9粒目:ああ、こんな妹が欲しかった……
「顔赤くしてかわいい~」
「もうイジメとしか思えませんからね!」
禁じられた遊び、それは「着せ替えごっこ」のことだった。
ボクが着ているのはフリルひらひらワンピース。
本来は膝丈らしいけど、ボクが着るとロングスカート。
挙句に白タイツとカチューシャの組み合わせと来る。
なんてベタベタな乙女趣味。
女装慣れしているボクですら、羞恥以外の何物でもない。
女子がオトコにこんな格好させるなんて。
ああ、まさしく「禁じられた遊び」だ。
「破れた服着てるよりはマシでしょう」
「いいえ、別に」
さっき生協で転んだ時ビリビリに破れちゃったけど……性別はオトコ。
パンツが見えなければどうということはない。
「またまたぁ」
カコさん?
そのウルっとした瞳はなんですか?
「大体、もうこれで五着目ですよ。どうしてこんな服をたくさん持ってるんですか?」
「あたしの小学校時代のお古。全然趣味じゃないんだけど、親から『捨てちゃダメ』って言われてるから渋々ね……」
いいえ?
その踊るみたいに跳ねながら服を選ぶ様子が全てを物語ってますよね。
はあ……。
鏡に映るボクの顔はやっぱり真っ赤。
恥ずかしい。
だけどその裏で、早く次の服を出してほしいって思ってる自分がいる。
女装は慣れている、でも決して好きではない。
隆一が望むからやっていただけ。
なぜだろう、ボクを包む今の空気はどこか心地よい。
このまま時の流れるままに身を任せたくなる。
「それってウソですよね?」
まどろんだ空気につられ、つい叩いてしまった軽口。
しまった、と思ったときには遅かった。
カコさんのステップダンスはピタリ止まっていた。
「だって、こんなかわいくないデカ女に、こんなかわいい服似合わないじゃない……」
「かわいくないなんて」
カコさんはふるふる首を振る。
「あたしも……薫君みたいにかわいくちっちゃく生まれたかった」
「そのかわり、カッコいいじゃないですか」
カコさんがさらにふるふる首を振る。
「前カレも『俺より背の高いのなんて気にするな』と言ってくれてたけど……ヒール履かなくてもカレシより背が高いと、やっぱり辛いものあるよ」
ん? なんか微妙に引っかかる台詞。
「俺より背の高いのなんて気にするな」。
それって逆に「俺は気にしてるけどな」って聞こえてしまう。
うがちすぎかな……。
どうしよう。
カコさんにここで言うべき台詞はなんだろう。
かわいいです。
そう言ってあげるのは簡単、だけど右から左で終わりそう。
だったら……こういう台詞ってあんまり慣れてないけど……。
薫、自信を持て。
「そうやっていじけてるカコさんってかわいいですよ」
カコさんが真っ赤になる。
「うるさい、うるさい、うるさい!」
そして手にしていた服をパサパサ叩きつけてきた。
「あはは、洗面所でメイク落としてきます」
※※※
クレンジングウォッシュでメイクを落としてから、再びカコさんの部屋。
ベースメイクの上からファンデーションを塗っていく。
「オトコが慣れた手つきでメイクしていくのを見るのは、あんまり気分いいものじゃないわね」
「ボクもそんな台詞言われるのは、あんまり気分いいものじゃないですね」
コットンに手を伸ばす──ん?
ドレッサーの上に見覚えのある時計が目に入る。
ボクが隆一にプレゼントしたロルックスの「探検家」と呼ばれる高級腕時計。
隆一が雑誌見ながら「待ち合わせで薫が来るのを、これ見ながら待てたらなあ」。
その言葉通り、常に隆一はボクより先に来ていた。
ボクはついその気になってしまい、何ヶ月もバイトして、隆一の誕生日にプレゼントした。
これまでの人生で唯一の高価な買物だ。
「カコさん、この時計って?」
「前カレの忘れていったやつ──」
まさか……。
いや、この「探検家」は高級腕時計の中でも定番中の定番。
誰が着けていてもおかしくない。
「──お弁当屋さんのバイト始めたのもこれを買うためだったんだ。どうしても欲しいからってねだられてさ、家庭教師やら何やらバイトフル稼働してようやく買ったんだ」
まるでボクそのものじゃないか。
自分から買ったか、ねだられたかの違いはあるけど。
でもこの腕時計がカコさんからのプレゼントなら、ボクの推測は外れたか。
安堵して、話を続ける。
「いかにもお嬢様のカコさんなら、そんなことしなくてもお金持ってるでしょう」
カコさんがふるふる首を振る。
「こういうプレゼントって、自分で稼いだお金でするものだと思ってるから」
気持ちはわかる、ボクもそうだったから。
だけど……。
「大学生のプレゼントっていうには少し値が張りすぎてませんか?」
自分は高校生の身でプレゼントしちゃったけどさ。
他人の事だと冷静な目で見られるものだ。
「あたしもそう思う。明らかに不相応で何考えてたんだろうって──」
カコさんが俯きながら言葉を溜めた。
「──だけど初めての人だったから……入れ込んじゃったんだね……『カコは大事な存在』、そう言ってくれた人だから……」
しまった……。
まるで自分を見ている様で辛い。
処女と独りぼっちからの解放。
初めての意味は違う。
ボクのなぞカコさんと比べると並べるのもおこがましい。
だけどそれでも、カコさんの痛みがまるで我が事の様に感じられる。
ああ、話しやすいわけがわかった。
もちろんカコさんの人柄もあるだろうけどそれだけじゃない。
ボクとカコさんは正反対な様で似たモノ同士なんだ。
「でも腕時計置いていくくらいには意地のある前カレでよかったじゃないですか。質屋に入れれば何十万にもなる代物ですし」
これが正しいフォローとも思えないけど……。
炊飯器持って行って時計も返さないじゃ、どんなドケチだと思ってしまう。
「そうだね、でもこれは宅急便で送るつもり。終わったからって、あげた時の気持ちまで消えるわけじゃないからさ」
まずい、涙腺が緩みそう。
アイメイクに失敗したのを装いながら、コットンを目元にあてる。
カコさんは……クローゼットを漁っていて見てない。
よし、誤魔化せた。
──カコさんが振り向き、頭にパサッと何やら乗せてきた。
手に取ってみる……ウィッグ?
「うなじ隠れるくらいのショートボブじゃ、いかにもって感じだしさ。いっそ徹底的に女の子しちゃお」
「はーい」
※※※
着替え完了、メイクも完了。
完璧な女装モードのボク完成。
「ああ、こんな妹が欲しかった……」
「弟の間違いでしょ」
それ以前にボクは一浪だから同じ年ですけど。
まあ、どう贔屓目に見ても、外見も中身もカコさんの方がお姉さんには違いない。
「どっちでもいい。だってこの年齢でこんな髪型似合う子、早々いないよ。顔立ちと合わせると、まるでウサギっぽくてすごくかわいい」
そんなボクの髪型はツインテール。
結び目にはリボンのおまけ付。
確かにこんな髪型が似合ってしまう自分が恐ろしい。
そしてこんなウィッグを常備しているカコさんはもっと恐ろしい。
「それ……きっと褒めてくれてるんですよね?」
カコさんの方が、ボクよりよっぽど綺麗なんだけどなあ。
「褒めてるに決まってるじゃない。なんならアイドルサイボーグとでも──」
「大量のアイドルオタクを敵に回しそうなほめ方はやめてください!」
──ガチャリ、とドアの開く音が聞こえた。
カコさんと顔を見合わす。
「親が抜き打ち検査に来たのかな? ちょっとクローゼットに隠れてて」
この落ち着きぶりからすると、過去にもそういう状況があったのだろう。
ボクなら隠れる必要はないと思うんだけど、一応オトコはオトコ。
言われた通りクローゼットに隠れる。
ぱたぱたとカコさんの玄関に向かう音が聞こえる。
玄関までのドアは開いている。
クローゼットの中でも、耳をこらせば外の様子は窺えるはず。
しかし続いたカコさんの叫び声は、その必要がないまでに大きく響き渡った。
「隆一!」




