2粒目:あなた、今からあたしの家に来なさい
学生生協へ向かう。
気分は完全にノックアウト、何もする気になれない。
だけど否が応でも学生生活は始まってしまう。
授業に備えて、教科書を揃えないと。
──学生生協、二階の書籍売場へ。
カリキュラムを片手に、必修科目で使う教科書を次々と買い物カゴに入れていく。
教科書って高いなあ。
カゴに入れた本の合計は一万円以上。
さらに選択科目が決まったら、その本も買わないといけない。
お金ないのになあ。
親の反対押し切って上京したから、仕送りはギリギリ。
早くバイト見つけないとだ。
会計を済ませ、紙袋片手に一階へ。
天井から垂れ幕。
【新入生歓迎家電フェア】か……。
そうだ、炊飯器を買わないと!
隆一のことで頭がいっぱいになってて、すっかり忘れてた。
テレビやパソコンは元々持ってた。
冷蔵庫や洗濯機とかの生活家電は家のお古があった。
しかし炊飯器だけはなかったから、後で買おうと思ってたんだ。
御飯をたくさん食べる方ではない。
だけどいつまでも外食じゃ、食費がかさんで仕方ない。
自炊して節約しないと。
教科書代にお金使ったばかりだし。
よし、フェアを覗いてみよう。
生協って品揃えすごいなあ、ちょっとした量販店並だ。
さて炊飯器は……と、あった。
何種類か並んでるけど、どれがいいのかな?
端から見ていく。
──ん? このポップは?
【現品限り型落ち大処分
大人気圧力IH炊飯器 定価から90%オフ!】
お値段は一万三〇〇〇円。
つまり通常価格は……一三万円!?
どうして炊飯器がこんな値段するの?
わけがわからないけど九〇パーセントオフは魅力。
それだけで得した気分がする。
他に並ぶ商品の値段は一万円から三万円台まで。
一万三〇〇〇円ならその下限。
ますますお買い得感が高そう。
圧力IHの意味はわからない。
でもわざわざ銘打たれてるんだ。
きっと特別で優れた物に違いない。
よし買おう。
「店員さ~──うあっ!?」
ドン、と体当たりされた衝撃。
ボクは後ろに倒れ込み、尻餅をついてしまっていた。
「あいたた……」
頭を上げる。
ボクの眼前では、うずくまった女性が炊飯器を抱え込んでいた。
亜麻色をした長い髪を振り乱しながら。
「これはあたしの! あたしが買うの!」
華やかでくっきりした目鼻立ちの美人さん。
品のある服に洗練された着こなしはお嬢様。
だけどそうであるがゆえなおさら、眼前の振る舞いにはドン引いてしまう。
「それボクが先に──」
女性は大きく溢れそうな目を向けてきた。
「何か文句ある?」
「ありまくりです。人に体当たりしておいて謝ることもできないんですか」
「あたしは何も悪いことをしていない。あたしが走り込む位置に突っ立っていたあなたが悪い」
その無茶苦茶な理屈はなに?
女性はふんと鼻を鳴らし、すたすたと炊飯器を持って去っていった。
あーあ……。
立ち上がってホコリを払う。
ボクだってオトコ。
炊飯器を奪い去られたことについてぐだぐだ言うつもりはない。
欲しければ譲るよ。
だけど突き飛ばしたことについては一言くらい謝ってよ。
とんだお嬢様もいたものだ。
床には、さっき買った教科書が散らばってしまっていた。
かがんで拾い集め、紙袋……が破れてしまっている。
だけじゃない!
スカートまで破れてるじゃないか!
あーもう。
どこまでも踏んだり蹴ったり。
どうしてボクがこんな目に遭わないといけないんだ!
──目の前に、折り畳まれた紙袋が差し出された。
「使いなさいよ」
頭を上げる。
そこには、さっきの駄々っ子がいた。
「あ、ありがと」
もらってきてくれたんだ。
その意外さに、つい御礼の言葉が口をついてしまった。
それくらいしてもらって当然のはず。
だけど謝るのも拒否した女性のすることとは思えなかったから。
「あ、あたしが悪いんじゃないけどさ。炊飯器も譲らないけどさ」
「別にいいですよ」
紙袋の中に教科書を詰め込んでいく。
「だけど、けど、けど……結果的に悪いことはしちゃったかなって……」
変に言い淀んでる。
ああ……これが俗に言うツンデレさんか。
こんな絵に描いた様な人が現実に存在するとは思わなかったけど。
きっと翻訳すると「あたしが悪かったです、ごめんなさい」だな。
「もういいですから。お気になさらず」
これで一段落。
会釈してから、再び商品棚に目を向ける。
さっきの炊飯器はなかったものとして諦めよう。
じゃあ、一番安そうなこれでいいか。
手を伸ば──うあっ!
背後から肩を掴まれた。
ツンデレさんの声が、その後に続く。
「何してるの?」
もう、いったい何なんだ。
振り向いて答える。
「見たとおりです。炊飯器選び直してるんですが」
ツンデレさんが不機嫌そうな顔をする。
あなたに盗られたから。
そう受け取られちゃったかな?
しかし違った。
ツンデレさんは、ボクの推測を否定した。
思いも寄らない台詞で。
「あなた、今からあたしの家に来なさい」