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10粒目:ごきげんよう、カコさん

 えっ? ええっ! えええっ!?

 いや、隆一なんてよくある名前だ。

 音を立てない様にゆっくりとクローゼットの扉を開く。

 足を忍ばせて扉の影へ……。


 ──げっ!


 間違いなく隆一だ。

 と言うことは、カコさんの前カレってやっぱり?


 隆一はつかつかとリビングへあがりこむ。

 いったい何の因縁なのさ。

 さっきまでの楽しかった時間が一気にすっ飛んでしまった。


 だけど不思議と、さっき味わった悲しさや寂しさはない。

 ボクの胸に渦巻くのは、いらだち。

 切り捨てただけじゃない。

 邪魔までしないと気が済まないのか。

 偶然なのはわかってるけど呪いたくなる。


 でも……カコさんにとっては違う。

 話しててわかったけど、カコさんはまだ隆一のことを好き。

 今回も仲直りできると思ってた。

 その言葉が表す通り「前カレ」じゃなく「今カレ」。

 カコさんにとっては喧嘩したままなだけなんだ。


 無理もない。

 話を聞いた時点で、ボクは隆一とカコさんにとって第三者。

 だけどあまりにツッコミどころが多く、そんなことで別れるか?って感じだった。

 あんな振られ方されたら、きっと悲しいというより訳わからなくなる。

 なんで? どうして? って。

 恋愛経験のないボクすらそう思う。


 隆一と知った今なら尚更だ。

 隆一は自らが関西人であることに誇りなんて持っちゃいない。

 一緒にいた頃は「東京行きたい」が口癖。

 関西弁を捨ててしまっていたのもその証拠だ。


 食べ方だって、そう。

 ボクも相方と呼ばれるくらい一緒だったんだから、隆一とは何度も御飯食べてる。

 お好み焼きだって、うどんだって。

 だけど話に聞いためちゃくちゃな食べ方したのなんて見たことない。

 マヨネーズは食べるけど、マヨラーってほどじゃない。

 むしろ差し控える方だ。

 隆一はナルシスと呼んでいいほどのイケメン自慢。

 顔や体形を維持するため、カロリーにはかなり気を使ってるから。 


 ……いったい何なんだ?


「よお」


「何しに来たの?」


「忘れた時計を取りに来たんだよ」


「……ちょっと待ってて」


 カコさんがぱたぱた足音を立て、こちらに戻ってきた。

 心無しか、少し弾んでいる様にも聞こえる。


 カコさんがドレッサーの時計を手に取る。

 クローゼットから出ているボクに気づいたらしい。

 鏡に向かって目配せをする。

 「すぐ終わるから待っててね」ということだろう。


 カコさんが部屋から出て行くのに合わせ、クローゼットから外へ。

 こっそりリビングを覗く。

 カコさんは隆一に時計を手渡そうとしている。


「はい」


「おう」


 隆一がにやつきながら受け取ろうとする──あれ?

 カコさんが、さっと腕時計を引っ込めた。


「わ、わ、渡すから……その前に一言聞いて欲しいんだけど……」


「なんだよ」


 隆一が憮然とする。


「あ、あの……こないだはあたしが言い過ぎました! ごめんなさい!」


 え、ええっ! カコさんがガバっと頭を下げた!

 謝っちゃうの!?

 しかもワタクシサマのカコさんが!


 カコさんは悪くない、絶対悪くない。

 それなのに……。


「それで?」


「な、な、仲直りしてもらえたらなって……」


 さしもの隆一も心打たれたかが目を伏せる。

 しかし、口調はきっぱりだった。


「ごめん、俺達やっぱりムリだと思う」


「そう……」


 隆一の差し出された手へ、カコさんは力なさげに時計を置く。

 その時だった。


「最初からな」


「えっ!?」


 隆一がニヤリとする。


「カコ、お前は俺の『カノジョ』とでも思ってたわけ?」


「じゃなかったら、何なの!」


 隆一がポケットからスマートフォンを取りだす。


「……入っていいぞ」


 玄関のドアが開き、白いワンピースの女性が入ってきた。


 お目々ぱっちりで小柄でかわいらしい感じ。

 サイドの三つ編みを後ろにまとめたお嬢様結びも相まって、清楚そうな雰囲気。

 カコさんとは違った意味でのお嬢様に見える。

 まさにお嬢様の王道といった子だ。


「あ、あなたは!」


 カコさんが叫ぶ。


 なんか雲行きが怪しい。

 破れたワンピースを手繰り寄せ、服をまさぐる。

 えーと、えーと……あった。

 こういう時は念のため、備えあれば憂い無しだ。


「ごきげんよう、カコさん。必修ではいつもお世話になってますの」


 スカートの裾をつまみ、うやうやしく一礼してみせる。

 しかし、その動作は気品があるというよりも単に仰々しい。

 必修ということはカコさんのクラスメイトか。

 世の中にこんな言葉遣いをする人が実在するなんて。


「橘……さん?」


 自信なさげな声。

 苗字で呼んでるし、せいぜい顔と名前は一致するくらいの関係なのだろう。


 隆一が橘さんの肩を掴んで抱き寄せた。


「おうよ。橘マリ、こいつが俺のカノジョ」


「カノ……ジョ……?」


 カコさんは途切れ途切れ。


「聞いての通りですわ。隆一さんのカノジョはわたくしですの。カコさんはいったいどのように勘違いなされてましたの?」


「か、勘違い? 『大事な存在』って言ってくれたじゃない!」


 隆一がつっけんどんに言い返す。


「だって、ヤラせてくれるし、メシ食わせてくれるし、学校近くの根城使わせてくれる。そりゃ『大事な存在』に決まってるだろ」


「な、なんですって!」


 隆一が時計を摘み、ぴらぴら振る。


「こんな腕時計くれることだしな」


 橘さんがくすくす笑う。


「ふふ。付け加えますと隆一さんはこれと同じ時計を色んな方からもらってますの。そうすると、手元に一つ残しておけば全部売り払ってもバレませんの。それがリア充な殿方の基本ですの」


 なっ、何いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!

 それじゃ、ボクがあげたのも……。


 つまりボクは隆一に騙されていた。

 そう思ってはいた、認めたくなかっただけで。

 でもたった今、ついにハッキリと悟らされた。


 カコさんがわなわなと肩を震わせる。


「それじゃ炊飯器は……」


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