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13粒目:きっと独りで食べてるからだよ

 あれから二週間が経った。

 ヤスからは無事に任務を遂行したという報告を受けた。

 何をしたか、具体的には聞かされていない。

 そんなの聞いて喜ぶほど悪趣味ではないし、興味もない。


 現在は必修の語学が終わったところ。

 よし、ノートを取り終えた。


 ──さわさわと頭を撫でられる。


「やめてよ!」


 振り向くとクラスメイトの太郎がいた。


「その超ベリーショートを見てたら撫でたくなっても仕方ないだろ」


「仕方なくないから! みんな同じ様な髪型じゃんか!」


 ボクは髪を切った。

 まずは形から男らしくなろうと。

 でも美容師さんを説得するのには骨が折れた。

 何せフリルひらひらワンピースにツインテールのウィッグつけたままだったから。


「薫のは特に撫でやすいんだよ。男って感じしないし、でも男だし」


「何だかなあ」


 でも口ではそう言いながらも嬉しくはある。

 あの日までクラスでも友達のいなかったボクだけど、次の日教室に入った瞬間、みんなに取り巻かれた。

 「何があったの?」とかいきなりの質問攻め。

 聞いてみれば、ボクがあまりにもかわいくて話しかけづらかったんだとか。

 それ以来、これまで味わえなかった友人達と笑い合う日常を過ごしている。


 カコさんは未だに顔を見せない。

 無理矢理にでもひっつかまえて話をするべきなのかなあ。

 でも約束したしなあ。


 こういう時の女子の本音ってわからない。

 だからどうすればいいかわからない。

 あーもう!

 いっそ性別も女の子に生まれてくれればよかったのに!


 大体、ボクはなんだってこんなにイライラしてるんだ。

 カコさんが来たところで、「薫クン、立ち直ったよ」、「よかったですね」で会話は終わりじゃないか。

 それが不毛とまでは言わないけど……なんか切ないなあ……。


「薫、薫ってば」


「あ、ごめん。どうした?」


 つい考え込んでしまってた。

 誤魔化すべく教科書を手にしてトントンと叩く。


「お昼行こうぜ」


「あ、ごめん。ボクこれから用事あるんだ」


「そっか、じゃあまた次の必修で」


 太郎が教室から出て行く。

 用事という程の用事ではないんだけど、今ここで御飯を食べるわけにはいかない。

 さて、ボクも出かけよう。


 ──秋葉原の某量販店。


 ここは家電売場、具体的には炊飯器売場。

 ボクは、あの日以来御飯がおいしくなくなった。

 カコさんの家で至高とも究極ともいえる御飯を食べたせいだろう。

 そう思い、本気で炊飯器を選ぶことにした。


 幸い、炊飯器ごとに試食が開催されている。

 高い方が味のいいのはわかってるんだから、安い方から食べていくことに。

 ただし、マイコン式除く。


 目を瞑り、舌に意識を集中して御飯を味わう。

 こうして食べ比べていくと、確かに炊飯器によって味がハッキリと違う。


 いよいよ本命、カコさんの炊飯器様だ。

 恐る恐ると御飯を口に入れる。


 うん、この味だ。

 おいしい、確かにおいしい。

 さすがは炊飯器オブ炊飯器。


 でも……おいしくない。

 おいしいんだけどおいしくない。

 なんだろう、何かが物足りない。


 もう一口、口に運ぶ。

 このもっちりした歯触りは間違いなくあの時の御飯のはずなんだけど……。

 さらにもう一口。

 しかしボクの箸はそれ以上進まなかった。


「何かお気に召しませんか?」


 不満げな表情をしていたのだろう。

 側にいた販促のおねえさんが話しかけてくる。


「この御飯って、間違いなくこの炊飯器で炊いた御飯ですよね?」


「はい」


「お米はどんなの使ってますか?」


「ごく標準的なブランド米ですよ。ただ普通米でもこの炊飯器でしたら、それなりに美味しく炊けますが」


「なんか物足りなくて……」


 感想を正直に伝えてみる。

 おねえさんは淡々と答える。


「確かにこの炊飯器はメーカーの技術の粋を集めた究極とも至高ともいえる炊飯器なんですけど、やっぱり好みというものがありますからねえ」


 好み?

 いや、そんなことはない。

 あの時の御飯は間違いなくおいしかったのだから。


「ありがとうございます、おいしかったです」


「はあ……」


 社交辞令だけ告げて売場を後にする。

 このもやもやした気持ちは何だろう。


 ──量販店内のパスタ屋。


 御飯がおいしくないので苦渋の選択。

 基本的には和食党なんだけど仕方ない。


 二~三本ずつフォークに巻き取り口の中へ運んでいく。

 茹で加減は間違いなくアルデンテ。

 しかしどこかしゃりしゃりと砂を噛んでる感触。


 隣席に座るカップルの会話が聞こえてきた。


「まーくん、口元がベタベタだよ」


「みーちゃん、ふきふきして~」


 みーちゃんと呼ばれた女性が紙ナプキンでまーくんの口元を拭う。

 まさしくバカップル。

 うざったい、でも微笑ましくも感じられる。

 本当に自然に楽しそうに食べてるから。


「まーくん、あーんして」


「もぐもぐ。みーちゃんに食べさせてもらうとホントに美味しいなあ」


「みーちゃんもおいしいよ。だってまーくんと一緒なんだもん、きゃっ」


 ……イラっとしてきた。


 テーブルの足を蹴飛ばす。

 がたん、と音を立てて揺れた。


「うあっ、びっくりした。隣の人、なんかイライラしてない?」


「きっと独りで食べてるからだよ。みーちゃんとまーくんが羨ましいんだよ」


 勝手に言ってろ。

 羨ましくなんか……あるな。

 「会話も御飯のおかず」か。

 独りで食べる御飯がこんなに美味しくないなんて。


 ううん、そんなことはない。

 恋人じゃないけど、隆一と食べてる御飯だって味はしなかった。


 そういえばあの頃って、このバカップルみたいに会話弾ませながら食事してたっけか。

 確か隆一の自慢話をうんうん頷きながら聞いているだけだったような。

 常に隆一の顔色伺って、嫌われないように。

 それしか考えてなかった気がする。

 ただ一人の友達を失いたくなかったから。


 そうか……あの日の御飯と、それ以降の食事。

 足りないものはカコさん。

 あれはカコさんと一緒だったからこそ、おいしかったんだ。


 つまり……きっとボクは……カコさんが好きなんだ……。


 あの時はカコさんがかわいそうだから飛び出した。

 そう思っていた。

 でも違う。

 好きな人を守りたかったから飛び出したんだ。


 カコさんに会いたい。

 カコさんの顔が見たい。

 だけどカコさんは「待ってて」と言った。

 ボクはやっぱり待つしかない。


 だけど「絶対顔を出すから」って約束したよね。

 だったら早く会いに来てよ。

 ボクが飢え死にする前に……。


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