6粒目:人と思えない!
カコさんが釜を流しに置く。
「じゃあ見てて」
カコさんは予め用意していたらしいお米をカップから釜に移す。
続いて水を注ぎ、洗剤を入れる。
そして手をガシャガシャと忙しく動かして、釜の中を泡立てる。
……ん?
カコさんの手が止まった。
「ツッコミなさいよ」
「はい?」
「あたしみたいな一見お嬢様が洗剤で米を洗い出したら、止めるのがお約束でしょ」
一見は付けなくてもいいと思うけど。
「いえ、それが美味しい御飯の炊き方なのかなって」
「そんなわけないでしょう!」
「あれだけ炊飯器について熱く語った後で、何がお約束ですか」
カコさんが釜から手を上げる。
冷たっ!
ピッピッと水滴を顔に振ってきた。
「何するんですか!」
つい怒鳴ってしまった。
しかし、すぐさま怒鳴り返された。
「何があったかしらないけどさ、いい加減にしてよね!」
「はあ?」
「さっきからずっとうつむいたままのローテンション。声にも力がないし。それでも女性の家に呼ばれればカラ元気くらい出してみせるのが男ってものじゃない?」
「いたた、何するんですか」
カコさんがボクの首根っこを捕まえて、どこかに連れていく。
……浴室?
髪の毛を引っ張られ、ムリヤリに顔を鏡へ向けられる。
「自分が今どういう顔してるか見てみなさいよ」
うわっ!?
これはひどい。
涙でアイメイクがどろどろ。
目は腫れてるし、頬のファンデはムラになってる。
「たまたまぶつかっただけの縁とは言え、そんな顔をしてる人を放っておけないじゃない。オトコって聞かされた時はびっくりしたけど……」
普通は放っておくと思うけど。
いや、そこはいい。
鏡の中のカコさんに目を向ける。
「つまりカコさんはボクを慰めてくれようと?」
カコさんが「しまった」とばかりに口を開けた。
「い、いや……そんなわけないじゃない……えーと、炊飯器奪い取ったから、それを自慢しながら美味しい御飯食べさせて見下せば気分いいだろうな……とかなんとか……」
もう遅いよ。
「あはははは、ありがとうございます」
気づいたらボクは大笑いしていた。
鏡の中のカコさんがプイっと顔を背ける。
「あ……まあ……誤解しないで。わ、笑ったんならいいけどさ」
「それじゃ本当の美味しい御飯の炊き方教えてもらえます?」
「仕方ないわね。ついてらっしゃい」
──キッチンに戻ると、カコさんはお米ごと流しに捨てた。
「もったいないオバケ出ますよ」
「最初から捨てるつもりのプラスチック米だったから大丈夫」
「プラスチック米? 何ですか、それ」
「中国で出回ってるお米の偽物。体に有害だから絶対食べちゃだめ」
そんな偽物作って何の意味があるんだろう。
まったく理解できない。
さすが四千年の文化を持つ国のことだけはある。
※※※
炊きあがりまでは一五分。
それまで話を聞いてくれるというので、さっきのことを話した。
初対面の人に話すのはどうかとも思う。
だけどタイミングのいい相槌に乗せられ、ついつい話してしまってる。
カコさんは話しやすい。
こういう人を聞き上手というのだろう。
──話し終えると、カコさんがぼそっと呟いた。
「ひどいなぁ……」
「そう言ってもらえます?」
「クズすぎて、それしか言えないわよ。人付き合いに免疫ない薫クンを『相方』なんて曖昧な言葉で騙くらかしただけじゃん。挙げ句に『キモイ』って! 人と思えない!」
それしか言えないと言いつつ、まくしたてる。
こめかみには青筋。
まるで自分のことのように怒ってくれてる。
嬉しいな……。
「ありがとうございます」
カコさんが首を振る。
「御礼言われるとこじゃないって……それよりさ、いいところだけもらっちゃおうよ」
「いいところ?」
カコさんがにこりと微笑む。
「薫クンって、そいつの言うとおりカワイイもの。自信持っていい」
「カ、カコさんにそんなこと言われると……」
言いかけてハッとする。
今の一言、誤解されなかったろうか。
しかし悩む間もなく、カコさんが続ける。
「薫クンってオンナのコそのものの外見だけど、女性に興味ないってわけじゃないんでしょ?」
「ありまくりです。ただ縁がなかったというだけの話で」
「だったらカノジョ作っちゃおうよ」
「は!?」
「うちの学校って、そいつの台詞じゃないけどカワイイ子いっぱいいるしさ。カノジョできればぼっちなんて思わなくなるし、薫クンならすぐだって」
「え、えと……その……」
まさかカコさんがボクの──ってこと?
と思いきや、即座に否定された。
「やだ、あたしじゃないよ。薫クンみたいにカワイイ子のカノジョが、あたしみたいなオバサンじゃ失礼だってば」
色々間違った台詞の気がするけど。
「おばさんはないでしょう」
「大学のサークルだと二年生はオバサン扱いだよ。チヤホヤされるのは一年の内だけだからさ、二年になっちゃうと居づらくなってやめちゃう人多いの」
「ふーん……」
よくわからないままに頷いてしまう。
するとカコさんはくすりと笑い、脱線した話を戻してきた。
「あーでもカワイイだけじゃだめかな? 少しは鍛えて欲しいかも。オンナのコとしては守ってもらいたいからさ」
「それなら大丈夫ですよ。ボク、古武術の使い手ですから」
「へえ……なんだか意外。そんな華奢な体してるのに」
「古武術は筋力でやるものじゃありませんから」
「そういうものなんだ──あ、御飯炊けたみたい。ちょっと待ってて」