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12粒目:ああヤス? ボクのお願い聞いてくれる?

 隆一が吹き出した。


「こりゃいいや。用済みなオトコに用済みなオンナの組合せかよ」


「黙れ!」


 完全に呆けたカコさんを床に座らせる。


「カコさん、ごめんなさい。もっと早く出たかったんですけど……」


 涙を浮かべたカコさんが、唇を結んだまま何回も首を振る。

 本当にごめんなさい。


 マリが怪訝そうに、隆一へ顔を向ける。


「隆一さん、この女せ……いや女装の男性はお知り合い?」


「地元いた時の『相方』」


「また随分と仰々しくも曖昧な表現ですわね。男性同士で恋愛関係でしたの?」


「まさか。関西だと『友達』と同じ意味で、割と気軽に使う言葉だよ……まあ時計もらうくらいには特別な関係だったかもな」


 このヤロウ……。


「なるほど、つまりはカコさんと同じ立場な方ですのね。男性までたらしこむなんて、さすがは隆一さんですの」


「こいつ、ちょっとからかっておだてたら毎回女装してきやがってさ。仕方ないから一緒に歩いてたけど、すごい恥ずかしかったよ」


 死にやがれ……。


「ぷっ、殿方のくせに気持ち悪いですの」


「もしかして俺、本当に被害者? こいつら、いつから付き合ってたかなんてわかんねーんだし。カコも一途なフリして随分な尻軽だよなあ」


 もう、ここまでだ。


「ボクの事を何と言おうと構わない、だけどカコさんを悪く言うな」


「へえ、いっぱしのナイト気取り? 何を自分に酔ってるの?」


「自分に酔ってるのはキミの方だろ?」


 隆一の足を払い、その上から組み伏せる。


「ボクのピアスが『左耳』だった意味を忘れたわけじゃないよね? 左耳のピアスは『守る側』の証。ケンカでボクに勝てると思ってる?」


「ふん、オマエが他人を殴れないヘタレなのは知ってるんだよ」


 自分のことならね。

 自分がされてイヤなことを他人にしたくないから。

 だからこそキミは、つけあがったんだろうさ。

 でもね。


「物事には例外ってものがあるんだよ」


「はがあああああああああああああ!」


 人中──鼻と口との間のくぼんだ部分に拳を入れる。

 手ごたえあり。


「カコさんのためなら何だってするよ。次はどこ行こうか?」


「ひゃ、ひゃってみろよ!」


「うるさい口だな」


 カコさん、嫌なところ見せちゃうけどゴメンね。

 隆一の人差し指を握る。


「ふがあああああああああああああ!」


「一本だけじゃバランス悪いよね」


「ほがあああああああああああああ!」


「全く反省してない顔だね。次は両目潰すよ?」


「そ、そんなことしたら、薫の人生は──」


「終わらないよ。隆一はよーく知ってるんじゃない?」


 隆一はボクの家の事情を知っている。

 ボクを連れ歩いていたのは用心棒代わりというのもあったろうからね。


「マリ! 一一〇番! 警察を呼べ! 現行犯なら!」


「現行犯はキミ達の方だよ、これなぁんだ?」


「えっ!?」


 隆一の眼前に、ポケット取り出したスマホを突きつける。


「ここに来てからの一部始終は全て録音してある。このマンションはセキュリティ厳重だし、無断で立ち入った玄関前の録画もあるだろうね。果たして二人にはどれだけの罪責が問われるかな?」


「き、汚ねえ。それが人間のやることか!」


「同じ事しといて何言ってるの。ボクはブーメラン投げ返してるだけだよ」


「俺はいいんだ! 俺にはその権利があるんだ! 俺さえよければそれでいいんだ!」


 はあ、この自己中ぶりは見上げたものだ。

 こんなヤツ、これ以上手を汚す価値もない。

 隆一の体をまさぐり、鍵とスマホと時計を奪い取る。


「もういいから出て行け。二度とボク達の前に顔を見せるな」


 マウントをとくと、隆一は一目散に玄関の外へ走り去った。


「ぜ、全部そこのマリが計画したことだ。俺は命令されただけで何も知らない!」


「り、隆一さん!」


 まさかマリを見捨てるだけじゃなく、なすりつけていくとは……。


 マリが隆一を追いかけようとする。

 しかしすぐさまマリの腕を掴み、壁に押さえつけた。


「逃がさないよ。キミにはまだ用がある」


 マリは歯をカチカチ鳴らしながら、がくがく震えている。


 ──うわっ、足が!


 下を見やると、水たまりができていた。

 マリの白いワンピースには濡れたシミ。

 どうやら失禁してしまったらしい。


「わ、私命令なんてしてませんの。ただカコさんを困らせたかっただけですの」


「そんなの、あの愉悦に耽っていた隆一の表情見ればわかるよ」


「そ、そ、そ、そうですわよね」


「うん、そんなことはどうでもいいんだ……ねえ、マリさん。自分のことをウルトラハイパー美少女とか言ってたよね?」


「そ、そ、そ、そうでしたかしら?」


「ボクを目の前にしてもその台詞を言える?」


 にっこりと笑ってみせる。

 マリはふるふると首を振る。

 それが当然だよ。


 ボクは自分だろうと他人だろうと顔の善し悪しなんてどうでもいい。

 常に仲間はずれだったボクにとっては、相手してもらえるだけでも僥倖なのだもの。

 ボクが相手してもらえるかどうかも、顔以前の問題だったし。


 だからと言って、自分の顔に自信がないわけではない。

 客観的に見たとして、オトコとしてはキモイし、オンナとしてもカコさんみたいな系統の顔には敵わないと思ってる。

 だけどマリみたいに同系統の顔に対しては話が別。

 この程度でウルトラハイパー美少女を名乗るなんておこがましいよ。


「身の程を弁えたら、まずは自分で汚した床を掃除してくれない?」


「ひっく、ひっく……雑巾貸して下さいですの……」


「そこにあるじゃん」


 マリの服を指さす。

 あなたが泣いてもかわいくないんだよ。


「濡れたスカートを床につけない様に、両手で力をこめて拭き取ってね」


「それでどうやって拭けというんですの!」


「自分で考えれば?」


 マリが歯がみをする。

 しかし自分がどうすればいいか悟ったのだろう、すがるような目で見つめてきた。

 ボクは睨み返し、マリの懇願をきっぱりと拒絶する。


 マリはその細い指で自らの汚物に塗れたスカートの裾を摘んだ。

 そして恐る恐るとめくりあげ、目を瞑りながら口に咥える。


「こ……これれひひんへふの(これでいいんですの)?」


「さっさと拭いてよ」


 マリは四つん這いになり、スカートの濡れていない両側の部分で床を拭き始めた。

 めくれあがったスカートからは小さなお尻が覗き、濡れた白い下着が貼りついてしまっている。

 無様とはまさにこのことだ。

 こういうタイプこそプライドを踏みにじるのが効く。

 カコさんに与えた痛みを自らどんなものか味わってみればいい。


「ふっ、ふふうううう……りゅうひひ(隆一)……ほくほわらくひほほひれ《よくもわたくしをおいて》……」


 マリが口の端から涎を垂らしながらむせび泣く。

 やりきれない怒りはボクじゃなく、自分を捨てた隆一の方へ向かったか。


「薫クン……」


 カコさんのか細く掠れた声が聞こえてきた。


「もう、やめてあげて……」


 なんてお人好しな。


 でも、見ていて気持ちのいい光景ではないのは確か。

 マリについてはこのくらいにしておこう。


「もういいよ」


 マリがゆっくりと立ち上がり、口からスカートを離す。

 そして、カコさんに向かって頭をそっと下げた。


「ご……めんなさい……ですの」


「わかってるとは思うけど、もし今回の一件がボク達の耳に入ったら──」


 もちろんさっきの光景は記録済みだし、それごときですませるつもりもない。

 マリは肩をびくりとさせ、慌てた様に早口で言い切る。


「他言はしませんの。下僕達の口も私が責任もって止めますの」


 口だけならどうとでも言えるよね?

 その言葉をぐっと飲み込む。

 このマリの怯えきった様子からは念を押す必要もないだろう。

 それでも追い詰めるならボクも隆一と同類だ。


「それならいい」


 目を玄関にやって退出を促す。

 そのボクに向かってマリは深々と一礼し、肩を落としながら出て行った。


 ──ドアが閉まる。


「カコさん、大丈夫?」


 未だに震えるカコさんの肩へ手を伸ばす。

 しかし、ボクの手は払いのけられた。


「ごめん……」


「なんでカコさんが謝るんですか」


「あたしが当事者だったなんて……薫クンが独りでいる間に隆一と楽しんでたのはあたしだったなんて……それなのに何も知らずに薫君にぺらぺらと……しかもお姉さんぶって慰めたりして……どこまでも最低」


 いったい何を言ってるんだ。


「ただの偶然じゃないですか! そんなの気にしないでください!」


 しかしカコさんは頭をぶんぶん振る。


「わけがわからない! 何も信じられない! あああああああああああああああああ!」


 まずい、錯乱しかけてる。

 どうすれば……一か八か。


 台所から炊飯器様を持ってくる。

 そしてカコさんの腿の上に載せた。


 カコさんが炊飯器様をぎゅっと抱きしめる。

 泣き声が徐々に止み、呼吸音の刻むリズムがゆっくりになってきた。

 落ち着いてきたらしい。

 しかし台詞はまだとぎれとぎれ。


「しばらく……独りにさせて……その服はあげるから……」


「ほっとけますか!」


 こんな状況で独りにすると、何しでかすかわからない。


「お願い……ホントに大丈夫だから……落ち着いたら顔を出すから……」


「でも」


「約束するから……そっとしておいてください……」


 敬語にまでなってしまった。

 これは下手に居座ると逆効果になりそうだ。


「本当に約束ですよ」


 カコさんがコクリと頷く。

 ボクはそれを見届け、部屋を退出した。


 ──ここらでいいかな。


 マンションから離れたところでスマホを取り出す。


「もしもし。ボクだけどヤスを呼んで……ああヤス? 悪いけどボクのお願い聞いてくれる?……珍しい? そういう事情があってね……」


 もちろん、隆一をあの程度ですませるわけがない。

 指示を伝え、電話を切る。


 ボクが隆一の未来を知ることはない。

 だけど、ヤスに任せておけば大丈夫だ。

 アシもつかない様に、万事ぬかりなくやり遂げてくれるだろう。


 隆一だってボクに友達がいなかった事情は知ってるはずなのに。

 ある意味ではボクを信じてたからこそ、タカをくくっていたんだろうけど。

 人間、こんなことにならないように、常日頃から謙虚を心がけるもの。

 因果応報という言葉の意味を、自らの体で学ぶがいい。


 でも……カコさんを傷つけちゃったな……。

 今となってはもう、どうでもいいことなのに。

 ボクもカコさんも悪くはない。

 ただ偶然に偶然が重なっただけ。

 でも元を辿ると、ボクが隆一ごときのせいでウジウジしてたせいなのは確かだ。

 もっと男らしくならないと。


 美容院の看板が目に入る……よし。


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