

 高波の中に、海竜の姿が見えた。


 体長40m超の海竜が頭上から落ちてくる。

 想像しうるほとんど最悪の攻撃だ。

 エダの鉄槍が高速で打ち出されるも、魔法陣の角度を真下から横へ変えるのに手間取った。それでも、一度、魔法陣を展開した後の、射出位置の変更は、速度、正確性ともに世界一だろう。

 わずかに一発だが、海竜のどてっ腹に突き刺さった。

 まるで曲芸のような技であった。しかし、空から船目掛けて落ちてきた海竜の軌道を変えるには至らない。


 エバレットが叫ぶ。


 「『ダウンバースト』おおッ!!」


 直径10m近い巨大魔法陣がエバレットの頭上に瞬時に現れる。魔法陣の中の文様が高速で回転している。魔法陣全体に魔力を供給しながら、位置、角度、威力などを瞬時に自動計算しているのだ。

 わずか1秒にも満たない間に、落ちてくる海竜の下腹を突き上げるように、巨大な風の塊が発射された。


 結果、海竜の落下位置がずれ、ヒレが船体をかするも、直撃は免れた。ヒレがかすっただけで、三角帆を固定する船の外枠部分が吹き飛んでいた。


 「上に撃つ『ダウンバースト』なんて初めて見ましたよ。さすがは英雄様ですか」


 船に近付く海竜に剣を振るいながら、「剣帝」リーガンが笑う。

 それほど巨大で高速の魔術展開であった。これほど巨大な魔法陣を高速展開できる魔術師は世界広しと言えども、エルフ族の英雄イェツ・エバレットただ一人であろう。


 到底緊張がほぐれるような状況ではないが、誰もが「助かった…」と安堵した。体長40m超、フィオ号と同じくらいのサイズの海竜が船に落ちたら、さすがに一巻の終わりであったからだ。


 一体、どれくらいの時間戦っていたのだろうか。


 魔力欠乏と体力消耗。ギリギリの戦いと強い雨風に晒されることによる精神的消耗。ここにはA級以上の魔術師しかいないが、それでもさすがに皆、疲れていた。


 通常、魔術師は体力はないと思われがちだが、それはB級以下の場合。A級になるような冒険者は、魔術師だろうと、剣士だろうと、単純な体力なら、桁外れの者ばかりである。


 「群れを抜けたか…?」


 嵐は続いているし、海竜の攻撃も続いている。しかし、一時の異常な勢いは弱まっていた。


 「海に落ちたのは何人だ!?」


 エバレットが聞く。


 「おそらく、6人」


 トバルが答える。


 「そうか…。『マクスデバッガヒール』」


 甲板にいる全員の足元に直径1mほどの魔法陣が浮かぶ。その魔法陣は回転しながら、ゆっくりと上に向かって、せり上がってゆく。頭上まで到達すると、自然と消滅した。


 回復魔術の一種で、魔力補給、体力補給、ストレス解消を複数同時に行なう魔術である。エバレットを除いて、15人同時に行使されたが、通常、優秀と言われる魔術師でも、展開できる対象人数は5人以下である。

 迷宮探索などのパーティーは6人体制が多いが、パーティーメンバーの5人に行使するのが理想であり、限度とされている。

 エバレットが桁外れなのだ。



 強い雨風は続いているが、海竜の攻撃が明らかに減った。

 エバレットの回復魔術によって、元気を取り戻した乗組員は船の損傷の確認と修復に取り掛かる。



 エバレットは船室に戻り、盛大にため息を吐いた。


 「6人には済まないことをした…」


 正直な気持ちである。エバレットはS級冒険者になるまでに、大きなプロジェクトを何度も達成している。それは常に誰かの犠牲と共にあった。今回もまた――。


 「ヤコン、ウルバリ・ニコラス、カトラール、フーゴ・トレス、ロックラー、カペルの6人か」


 エバレットの「マクスデバッガヒール」は強力な回復魔術であると同時に、魔術自体が対象者の魔力パターンを記憶し、術者に対象者の情報がフィードバックされる特徴がある。回復させるには、魔力を同調させる必要があるからだ。

 フィードバックと言っても、誰に魔術を行使したか程度の情報だが、これは例えば予め友軍の魔力パターンを記憶しておくことで、戦場で友軍だけを回復させる為の工夫である。そうでなくては、その場にいる敵軍や虫や獣にさえ、無駄に行使してしまうことになるからだ。

 その機能により、甲板にいない者、つまり、海に落ちた者が分かったのだ。


 別に涙が出るわけでもないが、ドッと疲れた。海竜の干し肉をワインで煽る。羅針盤と海路を見比べていると、大分気分が落ち着いてきた。


 エバレットが一息ついて甲板に戻ると、雨は漸く止みそうな雰囲気である。小雨が肌を打つ程度だ。


 「これは酷い……」


 思わず漏れた一言。改めて見渡すと、船体の損傷は思った以上であった。まず、マストが一本失われている。いつの間に無くなったのやら、エバレットの記憶にはない。


 「俺が昇っていた主力マストじゃなくて良かったですよ」


 エダの力ない笑みが、船体の深刻さを浮き彫りにするようだ。

 船体左は海竜の巨大な顎で食いちぎられたように抉れていた。「この堅い木の甲板を噛み千切るのか…」と一人つぶやく。他にも海竜の体当たりによって、ヒビが入っている箇所多数。左前方は海竜のヒレがカスった箇所で、外枠がなくなっていた。


 まずは、全ての船室を回って、ヒビや水漏れしている箇所を魔術で塞いで行く。一流魔術師揃いとあって、これがまた、とにかく速い。泥と木屑を練ったようなものを、ヒビに埋めて、熱で接着させてゆく。溜まった水も水魔術で集めて、「氷帝」シェーンが一瞬で凍らせる。それを一旦、マギバッグに収納し、海に捨てる。


 内部の補修があらかた終わると、エバレットが尋ねる。どうしても気になる――というより、日が沈む前に、調べなくてはならない場所があった。


 「火ではない照明魔術が使えて、泳ぎが得意なやついるか?」


 「それじゃ、俺が」


 「風斬り」ロンメルが手を挙げた。


 「じゃぁ、命綱をつけて、俺について来てくれ」


 二人は海に飛び込むと、船底を点検してゆく。

 ロンメルの照明魔術により、海の中でも明るい。ロンメルは海竜の気配を探りつつ、エバレットの後ろから前方を照らす。

 本当に海竜の多い海域を抜けたようだ。周囲を探りながら、ホッと胸を撫で下ろす。ロンメルも国代表クラスの冒険者だが、海中で海竜から逃げ切れると思うほど自惚れてはいない。


 ある一箇所でエバレットが止まった。

 そして、ロンメルも見てはいけない物を見てしまったと、思わず息を吐き出しそうになる。途中、何箇所かヒビが入っている場所はあったが、そこは補修でどうにかなるだろう。

 しかしここは――。


 竜骨に亀裂が入っていた。


 竜骨とは、船の真ん中を通る一番重要な部材で、人で言えば背骨、家で言えば大黒柱に相当するだろうか。

 その亀裂を追うように、海中を進む。一箇所ではない。縦に亀裂が入っている場所もあった。修復してどうにかなる損傷ではなかった。

 エバレットが海面を指差し、ロンメルが了解の合図を示す。二人は一旦、船上に戻る。


 「はぁ、はぁ…。皆、落ち着いて聞いてくれ。」


 甲板の上、エバレットを除く15人はその一言で察した。

 明るい性根のエバレットの声が、低く沈んでいたからだ。



 「竜骨がダメになっちまってる」



 海竜の群れは抜けた。

 しかし同時に大きなものを失った。それは死んだ6名のことではない。


 それは生き残った16名が頼む船。


 再び雨が強くなってきた。嵐の(・・)大凪原はまだ抜けていない。

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