11粒目:薫クン!?
「ほら、返してやるよ」
隆一がカコさんに向け、銀色の物体をピンと弾いた。
「五百円玉?」
「質屋に売った金。カコの後生大事にしていた炊飯器の価値なんてこんなものさ」
「ひ、ひどい! 炊飯器に罪はないじゃない!」
そこじゃない、とツッコミたいが……。
隆一はわざと煽ってるのだ。
カコさんがどれだけ炊飯器を愛しているか知っているから。
でも、どうして?
時計さえ受け取れば、それで用事は終わりだろうに。
カコさんが拳をグッと握りしめる。
「……それで、二人して何しに来たってわけ?」
「知れたことですの。カコさんを嘲笑いに来たんですの」
「どうして!」
「目障りですの。他の子達は男性も女性も私をちやほやしてくれるのに、あなたはずっと無視してばかり」
「そりゃ付き合いもないし、ちやほやする義理もないし」
ぷっ。
思わず失笑してしまった。
と言うか、橘さんとやらの頭は沸いているとしか思えない。
「かわいいは正義ですの。だからわたくしみたいなウルトラハイパー美少女を目の前にすれば、誰しも敬わなければなりませんの。それが日本国民としての義務ですの」
……本当に頭が沸いているらしい。
「あんたバカ?」
「その上から目線の態度が気にくわないと言ってるのがわかりませんの?」
隆一が続く。
「俺もお前の上から目線は気に食わなかったんだよ」
「はあ? あたしがいつから上から目線を?」
「はん。俺より身長高いなんて、オンナのクセに生意気なんだよ」
「俺より背の高いのなんて気にするな」。
微妙な言い回しと思ったけど、こんな形で的中するとは。
隆一にとって身長は唯一といっていいコンプレックス。
答えを知ってしまえば納得する。
だけど、ねじ曲がっているにも程がある。
ボクはいつの間にか拳を握りしめていた。
でもどうする?
この場でボクは、あくまで第三者。
カコさんのカレシどころか、友達ですらないのに。
飛び出す権利なんてないじゃないか……。
カコさんが叫ぶ。
「じゃあ、どうしてあたしと一緒にいたの!」
「カコがサークルの一年で女子の一番人気だったから」
「はい?」
「俺は男子の一番人気。そういうステータスを持ってるからには、どんな気にくわない女だろうと俺の手で中古にされるべきだろう」
「何ですって!」
カコさんが叫ぶ。
しかし隆一はとりあう様子もない。
「でも新入生が入れば、サークルの二年生は生ゴミだからな」
「もしかして、あの御飯の食べ方は……」
「感謝しろよ。『別れましょう』と言ったのはカコ。この俺様を振るという名誉をさしあげてやったんだぞ」
マリが言葉をつなぐ。
「でももしかすると、自ら関係を終わりにしちゃったことで罪悪感に苦しんでしまったかもしれませんわね。ここ数日間は、さぞ心が宙ぶらりんになったと思われますの」
こいつら、悪魔か。
カコさんの声が涙混じりになる。
「ど、どこまで……」
「まだまだ。カコがバイトや試食の旅に出ている間に、ここで俺達がやってたことを見せてやるよ」
隆一が橘さん──こんなやつ呼び捨てでいい──マリの唇に自らのを強く押しつける。
「あ、あふ……隆一はん……らめ……」
その言葉とは裏腹に、マリの目はカコさんから離れない。
見せつけているつもりか。
「出て行け! 今すぐ出て行け!」
「ふん、イケメンは正義なんだよ。他人のプライドをぐちゃぐちゃに踏みにじるってホント快感だな」
「ふふふ、まったくですの。侵してはならないものを侵す背徳感がたまりませんわ」
もうガマンできない、権利も理由もいらない!
飛び出し──かけるも、無理矢理にその足を抑え付けた。
それはマリのイヤな微笑みに気づいたから。
この二人、まだ何か企んでやがる。
「あたしが一体何をしたっていうの! そんなことされることした覚えない!」
「俺より目立ったお前が悪い」
「わたくしより目立ったあなたが悪いんですの」
「う、訴えてやる!」
マリがわざとらしい溜息をつく。
「ふう……そんな体裁の悪いことされたら困りますの。ねえ、隆一さん」
「そうだな。ということで、カコには黙ってもらおうか──」
隆一がスマホを取り出す。
「──この中にはカコの初めての場面が入ってる」
「そんなものいつの間に……」
「たまたま録画のスイッチが入ってたみたいでさ。俺も見てみてびっくり」
「そういうこともありますわよね」
ないよ。
「もしかすると落としたり、なくしたり、盗まれるかもしれないなあ。俺、機械苦手だからロックなんてしてないし」
「もしかしたらわたくしの下僕達がそれを拾ってネットにばらまいちゃうかもしれませんの。もちろんそれは私達の関知するところではありませんの」
「あは……あはははは……」
まずい!
そう思った時には既に、ボクは倒れかけたカコさんを抱き止めていた。
「薫クン!?」
「薫? どうしてお前がここに?」
「ボクがカコさんの新しいカレシだからだよ」
「はあ?」
「隆一、そのスマホを置いて今すぐ出て行け!」