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35:生まれ育った世界か、異世界での本気の恋か

 記念すべきアカリの旅の一日目は野宿となった。キャンプだと思えば、野宿であろうとそれほど苦にならない。

 馬車を止めてからというもの、テキパキと動き始めた一行にアカリはぽかんとした。まずは何をしたらいいかと尋ねる前に、役割分担が決まっている。

「ね、ねぇ、他に何かやることある?」

 ギルベルトやマコトは天幕テントをはっているし、リヒトは食料にならないかと野兎か野鳥を狩りに行った。ゼストとルティアナはいつの間にか薪になるものを探しに行ってしまったらしい。

「そうは言っても、たいてい力仕事だからな」

 王子であるフランツも、近くの川から水を汲んできたようだった。見事にアカリにできることがない。

「ああ、それじゃあ料理を手伝ってくれますか」

 天幕をはり終えたマコトがアカリに気を使うように声をかけてくれた。手持ち無沙汰なアカリはすぐに食いつく。

「うん!」

 が、しかし。

 家でも手伝いくらいはやっていたが、野菜の皮むきにはピーラーを使っているアカリの出る幕はほとんどない。お手伝いというよりも味見役のようなものだった。


「……姫さんと坊主、少し遅いな。ちょっと見てくるか」

「ああ、そうだな」

 やることのなくなったギルベルトが立ち上がった。手持ちの分の薪で既に火は熾してある。

 リヒトは一人でも心配いらないが、ゼストとルティアナだけというのは物理的な攻撃力に不安がある。稀代の魔術師とはいえまだ少年であり、ルティアナは魔法が多少使えるだけの少女である。

 ギルベルトの背中を見送りながら、アカリはマコトに塩を渡す。基本的な調味料はあまり変わらないんだな、なんて思う。

「……マコトさんは行かなくてよかったの?」

 ルティアナの迎えに行くというのなら、必ずマコトなのだと思っていた。その役割を誰かに譲るというのはなかなか想像できない。

「知ってますか。このメンツでまともに料理できる人間は俺くらいなんですよ」

 王子であるフランツはもちろん、貴族のリヒトが料理などできるはずもない。ギルベルトはこれが料理かという焼いただけの肉や魚は用意できる。ゼストは興味のない分野には無頓着で、料理はその代表例だ。

 ――つまり、おいしい食事はマコトは作るしかない。

「そ、そっか……それなら、あたしも少しは役に立つことあってよかったかな」

「言うほど役に立ってないみたいだけどな」

 剣の手入れをしながらフランツが笑う。

 なんだとぉ!? と言い返したいところだが事実なのでそうもいかない。

 仕方ないのだ、料理はお母さんとおねえちゃんの役目で、アカリはもっぱら食べる係だったのだから。

「いやー王子たちよりは断然役に立ってますけどね」

「え、どんだけ」

 こんなアカリの方がマシだなんて、普段どれだけ料理の場で役に立っていないのだ。アカリがやったことなどマコトが皮を剥いた野菜を一口大に切ったり炒めたりしていただけだ。子どもでもできそうなものなのに。

「貴族は料理なんて覚えなくても、料理人を雇えばすむ話ですからね」

「ルティも料理はできないの?」

 ルティアナが身支度はほとんど自分でできることをアカリは知っている。

「普通の公爵令嬢と比べたらできるほうかな。でも食べる方が好きみたいですね」

「……マコトさん、別にあたしに敬語使わなくてもいいよ? 年下なんだし」

 先程から敬語だったり敬語じゃなかったりで口調がまじっている。

「敬語に慣れてるからなぁ……でもアカリ相手だとたまに忘れるというか」

「無理に敬語にしてるっていうんじゃなければ、どっちでもいいよ」

 お互い日本人だからだろうか、マコトとアカリの間においてはこの世界の常識が消え去るときがある。

 マコトは身分を気にして年下であろうと基本的に敬語を使っていたが、アカリ相手になると日本にいたときの感覚が戻ってくるのだ。

 アカリも、マコト相手だとなんだか肩の力が抜ける。

 ああそうか、お兄ちゃんに似てる気がするんだ、とアカリは気づいた。性格は似てないけど、距離感がそっくりだった。

「あのさ、マコトさんは……ルティが好きなんでしょ?」

 誰かに聞かれるとしてもここにいるのはマコトとアカリ、そしてフランツだけだ。しかしなんとなく小声でマコトに問いかける。

「わざわざ改めて聞かれるほど隠してるつもりないけど」

 困ったような笑みをこぼすマコトに、アカリはちょっと調子に乗った。おにいちゃんみたいだ、なんて認識ひとつでマコトに対する壁は簡単に崩れていく。

「そりゃ見ていればわかるけどね! じゃあマコトさんはこれからもルティと一緒にいるんだ」

 異世界トリップしたむこうで恋に落ちて、その世界で生きていくことを選ぶ。なんて王道なんだろう! 漫画みたいだ。

「……ずっと一緒かどうかは、わからないよ」

 苦笑まじりにマコトが告げる。

「……どうして?」

 盛り上がりかけた気持ちが、ずどんと落とされる。アカリには、ルティアナとマコトが並んで微笑み合う未来しか想像できない。

 たとえ出会ってまもない、一行の中では新参者であろうとも、二人には確かな絆があることだけはわかっている。

「この世界にはしっかりとした身分制度がある。本来彼女は、俺が近寄れるような人じゃないんだよ」

「でもそれは、マコトさんたちには関係ないじゃない」

 だって、どんな物語だってヒロインとヒーローは結ばれる運命なんだ。どんな障害があっても、それを乗り越えて幸せになるのだ。

 まさに、ルティアナとマコトがそうじゃないのか。

「関係なくはないよ」

 しかしどんなにアカリが良い答えを求めても、マコトはやさしくない。

「……こっちに、残るん……だよね?」

 思わず核心に手を伸ばす。

 マコトは相変わらず困ったように苦い笑みを零していた。

「それは、アカリに先に言ったらいけないことでしょ」

 否定されなかったことだけが、せめてもの救いだった。




 もう料理の手伝いは必要ないから、とアカリはマコトの傍を離れてすごすごとフランツの隣に腰を下ろした。なんとなく一人にはなりたくなかったのだ。

「……マコトさんどうするのかなぁ」

 この世界に残るのか、アカリとともに元の世界へ――日本へ帰るのか。結局のところ、誰もマコトからその答えは聞いていない。ルティアナさえも。

 料理の仕上げに取りかかっているマコトには聞こえない程度の、小さな声で呟く。

 たとえ聞こえても問題はない。アカリが先程のマコトとの会話で頭を悩ませているのは明らかだった。

「俺が知るか」

「えー」

 あまりにもつれないフランツの物言いに、アカリが頬を膨らませる。

「……俺よりおまえのほうが、マコトの考えることはわかるんじゃないか」

「あたし?」

 なんで、とアカリは不思議そうに目を丸くする。

「俺は、異世界に行ったことなんてないしな」

 フランツが顔を上げて、アカリを見た。

 フランツの青い瞳は夏空のように濃く、澄んでいた。ああこの人、本当に顔だけなら文句なしの王子様だよなぁ、なんてアカリはぼんやりと思う。

「生まれ育った世界か、異世界での本気の恋か。マコトが天秤にかけているのはそういうことだろう」

 どちらかしか選べない、けれどどちらかなんて選べない。どちらかを選んだとき、もう片方は永遠に失われる。

「……この世界に来なければ、そんな選択は必要なかったんだろうけどな」

 もとよりそのどちらも、天秤にかけてはかるようなものではないのだ。世界が別たれるなんて、そんなこと普通はありえないのだから。

「でも、そうじゃなきゃマコトさんはルティに出会ってないじゃない……」

 消え入りそうなほど小さく声をおとして、アカリは俯いた。きゅ、と心臓が握りつぶされるような気がて、アカリは胸元の服をかき集めるように握りしめた。

「それが本来、正しい姿だったんだろう。出会っていなければ、元の世界でも別の出会いがあった」

「そんなのって――」

 全然ロマンチックじゃない。そう言い返そうとして、アカリは言葉を飲み込んだ。

 ロマンチックである必要なんてない。フランツが言っていることは残酷だけど紛れもない事実だ。

 たとえ今、マコトにとってのルティアナが、ルティアナにとってのマコトが、かけがえのない存在だとしても、世界を違えているのだから本来ならば出会うはずがなかったのだ。


 なにが恋バナだ。なにが王道だ。

 これは漫画でも小説でもない、現実なのに。


 例えばこの世界で恋に落ちて。

 ――あたしは、選べるんだろうか。どちらか一方を。


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