三月十四日、チョコレート、返却。
サンタが街にやって来て……二ヶ月。
ハートが伝わる、赤いチョコ……の日から一ヶ月。
「……なあ、今日、ホワイトデーやろ?」
冷たい風がいつの間にか姿を消した、早朝の小道。登校途中の中学生が歩いていた。
「それ、おれに聞くか」
「……聞いて悪いか」
小道に繋がる大通りの交差点で、信号が色を変える。
惜しくも「止まれ」をくらった二人は、青になるまで足踏みをしていた。
「知ってるやろ? おれの予定は、まさにホワイトや」
「まあ……そうやな……うん」
しかし、信号は中々「進め」に切り替わらない。
少しだけ苛立った一人が呟いた。
「……おれら、チョコ貰えるんかな」
もう一人は、訳が分からない、という顔をした。
「はあ? 急に何ゆうてんの?」
「だってな、おれらにチョコ渡しそびれた子がいるかもしれへんやろ?」
最初の一人は、口を尖らせながら頭を掻いた。
もう一人がその頭をスパコンッ、っと引っ叩いた。
「アッホやなぁ。…………そんなんある訳ない、やろ」
「うっさいわ! ちっとばかし夢ぐらい見とってもええやんけ!」
「ほな、どんなのや? ゆうてみ?」
「せやなぁ─────────」
おれが、放課後なんで帰ろうとしてた時やった。
『磯野……拓海センパイ!』
小柄でロング茶髪の美少女が、手を振りながら駆け寄って来た。
見ず知らずの美少女は、大きく揺れる胸を片手で抑えた。
『お? 誰や?』
『一年の繭宮です』
『んで、コーハイがおれに何の用?』
美少女は、後ろに隠していた箱をズイッ、っと押し付けた。
『えっと……その……一ヶ月も遅れちゃったんですけど……
……良かったら食べて下さい!』
『うそぉ! おれに!?』
繭宮は、顔を真っ赤に染めながら目を逸らすと、サラサラとした髪を耳に掛けた。
その動作を何回もしてるうちに、もじもじと顔を両手で覆うと。
『では、その……さよならっ!』
『ちょっ、ちょっと!?』
そのまま駆け出してしもうた。
『……なんやったんやろ』
疑問に思いながら、綺麗にラッピングされた箱を開けてみた。
中身は、手作りっぽいチョコレートと。
『……手紙?』
そこには、
好きです
とだけ書かれとった。
「─────────こんぐらっちゅねーしょん」
「……なんやそれ」
もう一人が、呆れた様に溜め息をついた。
顔をしかめられるのを見て、彼は慌てた。
「ええっ!? 何で分からへんのや! 照れプレ最強説が!」
「何が照れプレや! そんなコーハイいるかっちゅーねん!」
「ほっとけ! じゃあオマエはどうなんよ!?」
「……ほな─────────」
ある日、朝教室に着いた時やった。
机に教科書をしまおうとしたんやけど、つっかえて入らへんかった。
なんでや、と思って中を見たら、箱が入ってた。
『誰や? こんなもん入れたの』
箱は、ゴ○ィバのパッケージやった。
リボンが巻かれてて、手紙が挟まってた。
貝原 潮路さんへ
ずっと前から 好きでした
良ければ 付き合って下さい
放課後 校門で待ってます
『はは、イタズラかいな』
でも、蓋を開けたら、値の張りそうな黒いチョコレートが詰まっとった。
『まさか……ほんまのやつか?』
気になって、授業に集中出来へんかった。
そして、ついにその時が来てもうた。
怖気づきながら校門に着いた。
『あ!』
ショートヘアが小走りで近づいて来た。
『アナタですか? 手紙をくれたのは』
『うん。三年一組の結城だよ。読んでくれてありがとう』
『これ……ドッキリ、とかやないんでしょうか?』
『もちろん』
本気ですよ、とゆうかの様に、結城センパイは目をしっかり合わせてきた。
その真摯さに、一瞬で心を奪われた。
『……返事は?』
『はい。こちらこそ、よろしくお願いします』
『ほ、本当に……? やったー!』
小さくガッツポーズをとる結城センパイを、年上なのに可愛い、と思ってしもうた。
「─────────とぅーびーこんてにゅー、や」
「人の事ゆえてへんやん!」
彼が、もう一人をパコンッ、と殴った。
「痛っ、どこがや!」
「そっくりそのまま返すわ! そんなセンパイおるかあああ!」
「ちゃうやろ! アンタはコーハイだったやん!」
「そおゆう意味やない!」
ギャーギャーといった口喧嘩は、さらに加速していく。
反対車線の信号が、点滅し始めた。
「うるさいわ! そんなんやから、偶像センパイもこおへんのやろ!?」
「やかましい! アンタこそ、告白してくるコーハイの鼓膜破るオチとちゃうんか!?」
「……ちくしょう! オマエのチョコは一生食いたないな!!」
「は!? ……えーえー、わたしはどーせ、アンタのゆう可愛ええ娘とかやないもんな!!」
「……え?」
二人の時間が止まった。
「…………しもた」
パッ、と信号が青になった。
「ちょい待て! そら、どうゆうこっちゃ!?
…………潮路!!」
その途端、彼女が走り出した。
すぐさま彼は追いかけた。
……でも。
「オイッ! 待てゆうとるやろが!!」
「いややっ! 絶対待たへん!!」
いまだ成長期な拓海は、潮路の速さに敵わなかった。
「ふえ、予、定と、ちゃうっ! わああぁん!!」
「ひい、速、すぎ、る、やろっ! ……あ」
途中、潮路はポケットから何かを落とした。
しかし、気付かずに横断歩道を走り抜けてしまった。
潮路の落とした物に気を取られていると、もういなかった。
「はあ、はあ……アイツ、何落としたんや?」
拓海は、ゆっくりと歩いてそれを拾った。
それは、箱がベコベコにへこんだチョコレートだった。
「…………あっ」
思わず立ちすくんでいると、箱の中からメモが落ちた。
そこに、
好きや、アホ
と、見慣れた字で記してあった。
「潮路…………」
彼は、気付いていなかった。
「コーハイ」の話をしている時、彼女がどんな思いで聴いていたのかを。
「……まだ、返事は出来へんけど」
潮路の気持ちを、人生で初めてちゃんと聞きたい、と思ったから。
拓海は、まずこれを返そう、と心に決めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
※この物語はフィクションです。