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8粒目:インスタントラーメンって大阪が発祥だよ

「御馳走様でした」


 結局ボクは、御飯三杯、味噌汁、アジの開きと全部たいらげてしまっていた。

 ついでに納豆と生玉子も。

 実家の御飯だって決して不味くはない。

 だけど、この御飯は本当に美味しかった。


「いっぱい食べたね。見かけはどうでも、さすがはオトコのコ」


 笑いながらカコさんが食後のお茶を差し出してくれる。

 しかしその笑みはどこか寂しげ。


「あの……無理に話してくれなくてもいいですよ」


「あたしがせっかく聞かせてあげようというのに文句ある?」


 そんな台詞、伏し目がちに言われても全然説得力ない。

 きっと話したいのはカコさんの方だ。

 つまり……今度はボクが話を聞いてあげる番なんだ。


「では心して拝聴させていただきます」


 カコさんの長い睫毛がまばたく。

 その動作がボクにはなんとなく「ありがとう」と言っている様に感じられた。

 カコさんが胸に手を置いて深呼吸を繰り返す。

 それが止むと同時に、カコさんの口が開いた。


「結論から言っちゃうと、あたしの炊飯器は前カレに持って行かれちゃった」


「はあ?」


「それが一週間前の話。ちょうど新学期始まる前かな?」


「ふんふん」


「今日買った代物ほどじゃないけど家庭用としては上質な部類でさ。バランスがとれていて、かなり気に入ってたんだ」


 どこからツッコミを入れればいいのだろう。


「えーと……聞いちゃってもいいですか」


「もちろんよ! 以前の炊飯器と今回の代物の決定的な違いは──」


「炊飯器のことじゃありません!」


「冗談よ。どうぞ遠慮無く」


 カコさんはけらけらと笑ってみせる。

 しかし、やはりどこか力なさげ。

 ボケたのは、聞いて欲しいけどそうじゃないという複雑な心境の顕れなのかも。


「まず、同棲してたんです?」


「ううん。ただ、うちってキャンパスの近くでしょ? 便利だから入り浸ってた。合い鍵も渡してたから半同棲くらいとは言えるかも」


「それで何故、炊飯器なんぞを前カレが持っていくんですか?」


 バンッ、とカコさんが激しく両手で座卓を叩いた。


「炊飯器様に向かって『なんぞ』呼ばわりしないで!」


 この状況でも炊飯器に対する畏敬の念だけは忘れないらしい。

 ついに「様」までついちゃったし。


「ごめんなさい」


「その炊飯器って、元々前カレのプレゼントだったんだ。欲しい物聞かれたから、お財布に負担掛けない程度で欲しかった炊飯器伝えてさ」


「だからと言って炊飯器は持っていかないでしょう」


 恋人に一度あげた物を持っていくという意味でも。

 使い途がないという意味でも。

 さすがに入学して一年経てば、独り暮らしでも炊飯器は既に持ってるはず。


「それがね……」


 固唾を呑む。

 ここがカコさんの言いたいところであり言いたくないところだ。

 カコさんの口は微妙に動いているも言葉は出ない。

 それならボクの方から促してあげよう。


「何があったんですか?」


「ケンカと言えばケンカなんだけど、わたしも訳わからないの──」


 カコさんが俯く。


「──元々はほんの些細な話だったから」


「具体的には?」


「薫クンって……イントネーションからすると関西の人?」


「はい」


「前カレも関西出身なんだ。で、夕飯作ってあげたときなんだけど……関西の人って御飯を主食に、お好み焼きとかをおかずに合わせて食べるんだよね?」


「常識ですが」


「わたしみたいな関東育ちだと、それは常識じゃないの」


 えっ!


「そうなんですか!?」


 カコさんが頷く。


「炭水化物に炭水化物を合わせるなんて気持ち悪くて。前カレに話した時は、やっぱりびっくりしてたよ」


 そうだろうな。

 ボクだってびっくり。

 まるで天地がひっくり返った気分。


「それで、ごはんとお好み焼が前カレと何の関係があるんでしょう?」


 話を振ったからには前置きなんだろうけど。


「一週間前の夕食のことなんだけど、いきなり前カレが『こんな気取った食卓は、もうウンザリだ!』ってキレはじめてさ」


 えと……。


「いきなり?」


「いきなり。何の前触れもなく」


 危ない人にしか映りませんが。

 そんなことを口にはできないので、先を促そう。


「それで?」


「前カレは冷凍庫からお好み焼きを引っ張りだして、レンジでチン。マヨネーズをこんもりぶっかけると御飯に乗せて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べ始めた」


 どこからツッコミ入れたらいいのだろう?


「なぜ、お好み焼が冷凍庫に?」


「前カレ曰く『関西人のソウルフードだから』って、常備してた。それでね──」


 ツッコミきる前にカコさんが続けてしまった。


「──続いて前カレは冷凍庫からたぬきうどんを引っ張りだして、レンジでチン。マヨネーズをこんもりぶっかけると御飯に乗せて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べ始めた」


 さっきの台詞と「たぬきうどん」しか変わらないんだけど。

 だったらボクの台詞はこうか。


「なぜ、うどんが冷凍庫に?」


「前カレ曰く『関西人のソウルフードだから』って、常備してた。それでね──」


 うどんはそうですけど、関西にたぬきうどんはありませんから!

 そうツッコミきる前にカコさんが続けてしまった。


「──続いて前カレは冷凍庫からインスタントラーメンを引っ張りだして、以下略」


 あの……。


「関西関係ないじゃないですか!」


「インスタントラーメンって大阪が発祥だよ」


 真面目に答えられてしまった。


「そんな関西人はいません! ただのマヨラーじゃないですか!」


 しかも最後のインスタントラーメン。

 どうして冷凍庫? どうやってレンジでチン?

 ツッコミどころばかりじゃないか!


「どうにせよ、御飯に対する冒涜だよね。そこは納得してもらえると思うんだけど」


「それはまあ……」


 御飯以前に、マナー面で食事相手に対する冒涜だと思うけど。


「だからあたしは怒った。『御飯に謝れ! ちゃんと白米の味を味わえ!』って」


「はい」


「そうしたら前カレは、『所詮、俺達は関東人と関西人。水と油だし、もう限界だな』って言いだしてさ」


 関西人のせいにしてほしくないです。

 そうツッコミたいけど、話の腰を折りそうなので続きを促す。


「で、カコさんは?」


「『だったら別れましょう』って。その瞬間、前カレは炊飯器片手に飛び出しちゃった」


 本当に訳が分からない。

 カコさんも理解しがたいけど、前カレに至ってはもはや理解不能の領域に達する。


 カコさんがぼやく。 


「合い鍵渡したままなのはまずかったなあ……」


 女の子の打ち明け話は「うん」と言ってあげればいい。

 そんな記事を読んだことがある。

 だけど恐らく、ここはそういう場面じゃない。


 反省するのは合鍵だけ、一見後悔してない様に見えますけど……違いますよね?

 きっと本当に反省してるのは『別れましょう』の一言だ。

 でも、どう言ってあげたらいいんだろう。


「前カレが悪いですよ」


 しかしカコさんは首を振る。


「あたしが甘えてたんだ。これまでもささいなケンカはあったけど、いつも仲直りしてきたから……今回もそう思ってたから……」


 カコさんじゃなくても同じ事言うと思うけどな。

 でもそんなこと言ったところで、慰めにはならない。

 だってカコさんは、まだ前カレのことが好き。

 さっきまでツンデレだったのが、ここまで素直になるくらいに。


 カコさんは「前カレ」と呼んだ。

 しかしその呼び名とは裏腹に、カコさんの中で二人の関係は終わってないのだ。

 だったら、ボクの言うべきことは……。


「今回もできますよ、『カレシ』と仲直り」


 カコさんが頭を上げる。

 そしてボクに向け、にっこり微笑んだ。


「そう思うのなら『ありがとう』と言いなさい」

  

 はあ?


「なぜボクが!」


「だってあたしは、薫君の話聞いちゃったから自分も話さないといけないと思っただけ。これでフィフティフィフティ。わざわざ重い話聞かせてあげたことに感謝なさい」


 何を無茶な……いや、一理はあるのかも。

 カコさんを心配するのに精いっぱいで、ボクは自分の辛さを忘れていた。

 また、今の話は、カコさんが自分の痛みを曝け出してくれたもの。

 きっとそれだけボクを信頼してくれたということなのだから。 


「ありが──」


 しかしカコさんは、ボクの言葉を最後まで聞くことなく立ち上がった。 


「こっちおいで。これから『禁じられた遊び』を楽しみましょう」


「禁じられた遊び?」


 つい、いやらしい想像をしてしまう。

 だけどそんなわけがない。

 こういう言葉の裏には絶対オチがある。

 逆に言えば、素直についていってもいいわけで。

 ボクも立ち上がり、カコさんの後をついていく。


「薫君」


「はい?」


 カコさんが背中越しに話しかけてきた。


「ありがとう。薫君って話しやすいから、つい甘えちゃった……ごめんなさい」


 カコさんからボクに向けられた、初めての素直な言葉。

 決してさっきまでの前カレに向けられたものではなく。


 ボクは思わず、顔を緩めてしまっていた。

 だけど返事はそっけなく。


「よくわからないですけど、早く『禁じられた遊び』楽しみましょう」


「そうね」


 ボクからはカコさんの後頭部しか見えない。

 しかしその向こう側では、カコさんがくすりと笑って見せた気がした。


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