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5:わたしの髪は、どうして黒いんだと思う?

 聖女代行の話が出てきてから一ヶ月ほど。

 ルティアナは正式に王命により、聖女代行としてアークライト家を旅立つことになった。


「わざわざ王都から他の方々が迎えに来てくださるそうよ。ありがたいことね」

「お嬢様、全然ありがたいと思っている顔じゃないです」


 明日、一行は到着するらしいので、ルティアナが屋敷で過ごすのも今夜が最後だ。次にこの部屋で眠れるのはいつになるかわかったものではない。

「迎えって、フランツ王子も来るんですか?」

 フランツとマコトはフランツが屋敷を訪ねてきた時以来、顔を合わせていない。フランツがこの屋敷にやってこないからだ。

「もちろんよ。……王子も嫌なら嫌って言えばいいのに」

「王子が反対してくれればお嬢様もこんなことに参加せずにすんだかもしれませんね」

 フランツの発言がどれほど効果があるかは知らないが、これから毎日顔を合わせることになるのだ。ルティアナも迷惑そうだし、フランツも嫌だろうに。

「……あら、言ってなかったかしら」

 湯上りのルティアナの髪を丁寧に拭きながら、マコトは「はい?」と首を傾げた。ルティアナは鏡越しにマコトの顔を見る。

「四大公爵家であるうちと、カーライル家とヘルツェル家、それとゼヴィウス家には聖女の旅に同行する義務があるのよ」

「初耳ですよ!」

 先日、マコトはアークライト家なら偉いんだから拒否できるだろう、と聞いたがむしろアークライト家だから断れないのだ。

「と言っても、ヘルツェル家はギリギリ公爵家としての生活を保っているような有様だし、ゼヴィウス家に至っては没落してるわ。前回あたりから参加してるのはうちとカーライル家くらいね」

「でも今回は表向き、アークライト家からは誰も参加しないじゃないですか」

 ルティアナはあくまで聖女の代わり。公には聖女が旅をしていることになっている。

「まぁそうだけど」

 王都の大神殿には、空高くまで伸びる光の柱が出現している。それはまさに聖女が召喚された、という証なのだが、今見えているであろうものは魔術師たちが生み出した幻覚だ。

 聖女が召喚され、帰還するまで光の柱はあり続ける。それは王都のどこからでも見え、国民にとっては安心を与えるものだ。

 聖女さまがいるのだから、大丈夫だ、と。

 実際にはまだ聖女はおらず、急いで召喚の準備を進めているのだが。

「……召喚される聖女は黒髪で黒い目だと言ったわよね?」

「ああ、そうでしたね」

 髪の色と目の色が決まっているなんて面白い話だと思う。日本人であるマコトにとっては黒髪と黒い目も特別なものには感じないのだけど。

「この国にはそもそも黒髪なんて生まれないの。そんな髪の人いないんだもの。せいぜい濃い茶髪くらいかしら?」

「え? でも……」

 しかし、マコトが今まさに乾かしているルティアナの髪は青みがかっているものの、黒と言って間違いない。

 混乱するマコトに、ルティアナは微笑む。

「わたしの髪は、どうして黒いんだと思う?」

「……突然変異ですか?」

 人類の進化の神秘、あるいは遺伝子の不思議としかマコトは考えつかない。そもそも、髪の色や目の色なんてどうしてこの色なのか考えたりしなかった。

「そんなわけないでしょう。……わたしの曾祖母が前の聖女だったからよ」

 は? とマコトはつい間抜けた声を出してしまった。その声にルティアナは笑う。予想通りの反応だったんだろう。

 聖女というのは、異世界から召喚された乙女のことだ。

 ルティアナの曾祖母が聖女だった、ということはつまり。

「お嬢様には異世界の血が流れているってことですか?」

「そうよ。お父様も藍色の、わりと濃い色の髪でしょう? わたしはその血が濃く出たのか黒髪だけど」

 ルティアナは自分の髪を摘んで、その色を見つめる。ルティアナが生まれた時はそれは大騒ぎになったらしい。

「でもだったらなんで王家とかは……アークライト家を嫌ってるんですか?」

 聖女の子孫だというのは、王家がアークライト家を嫌いらしい、という理由になるにはほど遠い。

「それがねぇ、当時の王子が前の聖女のこと好きだったのよねぇ。でも聖女は――曾祖母は旅の一行にいた曾祖父が好きだったわけで」

 ――ああ、なるほど三角関係。

 マコトは即座に納得した。どこでも色恋沙汰で揉めるのは同じだ。

「あの手この手で王子が半ば無理やりに聖女との結婚までこぎつけたんだけど、式の最中に曾祖父が花嫁連れ去ってしまったのよ。国民には素敵な恋物語として人気だけど」

「その王子には申し訳ないですけど、そうでしょうね」

 古今東西、花嫁が真に愛する人にさらわれる――なんて、女性が好む話だ。

「だから王家は、アークライト家は嫌いだけど聖女の子孫でもあるから心底嫌いにはなれない……って感じかしら」

 そんなものを何代もあとまで引きずるなよ、とマコトは呆れた。


 マコトはルティアナの髪を手入れしながら、荷物に不備がないか頭の中で確認し始めた。動きやすい服は必須だし、ルティアナの肌や髪の手入れだって欠かすことはできない。野宿だって当然あるだろう。

 荷物が多すぎるのもいけないと最低限にしているつもりだが、それでも鞄一つに収まるレベルじゃない。

「マコトも、もういいわよ。今日は早く休んで?」

「そう言って、このまま寝るつもりでしょう。生乾きのまま寝て風邪をひきますよ」

「まぁ、明日からゆっくりベッドで眠ることもできない従者への主のやさしい気遣いがわからないなんて」

「わかってますから大丈夫です。お嬢様の髪は傷みやすいんですからちゃんと手入れしないと」

 ルティアナの黒い髪はゆるく波打つくせっ毛で、ちょっと手入れをサボっただけですぐ傷んでからまってしまう。

 小さな頃にルティアナが自分でできる! とメイドやマコトの手伝いを断って一日で悲惨なことになってからは、大人しく手入れはマコト任せだ。

「旅に出たら手入れもなにもないと思うけど」

「だからこそ今日念入りにするんじゃないですか」

 どうやら譲る気はないらしい従者に苦笑して、ルティアナは好きにさせることにした。

 丁寧に乾かし、そのあとで香油を塗る。

 やさしい香りはルティアナの好みというよりも、マコトの好みだ。ルティアナは香油にもこだわりがないからマコトの好きな香りを選んだ。本人は知らないだろうけれど。

「終わりましたよ。あとは夜更かししないですぐ寝てください」

「こんなときに夜更かしするほどバカじゃないわ」

 どうだか、とマコトは苦笑しつつ、扉へと向かう。

 本当は、寝る前の支度など従者であっても異性であるマコトの仕事ではないのだろう。

 けれどルティアナはマコトを呼ぶし、メイドたちもあらあらいつまでたってもマコトさんには甘えん坊ですね、と笑って済ましてしまう。


「じゃあ、おやすみなさいお嬢様。また明日」

「おやすみなさい、マコト。いい夢を」


 早くベッドに入ればいいのに、ルティアナは部屋を去るマコトを毎晩律儀に見送る。じっと見つめてくるルティアナの青い目にマコトは小さなため息をこぼし、身を屈めた。

 するとルティアナは少し背伸びをして、マコトの頬にキスをする。

 今ではたいへん悩ましい問題のひとつでもある、寝る前のおやすみのキスだ。小さい頃、出会ったばかりの頃にルティアナが始めてから今までずっと続いている。

 さすがにそろそろやめたほうがいいだろうと真剣に思っているのだけど、主はそんなつもりはさらさらないらしい。

 お返しを待つルティアナの頬にかるいキスをして、マコトはまた小さくおやすみなさい、と呟いた。

 ぱたんと閉じた扉の向こうで、胸の奥に溜め込んでいたため息を一気に吐き出す。


「…………苦行だ」


 お嬢様わかってますか、あなたもう十七歳なんですよ。もう社交界デビューもして結婚してもおかしくない年齢なんですよ?

 自室にたどり着いたマコトは細い息を吐き出して乱雑に着替えを済ませるとベッドに潜り込んだ。




 ――翌日、ルティアナたちが朝食を済ませたあと、のんびりとしていたところにその一行は現れた。

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