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 第0話 「勇者と魔神」

はじめまして牧谷です。

初の投稿となります。

誤字・脱字・設定の穴など、読者さまのお目汚しも多々あるかと思いますが、よろしくお願いします。

縦書きで一話20ページくらい、週に二話の投稿を目指しています。

では、以後、お見知りおきを。

【第一部】 剣神 烏丸ヒョウ



 「しかし、こりゃ一体何だろうな…」


 シンと静まり返った皇城別邸。その広い邸内を見回る衛兵の一人が、思わずといった調子で呟いた。

 シンバ皇国では様々な儀式が行なわれるが、そのほとんどは、ここ別邸内に併設された催事場で行われる。


 その催事場の中央に『それ』はドンと放置されていた。


 放置されている証拠に、直径20m近い巨大な魔法陣が、ほとんど魔力が残っていないにも関わらず、まだうっすらと『それ』の周りで青白く光っていた。

 通常、これほどの巨大魔法陣を使用する儀式が行なわれれば、わずかとは言え、魔力が残ったままに放置することなどあり得ない。

 もったいないからだ

 例えば、ここに吸魔性能の高い魔道具を持ってくれば、あっという間に補充完了してしまうだろう。


 巨大な魔法陣の中には、古代語と思しき文字と文様が複雑に描かれている。魔力が切れて、霧散してしまった部分があちこち欠けてはいるが、残った部分だけでも、『それ』を照らすくらいは十分であった。


 古代語が使用されているのは、古代語が魔法陣学における「共通語」だからである。

 近年、町の魔道具開発者や研究者、宮廷魔術師たちは新しく現代語を使った魔法陣を開発しているが、エルフ族は今尚、現代語を使わず、古代語を使用することで知られている。本日の儀式が、人族とエルフ族の共同作業であった為、古式ゆかしく、魔道における共通語で行なわれたと予想される。


 巨大な魔法陣を囲うように、さらに3mほどの魔法陣が12個。

 その部分は彼にも理解できた。一応、皇国魔術学院を卒業した彼が、魔法陣学の授業で最初に教わったもの。すなわち、魔力供給用の魔法陣であった。


 中央の巨大魔法陣については、パッと見ただけでは、一体何重の魔法陣が重なっているのか全く分からない。これほど巨大で複雑で精緻な魔法陣を、10や20じゃ収まらないほど重ねて起動するには、どれほどの魔力が必要なのだろうか。


 ただし、その3mの魔力供給用の魔法陣でさえ、それが供給用の魔法陣だと理解できただけで、どんな術式を使っているのかまでは、わからない。卒業単位だけは何とか取得できた程度の彼には、到底理解できるものではなかった。


 それが12個ということは、単純に、最低12人で魔力を供給したということを意味する。20mクラスの多重魔法陣を12人で維持出来るわけがないので、魔術師たちが交代で魔力を供給したのだろう。


 見れば見るほど異様。


 魔力と言えば、コップ一杯の水を出すのに脂汗を流す彼には、想像もつかない。儀式が終わって半日以上経っているのに、今尚残光を燈しているのが、いかに莫大な量の魔力を消費する儀式だったのかを、如実に物語っていた。


 魔法陣学は魔道具やスクロールなどで一般的であるし、今、彼が右手に持っているカンテラなどにも、魔石の台座部分に使われている。魔石に蓄えられた魔力を小さな魔法陣が光に変換させているのだ。

 しかし、彼の目の前の魔法陣は、そういった生活道具に使われる魔法陣とは、まるで別物である。


 なるほど、高位のエルフ、さらには宮廷魔導士たちが100人以上も必要になるわけである。学院の魔法陣学を履修している学生が見れば、興奮して卒倒するのではないだろうか。


 カンテラの光に指向性を持たせるため、付属の反射板をセットする。カンテラの光に浮かび上がった『それ』は、金属とも大理石とも言えない、何とも得体の知れない素材で出来ているようであった。滑らか過ぎる外装が薄気味悪さを強調していた。


 サイズは直径約1m、長さ約4mほど。形はずんぐりとした葉巻状で、色は灰色。筒型の表面には見たことのない記号や文字、旗章のようなものが、鮮やかな塗料で描かれている。数字のみ、読むことができた。それが金属製の台車のようなものに乗って、固定されていた。


 改めて、下から魔法陣の発する淡い魔力残光に照らされた『それ』を見れば、魔法など学院卒業以来、ほとんど使うことのない彼にさえ、どこか禍々しい悪魔的なものに感じられた。

 それが一体、何なのか――ほんの3年前、平民から努力の末、やっとの思いで勤番、すなわち城勤めの衛兵の役に就いた彼には知る由もないことであろう。


 本日盛大な儀式が行なわれたとは思えない程、邸内には人の気配がない。

 もちろん、詰め所には相棒がいるし、少し離れた部屋には、宮廷魔道士が何人か残っている。先ほど彼が訪れた時は、皆、まるで抜け殻のようであったが。彼らの横顔に色濃く刻まれていたのは、魔力を使い果たした際の達成感や脱力感ではなく、ある種の徒労感であったように思われた。


 最近やっと仕事に慣れてきた彼にさえ、儀式が失敗に終わったことは、誰ともなく洩れ伝わっていた。皇族を含めた200人近い人間は儀式の後、ガックリと肩を落として皇城に引き上げたという。

 今頃皇城では責任の所在を巡って、大騒ぎかもしれない。

 彼としては、本城のエリート衛兵様たちに、わずかながら同情したい気分である。


 行なわれた儀式がどんな儀式だったのか。

 あるいはそもそも何の為の儀式だったのか。

 もちろん、そんな詳しいことは彼にわかるわけもないし、興味もない。

 ただ、100人以上の各地の森の巫女や宮廷摩道士が一同に介するなど、前代未聞であったし、最近は皇国内のあちこちで魔物の被害が相次いでいる。

 いや、被害などと生易しいものではないだろう。

 皇国軍は、一軍はおろか、二軍、三軍でさえ各地に散らばり、いつ終わるとも知れない魔物との戦闘を繰り返していたのだから。


 シンバ皇国は人族だけで人口8000万人を超え、他種族も含めれば、8500万人超。辺境の自治領も含めれば、8800万人とも9000万人とも言われている。中央大陸最大の国家である。

 その皇国領民の安寧を命を賭けて守る皇国軍、全軍120万人のうち、駆り出された皇国兵は実に80万人以上にのぼると言われる。


 これほどの事態が帝国領内で現在進行形であるなら、いくら下っ端の彼でさえ、何が行なわれたのか、おおよその見当はつく。それはこの巨大魔法陣が雄弁に語っている通り、ここで行なわれた大魔術こそが、おそらく魔道の極地であろう。


 皇国存亡の危機に、各地の巫女や宮廷魔道士が100人以上も集まって行なわれる儀式など、一つしかない。


 『勇者召還』


 長引く魔物との戦闘で、軍だけではなく、地方の村々も同じく疲弊しきっていた。働き手を失った畑の作物は実を付けず、家畜は餌が足りず餓死、あるいは魔物に襲われ、村は次々と廃村として放置されていく。

 仮に軍が駆けつけ、魔物の掃討に成功したとして、荒れた畑が均されるわけでも、死んだ家畜が生き返るわけでもない。

 ごく短い間は討った魔物の肉でどうにかなっても、次の収穫までの一年を耐える食料など、どこにもないのだ。


 この世の絶望の全てがそこにあったと言って良い。食べるものがないことが絶望なのだ。「人はパンのみにて生きる」のだ。


 そして疲弊しきった皇国がとった最後の手段。

 起死回生の切り札。


 それが『勇者召還』だった。


 城勤めの彼は心底ホッとするのだった。なぜならクーデターでも起きない限り、城勤めの衛兵が命の危機に晒されることはないからだ。

 魔物の大群に皇都が蹂躙されれば、もちろん彼とて無事では済まない。しかし、そんな事態になれば、すでに皇国中のどこにいても詰んでいる。諦めもつくだろう。


 自分の身が危険に晒されるのは最後の最後。何と言われようが、その事実だけで、俸給が少ないことなど、いくらでも目をつぶれるというものだ。彼にだって、守りたい愛する妻や子がいるのだ。


 薄暗い儀式場で、カンテラに照らされ、鈍く光る灰色の筒。


 その奇妙な『もの』は、間違えて召還された『勇者様』なのだろう。皇国が全てを賭けた最後の手段。それが失敗したのだ。

 最近、食糧不足から、随分と痩せてきた妻子の顔を思い浮かべると、彼の表情は苦虫を噛み潰したようになった。


 彼は誰に言うでもなく、何かを諦めたような声音でつぶやいた。


 「手前勝手に『勇者様』を呼んで助けてもらおうなんて、端から筋違いってもんだ…」


 生き物ですらない『勇者様』は、彼の言葉に何も答えない。



 ◇◆◆◆◇



 今から141年前、コーカ歴1475年5月11日、中央大陸シンバ皇国皇都にて、『ある儀式』が行なわれた。それがどのような儀式であったのかは、伝わっていない。


 しかし、その日『ある儀式』を行なう為に、中央大陸各地の森に住む、高位のエルフたちが一同に集められたというのは、エルフ族の記録に残っている。また、当時を憶えている者も多い。


 エルフ族は、ご存知の通り、200年以上生きる種族だ。

 人族のおよそ3倍。中には300歳に達する者さえいる。

 ゆえに、エルフ族にとっては、141年前の出来事は古くはあるが、一世代で足りる時間でもある。我が子や兄弟に宛てられた、皇都から届いた召喚状を、今も大事に保存しているエルフ族も多い。せめて、帰らなかった家族の、最後の思い出として。


 私事ではあるが、かく言う私もエルフ族で、この一連の災害で、父と祖父母を亡くしている。母と私は運良く生き延びた。兄は商船で各国を廻っていたはずだが、どこかで生きていて欲しいと願うばかりだ。


 我らエルフ族は森と共に生きる種族で、『精霊の宿る木』を囲むように、200~300人程度の「集落」を形成する。

 皇国が存在した当時は、広大な森に、複数の「集落」が集まり、約40万人のエルフ族がミセィベ自治領の領民として生活していた。帝国に自治を認められていて、皇国以外の国とも交流は――引きこもりがちのエルフ族にしては、十分に盛んであったと思いたい。


 今となっては、読者は往時を想像も出来ないかも知れないが、当時の中央大陸には、人口10万人を超えるエルフ族自治領が、ミセィベ以外にも7つも存在していた。

 我らエルフ族の同胞は、中央大陸だけで150万人以上いたのだ。


 (省略)


 なぜ『皇国の』記録が残っていないのか。


 それは、今から141年前に、シンバ皇国が一夜にして滅びたからである。皇国の歴史が終わったのだから、皇国の記録が残っていないのも道理であろう。


 生き残った皇国の被災者は多かったが、魔物との争いで命を落としたり、当時蔓延した奇病に犯されたりして、記録どころではなかったのかも知れない。

 残念ながら、周辺の国に、命からがら亡命していった者が残した記録が、わずかに残るばかりである。


 やはり、皇都を中心とした災害であった為、皇国の皇族、貴族、政府関係者、知識人や魔術師などを失ったのが大きかったと思われる。国を再興しようにも、再興する人材がいないのだから。

 つまり、「皇国の歴史」としては残っていないのだ。周辺国の歴史書に散見される程度である。


 シンバ皇国が滅んだことは、周辺国においても大きなトピックスだったと思うが、当時、周辺国は魔物の対応に追われており、支援や救済どころではなかったようだ。


 (省略)


 ここにシンバ皇国・旧ミセィベ自治領の長老の言葉を記録したものがある。



 『夜空が光り、太陽が出現した。やがて地響きと熱風が皇都を一瞬に焼き尽くした。被害は人族の住む町はおろか、皇国の端を囲むようにあった、我ら8つの森にまで及んだ。我らの森は半分が焦土と化し、その後、大陸に大いなる「呪い」がもたらされた』



 エルフ族の『記憶』通り、一夜にしてシンバ皇国は失われたのだ。

 あくまで私個人の意見としてだが、シンバ皇国の滅亡に、魔神降臨が関わっていた可能性は、もはや疑いようがないと確信する。


 シンバ皇国は、勇者を召喚するつもりが、魔神を召喚してしまったのだ。

 この愚かな失敗を、アラトに住む全ての者が魂に刻むべきだ。さもなくば、シンバ皇国にて、一夜にして失われた全ての命が、ただの無価値なものとなってしまうだろう。


 カミル・エバレット著

 『旧ミセィベ自治領におけるエルフ族の研究』より抜粋

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