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4粒目:ちょっとそこに正座しなさい

「ここよ」


 カコさんがマンションを指さす。

 豪華絢爛というわけではない。

 だけどエントランスの広さからみて学生の住むマンションには見えない。


 エントランスのガラス戸前。

 自動扉っぽいけど前に立っても開かない。

 カコさんが鍵を取りだし、インターホン下方のタッチリーダーに触れる。

 開いたガラス戸を通過し、エレベーター、そしてフロアへと進んでいく。

 これ見よがしに設置された防犯カメラが、厳重なセキュリティシステムを物語っている。

 いかにも女性が独り暮らしするマンションだ。


 ──カコさんの部屋。


 春の陽射しがたっぷり注ぎ込むリビング。

 天井も高く、広々と感じられる。

 見た感じ1LDKかな?


「どうぞ」


 座卓の側に腰を下ろすと、カコさんがお茶を差し出してくれた。


「ちょっと待ってて」


 そう告げてから、奥の部屋へ入っていく。


 座卓の上には封筒と写真。

 見てはいけないと思ったときには、もう目に入ってしまっていた。

 宛名は【八千草香子】、差出人は【八千草泰三】。


 ……って! 差出人は総理大臣じゃないか!


 写真に映ってるのも総理とカコさん。

 つまり、娘?

 見かけだけじゃない、本物のお嬢様だった。

 妙に突飛というか調子を狂わされる行動はそのせいか。


「これと……これと……」


 聞こえてくる声の合間に、バサッ、ドサッと、まるで紙の束を放り投げたような音が聞こえてくる。


 ──カコさんが戻ってきた。


「お待たせ」


 その声に続き、座卓の上へ本がどっさりと置かれる。

 さらに大量のコピー。


「これ何ですか?」


一般教養パンキョウの楽勝科目の教科書。出席もいらないし、試験を受けさえすればAかBをもらえる科目ばかり。これに合わせて時間割を組むといいよ」


「えっ!?」


 どういうこと?


「ノートのコピーもおまけしてあげる。これで炊飯器の買物で節約するはずだったお金の埋め合わせになるでしょ。まだ教科書揃えてないみたいだしさ」


「た、た、た……助かります」


 あまりに意外な展開、ついどもってしまった。

 だけど、これは助かる。

 そもそも楽勝科目がどうのとか、そんなこと自体が頭になかった。


 そして確かにオトコもオンナも関係ない。

 教科書渡してお詫びするだけなんだから。


「べ、べ、べ……別に悪い事をしたつもりはないから、そこは勘違いしないでよね」


 今度はカコさんがどもった。

 翻訳すると「悪い事をしちゃったし、埋め合わせしたのよ」ってことか。

 でも、そういうことにしておきます。

 その真っ赤っかな顔を見てるとツッコめませんから。

 むしろ微笑ましいというか、かわいらしく思えてしまう。


 ……だめだ、だめだ。


 このままだと要らぬ下心を持ってしまう。

 総理の娘というのは関係ない。

 ただ今のボクは心が弱ってしまってる。

 つい、すがってしまいそう。

 単にお詫びとして優しくしてくれただけなのに。

 所詮この場だけの付き合い、部屋に上げてくれた信用を裏切りたくない。

 お暇させてもらおう。


「ありがとうございます、それじゃボクはこれで」


 立ち上がる、するとカコさんに腕を掴まれた。


「待ちなさい」


「何ですか」


 この眉を潜めた不機嫌そうな顔は何?

 そういえば、さっき生協で腕を掴まれた時も不機嫌そうだった。

 お詫びに呼ぶとしては変な表情だよなあ……。


 そんな疑問を抱きかけたとき、カコさんがゆっくり重く口を開いた。


「同じ炊飯器を狙ったよしみで、どうしてこの炊飯器を選んだのか。その理由をじっくりゆっくりと聞かせてもらおうじゃない」


 どんなよしみですか。


「よくわからないけど安くてお買い得そうだったから」


「はあ……」


 カコさんが大きな溜息をつく。

 しかし赤の他人に呆れられる覚えはない。


「なんか言いたいことでもあります?」


「大ありよ、ちょっとそこに正座しなさい」


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