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7粒目:もぐもぐ

 座卓に置かれた御飯は湯気が立ち、むせかえる様な甘い香りを漂わせている。

 ああ、嗅いでるだけで食欲が湧いてくる。


「どうぞ召し上がれ」


 お米は一粒一粒がピンと立っている。

 鮮やかなツヤのある白色、それでいてどこか透き通った様なみずみずしさ。

 小さじほどの御飯を箸にとり、口にふくむ。


「美味しい!」


 この御飯にそれ以上の言葉は要らなかった。


 踊るような、それでいてほろりと溶けていく様な舌触り。

 柔らかいながらももっちりと確かな歯応え。

 噛みしめるとお米本来の甘味が滲み出る。

 ああ、これぞ日本の御飯。


 一緒に食べているカコさんを見る。

 まるで魂が抜けたがごとく恍惚の表情を浮かべている。


「カコさん! カコさん!」


「……あ、ごめん。トリップしちゃってたみたい」


 ドラッグじゃないんだから。

 だけど気持ちはわかる。

 この御飯に比べたら、さっきの御飯は犬のエサにすらならない。


「ボクが悪かったです。炊飯器で御飯の味は全く違います」


「わかってもらえればいいのよ」


 カコさんはにっこり笑うと立ち上がり、キッチンへ向かう。

 すぐにトレイに色々載せて戻ってきた。


「まずは味噌汁。そして海苔の佃煮、イカの塩辛、納豆、生玉子、辛子明太子。御飯のお供にどうぞ」


 これまた派手な外見にそぐわない品がずらずらと。

 でも全然驚かない、むしろ当然とすら思う。

 ボクは佃煮を選んで御飯にのせる。

 口の中に入れる。

 海苔と御飯の異なる甘味が混じり合って複雑なハーモニーを奏でる。

 もう至福としか言いようがない。


「これでアジの開きでも並べられていたら悶絶死できますね」


「ふっ」


 カコさんが意味ありげに口角を上げる。


「えっ?」


「そろそろね、ちょっと待ってて」


 そう言って再び立ち上がるとすぐに戻ってきた。


「はいどうぞ」


「うおおおおおおおおおおおお!」


 差し出されたのはアジの開き。

 さすがというか、ぬかりないというか。

 アジの身をほぐして口に入れる。

 その旨味が唾液を分泌し、さらに御飯へと箸を促す。

 ああもう箸が止まらない!


「ふふふ、炊飯器マスターを名乗るあたしに隙はない」


「カコさん、ちょっと聞きたいんですけど」


「何?」


「どうして炊飯器マスターになったんですか?」


 カコさんの炊飯器、というか御飯にかける愛情が本物であることは理解した。

 だけどその派手な外見からは、決して想像のできない中身だから。


「そうね……会話も御飯のおかずだし、聞いてもらっちゃおうかな」


「はい」


「きっかけはお弁当屋さんのアルバイトなの」


「カコさんが?」


「その驚いた様な顔は何よ」


「いえ……モデルとかそういうのやってそうに見えますから」


 そもそも「総理の娘がバイト?」ってのもあるけど。

 本人から聞いたわけじゃない以上、口に出してはいけない。


 カコさんが口を大きく開けて否定する。


「あはは、やんない、やんない。読者モデルの誘いはくるけど全部断ってるよ」


「どうしてです?」


「同性から妬まれるのイヤだし、まとまったお金入らないし」


 カコさんはさらりと答えると、御飯を口に運んだ。

 この人って本当に幸せそうに食べるなあ。

 見ているだけでほんわかしてくる。


 咀嚼し終えたカコさんが続ける。


「弁当屋のバイト始めた理由はね、自炊する御飯が美味しくなかったからなんだ。それで外食ばかりになっちゃって、弁当屋のバイトなら食費も節約できるかなって」


「これまた堅実というか意外というか……」


「話進まなくなるから、その手のツッコミはやめて」


「ごめんなさい」


 カコさんがくすりと笑う。


「驚いたのがさ。御飯の味があたしが炊いていたのと全然違うの。まさに今食べている御飯みたいに美味しくってさ……あっ、食べながら聞いてね」


 賄い目当てなら普通はバイト始める前に味を確かめませんか?

 そう言いたい代わりに、言われた通り御飯を口に入れる。


「もぐもぐ」


「でも特別なことをしてるわけじゃない。お米もあたしが普段食べてるのと変わらない。それで店長さんに聞いてみたら炊飯器を指さされてさ」


「もぐもぐ」


「あたしも炊飯器程度で何が違うと思ってたんだけど認めざるをえなくなっちゃって。その日を境に、理想の炊飯器を求めて試食の旅に出た」


「もぐもぐ」


「最新型は量販店で試食できるけど、その他は友達の家にお邪魔して御飯を食べ歩いた」


「もぐもぐ」


「その度にあたしは御礼として米を持ち込み、炊事の手伝いをさせてもらい、正しくお米をといで、きっちり水を計って御飯を炊いた。もちろんメーカーと型番をチェックして、特徴を一つ一つメモにまとめていった」


「もぐもぐ」


「その結果、あたしは現在流通しているほとんどの炊飯器の味がわかる。炊飯器マスターを自称するだけの自信はあるし、炊飯器の味利きについては誰にも負けない」


「そんな人、世界中のどこ探してもカコさんしかいませんよ」


「全メーカーの全炊飯器で炊かれた御飯を食べてる炊飯器の開発者に謝りなさい!」


 いくら開発者でもそんな人はいませんよ。

 そんなこと言ったら怒られそうなので話題を変えよう。


「そんなカコさんがどうしてマイコン式炊飯器なんて使ってるんですか?」


「独り暮らし始めた時に何も考えず買ったから」


「そうじゃなくて。それだけ炊飯器にうるさい人が、本日までマイコン式を使い続けるなんてありえないでしょう」


 カコさんが得心した様にうなずく。


「ああ、そういうことね。それを話すには薫君の『御馳走様』を待たないといけない」


「どうしてですか?」


 ふっ、とカコさんの顔が暗くなった。


「不快な話が混ざるから……おかわりいる?」


 わずかな間がカコさんの躊躇いを伝えてくる。

 隠すほどでもないけど少々決心が必要な内容の話なのだろう。


「いただきます」


 カコさんに,空になった茶碗をそっと差し出した。


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